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8話 扇ガザミ討伐作戦

前回までのあらすじ


町を襲った巨大カニの討伐にはガルフィン族の協力が不可欠、しかし数少ない要員の内気な少年 ガラナは葛藤を抱えていた。

男女4人が互いに思いをぶつけ和解し覚悟を決める中、いよいよ防衛戦が幕を開ける。

「こういうのは初めて着るけど意外と動きやすいな。微妙な抵抗に慣らしておかないと…」


 作戦会議から2日後、太陽が頂点に向かう頃…作戦開始を目前に控えた3人は立ち回りと装備の最終確認を行っていた。


 エイジャーは海上で戦うためのマリンスーツを。

 ガラナ、ポリプは馬用の鞍を改造し、武器を多数保持できるようにしたジャケットの最終確認を行っていた。

 それらは町の職人や組合が作戦のために超特急で改造・用意してくれたものである。


「報告します。民間人の避難ならびに戦闘配置が完了、私も直ちに砲兵へ合流します。以上」


「報告了解。いよいよ作戦開始だ!総員気を引き締めろ!」


 ラッツの檄に応えるように各所から雄叫びがあがる。成否によってはさらなる被害を出してしまう重要な作戦だが、その士気は十分なようだ。

 ラッツは湧き上がる兵士たちを後にしてエイジャーの元へ歩み寄ると、胸の前に拳の甲を差し出した。それは騎士団で交わされる誓いや激励のサインである。


「最前線の指揮は任せる。お前の背中には仲間がいることを忘れるな」


「はい。俺も含めたみんなで生き残り、勝利を祝いましょう」


 エイジャーも拳を突き出してお互いの甲を合わせる。2人の顔に不安はなく、お互いへの信頼に満ちていた。


「…でいいよね、ルル?」


 それを聞き届けたルルは満足げにサムズアップで返答する。エイジャーが無茶をしないか見張るため、基地ではなく港で彼を待つことにしたのだった。


(あのエイジャーが守るべき者に自分を入れさせた…やるな)


 ラッツはエイジャーのことをよく知っていた。過去に由来した、己を顧みないにもほどがある性格のことも…

 

「これより扇ガザミ討伐作戦を開始する!必ずや目標を討ち果たし、我々の平穏を取り戻せ!」


────────


「エイジャー大丈夫?振り落とされないでね」


 作戦開始と同時に海へ飛び出した3人は、標的を探すため海上を進んでいた。一族でもトップの泳力をもつガラナのスピードは凄まじく、全力の直線ならば時速100キロを超えるという。

 下手に騒いで標的を刺激しないようぶっつけ本番、海という慣れないフィールドということもありエイジャーは操縦にやや苦戦していた。


 捜索を開始してから数分…突如足元に巨大な影が出現し、その影はみるみる大きくなっていく。エイジャーはサインを出して急いで影から離脱させると、横幅5メートルはあろうかという異型の扇ガザミ…今回の標的が姿を現した。

 

「でかい…!まずは標的の規模を掴みたい!奴のまわりを一周したら止まってくれ!」


 エイジャーが肩を右手で2回叩くと、サイン通りにガラナが右回りに旋回する。後方にいるポリプは2人の動きを視認し、それに続いた。


 種族を超えた共闘を行う今回の作戦において、連携は最も重要な要素である。

 慣れない水上で例外的な脅威を相手にしつつ連携ミスを減らすため、指示方法は次のように決定した。


①叩く手の左右で曲がる方向を。

②足の左右では加減速。

③両手で叩けばその場で潜り。

④両足ではジャンプのサイン。


 …といったように、ガラナを叩く手足の組み合わせで指示を出すというものだった。

 これは戦闘に向かないガラナがパニックに陥り声が届かなくなる可能性を危惧したのと、指示を機械的にすることでエイジャー自身の処理負担を軽減する狙いがある。


 一方で落ち着きのあるポリプには細かい指示を出さずに標的に対して2人が盾になる位置を常にキープさせ、町へ影響のある攻撃の相殺とサポートにのみ集中させる。

 これは複雑な連携をなるべく分業・簡略化すべきとするラッツと、2人の人柄と関係性に理解のあるエイジャーによって生み出されたものだった。


(甲殻に大きな傷はなし、大砲のダメージはすでに完治しているみたいだ…あの分厚いハサミを破壊するか、掻い潜って攻撃するしかなさそうだ)


『雷付与』!


 ガラナを操縦して扇ガザミの周囲を旋回し正面に向き合うと、エイジャーは剣に電撃を宿し、背中の上で踏み込みの構えを取る。


「すぐ戻るからここで待機だ。少し背中が痛むけど我慢してくれ!」


「『刃式・隼突撃』!」


 エイジャーは鞍を抉る勢いで踏み込み、一直線に突っ込んでいく。ルルと指輪による癒やしで心身ともに回復し、王都を出てから放った中で1番の速度と威力が乗ったなかなかの一撃。


 だが扇ガザミはそれを上回る速度で反応し、なんと攻撃を受け止めてしまった。堅牢な甲殻に包まれた鋏にはわずかなヒビが入ったのみである。


(硬い!それにこの反応速度…だけど今ので肉が露出した、内側からの攻撃なら!)


 エイジャーはすかさずナイフを抜いて持ち替えると、わずかに入ったヒビに突き立て電撃を送り込む。

 目論見通り体内に流し込まれるものまでは防御できず、感電した扇ガザミの動きが止まる。その隙にガラナへ飛び移り右腕を上げると、サインを確認したポリプが何かを投げ渡した。


「我々の槍を譲ってほしい?」


 作戦の前日…エイジャーは族長アルタムにとある相談をするために、ガルフィン族の縄張りを再び訪れていた。


「はい。先日お邪魔した時に立て掛けてあるのが見えて…相手は甲殻に覆われています、斬るよりも一点を突ける槍の方が有効ではないかと思いまして」


「もちろん協力しよう!だが奴の甲殻は分厚く硬い…ただ突くだけでは意味がないぞ?それともなにか秘策があるのか!」


 エイジャーは気まずいような、申し訳ないような表情を浮かべて葛藤した後、耳打ちでこっそり説明する。

 その妙案にアルタムは大笑いするとその声が洞窟内に響き渡り、皆が何事かと集まってきてしまった。


「騎士団の人間は珍妙な技を使うのだな!いいだろう!ありったけ用意させるから好きなだけ使い捨てるといい!」


「こんな事するのは私だけですよ…ありがとうございます。皆さんの誇りを使うに恥じない成果をあげてきます」


 エイジャーはポリプから投げ渡された槍を見る。水中での抵抗を減らすため細く、そして鋭く作られた刃はさらに研がれており、柄は"秘策"のために少し短く切り落とされていた。

 エイジャーは槍を上に放り投げると軽く飛び、回転しながら電撃を纏った足で強烈に蹴り飛ばす。


『突式・駝鳥蹴撃』《トリーテン シュトラウス》!

 

 駝鳥蹴撃はその名の通り、投げた武器をダチョウの如き強烈な脚力により相手へ蹴り飛ばす技である。


 手で扱うよりも破壊力が高い一方で、武器を失うリスクの大きさからエイジャーも滅多な事では使おうとはしない型…

 今回はガルフィン族の了承を得、槍を使い捨てにすることでそのリスクを踏み倒したのだ。


 電撃を纏った槍は空気を切り裂きながら突き進み、隼突撃よりもさらに早く重い一撃は扇ガザミの甲殻を砕いて貫通、胴体へ穴を開けることに成功した。

 だが組合から予め教えられていた弱点と考えられる部位─両目の間からは少し逸れてしまった。海上特有の揺れにより狙いが乱れたのだ。


(水上での精密射撃は困難、それにあの反応速度では一度感電させるないと隙も作れない…まずは腕の破壊を優先すべきか)


「ポリプ!港へサインを!花火が上がったら一度離脱する、2人とも準備しておいてくれ!」


「分かりました!行きますよー…!」


 ポリプは両腕を水面に対して垂直に突っ込み持ち上げると、数メートルの巨大な水柱がせり上がった。これは予め決めていた憲兵隊への支援要請のサインである。


「…!標的と交戦中のエイジャーより支援要請のサインです!」


「総員砲撃準備に入れ!射角調整は済んでいるな!」


 砲撃隊の返事を確認したラッツは空に向かって信号弾を放つ。実包に内蔵された火薬が連続して爆発し、音と煙で沖にいる3人へ砲撃と退避のサインを送った。


「王都騎士団 憲兵隊の練度を見せてやれ!撃て!!!」


 号令に合わせて一斉に砲弾が発射される。サノヴァ商会より提供された迫撃砲の飛距離は十分、回避が間に合わないと判断したのか扇ガザミは即座に鋏で防御した。

 完全破壊には至らなかったものの甲殻は大きく砕け、肉だけでなく体液が露出するほどの損傷を与えた。降り注ぐ質量攻撃により巨体は大きく揺らぐ。


「目標への着弾を確認!気を抜くな、いつでも次弾を撃てるようにしておけ!」


 ラッツは沸き上がる憲兵隊を一喝すると深呼吸した。

 本格的な鉄火場は久しぶりの彼だが腐っても隊長格である。順調にも関わらず決して油断をすることはない…不穏にざわめく胸を落ち着かせ、不測の自体に備えようとする。


(用心に越したことはない。気を付けろよ、お前たち─)


 一方こちらは最前線。砲撃が止んだのを確認した3人は急いで標的の下へ戻ると扇ガサミの状態を確認する。

 大質量の攻撃を何度も受けてさすがに堪えたのか破損した腕をだらりと垂らし、動きもかなり鈍っていた。


 今ならば正確に狙えるはず─ポリプへ次の槍を要求しようと右腕を上げたその時。扇ガザミの口から何かが勢いよくが放たれ、エイジャーの脇腹を貫いた。

 認識よりも早い一撃─回避もままならず直撃したエイジャーは痛みで膝をつく。足元のガラナですら何が起きたのかを把握するのに数秒の時差を要するほどの、ほんの一瞬の出来事だった。


「エイジャー大丈夫!?血が…血が…!」


 パニック寸前にあるガラナの背を左手2回、左足2回叩く。『加速しつつ左旋回しろ』のサインで我に返ると、我に返ったガラナは急いで旋回しつつ距離を取る。

 被弾した脇腹を見ると肉は数センチ抉られ出血もひどく、放置するのは危険な状態であることは明白だった。


(あまりいい方法ではないけど仕方ない、今は継戦力が優先だ…!)


 エイジャーは電気で熱したナイフを傷口に押し当てる…焼灼止血法だ。肉が焼ける音と嫌な臭い、何より強烈な痛みにエイジャーはうめき声を漏らす。

 強引に止血した後再び扇ガザミを見ると、持ち上げられた腕は再生…否。破壊された部分を黒いオーラによって埋め合わせられていた。


(あれは…魔力反応?まさか実体化して修復したのか!?)


 だが悪い報せはそれだけではなかった。扇ガザミは強引に修復した鋏を閉じて海水をさらい始めている…津波を起こすつもりだ!


「…ポリプ!津波だ!カバーを頼む…!」


 突然の事態においてもすぐに切り替え、己の立場を堅持していたポリプはすぐさま扇ガザミの正面に移動すると、広げた両手を羽ばたくように動かして小さな波をいくつも発生させる。

 両者の起こした波は何度もぶつかり合い海面を大きく揺らしたが、相殺された津波は港へ到達することなく消滅した。


「助かったよポリプ…正面は危険だ、こちらへ戻れ…!」


 その直後。扇ガザミは2人の下へ戻ろうとするポリプめがけて大量の泡を発射した。相殺しようと急いで構えたものの、一瞬反応が遅れたため被弾…姿が見えないほどの量に包まれてしまう。


「え…?」


「…ガラナ!あの子を助けるぞ!潜れ!」


 エイジャーは背中を両足で強く叩き潜るよう指示する。体を動かせないほどの疲労を与えるのが泡の性質ならば、その中に突撃するよりも沈んでいるところを救助すべきだと瞬時に判断したためである。

 一瞬の放心から我に返ったガラナは潜水し、沈みゆくポリプを発見して救出すると急浮上し、頬を叩きながら必死に声をかける。


「ポリプ!…ポリプ!目を開けて!ねえ!」


「…ぅ…大丈…失敗…ごめ…ね?」


 ポリプはわずかに目を開き蚊の鳴くような声ながらも返答した。大量の泡に包まれたせいか、他の被弾者よりも遥かに重症に見える。いくら水中で生活できる種族とはいえ、この状態では溺れてしまいそうだった。


 エイジャーは選択を迫られていた。今すぐにでも彼女を退避させたいが、泳力に優れたガラナでも2人を抱えて泳ぐのは負担が大きく逃げ切れない可能性がある。

 しかも標的に撤退する様子はなく、事前情報にない魔力を用いた立ち回りも見せている。仮に逃げ切ったとして、港にいる皆の安全が脅かされるのは想像に難くない。


 何か策はないか…必死に考えたエイジャーは1つの答えを導き出した。


「ガラナ…俺を真上に打ち上げた後、急いで港へ戻れ」


 過去に訓練したことのある空中であれば、海上よりも正確に弱点を狙える…エイジャーはそう考えたのだ。防がれてしまう可能性はあるが、ガラナの泳力ならば稼いだ数秒で距離を離し、逃げられるはず。


 だが失敗すれば町へ到達され全滅、成功したところで1人で泳いで戻らねばならない…それは今の体調では不可能、つまりどちらにせよ自身の命はほぼ無いと言っていい。

 危機的状況と出血により落ちた判断力によって導き出された愚策でしかなかった。


 ガラナもその意図に気付き賛成するはずもなく、声を荒げて反発する。


「何言ってんの…?その怪我で置いていけないよ!あの子との約束を破るのか!?」


「分かってる…!だが持っている手札でこの場を凌ぐには他にないだろ!ポリプがやられた以上は向こうとの連携も取れな…あれは…!」


 エイジャーが爆音に振り返ると港から花火が上がっているのが見えた。砲撃開始のサインだ!


「話は後だ離れてくれ!砲撃が来る…!」


 ガラナは2人を抱え急いで離脱する。直後、再び砲弾の雨が降り注ぎ扇ガザミに襲いかかるのであった。

 

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