我、抜け出したいなり
ここは本田家 会社員の父、カケル 専業主婦の母、ミサキ 小学3年生の娘、ユイのどこにでもいる普通の3人家族だ。
そんな家族はいつも通り、その日あったことを話しながら夕飯を囲んでいた。
「お父さん、今日猫さん拾ったんだよ!」
「え、猫を拾った!? その猫どうしたの?」
「それが酷いケガをしていて、すぐにユイと一緒に動物病院に連れて行ったの。 手術をしてもらって、経過観察で数日入院だって。」
話題はその日拾った猫について。家族にとってそんな経験は初めてだったため会話は大いに盛り上がっていた。
「入院か。 退院したらその後その猫はどうなるの?」
「確かに… 助けることに必死で後のことなんて考えてなかったかも。」
「野良猫なんでしょ? じゃあ良くなったら、元居た場所に帰してあげるのがその子にとって1番いいんじゃない?」
「そう言われるとそうね。 あの猫にはあの猫なりの生活や生き方があるものね。」
両親はあくまで、猫の生き方を尊重する選択が良いのではないかと話し合った。だがユイは違った。
「えー嫌だ。 猫さんうちで飼おうよー。」
猫を招き入れたいと言うユイに父親が話し始める。
「いいかいユイ、ペットを飼うという事は簡単なことじゃない。 僕らの一生の中にその子を混ぜてあげる、その子の一生の中に僕らが混ぜてもらうという事。 僕らが良くてもその子はそうじゃないかもしれない。僕らの幸せとその子の幸せが同じだとは限らないからね。 ユイにはまだ難しいかもしれないけど、そういう話だという事を踏まえて、もう一度考えてみないかい?」
小学3年生には重い話かもしれないが、ユイはユイなりに受け止め、改めて考えてみることにした。
本田家の話し合いの夜から3日後、順調に回復が進んでいた魔王は自分が猫になったことを理解しながらも、受け入れたくない現実に戸惑いながら入院生活を送っていた。
(我の姿がねこという生き物になったこと、そしておそらく、ここがアニマ―王国ではないということはなんとなくわかった。一刻も早くアニマ―王国へ帰るための手がかりを探さなければならんが、まずはこの檻から出なければ話にならん。)
魔王は外に出るためなんとかしてケージを開けようとするが、ねこの姿ではどうすることもできなかった。 次第に疲れて横になった魔王は、ケージ越しに目が合った他の猫を見て疑問に思った。
(どうもこの姿は不便だ。足だけでは上手く立てず、手で物を掴むことすらままならない。 それにしても、このねことやらたちは理解できん。こんな不便な姿をして檻にも入れられ、なぜ呑気に欠伸などしていられる。)
魔王がそんなことを考えていると先生と1人の女性が部屋に入ってきた。女性は魔王と目が合っていた猫のもとへ行くと、その猫をケージから出し抱き上げ話掛け始めた。
「良かった~エル~元気になったみたいで。 お迎えにきたよ。一緒にお家に帰ろうね。」
女性はその猫の飼い主で、その猫は今日退院だったようだ。
話しかけられた猫は嬉しそうな表情をしていた。ケージの外にいる猫の様子を魔王は羨ましそうに見ていた。
女性は先生と話し終えると猫を連れ部屋を出て行った。 女性に連れられた猫は去り際、魔王を見て微笑んでいた。
その意味を理解できずにいた魔王を見ながら、女性と猫を見送った先生が電話を始めた。
「もしもし、○○動物病院です。本田様のお電話でしょうか。先日の猫ちゃんの件ですが、順調に回復しているようなので、この感じであれば明後日には退院できそうです。 それで、その後の猫ちゃんのことなんですが、 えぇ、はい、はい…… 分かりました。では明後日お待ちしております。」
先生は電話を終えると魔王に話しかけた。
「君も明後日にはさっきの子みたいに退院できるよ。その後の事はまだ決まってないみたいだけど、良い結果になるように僕もできる限り頑張るから心配しないでね。」
(明後日にはさっきの子みたいに、、、? まさか、我もここから出れるのか!?そうなればアニマ―王国への手がかりを探すことができる!)
朗報を聞いて元の世界に戻るのに1歩近づいたような気がした魔王は、退院までの残り2日間をソワソワしながら過ごすのだった。