ep.4 小学校からの腐れ縁
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世界史のテストが返された日の放課後、俺は職員室へ行き、“緑色のホトトギス”について分かったことを報告した。
「なるほど。書けと言われた、って言ってたのね」
「そうらしいです。あとは報告した通り、怯えた様子で何も答えてくれなくて」
「そう……」松浦先生は考え込んだ表情で言った。「分かった。ありがとね」
「あの、聞きたいことがあるんですが──」
翌朝、俺はいつもの通り登校した。昇降口で靴を履き替えていると、紫月が後ろから声を掛けてきた。
「朝から浮かない顔しているね。何かあったのかな?」
俺は紫月から顔を逸らした。
「昨日、僕が言ったことなら言いすぎたかもしれない。でも──」
「いや、紫月の言う通りだ。浮かない顔なのは別の件でな」
「ほう?なら、話題を変えて、気分を変えよう」紫月は人差し指を立てた。
紫月はいつも陽気でふざけた口調だ。バカにされてるのか慰めようとしてくれているのか分からないときがある。
俺たちは靴から上履きに履き替え、廊下を歩いた。
「湊斗くんに頼まれた件だが、違和感無しという結論に至った」
「もう出たのか?早いな」
俺が感心して聞いていると、紫月は片方の広角を上げてふふん、と言った。
「君が言った人間関係について。一言で言うと良好だよ。先輩方は優しいし、美人だし」
美人?聞かなかったことにしておくか。さて、
「丹羽はどうだった?」
紫月は首を傾げたが答えてくれた。「彼は……とても良い人間関係を築いていると思うよ。僕たちとは違って人当たりがいいし」
「先輩になにか言われているような様子はなかったか?」
「ないよ」紫月は感づいた口調で言った。「松浦先生になにか頼まれたんだね?」
「何でそう思う?」
「ふん、それはね。湊斗くんが校内放送で呼ばれてるのを聞いたからだ。少し考えれば誰だってわかるさ。一体丹羽くんのなにを調べてる?」
「ちょっとした人間関係だ。なにも無さそうで安心した」
階段を登り掛けていた紫月の足が止まった。俺は何段か上がったところで立ち止まって彼を見下ろした。
「嘘をついているね」紫月の目付きが鋭くなった。「人間関係を調べるなら松浦先生が本人から聞けばいい。それをわざわざ君に頼むということは別の問題について調べている。違うかい?」
紫月に隠し事はできないか。さすが小学校からの腐れ縁だ。打ち明けよう。
「ある答案について調べている。“緑色のホトトギス”だ。部活の先輩とか話題にしてなかったか?」
「いや、うちの部活動でそんな話題は出てないね」
「そうか」
「丹羽くんが書いたのかい?」
「そうだ。何者かに書けと言われたそうだ」
「なるほど。先輩の中に書けと命じた人物がいると思って、僕に調査を依頼した……と」
「そういうことだ。部活動内でいないとすれば考えられるのは……」
「君はもう、わかっているようだね」
笑みを浮かべたこの言い方、こいつも分かってるな。
「どうだろうな。よく分からなかった」
確証はない。だが昨日の先生の反応を見るに間違いないだろう。俺は再び階段を上がった。
「もしかして……僕の報告を待たずに松浦先生に報告したのか?」
紫月は駆け上がり、俺の隣に来た。相変わらず君は、と言われたが無視して俺は話を続けた。
「最初は犯人当てのつもりだった。でも先生が俺の推理を聞き終えた途端、体調が悪い、と言って俺を職員室から出したんだ」
俺はさらに続けた。
「先生の開けてはいけない記憶の蓋を開けてしまったのかもしれない」
今朝のホームルームに松浦先生の姿はなかった。