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50話 到達 技術都市イソー

前回までのあらすじ


 アルジードの故郷トゥアンを後にした一行は次なる目的地 技術都市イソーへ馬車を走らせる。

 エイジャーが秘密裏に命じられたのは中隊長ノブリスを探ること…だったのだがあっさり看破され、彼の部下であるアゲハ公認の上で調査することに。

ここは技術都市イソーを目前に控えた見晴らしのよい道…の景観を壊すように備えられた検問所にて、一行は銃口を向けられていた。

 検問にしてもずいぶんと過激な出迎えに緊張が走る。つい最近一般人に敵意を向けたエイジャーが言えた立場ではないが、彼らの対応は間違いなく軋轢を生む誤ったものであろう。


「そこの馬車止まれ!…なんだお前か。隣のヤツは見ない顔だが目的はなんだ」


「この人はイカイサから手紙を届けに来たの。エリザ姫くらい知ってるっしょ?あと中にお友達が2人、ついでの観光で数日は滞在すると思うからヨロシク」


 アゲハが応対している男の手には三連に改造されたクロスボウが握られており、腰には大振りのククリナイフが据えられている。見知った顔ということでひとまず下ろしてはいるものの脱力はしておらず、開戦の可能性は決して潰えていない。

 露出した腕にはいくつもの古傷が刻まれておりエイジャーよりも少し高く、よく鍛えられた体は自身がただ者ではないことを誇示していた。


 エリザからの手紙を渡し、検められている間に振り返ると荷台の方はランヅキが対応しているようだった。あちらも喧嘩腰な兵たちをのらりくらりとあしらっており、衝突は起きずに済みそうである。


「姫さんからの勅命ねぇ…なんでもいいが中で妙なマネはしてくれるなよ?俺たちはザコだけ捕まえてきた騎士団の精鋭部隊サマほど甘くはねぇからな」


「アンタたちの組織はお喋りにも報酬が出るわけ?楽そうだしウチもそっちに移ろうかな」


 前言撤回。男の煽りをカウンターしたことで両者は睨み合い、一気に空気が張り詰めてしまった。

 ここで問題を起こすわけにはいかないが相手は強者、事が起きればアゲハが危険である。いつでも剣を抜けるよう腕に意識を集中させていると…男が突然敵意を解き、鼻を鳴らして親指でイソーを指差した。さっさと行け、と言いたいらしい。


「ガルダだ。妙なマネした時はすぐ呼べよ?俺が闘ってやる…楽しみにしてるぜ」


「手紙を届けて観光するだけですよ。…それでは」


 エイジャーは会釈すると手綱をさばいて馬を走らせる。毒気を抜かれたガルダは肩をすくめ、街へと入っていく馬車が見えなくなるまで目で追い続けるのだった…


───────────────


「みんなゴメンねー!よりによってアイツらが当番なの忘れてたよ…ルルちゃん怖くなかった?」


「アルとランヅキがいたから平気!」


 検問を通過した一行は馬を共用の馬舎に預け、イソーの内部を歩いていた。街並みは不自然なほどに整備されており、木や石ではない材質で造られた建物が無駄なく配置されている。

 現在は生活用品を扱う市場を通過しているところだが、この時点ですでに見覚えのない道具たちが並んでいた。


「用心棒にしてもずいぶん好戦的な連中だったな。どこの傭兵だ?」


「あれは【ダイガロン】。依頼料は高いけどやり手揃いで有名みたい。元王国軍も在籍してるらしいよ?」


 元王国軍…彼らの経歴を聞いたことでエイジャーは先ほどの態度に合点がいった。


 クーデター後に解体された仕組みの中には貴族だけではなく、王命を笠に民を苦しめていた王国軍も含まれている。

 中には副団長2名のように騎士団員としてやり直した者や優れた能力を見込まれてアドバイザーとして活路を見出した者もいるが、力を持て余した過激な兵たちは愛想を尽かし、王都を離れたと聞いている。


 戦いしか知らない者が選べる道は限られているものである。騎士団を甘ったれ呼ばわりしたのは煽りだけではなく、追い出された組織への恨みもあるのだろうとエイジャーは少しばかりの同情心を向けていた。


「さっきの舌戦には驚いたぜ。あんなゴツい奴に一歩も引かないなんてやるじゃねえか」


「ここの騎士団は商売敵が多いかんね。あんなのにビビってたらやってけないよ」


 アゲハはため息をついた後、「カワイくないから男には見せたくないけどね」と苦笑していた。この地で置かれている厳しい立場は勉強ヤダ・痛いのキライ・恋に恋する女の子だった彼女をずいぶんと逞しくしてしまったようである。


「見えた!あそこの高い煙突がエイトって技術者がいる工房。ウチとランヅキは先に戻ってるからちょっと観光してきなよ!見たことない物がたくさんあると思うよ」


「ご飯は?美味しい!?」


「もち!オススメを教えてもいいけど…せっかくだから今日は探してみたら?…あとこれ地図ね。夕方には合流でよろ〜!」


 拠点までの地図を渡した2人はあっという間に人混みへと消えていき、市場には雑踏の中で右も左も分からない3人だけが取り残された。

 改めて街並みを観察すると一般市場ブロックはすべての建物がまったく同じ形で作られており、見分ける方法といえば雨除けの幕の柄くらいである。機能性を重視しているのかもしれないが親切なつくりとは言えず、気を抜けばあっという間に現在地が分からなくなりそうだった。


「油断したらはぐれそうだな…2人とも手を繋いで移動しよう。まずはエイトさんに手紙を届けて…ん?」


 エイジャーは露店の前に佇む子供を視界の端に捉えた。見た限りでは周囲に親らしき人物は見当たらず、やや高い位置にある商品を背伸びで取ろうとしているようだ。

 店員も接客中で気付いておらず、小さな体は今にも雑踏に飲まれそうである。見かねたエイジャーは2人を連れて露店に向かうと、視線の先にある小瓶を代わりに取って渡してあげた。


「おぉ悪いね親切な人。この体、街へ出ると改めて不便さを痛感するよ」


 子供…にしては落ち着いている人物はルルほどではないが色素が薄く、赤の瞳がいっそう引き立つ顔立ちをしていた。

 代わりに払えと言わんばかりに差し出された貨幣を店員に渡し終えると少年を連れて人混みを離れ、エリアの境目にあるという公園へひとまず向かうのだった。



「改めて助かったよ。ぼくはボッシュ、ここで暮らすちょっと頭の良いおじさんさ。付き人がいるとゆっくり買い物ができないからこっそり抜けてきたんだけど…街が特売日なのを忘れていたよ」


 ボッシュと名乗った男はしんどそうに肩を労る素振りを見せる。小さな体に童顔で子供にしか見えないもののその所作は申告通りのおじさんであり、口ぶりから察するにただの住人というわけでもないようだった。


 ボッシュは先ほど購入したオレンジの液体が入った小瓶をあおる。果実などから抽出した糖や食物繊維、その他栄養素が凝縮されており、必要なものを一気に摂取できる栄養ドリンク…らしい。

 多少の栄養学を修めているエイジャーだが、このような合理的な飲み物を見るのは初めてだった。果実が原料なら飲みやすいはずなのだが、味を問われたボッシュは肩をすくめる。


「ぼくたちは頭を使うし時間が無いからさ、これが手放せないのよ。味を改良したと聞いたから買ってみたんだけど…やっぱりこの甘さは好きじゃないね」


 そう愚痴りながらわずかに残った液体を喉へ流し込み、麦酒でも飲んでいるかのようなリアクションで息を吐いた後、エイジャーを見上げると瓶を置いて両手を合わせてくる。


「あと悪いんだけどね、このままぼくを送り届けてほしいんだ。人混みがすごくて疲れちゃったし…礼はするけどどうかな」


「図々しいなおい…どうする団長?今離れるとエイトって奴の工房まで戻るの大変そうだぜ」


「確かに…でもこの人を連れてあちこち回るのは危ないと思うんだ」


 アルジードの言う通り、土地勘が無いのに目的地から離れるのはかなりの二度手間である。一方で彼が非常に不便しているのも事実であり、転びでもしたら大変なのですぐに送り届けたいという思いもあった。

 しかしボッシュは会話の中で出たエイトという名に反応し、2人のやり取りを遮るように手を挙げた。


「エイトくんの工房に用があるならついていくよ、ちょうど顔を出す時期だしね。それとぼくが安全に移動できる合理的な方法、あるよ」


 そう言いながらボッシュは立ち上がると、返事も待たずにエイジャーの背中をよじ登る。安全に移動できる方法…それは自らの体を高い位置に置いてしまえばいいという単純な解決策から来る肩車であった。


「いやぁ絶景絶景。体幹がしっかりしてるから乗り心地もいい。悪いねアルフ族のお嬢さん。君の…旦那?を借りてしまって。ほっほ」


 ボッシュは普段とは違う地上約3メートル弱からの見晴らしに大変機嫌を良くしている。子供と大差ない体格の彼を乗せるのは大した負担にはならないが、年齢を考えると色々と複雑である。


 そして何よりもルルからの視線が痛い。さすがに彼女の体を上に乗せるのは厳しいので、私にもやれとねだられないことをエイジャーは祈るばかり…などと考えていると隣のアルジードが何かに気付き、警戒した様子でボッシュを睨みつけた。


「ちょっと待て、あんた今アルフ族つったか?なんで姫がそうだって分かるんだよ」


「近くに集落があるんだよ。ま、生き方が真逆だしお互い関わろうとはしないけどね…」


 確かにマリーから託された本にはこのあたりに集落があり、アーサーと立ち寄ったと記載されていた。

 しかしアルフ族の集落は秘術により巧妙に隠され、常人では認知すらできないはずである。そんな集落の存在を知っている…彼の正体に少しの警戒を抱いていると、ボッシュはさらに続けた。


「集落の存在はぼくしか知らないはずだし、さっきも言った通り手出しはしないから安心したまえ。みなが優れた容姿に生まれてくる遺伝子には興味あるけど…誰かを犠牲にする技術進歩は嫌いだよ」


 そう語るボッシュの顔を窺い知ることはできないが真剣で、何かただならぬ過去を持っているような口調だった。

 掴みどころのない人物ではあるが悪人ではないのだろうか…エイジャーが彼を推し量るのをよそに、再び間の抜けた雰囲気に戻って前方を指差した。


「そんな話をしていたら着いてしまったね。ここが工房だけど…おーいエイトくん!いるかい?ボッシュおじさんが遊びに来たよ〜!」


─えぇ!?ちょ、ちょっと待ってくんろ〜!


 奥から聞こえてくるのは男性の焦る声、高く積み上げられたものが崩れる音、それに巻き込まれた悲鳴…たった1分の間にずいぶん賑やかになった工房から、ボサボサ頭の青年がゾンビのように這い出てきた。


「す、すんません技長サマ…せっかくご視察いただくってのに散らかってて」


「相変わらずだねぇ…整頓は基本だよエイトくん。君にお客さんだ」


 ボッシュは慣れた手付きで肩から滑り降りると、これまた慣れた手付きで青年の体に付着したゴミを取り払う。

 床と大胆なスキンシップをとるエイトは身なりを気にしないタイプなのか、顔立ちは整っているものの服がヨレておりなんとも勿体ないビジュアルをしていた。


「…ん?技長サマ?あんたもしかしてものすごく偉いとか?」


「ああぼく?イソーに住む技術者たちのトップ。ま、肩書きなんてものは覚えなくていいよ」


「と…」


「「トップ!?!?!?」」


─────────────


「…で、以前あなたが助けたエリザという女性からお礼の手紙を預かってきました」


「はー…えらいべっぴんさんとは思ってたけどお姫様だったんだ…し、失礼すぎて処刑するとか言ってながったですか!?」


 ボッシュの素性が明らかになった少し後…一同は荒れ果てた工房内の掃除を手伝って確保したスペースで、ようやく腰を落ち着けることができた。

 手紙に書かれた上品な言葉と文字にただただ萎縮するエイトの姿は高い知能を持つ技術者のイメージを覆すほどのインパクトがあり、幻滅したらしいアルジードの顔はやや引きつっている。


「とても良い殿方だったと褒めていましたよ。にしてもここに並んでいるのはまさか…エイトさんは魔道具を作っているのですか?」


 エイジャーが振り返った先にあるのは様々な魔道具…キッチンで使われる魔炎炉をはじめとして少量の水を生む魔水栓、仄かな光を放つ魔照明などが並べられていた。どれもまだ貴重なものであり、すべてが揃う家は王都でもあまり見たことがない。


「魔道具はぼくらだけでは作れないんだ。材料の"マザラ石板"は安定して採れないし、サレム=フェグレの人たちが調律しないといけないからね…エイトくんは例外だけど。彼、こんなでも7割を自作できる凄腕なのよ」


 マザラ石版…聞いたことのない名前に首をかしげる2人を見たエイトは魔炎炉の中から何かを取り出し、目の前に置いた。

 それは電子基板のような模様が浮かび上がる人の手サイズの濃緑の石板…エイジャーは見たことがあるものの、その異質な雰囲気は何度見ても引き込まれる。


「これがマザラ石板す。受けた自然現象や魔法を記憶する特殊な性質があって…出土する時は必ず石板の形状をしている妙な鉱石なんすねぇ」


 そう言って手に取ったエイトが魔力を込めると、石板に刻まれた模様が赤く変色する。反応に驚く2人に対し単体で発火することはないと笑って補足するものの、未知の物質にかなり警戒しているようだった。


「魔道具は便利ですけども…量産ができないし理論が不明瞭ですけん。たとえば魔炎炉は可燃性ガスを金属容器に貯蔵して、火種と反応させる仕組みにすれば魔力や特別な調律なく普及できるけども…出力の調整が難しくて」


「彼は魔道具の仕組みを簡素化したり、別の動力源を用いることでもっと広く普及できないか研究してるんだ。…ブラックボックスに近いものを解き明かすから苦戦してるみたいだけどね」


 何度も失敗しているのだろう、視線の先にある実験場には数多の傷跡が刻まれ、出来損ないの道具たちが転がっている。エイトは失敗作たちを悔しそうに眺めた後、小さく首を横に振った。


「このままだと次の審査も間に合うか分がんなくて…研究のために魔道具を模倣して作ってみた冷凍庫だけでも動けばいいんですが」


「冷凍庫?」


「んあ、えっとですね…食べ物を極端な低温下で保管する箱です。実現すればここみたいな内陸部でも新鮮な海の魚が食えるようになるはずで…」


 エイトはバッテンで塗り潰された何かの設計図を裏返して冷凍庫の構造と理論を書き始めた。

 食べ物が腐る原因は見えないほどの小さな生物が原因であること、それらの活動を抑えるいくつかの条件…冷凍庫は極低温下を作ることで彼らを凍死、または休眠させて腐敗を遅らせる仕組みであること。


 保存性を高める手段として塩に漬ける、干して水分を飛ばす等はすでに根付いているもののあくまで"なんとなく日持ちするようになる"という生活の知恵が伝わったものである。

 原因を特定し、新たなアプローチで生活を良くしていく…先ほどまでの自信がない様子が一変し、楽しそうにロジックを説明する彼は立派な技術者なのだとエイジャーは感心していた。


「それができれば…どこでも美味しいご飯が食べられるってこと!?」


「んです。キャラバンに普及させれば特産品を遠くへ運べるし、新しい保存方法として飢饉にも備えられるはずっす」


 食べ物が美味しく保存できる…難しい話に目を回していたルルもこの一点だけは理解できるようで、今度は目をキラキラと輝かせていた。


「さすがあの子の弟子だ、素晴らしい発想だよね。…で、その新作には何が足りないのさ」


「…マザラ石板への記憶です。試作品を組んではみたんですが…冷気の魔法、それも強力なものは珍しいですけん。代用実験も形にならないからこのままだと審査に出せるものが無くて…」


 "審査"が何なのかは説明されていないが、どうも技術者の生活に関わるものらしい。何かしら1つは出さねばならず、エイトは成功品が手元にない…

 行き詰まった彼の研究を打ち破ったのは、意外にもルルの閃きだった。


「指輪!カッチンの力を使えばいいんじゃない?」


「え゛ぇっ!?使えるんですか?冷気の魔法が…!」


「本来の魔法は雷なんですけど、力を借りられるというか…それでもいいなら手伝わせてください。何をすればいいですか?」


 エイトは先ほど整頓した棚からマザラ石板のストックを取り出すと、震える手でエイジャーに差し出す。


「こ、これがまだ何も記憶してない石板です。とびきりの冷気お願ぇします…!」


「カッチン…この人を助けてやってくれ『フラウズン・パーロスト』!!!」


 指輪はエイジャーの呼びかけに応えるように白い輝きを放つと、目の前のマザラ石板へ極寒の冷気を叩き込んだ。

 フリザ族の冷気を受けた石板はみるみる温度が低下し、同時に回路のような模様が白く変色し始めた。それは彼らの言う記憶処理の進捗を表すものであり、以後石板が冷気の魔法を放てることを意味する。


(ほー…あの指輪を触媒に魔法が使えるのね。石板が染まった色と同じ輝きを放ち、記憶処理もあっという間…まるで石板の主人のようだ)


「…と模様が真っ白になりました。これで使えそうですか?」


「あ、あありがてぇ…じゃなかった!ありがとうございます!こいつを冷蔵庫の核に組み込んで…しばらくして庫内がキンキンに冷えたら成功です!良かった、間に合いそうだ…!」


 エイトは冷蔵庫と呼んだ箱を何やら弄った後、泣きながら何度も頭を下げて感謝の意を表明する。

 あくまで力を借りただけではあるが人々の生活を潤す手伝いができたエイジャーも少しばかり誇らしく、彼らが研究に心血を注ぐ理由が少しだけ分かった気がした。


「結果が出るのはもう少し先みたいだしそろそろ失礼しようか。いい加減抜け出したのもバレてそうだしね…エイトくん、次の審査を楽しみにしてるよ」


「はい!皆さんもありがとうございました!あ゛、何かお礼しねぇと…」


「そんなお気になさらず。冷凍庫が普及したらたくさんお世話になると思うので…大変でしょうけど頑張ってください」


 エイトは工房を後にするエイジャーたちが見えなくなるまで何度も頭を下げ続けた。そしてようやく命を吹き込まれた冷凍庫によりかかると、煤けた天井を仰ぎながらぽつりと呟く。


「神サマはオラなんかも見捨てないんだなぁ…もうあんな事しなくていいんだ」


──────────────


「いやぁ楽しかった、たまには外に出てみるもんだよね。思わぬ収穫もあったし…ところで君たちは何者なんだい。エリザってお姫様の付き人?」


「そうですね…なんと説明すればいいのか…」



─いた!あそこで…肩車されてる!?

 

 騎士団に好意的とは限らないこの地ではあくまで別勢力として振舞った方がいいかも…アゲハからの助言を守るべきか迷っていたその時、日が暮れて少し歩きやすくなった市場からこちらへ向けた女性の叫び声が聞こえてきた。

 ボッシュは声の主が誰か分かっているようで、イタズラが見つかった子供のようにいちゃあと呟く。


「技長…こんなところで何をなさっているのですか」


 直後、傭兵と思われる男たちを連れた女性が現れると、肩車されてご機嫌なボッシュを睨みつけた。


 おそらく同年代と思われる女性はボッシュとは対照的に身長は高く、切れ長の目も相まってなかなかの威圧感を放っている。自分に向けられているわけではないと理解しているものの、どこか既視感のある視線にエイジャーの方が緊張する始末だった。


「視察よ視察。親切な彼が足になってくれたしとても有意義だったよ」


「はぁ…ご自分の立場と価値をわきまえてください。申し遅れました、わたくし技長の秘書を務めておりますフィズと申します」


 フィズは踵を揃え、美しい所作で頭を下げた。仕事ができるオーラとでも言おうか、冷静な時に纏う空気はピシッとして頼れる雰囲気に満ちている。我が道を行くボッシュの付き人としては最適で、ゆえにかなり苦労しているだろう事が察せられた。


「まったく、いつまで客人の肩に乗っているんですか…技長が大変ご迷惑をおかけいたしました。お詫びの品をお受け取りください」


 そう言ってフィズが唐突に差し出してきたのは貨幣が入った袋…それも膨らみ具合からして相当な金額である。仮に護衛と解釈したとして、たかが半日で受け取っていい量ではないそれをエイジャーは必死に拒否し、フィズもまた必死に押し付け合う。


「そんなにたくさん…というかお礼はいただけません!どうかしまってください!」


「技長に何かあれば世界の損失です。これは行為ではなく救った命の価値と思ってお受け取りください…っ!」


 彼女もなかなか頑固なようで決して譲ろうとせず、キリがないと判断したエイジャーが気持ちとして中から数枚を取り出し残りを返却…ボッシュはその様子を見てケタケタと笑っていた。


「フィズちゃんもその辺にしてあげな。どうも彼は欲がないタイプらしい。ますます気に入っちゃったなあ専属の護衛やらない?」


「申し出はありがたいのですが…探索であればまたお付き合いしますよ。もちろん許可は取った上で」


「そっかー残念だ…ぼくはあの建物にいるからいつでも遊びにおいで。君たちとは実りのある話ができそうだ」


「ありがとうございます。ここには数日滞在する予定なので必ず。それでは失礼します」


─んだよ団長もうちょい貰えば良かったのに。それじゃ今日のメシ代にもならねぇぜ


─対価を得るほどの事はしてないよ。これでも多いくらいだ


─ねぇエイジャー?私もあのおじさんみたいに乗りたい!


─え゛。うーん…おんぶじゃダメ?


─それでも十分甘やかしてるぜ団長…


(君はエイジャーというのね。アルフ族の少女と人の下につかなそうな少年、それに不思議な指輪…興味深いなぁ)


 小さくなっていく3人を見送るボッシュは上がり続ける口角を抑えることができなかった。理屈でものを考えるべき技術者の頂点が感じた、興味を惹く言葉にならない何かに年甲斐もなくワクワクしていたのである。


「フィズちゃん仕事増やして悪いんだけどさ、彼らの素性を探ってくれない?お駄賃弾むから」


「報酬は十分に頂いておりますので結構です。それより早く研究所にお戻りください」


「君ももう少し愛想良くしたらモテそうなのにねぇ…さぁて、戻って審査会の準備でもしますか」


 フィズの鋭い視線を背中いっぱいに受け止めながら、ボッシュは自身の研究所…叡智の鱗へと帰っていった。



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