我、ねこなり
魔王は猫になっていた。
目を覚ました魔王は周囲に目をやろうと、体を起こそうとするが激痛が走る。
(ウッッ! 我としたことが酷くやられたな、とても動けそうにない)
痛みに苦しむ魔王の様子を2人が心配そうに見ていると、その姿が魔王の目にも映りこんだ。
(なんだこいつら、でかい、、、こんなサイズの種族今まで見たことがない)
目の前にいる2人は魔王がこれまで目にしたことがない種族のようだ。
それもそのはず、魔王が目覚めた場所は日本だ。ついさっきまでいたアニマー王国とは国が違うどころか世界が違う。
「猫さんすごく痛そう… どうしようお母さん」
「このまま放っとくわけにはいかないわね。 ひとまず病院に連れて行きましょう。」
そう話すと母親は魔王を抱きかかえた。
(何をするんだ!離せ!)
魔王は母親の腕から降りようと暴れようとするが、その様子が親子には苦しそうに見えた。
嫌がる魔王の気持ちとは裏腹に親子は急ぎ足で動物病院へ向かった。
動物病院に到着し受付へ駆け込む。幸いにも空いていたようですぐに診てもらうことができた。
「さっき河原で拾ったんですがすごいケガをしていて。 何かに襲われたんでしょうか。」
「傷口を見た限り他の猫と喧嘩をしたのか、あるいはお母さんのおっしゃった通り別の動物に襲われたのかもしれません。」
診察台に乗せた魔王を診ながら先生と母親が話している。 それを聞いていた魔王だが、自分に起きたことが理解できていなかった。
(いったいここはどこなんだ。我は戦場にいたはず、喧嘩などそんな生易しいことをしていたのでもない。レーザー砲をくらったまでは覚えているがその後の記憶がなにもない。)
そんな魔王に娘が話かける。
「猫さん大丈夫? 痛いよね、お医者さん来たから良くなるからね。」
(こいつらが言うねことはなんだ。なぜこいつらは我をねこと呼ぶんだ。)
思考を巡らせる魔王をよそに先生と母親の話は進んだ。
「傷口が深く大きいのですぐに塞がなければいけません。これから手術をします。」
「手術?猫さん助かる?」
「大丈夫、必ず助けるよ。」
そういいながら先生は優しく微笑んだ。
「よろしくお願いします!」
「猫さん頑張れー!」
先生の言葉に少し心が軽くなった親子は待合室に、なにも理解できないままの魔王は手術室へと連れられた。
手術台に乗せられた魔王に準備ができた先生が麻酔を打とうとする。嫌がる魔王だったが体の痛みからそこから動くことはできなかった。
(いったい我になにをする気だ。 やめ、、やめろーー)
麻酔を打たれた魔王の意識は、地面に撃ち落されたときのように次第に遠くなっていった。
手術が終わり魔王が目を覚ますと先生と親子が話をしていた。
「手術は無事に終わりましたが経過観察が必要なので数日間、当院で入院していただくことになります。」
「わかりました。 先生ありがとうございました。」
「あ、猫さん起きた! 手術成功したって、良かったね! よくがんばったね。」
娘が魔王の頭を優しくなでた。 嫌そうな魔王だったが、それが魔王には初めての経験だった。
入院することになった魔王はケージに入れられ、今日は親子と別れることになった。
「猫さん今日はゆっくり休んでね。 また会いに来るからね。」
ケージ越しにそう声をかけると親子は帰っていった。手を繋ぎ、安心した様子で話しながら遠くなる親子を見送った後、ケージに入れられた魔王も別の部屋に連れていかれた。
「数日間だけここにいてね。 他の猫たちもいるから寂しくはないと思うよ。」
そこは猫たちが入院するための部屋だった。優しそうな猫たちが3匹、魔王と同じようにケージに入れられその部屋にいた。
先生はその猫たちと笑顔で接しながら様子を見て部屋から出ていった。
ふと魔王がケージの外を見るとそこには大きな鏡があった。このとき魔王は、鏡に映った自分の姿をこの世界に来て初めて目にした。
(我、我なのか、、? これが? なぜ翼がない、なぜこんなにも毛まみれなんだ。)
にゃーお、にゃーにゃー 驚いた様子の魔王を見て1匹の猫が鳴き声を上げた。
鳴き声が聞こえた先に視線をやると、そこには毛並みは違えど自分と同じ姿の生き物たちがいた。
視界に映るものを見つめていたそのとき、さっき耳にした言葉たちが魔王の頭の中を駆け抜けていった。
(( 猫さん、大丈夫? ~ 他の猫たちもいるから ~ ))
(ま、まさか、、、、 これが、、、、 )
みんなが言っていたねことは何かを、そして、その何かに自分がなってしまったことを魔王は初めて理解した。