第3章:誓いの真実と、未来を紡ぐ愛
レオンハルトの心の中で、過去の記憶の断片は、やがて確かな形を帯び始めた。セリーナが毎日持ち込むあの日の品々、語り聞かせるエピソード、そして何よりも、彼女の純粋なまでのひたむきさ。それら全てが、彼の心の奥底に眠っていた「誓い」の記憶を呼び覚ましていった。
ある日の午後、セリーナが彼の執務室を訪れた時だった。彼女が手にしていたのは、粗末な手作りのブレスレット。それは、幼いレオンハルトが、森の木の実と蔓で作って、セリーナの腕にはめてくれたものだった。
「レオンハルト様。覚えていますか? これをわたくしの腕にはめてくださった時、貴方はこう仰いました。『このブレスレットが朽ち果てても、僕の君への誓いは朽ちない』と……」
セリーナの言葉に、レオンハルトの頭に、眩い光が走った。
――そうだ。あの日のことだ。深い穴の底で、怯える小さな女の子。そして、彼女を救い出した、幼い自分。
記憶は、まるで堰を切ったように溢れ出した。湖畔の風の匂い、夕焼けの空の色、セリーナの小さな震える手、そして、自分が口にした「大きくなったら、必ず僕が君を守る。だから、その時は、君を僕の花嫁にする」という、あの日の誓いの言葉。全てが鮮明に蘇った。
「セリーナ……!」
レオンハルトの声は震えていた。彼は、今までの自分の行いを恥じた。記憶の片隅に追いやっていた、あの純粋な誓いを、彼女は二十年もの間、肌身離さず抱きしめてくれていたのだ。それなのに、自分は……。
「セリーナ、本当に、すまなかった……!」
レオンハルトは、椅子から立ち上がり、セリーナの前に跪いた。公爵子息として、誰に対しても頭を下げたことのない彼が、心から謝罪していた。
「私は、あの日の誓いを、完全に忘れていた。愚かにも、表面的な快楽ばかりを追い求め、君の純粋な想いを踏みにじるような真似をしてきた。許されることではない」
彼の瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。セリーナは、その涙を見て、胸がいっぱいになった。彼女の二十年間の想いが、今、彼に届いたのだ。
「レオンハルト様……。わたくしは、ただ、貴方に思い出してほしかっただけです。そして、貴方の隣で、貴方の花嫁として生きていきたい、それだけです」
セリーナは、涙を流しながらも微笑んだ。レオンハルトは、セリーナの手にそっと触れた。
「セリーナ。もう一度、改めて誓わせてほしい。幼い頃の戯言ではない。今、この大人の私が、君に誓う。君は、私の生涯ただ一人の花嫁だ。私と、結婚してほしい」
レオンハルトの言葉は、真剣で、揺るぎない愛情に満ちていた。セリーナは、その言葉に、ただ頷くことしかできなかった。彼の腕の中に抱きしめられると、あの日の湖畔の風が、再び彼女の頬を撫でるような気がした。
レオンハルトの劇的な変化は、社交界を驚かせた。彼は、それまでの遊び人としての生活を完全に捨て去り、セリーナだけを一途に愛する夫となった。彼の父であるラングフォード公爵も、息子が真実の愛を見つけたことに心から喜び、エインズワース公爵家との結婚を心から祝福した。
盛大な結婚式が執り行われた。純白のドレスを身につけたセリーナは、人生で最も輝いていた。祭壇で待つレオンハルトの隣に並び、彼女は彼の瞳を見つめた。
誓いの儀式が始まった時、レオンハルトは、マイクを握り、会場に響き渡る声で、あの日の誓いの言葉を、改めてセリーナに捧げた。
「セリーナ。幼い頃、僕は君を窮地から救い、そして誓った。『大きくなったら、必ず僕が君を守る。だから、その時は、君を僕の花嫁にする』と。その誓いを、僕は一時的に忘れ去っていた愚かな男だ。だが、君のひたむきな愛が、僕に本当の愛と、あの日の誓いの真の意味を教えてくれた。今日、僕は、再びこの場で誓う。セリーナ・エインズワース。君は、僕の生涯ただ一人の花嫁だ。永遠に、君を守り、愛し続けることを誓う」
彼の言葉に、会場は感動の拍手で包まれた。セリーナは、涙を流しながら、レオンハルトの手をしっかりと握りしめた。忘れ去られていた誓いは、今、真実の愛として成就したのだ。
結婚後、レオンハルトは、セリーナへの愛を一切隠さず、一途な夫となった。彼は、彼女がどんな小さな願いを口にしても、全力で叶えようと努力した。セリーナもまた、彼を心から信頼し、公爵夫人として、そして妻として、彼の隣で幸福な日々を過ごした。
数年後、二人の間には、愛らしい男の子が生まれた。レオンハルトは、その子の小さな手を握り、湖畔での誓いの物語を語り聞かせた。
「これはね、パパとママが、初めて出会った時の、秘密の、大切な誓いの話なんだよ」
子供が、目を輝かせて二人の話を聞く。あの日の小さな白い石は、今も二人の寝室の窓辺に飾られている。忘れ去られていた誓いが、結局は二人の運命を導き、真実の愛と、幸福な未来を紡ぎ出したのである。