#2『溶解、形成、凝固』
〈本能の街、教会跡〉
「着いたぞ、ここだ。」
トリカに連れられ徒歩数十分程の場所に建つこの教会は、今や信仰の欠片も感じられず、ただどこか神聖な雰囲気を醸し出している。
「少し前にここで馬鹿みたいにでかい轟音が響いてな、そんで確認しに来てみれば、この有様よ。まぁ元と大して変わってねぇが、ガラスが跡形も無く消し飛んであぶねぇのなんのって。犯人見つけたらボッコボコに懲らしめてやる。」
『それで、ここに何の用だ?』
「あぁ、用はこん中にある。あんま音立てたりでかい声出すなよ、見つかるからな。」
オブシディアンはトリカの後を、足元を水溜まりに沈め続く。教会の入口から中を覗くとそこには何も残されておらず、声や音を少しでも出せば聖堂全体に響き渡りそうだった。ただ1つ、その聖堂の中心にあるもの以外は。
『あれは......?』
「知らん。ただ、あんたと同類じゃないのかって思ったんだが......」
教会の中心に存在するそれは、全身が液状の様で、何とか人の形を保っており、その顔の中心には奇妙な文様が刻まれた、形容しがたい何かが居た。それの腕の先から延びる刃物の様なものは、液化していながらも、物を斬るには十分な鋭さをしていた。
「その様子だと、あんたとは無関係のようだな。まだ群れないからこそ同族を知らないって可能性も否定しきれないんだが。」
『少なくとも、あれは俺じゃない。それで、あれを片付ければいいのか?』
「話が早くて助かるぜ。」
2人はそれに聞こえぬよう小声で会話していたが、顔の文様が確かにこちら側に向いているように見えた。
「じゃあ、頼んだぞ。」
『お前はやらないのか?』
「悪いがもう試した。あとは察してくれ。そんじゃ、倉庫で待ってるぞ」
トリカはそう言うと、オブシディアンを置いてその場を後にした。
オブシディアンは陰からそれの目の前に出ると、右腕の肘から先を刃の形に変えた。
『なあお前、喋れんのか?』
この問い自体、想像しうる答えが返って来ると分かり切ったもので、その言葉は意味を成さない。戦闘前の、オブシディアンなりの社交辞令みたいなものだ。そしてやはり、目の前に居るそれからは、永遠の静寂が返ってきた。
『あっそ。じゃあさっさと終わらせるか。』
オブシディアンが刃を構えると、それも殺意を感じ取ったのか、体をうねらせ、腕の先から横に伸びる刃を、真っ直ぐオブシディアンに向けた。
睨み合う2人、刹那の間、互いは間合いの内に入り、勢いよく互いの刃を打ち付ける。続け様にオブシディアンはもう片方の腕にも刃を形成し、刃を何度も打ち付ける。何度欠けようと再生する刃。オブシディアンの対峙するそれの刃は、ドロドロとした中に、確かな手ごたえがあった。
『キリがない...こうなったら、』
オブシディアンは両腕の刃を砕くと、それの刃を正面から受ける。溶解した刃はオブシディアンの身体を上半身と下半身に裂いたが、その断面からはオブシディアンの足元の水溜まりと同じ液体が飛び出した。
オブシディアンの身体は地面に落ちると、そのまま液化し水溜まりそのものになった。
それは足元の水溜まりを見つめる。なにも反応が無いのを確認すると、聖堂の中心に戻った。
その時だった。
それが水溜まりから目を離すと同時に、水溜まりは6つに分かれ、地面を滑らかに移動し始める。やがてそれの周りを均等に囲むと、そこから勢い良く鋭利で大きな棘が飛び出した。その5つの棘はそれを串刺しにし拘束すると、残された1つの水溜まりから勢い良くオブシディアンが飛び出し、大きく跳躍した。
『掴めてなくても意外と上手くいくもんなんだな』
オブシディアンは水溜まりの中で形成していた右腕の刃を振りかぶると、それの顔にある文様に狙いを定めた。それはオブシディアンを真っ直ぐ見つめる。
『これで終わりだ!!!!』
完全に油断していた。
オブシディアンが顔の文様へ刃を振りかざそうとしたその瞬間、オブシディアンの右側から強い衝撃が走り、オブシディアンは勢い良く壁に打ち付けられた。オブシディアンが起き上がり、それの方を向くと、それの足元からそれの体を構成する液体が伸び、その先からオブシディアンがそれを拘束する時に使った棘の様なものが伸びていた。それは体を貫く程の鋭さは無かったが、それでも殺傷能力は十分にあった。
『あぁん?テメェも出せんのかよ。クソッ』
オブシディアンは地に片膝を着く。肩で呼吸をし、砕けた刃を再生しようにも少々手こずっていた。
それがゆっくりとこちらへ向かって来る。オブシディアンは歯を食いしばり、それを睨みつけるが、それは無慈悲に間合いを詰めていく。だが、意外にもそれは自身の間合いの外で止まった。
『......?』
オブシディアンが疑問を浮かべたのも束の間、オブシディアンはそれの背後の壁に飛散した無数の体液に気付く。
『!?』
それがオブシディアンへ刃を突きつけると、その無数の液体から、大量の棘状のものが射出され、オブシディアンの全身を覆い尽くした。土埃が舞い、オブシディアンの身体が隠れる。
それが刃を下ろすまでもなく、土埃の中から真っ直ぐと大きな棘が伸びる。それは棘を避けると、自身がさっきまでのオブシディアンと同じ状況に陥っている事に気付く。オブシディアンはそれに向かい、次々と棘を突き出す。それは次々襲い来る棘を躱して行く内に、自分の行動範囲が狭まって来ている事に気付く。
すかさずそれも体液を足元から拡散させると、そこから棘状のものを出し、少しでも活動範囲を広げようと突き出たままの棘を砕く。
オブシディアンは砕かれた棘の破片で生じた死角からそれの懐に潜り込む。それは四方八方からオブシディアンに向かい棘状のものを伸ばしたが、オブシディアンがあえて自身に伸ばしていた棘に相殺されてしまった。
『とっくに想定済みだ馬鹿が!!』
オブシディアンの肘から先、まばらに結晶が形成された断面をそれの文様へ突き出すと、そこから自身の身体よりも遥かに大きな結晶の塊を、一瞬にして形成してみせた。その結晶はそれの文様を貫くどころか、その頭部を跡形も無く粉砕してみせた。
オブシディアンは結晶と、伸ばしていた棘を一斉に砕くと、水溜まりに浸かった半身を地上に出し、さっきまで戦っていたものを見つめる。それは形を留めず、気付けば聖堂の中心から差し込む日の光を反射していた。
『......終わったんだな。』
オブシディアンはしばらくその水溜まりを眺めた後、その場を後にした。
〈本能の街、巨大倉庫跡〉
改めて外から見てみると、そこはとても大きな倉庫だった。トリカ達と最初に会ったこの場所は、かつて工場として機能していたようだ。
「おう、意外と早かったな」
オブシディアンが生還すると、トリカがスクラップの山の上でオブシディアンを迎えた。
「そんで、約束のもんなんだが、生憎この街には無ぇ。夫に連絡しようにも、手段が無くってな。」
『......』
「その様子だとお前、居場所の価値が分からないってところか。帰る場所があるってのは中々悪くないもんだ。...そうだ、あんた私の左腕になるか?....って、あからさまに嫌そうな顔するな。」
「そうだな......風の噂で聞いた事がある。この街の遥か北に、妙な結界があるってな。もしかしたら、何かお前の興味を引くもんがあるかもな。どうだ?」
『......行って来る。』
「安心しろ、少なくともここにはあんたの敵は居ねぇ。居場所が欲しくなったら、いつでもここに帰って来い。」
オブシディアンは水溜まりに体を落とすと、その水溜まりがひとりでに動き出し、倉庫の外へと出て行った。
「......結局、あいつは何者だったんだろうな」
「さぁな。」
ずっとそばにいたプランツの頭部には、心なしかこぶが出来ているようにも見えた。
To be continued




