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9話 寄生

前回までのあらすじ


いよいよ討伐作戦が始まった。ガラナ&ポリプの2名と協力しカニを追い詰めたかに思えたが、事前情報に無かった攻撃やあり得ない挙動に形勢逆転されるエイジャー。


果たして4人は勝つことはできるのか、あり得ない挙動を繰り返すカニの正体とは?

「ゲン!娘たちのところへ向かってくれ!このままでは…!」


「落ち着けよ親友!まだ指示が出てねぇだろうよ!」


 砲撃が始まる少し前…港にいるラッツたちは一瞬のうちに形勢を逆転され、劣勢に陥った3人を目撃していた。


 海上に視線を移せばアルタムたち…先日の戦いで負傷したガルフィン族を船に乗せ、ポリプが相殺できなかった攻撃に対処するため無理を押して参加した防衛部隊がどうすべきか言い争っている…非常にまずい状況だ。


「私も行く!乗せて!」


(くそっ!どいつもこいつも感情で動こうとしやがって!)


 暴れるルルを羽交い締めにしながら、ラッツは次の策を打つべく考えを巡らせる。扇ガザミの先日とは別物のような挙動の数々を踏まえると、船で救出に向かったところでいたずらに犠牲者を増やしかねない。

 かといって負傷したエイジャーたちに継戦能力は期待できず、彼らが自力で逃げ切ることも難しい。つまり残された策は…

 

「…砲撃隊。お前たちの練度を信用したい」


 支援砲撃を行うことで隙を作る、あわよくばそのまま討伐することだった。

 だがすぐ傍には負傷者がおり、それがどんなリスクを孕んでいるかは言うまでもない…アルタムは自由に動かせない体を船から乗り上げ、鬼気迫る表情でラッツへ叫ぶ。


「正気か小隊長!?娘たちを殺す気か!」


「今はそれしか全滅を防ぐ手はない!それにガラナは健在、こちらが合わせれば退避は可能なはずだ…彼らを信じろ!」


 憎しみがこもったアルタムの視線を横目に、ラッツは無慈悲な砲撃指示を出したのだった…


──────────────────


「…ここまで離れれば大丈夫だ。ありがとう」


 砲撃のサインを確認したガラナは2人を抱えつつ、なんとか着弾範囲から離脱していた。焦りで余計な体力を消耗しているのもあり呼吸が乱れているのを見たエイジャーは、やはり3人で逃げるのは不可能だと確信する。

 退避か継戦か…どちらにせよこの砲撃の後には隙が生まれるはず。エイジャーは槍を持ち、次の一撃を放つための構えに入る。


「砲弾が来た…!揺れるぞ、2人とも備えろ…!」


 3人が退避した直後、見計らったかのように砲弾の雨が降り注ぐ。扇ガザミはまたも腕を上げて防御姿勢を取るものの魔力で埋め合わせた鋏は本来の甲殻よりも脆かったのか、根元を残して腕の9割が吹き飛んだ。

 ギチギチと苦しそうな音を鳴らして動きが止まっている今が好機─そんな考えを嘲笑うかのように、腕そのものをオーラで即座に復元してしまう。


「そんな…!これじゃ何をしても止まらない!」


(1回目の襲撃は大砲で撤退したのに今回は引かず、情報になかった攻撃や再生手段まで用いてきた…まるで適応してきているみたいだ)

 

 やはりこのまま野放しはできない…そう判断し槍を投げようとしたその時。殺気、あるいは虫の知らせ…五感では察知できない何かを感じ取ったエイジャーは咄嗟に体を逸らす。

 嫌な予感は的中し、直後に放たれた心臓へのオーラの一撃はなんとか反応できたものの避けきれず、今度は左肩を貫かれてしまった。


 骨の砕ける音が聞こるとともに耐え難い激痛が走り、エイジャーはショックで思わず糸が切れた操り人形のようにだらりと倒れこんでしまった。


「エイジャー!しっかりしてよ!…そんな…」


 必死に叫ぶガラナの声は震えている。エイジャーは呼びかけに反応せず貫かれた肩の出血も早い…圧倒的な劣勢に負傷者2名…残された彼の心はすでに限界だった。


 だが劣勢はそれだけではない。扇ガサミはオーラで復元した腕をさらに巨大化させたかと思えば海面を揺らし始め、まるで荒天の海のように波を荒らし始めたのだ。

 いくら水中に適応したガルフィン族といえど荒波の中で身動きを取ることはできない…ましてや動けない2人を抱えている状態では、彼らを溺れさせないよう耐えるだけで精一杯であった。


(なんとか…なんとかならないのか!)

 

 荒波に必死に耐えながら、なんとか状況が好転することを祈っているガラナにさらなる絶望が降りかかる…十メートルをゆうに超える大津波が目の前から迫ってきている!


 あれは後方の防衛部隊でも止められない…それどころか町を丸ごと押し流し、1人残らず全滅してしまうだろう。


「もう…無理だ」


 砲撃は無意味。エイジャーはもはや戦える体ではなく、波を止める術もない。

 どうしようもない。ガラナは残酷な運命を受け入れようとしていた。僕たちは頑張った、みんなと逝くなら悪くない最期じゃないか…と。

 

 目を閉じすべてを諦めようとしたその時、抱えているポリプが何かを伝えようとしていることに気が付く。最期の言葉を聞こうと耳を近付けると、絞り出すように彼女は叫ぶ。


「ガラナ…頑張れ…!」


 頑張れ。


 頑張れ?何を?もうできることはない。


 昔からそうだった。みんなの期待を裏切って、自分が嫌になって孤立して…変わらぬまま一生を終えるのだ。


 ガラナは静かに首を横に振った。だがポリプはさらに続ける。


「ガラナは…必ず練習に来てくれた。また明日って約束を破ったことは…一度もない。だから私を守るって約束も…絶対に叶えてくれるって…信じてる!」


「それは…ポリプに会いたかったから」


「どんな理由でもいい。だから約束…また明日、ね?」


 なぜだ。

 

 なぜ信じてくれるのだ。


 せっかく諦めて楽になるつもりだったのに…


「分かった…分かったよポリプ。でも期待はしないでほしい」


 ガラナは槍を構えた。どうせなら最期くらいカッコつけてもいいじゃないか、またダメでも恥じる前に死ぬのだから、と。

 本人はヤケクソのつもりだが、絶望と諦めに満ちていた目には立ち向かう意思が戻りつつあった。



「僕に魔法を?無駄だよ…秘術も使えないのに」


 作戦の前日にエイジャーが縄張りへ訪れた際、ガラナに魔法を教えようと部屋を訪れてきた。いざという時の護身になるからどうしても、と。


「俺も秘術を持たないけど魔法が使えるんだ、試す価値はある。それに…大事な人を守れる力をつけてほしい。俺のような後悔をしてほしくないんだ」


「…1日で出来るわけがない。でも聞くだけなら」



(エイジャーから教わったこと…まずは精神を落ち着けて、体に流れる魔力を感じ取る…これか!)


 深呼吸して目を閉じると朧気ではあるが、全身を巡る何かをぼんやりと感じる。覚悟を決めたガラナの集中力は、この絶望的な状況において極限まで研ぎ澄まされていた。


(次は魔力を一点に集めて精霊へ呼びかける…精霊たちは気分屋、頭に浮かんだ素直な…言葉を…声に出す…べし…)


 確かに思い浮かんだ言葉がある。一族と密接な関係がある水、それを司る精霊に力を借りること。そして何より…


(こんな状況で言うことかよ!でもそのまま言えって…ああもう!上手くいっても恨むからな!エイジャー!)


「始まりの海を讃えし精霊たちよ…だ、大好きな人を守るために!明日も一緒にいるために!僕に力を貸してほしい!!」


 すると呼びかけに応えるかのように槍の切っ先が青く染まり、ガラナの周囲を青い魔力が巡り始める。本来ならばここで『水付与』と叫べば魔法が使えるはずなのだが反応しない。


 失敗か─再び絶望に飲まれつつあるガラナの脳内にあるビジョンが流れ込んでくる。今、本当にやるべきことを導くように。

 それは自分が水そのものを自在に従え、巨人の体のように振る舞う景色。


(幻覚…誰かが教えてきてる?でもこれが実現できるなら!)


「海よ僕の眷属となれ!『ダーナクア・ヴォルヴィーグ!』」


 ガラナの叫びに応えるように周囲に発生した青い魔力は海へと潜り、大量の水を巻き込みながら巨大な腕を形作った。

 迫りくる大津波に向けて槍を振るうと、巨大な腕は大津波を真っ向から受け止める。


(重い…っ!それにすごい勢いで魔力を消費してるのが分かる!これじゃ…押し負ける…!)


 発現したばかりの未熟な力は町を飲み込む規模のそれを食い止めるにはまだ心許ない。腕を操る槍は今にも折れそうで、ガラナ自身も押し返されつつある。


 これでも勝てないのか…諦めかけたその時、背中がふっと軽くなる感覚を覚えた。振り返るとエイジャーとポリプが青い魔力を纏って水に浮き、共に槍を握って押し込もうとしている。


「ガラナ…!私の魔力を使って…!あいつを倒したらさっきの話、ちゃんと聞かせてね?」


「…離脱してすまない!俺の魔力も使って一気に押し返そう!」


 3人の魔力と想いを乗せた水の腕はさらに大きくなり、徐々に津波を押し返す。衝突する2つの大きな力はお互いを飲み込まんとし、海はさらに荒れ狂っていく。


(これ以上は海上のみんなが危ない!僕が…僕が守らないと!)

 

「「「いっけえええええーーー!!!!」」」


 渾身の力を込めて槍を押し込む。両者は凄まじい水しぶきを散らしながら崩れ去り、荒れ狂う波も徐々に鎮まっていった。


 だがまだ終わりではない…扇ガザミを視界に捉えた2人は頷きあい、言葉を交わすこともなくエイジャーを真上に蹴り上げ、ガラナは叫んだ。


「ここで待つ!エイジャーなら倒せるって信じてるから!みんなで戻って約束を果たそう!」

 

「…分かった。必ずこれで決める!『雷付与』!」


 右足に纏う電撃はみるみる大きくなり雷鳴が鳴り響くほどの規模へと変わっていく。それを扇ガザミは大量の泡を発射し妨害を図ろうとしたものの、ガラナによって再び構築された水の腕がすべてをかき消した。


「そのまま槍を蹴って!僕がサポートする!」


「頼りにしてるぞガラナ!…行くぞ!この一撃に全てを乗せる!」


『突式 駝鳥蹴撃・空』!!!


『ダーナクア・ヴォルヴィーグ』!!!


 オーバーヘッドシュートよって放たれた槍は2つの力を纏いながら一直線に飛んでいくと、オーラで構築された鋏を螺旋に回転する水で削り、雷が甲殻を砕きながらついに弱点を貫いた。

 凄まじい稲光と轟音が収まった時に皆の瞳に映ったのは…扇ガザミが完全に沈黙した姿。


「目標、沈黙…エイジャーがやりました!我々の勝利です!」


 ラッツは憲兵の報告を確認し、終戦の信号弾を空に放つ。それを見た人々…作戦に参加した者だけではない。戦いの様子を高台から見ていた民間人も含めた全員がその勝利に歓喜の叫びをあげた。


(よくやってくれたな…ここからは俺達の仕事だ)


「急いで3人の回収に向かってくれ!医療班も!絶対にあいつらを死なせるな!」



「縛って抑えるだけじゃ止まらないかも…すぐ迎えが来るから頑張って。死んであの子を泣かせたくないでしょ?」


 一方こちらは最前線。ガラナは落下してきたエイジャーとポリプを倒れた扇ガザミの上に引き揚げ、穴の空いた左肩の止血を試みていた。


「それは困るな…生きて戻らないと。それより…ポリプは…?」


「寝てるけど命に別状はないと思う。それと─」


『思ったよりやりよる。まったく小賢しい』


 ガラナは聞き慣れぬ声の出処を探す。エイジャーやポリプではないし足元の扇ガザミでもない。ではどこから…?

 さらに見渡すと全長20センチもない、ハエのような姿をした何かが上空からこちらを見下ろしていることに気が付いた。


(なんだあいつ…魔族…が喋った?)


『小生はパラブブ…姫様より力を授かった選ばれし精鋭』


 エイジャーはガラナの静止を振り切って起き上がると声の主を睨みつける。パラブブと名乗った魔族はその様子を数秒見つめた後、鼻で笑ってみせた。


「こいつは明らかに生物の動きじゃなかった…お前が操ってたんだな」


『いかにも。小生は他者に取り付き、力を増幅しつつ操ることができるでな。ようやく慣れてきたところで壊れてしまったが』


 異常な反応速度や破損部位をオーラで再生する事から何かしらの介入は予想していたが…そんな能力を持つ魔族はエイジャーも聞いたことがない。

 それに力を与えたという『姫』…王都を襲撃した中に女性の声が混ざっていたことを思い出す。恐らくそいつの部下なのだろう。


「…王都を襲撃した奴らはどこだ。俺を生かした目的はなんだ」


『この程度の傀儡で苦戦する雑魚に教える義理もなかろうて。せいぜい拾った命で足掻くがよいわ』


 最後にもう一度鼻で笑ってみせると黒いオーラがパラブブを覆い尽くし…どこかへと消えてしまった。

 負傷した3人を殺すことは容易かったはずである。にも関わらずどこかへ去ってしまった…奴の言う通り、今のエイジャーは取るに足らぬ虫ケラなのだろう。


 もっと強くならねば…己の非力を悔やみつつも大きな脅威が去り、町を守ることができたという安堵から張り詰めていた気の糸がぷつりと切れる。同時に誤魔化していた消耗が一気に畳み掛けてきて、気力がついに底を尽きた。


「後…は…たのん…」


 必死に意識を保とうとするも視界はみるみる暗くなり─再び力なくその場に倒れ込んだ。


「エイジャー…?おい!?すごい血だ…早く来て!早く!!」


「止血準備急げ!注射もだ!…君は!」


 意識不明となったエイジャーは到着した救助班によって担ぎ込まれ、大急ぎで基地へ搬送されるのだった…


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