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66話 アンガー・マネジメント

前回までのあらすじ


 クレイヴモスにより侵されたエイジャーを治療する現状でたった1つの方法…それは以心電心で技能を共有、寄生するデコイたちをアーサーに焼き殺してもらうことだった。

 ルルと体を乗っ取るセレーネという人物を信頼し魂の移動という前代未聞の治療法を試す中、魂の領域でお互いの想いを知る。


 ルルから受け取った有り余る魔力を携えたエイジャーは殺しの剣を使うと立ち上がるが…



俺は「死」が嫌いだ。


 死ぬ人も残される人も後悔するような、穏やかでない死は特に大嫌いだ。


 俺は母さんの死に目に会えていない。ある日急激に悪化する様態に慌てて走り出し、いつもこっそり薬をくれる医者を頼ったものの。クーデター後の混乱で死傷者を多く出した王都にそんな余裕はなかった。


 あの時無駄足を踏んでいなければ…せめて最期の言葉くらいは交わせたかもしれない。何度も頭の中で繰り返される無意味なたられば話だ。

 大人たちに手伝ってもらいなんとか遺体を弔った日の晩、師匠は俺の前に現れ、こう問うた。


「おヌシは憎いか?こんな場所に追いやった者たちが、母親と引き裂いた運命が」


 初めて会うはずの師匠の訳知り顔な問いにどう答えたかは覚えていない。思い出せるのはスラムの外れにある小屋まで、半ば誘拐のような形で連れて行かれたという結果のみだ。


 師匠との生活の中で何度も言われた事がある。それは「殺しを躊躇しない者ほど強い」だ。人は満たされているほど居場所に固執し、殺しで道を外れることに迷うようになる。

 それは死に直結する隙であるから、躊躇しない者は強い…というのが口癖だった。


 あの人の言っていたことは正しいと思う。王国軍や貴族の私兵だった人たちはみな強い。それは技術もさることながら、殺しが身近な環境にいたからだ。アルジードが歳の割に強いのもそれが理由なのだろう。

 それでも俺は殺しを否定してきた。どんな悪党でも死の間際くらいは穏やかであるべきだと…ここだけの話、最高の一撃を要求してきたロウディにも全力を出せていなかったと思う。心のどこかで情が芽生え、命を奪うことに躊躇したからだ。


 俺は死が嫌いだ。殺しも出来ることなら避けたい主義だ。だけどそれが通用しない場合は考えておかねばならない。そのために編み出したのが”殲却蛮雷”…相手の存在そのものを消し去るためだけにある恐ろしい技たち。


 …予想外だったのは無意識より深い部分でも鍵をかけてしまっていたようで、いつからかこれらの力を能動的に引き出せなくなってしまっていたが。


 みんなに甘いと言われる俺だって怒りや憎しみを感じないわけではない。自分の魂の領域に触れ、ルルから有り余る力を受け取ったことで鍵が外れ、それらの激情が根源から溢れ出ているのを感じる。

 ここでクレイヴモスとブラヒムを消さなければ多くの犠牲者が出る。だから俺は今日─


 この忌むべき力を解放して、殺しの剣を使うことにする。


───────────────


「オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛…!!!」


「こいつしぶとすぎんだろ…何分くらい経った?」


 業火に包まれながら再生と焼却を繰り返すブラヒムを、アルジードはやや退屈そうに眺めていた。万が一に備えて見張っておくべきと判断した彼もはじめこそ緊迫した様子だったもののあまりのしぶとさ、そして先の戦闘による疲労で気が緩みつつあることは否めない。


 元王国軍としての冷酷さを剥き出しにしたグレナルドの従属呪文は凄まじい火力であり、並の魔族では10秒も耐えられないだろう。そんなものを食らい続けてもなお形を残しているブラヒムの再生能力もまた異常であり、彼がいなければ戦局は大きく変わっていたことは想像に難くない。


 そしてアルジードの隣にいるガラナの目には確かに映っていた。少しずつではあるが大きくなっている魔力の”ゆらぎ”が。


(アルには見えてないのかな…これだけ魔力を使い続けてるんだし副団長もそろそろ危ないぞ…)


─バチンッ!!!


 考え込むガラナを現実に引き戻したのは空気が弾ける音─大きな力の発露によるそれに振り返ると、そこには黒い稲妻を纏って近付いてくるエイジャーがいた。

 放つ威圧感はまるで別人であり、様子がおかしい彼に警戒する2人に気付くと、エイジャーはわずかに表情を崩して困ったように笑いかけた。


「アル…殺しは駄目だなんてさんざんお前に言っておいて…ごめん。あいつを片付けたらその男を殺しに来るから、もう少し見張っていてほしい」


「お、おい団長…」


 アルジードがそれ以上の言葉を発することはなかった。憂いを帯びつつも有無を言わせぬ視線と、初めて見る”甘い男”の豹変ぶりに思考が停止してしまったからである。


 エイジャーは振り返ることなくそのまま歩みを進めていき迎撃地点へと到着した。ギャル軍団もただならぬ雰囲気に怯えて誰一人として話しかけず、日頃あれだけ挑発的だったノブリスも思わず道を譲ってしまう。

 

 そして上空のクレイヴモスを睨みつけると…エイジャーはしゃがみこんで獣のような姿勢を取るのであった。


(遠いな。…跳ぶか)


 クレイヴモスとの距離を測りつつ両足に力を溜める。殺意と電気の刺激により次々とリミッターが外れていく肉体はギリギリと苦しそうな音を立てているものの、エイジャーは意にも介さない。

 そして改めて狙いを定めると…足元に焼け跡を残しながら、壁を蹴って空へと跳んだ。


(奴の鱗粉は雷を纏っていても防ぎきれない。少しだけ逆流してきたアーサーさんの記憶によれば体を構成するデコイたちの結合は強固、魔力の塊である核を物理的に削り切るのは不可能だ。だったら…)


 考えている間にもぐんぐんと高度を上げてクレイヴモスへと迫り、そして追い越した。エイジャーは腰に差していたキシャルシオンを抜いて固く握りしめると…ほとばしる黒い稲妻を纏いながら、空中で体を回転させ始めた。

 

「ジャンプ力えっぐ…てかグラセン飛び出しちゃったけど戻ってこれなくね!?」


「あのバカ…砲撃部隊はバリスタの矢に縄を括り付けておけ!それと─」


─ゴオォォォウゥゥゥンン!!!!!


「ひゃあっ!!今度は何!?」


 ノブリスの指示を遮るように響き渡る雷鳴。いつの間にか空には急速に黒雲が発達し、エイジャーの頭上に集まってきていた。


(おそらくアーサーさんは俺がやる事に気付いてこの剣を託したんだ。ならば加減する必要はないはず)


 エイジャーが纏う黒い稲妻はさらに鋭さを増し、黒雲も呼応して雷鳴を響かせる。そしてキシャルシオンを放り投げると…黒い稲妻を右足に集中させる。


「クレイヴモス…お前にもロウディやクネペパのように生前の無念があるかもしれない。それでも存在を…あの日と同じ悲劇を起こさせるわけにはいかない。だから跡形もなく…消え失せろ」


「『特式・殲却蛮雷 落龍撫鬚』!!!」


 限界を超えた脚力と有り余る魔力、そしてこれまで無意識に抑え込み、蓄積してきた殺意を乗せた渾身の蹴りでキシャルシオンを射出する!

 動きこそ駝鳥蹴撃に酷似しているもののその威力は段違い…纏った稲妻はクレイヴモスの結合をバターのように引き裂いていき、音速に達した刀身は核となる結晶をあっさりと貫いた。


─キ イ ィ ィ ィ ! ! !


 結晶から解き放たれたオーラは黒い稲妻に、離散したデコイたちはエイジャーに呼応していた雷雲から放たれる雷によって滅却されていく…1つの存在を消し去るべく何度も交わる2つの雷は大地を大きく穿ち、揺らす。


「へぇ…あれだけの力を引き出せるんだぁ♪見学に来た甲斐があったな〜」


(あの反応はまさか…)


 この世の地獄とも呼べる光景に街の誰もが驚愕し目を伏せる中、街の内外にいる数人だけがその一部始終を見届けていたのだが…彼らの正体が判明するのはまだ先のことである。


 ようやく雷鳴が鳴り止んだ頃にはクレイヴモスは欠片も残らず消滅しており、事態を飲み込めた者たちの困惑混じりの歓声があちこちから沸き上がる。

 エイジャーもまたこれだけの力を使ってもなお尽きない魔力と、自壊したそばから再生していく肉体に驚き、そして鮮やかな緑色の光を放つ指輪を愛おしそうに眺めていた。


「限界まで力を分けてくれたんだな…終わらせてくるよ、あの日の因縁の1つを。…キシャルシオン!!!」


 キシャルシオンは呼びかけに応えるように急速に地面を隆起させながら出迎えにあがると足場を確保して着地させる。

 だが次に消すべき存在であるブラヒムの元へ向かおうとしたエイジャーの目に映っていたのは─


「エ゛イ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛…!」


 全身を炭化させつつも炎の牢獄を耐え抜き、憎悪に満ちた視線を向けるブラヒムだった。


─────────────────


「もう限界にございますグレナルド様!これ以上は…!」


 エイジャーが渾身の一撃を放つ少し前…拠点では集中力の限界を迎え椅子から転げ落ちたグレナルドをカーシルが介抱していた。

 目に被せられた熱タオルを取り払い再び従属呪文を発動させようとするグレナルド。だが食事で魔力を補給できるとはいえ”使う”ためのリソースが底を尽きており、もはや悪意の探知すらできなくなっていた。


「ハァ…ぐっ!こうなったのは止められなかった私の責任でもあります…あの男を生かしてはおけない…!」


─ゴオォォォウゥゥゥンン!!!!!


「か、雷!?それにとてつもない地響きが…ボッシュ様、外で何が?」


 突然の雷に驚くカーシルに対して窓から様子を見ていたボッシュは微動だにしない。だがその口角は釣り上がり、目は最高のオモチャを手に入れた少年のように輝いている。

 そうしてボッシュは振り返ると…いつもよりやや上ずった口調で言葉を発するのだった。


「…副団長さん、あとは若い子に任せて休んでいいと思うよ。いやぁ人間の可能性というのは本当に面白いよね」



「ブラヒム…あれだけの攻撃を受けてまだ…」


「ハァーッ…言ったでしょう、悪意は消えないと…今のワタシは受けた屈辱すら糧にする!」


 ブラヒムの体は度重なる焼却と無理な再生の繰り返しにより頬は大きく裂けて黒い棘が背中を無数に突き破り、焼け落ちた四肢からは他の生物に似たおぞましい手足が生えてきている。

 それでも憎しみを糧に力を増幅させていく姿はまさしく魔族…人間であることを完全に辞めているその姿は見た者に強い不快感を与えていた。


「どうです!この生命力が人間に模倣できますか!そもそもキサマらとは生まれ持った才覚が違う!あの男…最期までワタシを認めなかったエルドラ王にもその愚かさを刻み込んでやりたかった!」


「…?」


「キサマの腑抜けた面を見ているとあの男を思い出す!だからこの場で必ず殺─!?」


 自らを見下すエイジャーに吠えるブラヒムを爆炎が包む。地上からそれを放った少女は苛立った様子で愛する人の敵を睨みつけ、叫んだ。


「魔族ごときがいつまでもダーリンの邪魔すんなっての!…上手くいってよかった…」


「ガハッ…炎の従属呪文とは小癪なァ!…ん!?」


「こんなに近くにいるのに気付かないなんて…よっぽど頭に来てるみたいだね」


 爆炎の発信源に振り返り遠距離攻撃を加えようとするブラヒムを拘束したのは水を纏った鎖…アルジードとガラナの特技を生かした合体技は魔族の力をもってしても簡単には動かせないほど強固である。


「いくら強くなったって1人じゃキツいだろ?…ッ文句は山ほどあるけど後だ!さっさと終わらせちまえ団長!」


「みんな…キシャルシオン、足場の土を凝縮して硬くできるか?あそこまで一気に飛びたい」


 エイジャーは足場が硬化したのを確認すると再び殺意を昂らせる。脳裏に浮かぶはあの日の景色、音、臭い─何もかもを奪われた王都壊滅の日。

 殺しを躊躇しない者は強い…師匠の言葉をぽつりと呟き、強固にかけられた心のリミッターを外すと、キシャルシオンは先ほどよりも大きく、恐ろしい稲妻を纏った。


「クハハなんと醜い雷!まるで魔族のようですねぇ!ですが素直に受けてなどやりませんよ?この程度の鎖でワタシを繋ぎ止めておくなど…!?」

 

 脱出を図ろうとしたブラヒムの腹にはいつの間にか柄のない槍が深々と刺さっており、4本のアームにより足と地面を縫い付けられている。振り返りるとそこにはさらなる刺客…拘束から逃れたアラクネ側の指揮官 ロウンがいた。


「あぁアナタですか聞きましたよ…たかが傭兵に負けたそうではありませんか。ボージャンもさぞ落胆するでしょうねぇ…クククッ」


(ボージャン!?ってことはこいつアラクネの…)


「なぜ王家の犬が組織の中枢にいる!ガフッ…ボージャン様が姿を見せなくなったことと関係があるのか!言え!」


 ロウンは脱出こそ果たしたものの、腕を折られ後頭部を強打した体は立っているのもやっとである。それでもこの場に駆けつけたのは忌むべき存在にいいように扱われたことへの限りなき怒り。

 ブラヒムは血を吐きながらも訴えるロウンを鼻で笑うと、見下したような冷ややかな目つきで交渉を持ちかけた。


「組織の事くらい自分で調べなさい…と言いたいところですが取引です。そこの邪魔な2人を殺してワタシを解放しなさい。そうすれば教える事を検討して差し上げましょう」


 死にかけといえど異型と化したブラヒムの力は凄まじく、アルジードとガラナの2人は動きを止めるのに精一杯…横槍1つであっさりと形勢逆転されてしまいかねない状況である。

 2人に緊張が走る中、ロウンはそれぞれを交互に見比べると…ブラヒムに血の混じった唾を吐き捨ててその場を離れ、胡座をかいて座り込んだ。


「王家の犬に手を貸すなど反吐が出る。だからお前の無様な死を部下たちへの手向けとすることにする」


「薄汚れたネズミが矜持を語るなど…役立たずめぇ!」


─俺はお前を絶対に許さない


「!!!」


 ロウンが意図せず稼いだ時間はわずかだが、それでも命運を決するには十分すぎるほどであった。見上げれば先ほどよりもさらに大きな稲妻を従えたエイジャーが、瞳に凄まじい覇気と殺意を携えて向かってきている。


「お前を信じてきた王様や憲兵隊のみんな、ノブリスを弄び踏みつけにして…罪のない人々の命を奪っても平然としているような、心の底から腐っている奴にこの世界を生きる資格はない!」


「口を慎め下っ端が!副団長のワタシを見下ろすなァ!!」


「裏切った組織の肩書きに縋るとはいよいよだな…ガラナ!アレに巻き込まれたら消し炭だ、タイミング間違えるなよ!」


「わ、分かった!」


 エイジャーはキシャルシオンを片手に持ち、振りかぶるような構えを取る。先ほどまでの弾けるような甲高い音は低くなっており、グルグルと唸るような雷鳴はまるで猛獣の威嚇のようであった。


「王都のみんなを殺した罪…穢れきった命で償え!!!『特式・殲却蛮雷 虎爪瞬穿』!!!」


─グオォォォォォン!!!!!!


 インパクトの瞬間響き渡る雄叫びのような雷鳴と空気をも爆ぜる稲妻が再び街を揺らし、塗りつぶしていく。

 しばらく続いたあらゆる天災が一度に降りかかったような凄まじい光景がようやく収まるとそこには─


「…っ!?なぜ、どうやって…!?」


「なるほど、我が主が目をつけただけはある。だがその力はやめておけエイジャー・グラム。ヒトの子として我々に歯向かうつもりならな」


 エイジャーの背後に立ち、渾身の一撃を止める魔族の姿があった。 



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