#3『時が止まった街』
〈本能の街、結界付近〉
この街はオブシディアンが思っていたよりも遥かに広く、結界に着く頃にはすっかり日が暮れていた。
『......』
水溜まりの水面から顔を出し、辺りの様子を窺う。本能の街の最北端には、巨大な壁が立ち塞がっていたが、何者かの手によって爆破され、1ヶ所だけ巨大な穴が開いていた。
『これが結界か?いや、違う。向こうに見える光ってるのがそうだな』
オブシディアンは壁の穴をくぐり、街の外へ出る。しかし困った。どうやってこの結界の向こうへ行ったものか......?
オブシディアンは壁と結界の間を沿うように進む。すると、無機質な結界に、小さなヒビが入っているのが見えた。
『...なるほどな。トリカが言ってたのはこれか。しかし、あの穴を開けたのは誰なんだ?そんで何故こんなもんが張られてる?......考えるだけで夜になりそうだな。とりあえずまずは......』
オブシディアンは右腕を溶かし、結界のヒビに当てる。どれだけ小さなヒビでも、穴である事には変わりはない。そうとなれば、液体がその隙間から入り込むなど容易い事なのだ。
『向こう側は普通に空間があるらしいな。よし』
オブシディアンは少しずつ溶かした体をヒビに押し込め、やがて全身がその中へ入ると、その向こう側へ入る事に成功した。
〈??????〉
結界の向こう側へ着いたオブシディアンは、水面から再び顔を出す。不思議な事に、空には星々が輝きを放ち、先ほどまで西の水平線にあった太陽が一瞬にして消えてしまった。
『......そこまで抜けるのに手こずった覚えはないのだが......にしても、』
オブシディアンは次に、正面を見る。
『また壁か。随分でかいな』
その壁はついさっき見た本能の街の端にあるものとは比べ物にならないほど大きく、その頂上に登れば空に浮かぶ星々に手が届きそうだった。
『......ダメ元でやってみるか』
オブシディアンは顔を水面に引っ込める。そして深い深い水底へとすばやく泳いだ後、水底で足を踏ん張った。少しの間その場で足に力を入れた後、目にも留まらぬ速さで水面へと浮上し、そのまま空へ向かって勢いよく飛び出した。幸いオブシディアンのダメ元の策は成功し、壁の終わりがどんどん近付いて来る。そのまま壁の上に手が届き、オブシディアンは壁を乗り越える事に成功した。だが、その先に待っていたのは予想だにしない光景だった。
空には大きな月が昇る。その月の影に、大きな城に掲げられた旗が映る。それは、足元に広がる幾千もの建物とは比べ物にならない程大きく、どれだけ遠くにあろうとそれがはっきりと認識できる。
『俺は異世界にでも来たのか......?』
オブシディアンは辺りを見渡す。レンガや石で出来た建物が、地平線の彼方まで広がる。と言うよりは、遠くの方は少しぼやけており、この街の全貌を見る事が困難な状況にあった。
『......』
(もしかしたら、何かお前の興味を引くもんがあるかもな。)
『興味.....か』
オブシディアンは用心深く、改めて街を見下ろす。月明かりに照らされた場所は、まるで昼間かのように照らされているが、その分、光が当たらない場所は一層暗くなっている。オブシディアンは自身の位置から飛び降りれそうな屋根を見つけると、そこに向かって真っ逆さまに飛び降りた。
〈正義と悪の街.......?〉
オブシディアンは着地と同時に、自身の真下に出来る水溜まりに飛び込んだ。水中で衝撃を分散させ、再び地上に出る。
『......日陰には入らない方が良さそうだ。』
オブシディアンは月の光に照らされ、迷路のようになった屋根の上を伝い進む。どこからか視線を感じるが、オブシディアンは気にしない事にした。
オブシディアンは城へと向かい歩みを進める。いつ襲われても良いように、右腕に刃を形成し、全身の神経を尖らせる。
『......バレてんぞ。』
オブシディアンが口を開き、振り返った途端、影の中から人影が姿を見せる。だがそれは決して人ではなく、その顔にはやはり、奇妙な文様があった。
『ハッ、お前もあれと同じか。だったら話が早い。』
オブシディアンは片足首を水溜まりに沈める。刃を振りかぶると、勢いよくそれに突撃し、その頭部に一撃入れる事に成功する。それはあっけなくオブシディアンの刃を受け、跡形も無く溶けてなくなった。
『......?不意打ちするつもりか』
オブシディアンは距離を取り、再び刃を構え神経を尖らせる。だが水溜まりからそれが再び起き上がる事は無く、虚無の時間だけが過ぎ去って行った。
『......本当に、終わったんだな』
オブシディアンは警戒を解く。再び城の方へ向かおうとした所で、自分が影に足を踏み入れていた事に気付く。
『!?しまっ』
オブシディアンは影から抜け出す間もなく、突如視界が暗闇に覆われ、意識を失った。
〈?????〉
『......?』
意識がはっきりした途端、一斉にノイズが耳に入る。その1つ1つは理解できぬものだったが、脳がそれを認識した途端、それが自信の気が触れるものであると悟る。視覚に意識を集中させると、自身の周りには、あの文様が無数に、虚空の中からこちらを見つめていた。
『はっ......』
目が覚めると、微かに火の明かりが灯る、牢獄の中に居た。
『夢...?これが、夢か』
思えば違和感があった。どういう訳か、目覚めった時から、目の前に広がる光景が、どんなものなのかある程度理解できていた。
(あいつが名前も付けずにここまで1人で実験体を送るか?普通。しかもこいつ多分脱走してんだぜぇ?)
『実験体......』
オブシディアンは自身の腕を見つめる。
『俺は、人間なのか?...まぁいい、それよりも、』
オブシディアンは起き上がり、自身の閉じ込められている檻の方を見る
『どこまで来たんだ......?』
「そこに誰か居るの?」
オブシディアンが檻をすり抜けると、隣の牢屋の中から声がした。声のした方を見ると、山吹色の作業着を纏った、青年が顔を見せた。
「よかった!僕以外にも人が居たんですね!」
『......?』
オブシディアンは途端に沈黙する。警戒心からか、はたまた人見知りなだけか。
「あぁ、僕、カーネリアンって言います。えっと、貴方は?」
『......オブシディアンだ。』
「オブシディアンさん、お願いがあるのですが...この牢屋から、僕を出してくれませんか。もちろんあなたに危害を与えたりするつもりはございません。」
『......』
オブシディアンは思考を巡らせる。何か取引できないかと考えた末に、情報を共有する事が現状一番の得策だと思いつく。
『情報が欲しい。それが条件だ。』
「分かりました。僕が持っているもので良ければ是非」
オブシディアンはカーネリアンの返答に納得し、腕に形成した刃で鉄格子を切断し、カーネリアンは自由の身となった。
「ふぅ...やっと出られました。それで、情報でしたね。立ち話もあれですし、そこのベッドに座って話しましょう」
2人は鉄格子が無くなり、開放的になった牢屋の中にあるベッドに腰掛けた。
『ここはどこなんだ?』
「すみません、その質問には答えられなくて...実は僕、ついさっき目覚めたばかりなんです」
『目覚めた......?』
「はい......あれ、貴方も眠っていたのでは?」
オブシディアンはこの街に入ってからの出来事を話した。
「なるほど.......つまり、街の外から来たって事ですか!?」
『まぁ、そうだ。歓迎されていないみたいだがな。いや、むしろその逆か......?』
「それにしても、全身が溶けた人型の化け物ですか......それが日陰から......」
カーネリアンは考え込む。
「とりあえず、この街で何が起こっているのか、僕の知る範囲で話してみますね」
あれは、半年ほど前の話です......
この街には、「呪い」が蔓延っていました。
呪いに侵された人々は皆、体の特定の箇所から触手の様なものが生え、それがだんだんと人の思考や体を乗っ取り、しまいには1つの繭となる。
その繭については、詳しい事は分かりません。ですが、繭と言うものは羽化するもの。おそらく、そこから生まれるものは、到底人とは呼べないものなのでしょう。
その呪いを、僕の友人が、1つ残らず払ってくれました。
1つ残らず、払ってくれたはずでした。
たった一人、「時の神子」を除いて。
To be continued.




