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狩り

 ダルンフィルが大規模な狩りを催すという。

 狩りは貴族にとって遊びであり、軍事訓練であり、食肉の獲得手段であった。そして、貴族の特権でもある。

 マテルボルン伯は領内に広大な狩猟地を持っており、ここではマテルボルン伯あるいは伯爵の許しを得た者だけが狩りを行うことができる。領民は賦役として森の管理などを受け持っているが、狩猟は許されない。

 ヨーレントは「デルデボイテ卿との密会直後のお誘いとは不審過ぎます。狩りともなれば護衛もままなりません。出席はお控えを」と強硬に主張した。確かに、狩りは罠を仕掛けやすい。悪意の有無とは関係なく、不測の事態は起こり得る。死者が出ることも珍しくない。事故に見せかけて命を狙うのには好都合だ。

 逆に、こんな分かりやすい手段を使うだろうか。むしろ、アンスフィルを試しているように思える。この兄の誘いを受けるのか、それとも拒絶するのか。これが、関係修復のために兄が差し出した手だとすれば、これを拒否することはできない。アンスフィルには招きに応じる以外の選択肢がないのだ。

 あの粗雑な兄には、こんな駆け引きは思い付かないだろう。この辺りにデルデボイテの影響を感じさせる。心の機微にも通じたデルデボイテならば、心理的な誘導を仕掛けることも容易だろう。

 「とにかく、兄のお招きに応じることは大前提だ。しっかり守ってくれよ、ヨーレント卿」


 それから半月後、マテルボルン伯の狩猟地でダルンフィルを主催者とする狩りが催された。アンスフィルの他、フォロブロン家の一門衆や主要な領主も招かれていた。

 従者たちが森から鹿や猪などの獣を追い立て、出てきた獣をダルンフィルやアンスフィルらが弓矢で狩る。アンスフィルが小ぶりな牝鹿を仕留め、ダルンフィルが立派な角を持つ牡鹿を倒した。珍しくアンスフィルを上回る戦果を挙げて、ダルンフィルは上機嫌になった。

 ヨーレントはその様子を見ながら、ダルンフィルらが妙な動きをしないかと周囲を警戒していた。「兄上、お見事」などと言いながら気楽に笑っているアンスフィルと違って、一瞬たりとも気を抜くことができなかった。いつくる、どこからくる、何を仕掛けてくるなどと考えていると、どんどん目つきが悪くなる。


 そのとき、ダルンフィルの家臣の1人がヨーレントに近づいてきた。

 「ヨーレント卿、いささか気になることがあるのだが」

 「気になることがあるのはこっちだ」と思ったが、主の兄の家臣に無礼は許されない。

 「いかがなされた」

 「あそこに立っておられる御仁をご存じか」

 指し示された先に、見慣れない男が立っている。従者には見えないが、貴族にも見えない。確かに不審だ。

 「いや。どこぞのご家中の者だろうか」

 ダルンフィルの家臣は、「ふむ、ヨーレント卿もご存じなかったか。いや、時間を取らせて済まなかった」と言いながらその男に近づいていった。

 そのわずかな会話の間に、ヨーレントらはアンスフィルを見失った。


 「アンスフィル、水場の方にいってみよう」

 この先に、獣が集まる水場があるのだとダルンフィルは言う。兄の誘いに応じて木々をかき分けていくと、いつの間にか2人だけになっていた。

 ダルンフィルは終始機嫌が良かった。兄弟で談笑するなど、何年ぶりだろうか。幼い頃は、このように屈託なく話ができた。

 「見ろ、アンスフィル。大物だ」

 水場に近づくと、大きな猪がいた。

 「よし、あれは私の得物だ。手を出すなよ」

 「承知。猪肉、期待しておりますぞ兄上」

 ダルンフィルの邪魔にならないように、アンスフィルはそっと距離を取った。20メルほど離れたところから、兄と猪を見守った。

 そのとき、森から1頭の牡鹿が出てきた。見事な角に、アンスフィルは見とれた。この鹿もなかなかお目にかかれない大物だ。


 「誰か! 誰かある!」

 ダルンフィルが出し抜けに叫び声を上げた。

 「アンスフィルに! アンスフィルに殺される!」

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