ep.11 おまけ:葵姫花からの挑戦状1
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窓際の席は、陽が差し込んで暖かかった。
休日に俺は、ある人物に呼び出されてファミリーレストランに来ていた。
店内は静かなオルゴールの曲が流れ、美味しそうなコーヒーの香りが漂う。
テーブルを挟んで向かいに座っているのは、青いワンピースに白いカーディガンを身に纏い、サングラスを掛けた幼馴染みだった。
俺と彼女は、ホットコーヒーを頼んだ。
「湊斗さん」葵さんはサングラスを外し、テーブルの上に置いた。「わたしの挑戦を受けてくれますか?」
彼女の目は真剣そのものだった。
「ああ。いいけど」
そう言うと、葵さんは目を輝かせ、バッグから1冊のノートを取り出した。小学生の時に毎週のように受けていた挑戦を高校生にもなって受ける日がくるなんて。
ウェイトレスの女性が、ホットコーヒーを前に置いて去っていった。俺は会釈をして、葵さんは女性の目を見て、ありがとうございます、と言った。それから俺を見た。
「今回の事件は、密室事件です」
「どれどれ」俺は葵さんからノートを受けとり開いた。
以下、葵さんが書いた推理小説です。分かる人はすぐに分かります(作者より)
昔々、あるところにお爺さんがいました。趣味は盆栽で、庭には綺麗に剪定された盆栽たちが飾り棚に置かれていました。
ある日、お爺さんが買い物から帰宅すると、盆栽の枝が折られていました。
お爺さんは犬を一匹飼っていて、その子の仕業かと疑いましたが、犬はリードに繋がれていて、飾り棚の近くには行けても、盆栽本体に手を出すことは不可能です。
「誰じゃ、こんなことをしたのは」お爺さんは辺りを見回します。
飾り棚のまわりには犬の足跡のみ。人間がお爺さんの自宅に侵入した痕跡はなし。
盆栽の枝を折った犯人は誰でしょう?
「なるほど」俺は視線を葵さんに移した。
彼女は優雅にコーヒーを啜っていた。
「分かりましたか?」葵さんは、ワクワクした視線をこちらに向けてきた。
「うーん。いくつか聞きたいことがある」
「はい」
おそらく葵さんは、この話を一生懸命考えてきたに違いない。早く当てれば、彼女はきっと沈んだ表情になるだろう。俺は彼女の笑みを崩したくない。だから最初の質問は、
「犬の種類は?」
「柴犬です。名前はマロンです」
「そうか」そんなに自信たっぷりに言われても。
「この家はお爺さん一人暮らしか?」
「はい……そうですけど」葵さんは不思議そうに見てきた。
縁側からお婆さんが出てきて、盆栽を石か何かで狙撃したなんていう、もはや何でもありだろうという答えを回避するための質問だ。許してくれ。
「葵さん、答えが分かった」
「分かったんですか?」
「犯人は、お爺さんの隣の家の住人だ。おそらく子供だろう。ボールを投げて遊んでいたら、隣の家まで飛んでいってしまった。それが盆栽の枝に直撃して折れた。
飾り棚のまわりに犬の足跡があったのは、落ちたボールを拾って遊んでいたから。ボールはおそらく犬の……マロンの小屋の中にでも入ってるんだろう。
この事件は、外から力が加わることで出来た密室事件だ」
「御名答、さすがです」葵さんの顔がほころんだ。
「葵さん」俺は彼女を正視する。「こうしてわざわざ呼び出すということは、他になにか用があるんだろ?」
「はい。実はご提案が」葵さんは真面目な面持ちに変わった。「一緒に部活動を作りませんか?」
俺はその提案をすぐに応えることが出来なかった。