#8『侵された街』
『......』
激しい頭痛がする。耳鳴りもする。だが不思議と、負傷はしていないようで、あっさりと瞼が開き、オブシディアンは片膝を着いて起き上がる。前を向くとそこには、深紅のマントで首から下を覆う女性が手を差し伸べていた。
「君、大丈夫かい?」
『......お前は?』
「私はローズ。ローズ・ルドベキアだ。好きに呼んでくれ。怪我は無いみたいだね」
オブシディアンはローズの手を取り、立ち上がる。
「君の名前を聞いてもいいかい?」
『...オブシディアン。』
「そうか、良い名前だ!」
オブシディアンはローズから少し目をそらす。するとローズの背後で、自分が対峙していた機械人形が、両腕を切断され、動かなくなっているのが見えた。
『...お前がやったのか?』
「あぁ、私と、あそこに居るアザミで片付けておいたよ。それと、カーネリアンを守ってくれたと聞いた。友人を守ってくれてありがとう。オブシディアン」
『......』
オブシディアンは声を詰まらせた。やはり初対面の人との会話は慣れないらしい。
「折角だからアザミの事も紹介しておこう...って、」
ローズがオブシディアンを連れてアザミの方へ向かおうとした時には、アザミは既にローズの隣に居た。
「全部聞いてたよ。私はアザミ、ローズと騎士としてこの街を守ってる。今は...あー、何処から話そうか?」
「おーい!暇だから僕も仲間に入れてください!」
機械人形の方からカーネリアンの声がした。3人は機械人形の周りに集まり、互いに今の自分の状況を話し合った。
「なるほど......つまり君は、街の外から来たのか。半年くらい前に、君と同じく外から来た人を見た事がある。懐かしいな」
「あぁ、あの子は今元気にしてるだろうか。おっと、今はお互いの話だったね。とりあえず、私達の見て来た事も話しておこうか。」
時は......そうだな、どのくらい前なのだろう。まあそれは今はそれほど重要な事ではない。
私達はある日、時計塔の上、2人の神子を見た。1人は勿論グラス、時の神子だ。
もう一人は......何せ塔の上だ。グラスの事は見慣れているからすぐに分かるんだけど、とにかくもう一人いた。2人は何やら会話を交わしていたようだが、少しした後グラスが飛んで行ってしまったから、すかさず後を追ったんだ。
〈正義と悪の街、湖畔の片隅〉
2人でグラスが飛んで行った方向へずっと進むと、そこには大きな湖があった。そしてその反対岸、不思議な形をした家が建っているのが見えたから、歩いて向かう事にしたんだけど、さすがに街の中心から端まで徒歩で来たもんだから、体力が持たなくって。宿で少し休んでから、その日の夜にその建物の方に行って見たんだ。
「随分古......アンティークな家だね。」
『...まぁな。』
案外簡単に探していた人は見つかった。彼女はその建物の中に入る訳でもなく、ただ外からそれを眺めているだけだった。
「あの人、誰だったのか聞いてもいい?」
『ローズ、お前は会ったことがあるだろう。ルチルと一緒に居た奴だ。』
「あぁ、やっぱり神子だったのか」
『俺の攻撃を受け止められる奴で、真っ先に思い浮かぶのはそれだろう。』
「何話してたの?」
『......お前達は、知らなくていい。』
「「......」」
2人はそれ以上詮索する事はしなかった。
「じゃあ......この建物は?」
『...さぁな、俺にも分からん。だが、何故だかここに来てしまう。頭を冷やしたい時、怒りを鎮めたい時、一人になりたい時とかな。』
「あっ......邪魔しちゃったかな」
『気にするな。むしろ、話していて少し気が晴れた。それで?用は終わりか?』
「中......入ってみても良い?」
『好きにしろ。俺はこの家の家主って訳でもないからな。』
中に住んでる人が居たらどうするのさと言いたい所だったが、ただ黙々と建物を見つめるグラスを横目にその中へと足を踏み入れてみた。
中は案外片付いてて、本棚がずらりと。後は机の上の小物と、奥にキッチン。
「アザミ、ちょっとこっち......」
何やら深刻な顔つきで私を呼ぶ。ローズの持っているそれに目をやる。
そこに映っていたのは、大きな三角帽子を被った、片眼に涙を浮かべながらも、優しい笑みを浮かべる女性の肖像画だった。だがそれだけではなかった。その後ろ、この建物であろう背景の窓の中から顔を覗かせていたのは......
『2人とも今すぐ出て来い!!』
突如、グラスの声が響いた。2人はその肖像画をそっと机の上に置くと、グラスの方へと駆け付ける。
するとそこには、沢山の化け物と対峙するグラスが居た。2人もすかさず武器を構えて、グラスの両脇に立つ。
『見ろ。』
グラスが敵に向かい刃を向ける。秒針を現すその刃は、刃の途中から黒ずんで欠けていた。
『こいつら、木っ端微塵にしたら増えた。その上これだ。俺の力を吸収している。』
「神子の力でも刃が立たない相手...私達に倒せるの?」
『......』
グラスは少し黙り込んだ後、欠けた刃で化け物の頭を指した。
『木っ端微塵にして増えた後、そのうちの1体の顔面を突き刺したら、溶けて消えた。恐らくあの文様が弱点だろう。』
「なるほど......弱点が分かるんならこっちのものだ。やるよ、ローズ」
「うん。」
2人はグラスを背に化け物へ刃を向ける。呼吸を合わせると、真っ直ぐと化け物の文様目掛けて刃を突き刺す。予想は的中し、化け物はただの水溜まりと化す。だがそれと同時に、3人を囲う様に化け物は数を増し、2人の後ろから苦しむ声が聞こえる。
『貴様ら......逃げろ......』
「っ!?グラス!!」
ローズはすかさずグラスに覆い被さる化け物へ向かう。だがグラスが指を弾き、ローズをアザミごと突き飛ばした。
「!?」
『分かっている。だが全滅よりはマシだろ!恐らく俺は......まぁいい、とにかくだ!こいつらの目的は知らんが、今こいつらをなんとか出来るのは貴様らしか居ない。だからこそ逃げろ!!ほら早く!!!!』
その後、私達は無我夢中で走り時計塔の近くまで戻って来た。その日から私達は、互いを切磋琢磨した。......と言うより、それ以外にどうすればいいか分からなかった。
それから数日経った頃だ。時計塔の頂点に再び光が灯ったのは。最初見た時は悪い夢だったと安堵していたのだが、その光はみるみる勢いを増していき、その心も一瞬で打ち砕かれた。
「今のこの街を彷徨っていて分かったのは、私たち以外に意識のある人は居ない。幸い、皆眠っているだけだったから、化け物に襲われないようにいろんな場所に隠しておいた。」
「いろんな場所?例えば?」
「クローゼットとか。」
「それ...素人が自身の殺した死体を隠す時にやる事ですよ......」
「しょうがないじゃないか、私達もなるべく化け物に見つからないようにしてたんだから。」
カーネリアンが絶えず作業する手を動かしながら会話に混ざる。ローズとアザミの話を聞く中で、オブシディアンはいくつかの疑問が浮かぶ。だが、どうしても口に出せない。1対1ならまだしも2対1はハードルが高い。
「でもとりあえず、目的は決まりそうですね。グラスさんが居るとしたら、恐らくこの建物でしょう。」
「あぁ......ところでカーネリアン、何を造って―――」
「出来た!!!!」
ローズが言い終える直前、カーネリアンは歓喜の声を上げる。カーネリアンは機械人形の裏から出て来ると、腕にはめたそれを3人に見せつける。
「それ、もしかして!」
「そう!ローズさんが前に話してた、ガントレットってやつです!これで僕も力になれます!」
「そうか、それは頼もしい。さてと、そろそろ出発しよう。」
「そうですね、早く片付けましょう。」
一同は折れた柱が散乱した部屋を後にすると、虚城の最上階へと向かって進み始めた。
To be continued.




