#13『後悔降り注ぐ政の京』
turning point.
〈?????〉
結界を抜けたオブシディアンが最初に感じたのは、そこら中沼地と化した地面。そして、地上に上がってみれば、降り注ぐ雨粒は黒く濁っていた。そのせいもあり、あまり遠くまで見渡す事が出来ない。
『ここは、湿地帯なのか?にしては奥に見える建物は、それに適応出来るようには見えない。』
オブシディアンは茂みを抜け、足が半分沈む程軟化した地面を歩く。だがオブシディアンは途中から人の目が無いのを確認すると、足元を溶かし、すり足の様にして進み始めた。
〈後悔と願いの村?学舎跡付近〉
しばらく歩くと、瓦礫の山と化した建物が現れた。それはオブシディアンが進むにつれて1方向へと延びて行き、辿って行った先には、ボロボロの塀に囲まれた大きな建物があった。
『学舎......学校みたいなものか?』
(へぇ………感心したわ、1人逃がして増援を呼ぶと言った所かしらぁ?でもざぁんねん、増援が来る頃にはぁ………貴方達もこの場所も最初から無かったことになってるわぁ………!)
『!?...今のは......』
オブシディアンは振り返る。自らの体験した事も、見た事も聞いた事も無い記憶が浮かぶ。
『......幻聴?いや、少しあいつと似てる......』
オブシディアンは、刻動の街での出来事を思い出す。夢の中、最上階へと続く階段。そこで聞いた幻聴は、どれもどういう訳か聞き覚えがあった。だが、どうしても思い出せない。ただ、それらと同時に、オブシディアンの頭の中に、1つの名前が浮かぶ。
『加賀知カイヤ。お前は何者なんだ?』
オブシディアンは学舎の敷地に入る。建物の中は意外と片付いており、強いて言えば教室として使われていたであろう部屋から玄関に至るまで、誰かが急いで飛び出したような跡があった。
『それにしても、さっきのは何だったんだ?』
オブシディアンは建物の奥へと進む。どうやらここは学舎としてだけでなく、宿舎としても使われていたらしい。布団は丁寧に畳まれているが、誰かがその上に腰掛けた跡がある。
〈学舎、誰かの部屋〉
さらに奥に進むと、座布団と机、そして、それを囲う沢山の山積みになった本がある狭い部屋があった。
オブシディアンは机の上にある資料をめくると、それは名簿だった。
『水仙、アオイ、睡蓮、枝垂、アカシア、唐草。そして、立浪雀。』
オブシディアンがさらに名簿をめくると、白紙の紙をしばらくめくった後に風化して黄ばんだ紙が現れた。だが、字は霞んでいてよく読めなかった。強いて読み取れたのは、木花彼岸と、矢車葡萄と言う名前のみだった。オブシディアンは名簿を閉じ、元あった位置に戻すと、学舎を後にした。
〈後悔と願いの街?〉
しばらく歩くと、暖かい光が見えて来た。そこは先程までとは打って変わって、刻動の街とは違った発展を遂げた街だった。街ゆく人は点々としており、足下が濡れぬよう下駄を履き、傘を差して歩いていた。だがその顔は皆下を向いており、前を向いて歩いているのはオブシディアンだけだった。
(あの奇妙な格好の子、何処から来たのかしら。下駄も履かず、傘すら差さず。もしかして、あの貧相な村から登って来たのかしら。)
(拾ってくれる心優しい人なんか居やしないのに、哀れな事ね。)
『......あ、まずい。』
オブシディアンは街の様子を見渡すのに夢中で、自分が力を見せびらかしていることにようやく気が付いた。オブシディアンは路地に駆け込むと、街ゆく人の履物の形状を見よう見真似で靴の裏に形成した。
(......今戻ったら、怪しまれるだろうな。)
オブシディアンはそのまま路地の反対側に抜けた。
〈後悔と願いの街?、住居地域〉
路地を抜け少し歩くと、何やら金属同士を強く打つ音が聞こえて来た。オブシディアンが音の鳴る方へまっすぐ進むと、次第に音は大きくなって行き、音の発生源は建物の中にあった。その建物は窓も扉も全開で、オブシディアンが中を覗くと、そこには黄色く光る金属を金床の上で叩き伸ばす男の姿があった。その横では、刀の錆びを取り除こうとどうにか試行錯誤する少年の姿もあった。
「藪蘭、錆びは取れそうか?」
「いえ......少しは取れましたが、まだまだです......」
「そうか...ん?」
熱した鉄を打つ男が、伸ばし切った鉄を冷やすと同時に、店の入り口に佇むオブシディアンに気付く。
「なんだ客人か。すまねぇ、鉄を打つ音で気付かなかった。藪蘭、ちと手が離せねぇからよ、相手してやってくれ。」
「はーい。」
藪蘭と呼ばれた少年は、錆びた刀を乾いた布の上に置くと、オブシディアンの方へ駆け寄る。
「どうも。何か御用ですか?」
「......」
オブシディアンは目的も無くここへ来たので、何とかこの場を逃れる口実を考える。ほんの一瞬考えた所で、丁度良い口実を思いついた。
「神子を探している。何か知らないか?」
時の神子に頼まれた事。残り2つの内の1つは、この街だ。
「ミコ...ミコというのは?」
「神子つったらあれだな。こっから西に行ったとこに墓がある。しかし、そんな事は周知の事実だ。あんた、今のまつりごとの神子の事、なんか知ってるのか?」
藪蘭の後ろで男が刀を打ちながら問う。
「ここの神子は......死んだのか?」
「なんだぁ?まさか知らねぇのか?まぁ立ち話もなんだ、そこの畳の上の座布団座りな。」
「俺お茶取ってきます!」
「ん?まさかお前、傘も差さずに外歩いてたんか?下駄は履いてるみてぇだが...」
男は作業がひと段落したのか、形の整った刀を作業台の上に置き、オブシディアンに近くに畳んでいた布を投げると、3つある座布団の内の1つに座った。オブシディアンがキャッチした布からは、微かに花の香りがした。布で頭部を拭くふりをしながら、畳の上に上がり、座布団に胡坐をかく。
「にしても変だな、服が全く濡れてねぇなんてよ。」
身体を溶かし、水溜まりに潜れるオブシディアンからしてみれば、雨に濡れるのと潜るのでは大した差は無い。だが、それを隠すとなると話が変わって来る。
「まぁそんな事は良いんだ。そんで、神子の話をしようか。」
丁度良い所で、藪蘭も全員分の茶を淹れ座布団に座る。
「数年前の話だ。まつりごとの神子、ミズヒキってんだが、大災害が起こる少し前だったか、何者かに殺されてしまってな。それが誰なのかは知らんまま、今歴史の闇に葬り去られようとしてる。結構民達とも積極的に関わりを持っててな。俺もたまに話す事があった。笑顔の絶えない地母神みたいな人だったよ。そんで、なんで探してたんだ。」
『......』
(私以外の神子も、私と同じ呪いに侵されている。助けてやってくれないか?)
素直に話して、それをそのまま受け止めてくれるかは分からない。
だが、頼みを受けた以上、何としてでもやらなくてはならない。
『もし、生きてるかもしれないと言ったら、信じるか?』
「......確かに、俺達も死体を見た訳じゃねぇ。ここから少し西に行ったら神社がある。そこの裏庭に墓があるが、その辺の整備は誰もやって無くてな。雑草が生え散らしてるし、塀もボロボロ。もしかしたら何か手がかりが掴めるかもな。」
「それ、僕も行ってみていいですか?」
「お前、親父がここに来るかもしれないって事を予測して逃げようって魂胆だな?」
「うっ.....」
横で2人の会話を聞いていた藪蘭が突如口を開く。
『親父?』
「こいつの親父、道場をやっててな。と言っても、今はこいつと父親しか居ないがな。たまに道場を抜け出しては、ここで俺の手伝いしてるんだ。まぁ最近バレそうになってるがな。中々腕が立つもんで、俺も匿う代わりに扱き使ってんだ。」
「...行っちゃ駄目ですか?」
「匿う手間が省けるから構わねぇぜ。ただ、その刀は持て行っときな。それがここにあるのバレたら間違いなく責められる。」
『その刀は?』
「気になるか、こいつが道場から持ち出して来たんだけどよ。さすがの俺も戻して来いって言おうと思ったんだが、そこで気付いたんだ。この刀、妖刀なんだ。」
『妖刀?』
「神子石って知ってるか?」
『いいや...』
「そうか、その石はな、人の意思に反応して、特別な力を発揮する。ダジャレじゃないぞ?例えば少し遠くにあるものを掴みたいって時に、神子石を使った棒か何かを、掴みたいものに伸ばせばそれに巻き付いたりする。便利だろ?妖刀ってのは、そんな人の意思が宿った神子石の刀だ。神子石自体、そこまで頑丈じゃないんだが、独自の加工を施すことで岩をも一刀両断出来る強い刀になる。」
「まぁ、あくまで刀だ。正しく使わねぇと簡単に折れるぜ。とまぁ、そんな刀がそこに置いてるもんだ。前の持ち主は知らん。だが、そいつの意思がまだ残ってやがる。もしかしたら、錆び取りして研いだら使えんじゃねぇかってな。」
『つまり刀だったら、身軽になったり、切れ味が良くなったりって所か?』
「あぁ。そんなとこだ。ってな訳で、俺から話せるのはこんな所だな。そんじゃ、俺は作業に戻るから、藪蘭の事頼んだぞ。」
男はそう言うと、先程まで座っていた木箱に腰掛けた。
『...じゃあ、行くか。』
「はい!」
2人は鍛冶屋を出ると、神子の墓があるという神社へと向かった。
To be continued.




