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37話 過去の清算

前回までのあらすじ


 イカイサの街を襲撃した魔族を追うエイジャー達は先に戦っていた騎士団のシエスタとニーナに再会し、2体のボゥトパスを倒したところで操り主である強大な蜘蛛 クネペパ・ナナナが姿を現す。

 頭を落としても死なないクネペパに不意を突かれニーナが負傷、人質に取られるもアルジードの介入でこれを解放、シエスタの奇策とルルの秘術もあって討伐に成功した。


 しかしクネペパにトドメを刺した後から様子がおかしくなり、倒れてしまったエイジャーを連れてイカイサの街に急行するのだった…



─お父さん、犬が死んじゃったよ。埋めてあげようよ


「何度も言わせるなバカガキ!"そこ"で死んだ奴はお前のエサだつってんだろうが!ちゃんと処理しろよ!」


─ごめんなさいお父さん。…ぼくは本当にお父さんの子どもなの?どうしてたくさん叩いて、ここに閉じ込めるの?


「他所のガキ殺ったらアシがつくだろうが!悲鳴に飽きたから次を用意させようとしたのにあのバカ女…自殺なんかしやがって!クソが!!!」


「…まあいい、ほら出ろよ。身寄りのねぇガキに目処がつきそうなんだ…用済みのお前には穴を掘ってもらう。最期に見る空、せいぜい目に焼き付けておくんだな」


─…ね


「あぁ?なんだ?」


─お前なんかぼくの親じゃない!死ね!!!!!


「うぉっどこにこんな力が…クソッ骨でナイフなんか作ってやがった!おいやめろ!待て!があぁっ…」



・ ・ ・


・ ・


・

 

「…てな感じの記憶を感触までバッチリ追体験しちまったらしくてですね…胸糞悪ぃ」


 ここはイカイサの街にある騎士団の拠点…討伐隊の中隊長シエスタはクネペパを巡る昨日の騒動について、副団長のグレナルドに報告を行っていた。


 あの後意識を取り戻したエイジャーは酷く消耗しており、曰くクネペパを倒した瞬間に誰かの記憶が流れ込んできたと…

 内容が内容だけに話す方も、聞く方も非常に苦労したという愚痴を聞かされているグレナルドは考え込むように低く、そして長く唸った。


『意思疎通ができる魔族を倒した時に何かが見えるというのは聞いていましたが、猟奇趣味の父親を殺した子どもの記憶ですか…確かに厳しいものがありますね』


「魔力を利用した幻覚とかですかね?それとも連中が元は人間で…これだけ悍ましい事件なら噂くらい耳にしそうなモンすけど」


 大量の資料が保管されていた王都が滅んだ今、残念ながら過去の事件を詳しく調べることはできない。

 各地の憲兵が保有している資料には限りがある上に、確証のない調査を優先できるほど人員に余裕がないのが現状だった。


『魔族の正体に迫れるかもしれません、暇を見つけて調べておきましょう。エイジャー君はどうしていますか?感受性が高い彼のことです…おおかた予想はつきますが』


「副団長殿に暇なんてないでしょう。エイ坊はその…マズいかもしれないっすね…」



『団長…まだ無理そうか?』


「…ごめん…」


『…了解。メシはここに置いとくから。姫、行こうぜ…大丈夫、いつか良くなるさ』


 2人の足音が遠退いていくのを確認したエイジャーはわずかに扉を開いて食事を取ると、盆の上に盛られているあらゆる野菜や果物をフォークで…いや、手掴みで食べ始めた。


 クネペパを倒した時に頭へ流れ込んできた記憶と感覚はエイジャーの心を深く抉り、記憶を想起させる肉や刃物、さらには人に触れることすら拒絶するまでに追い込まれてしまっていた。


 シエスタたちに説明したのは親を殺すところまでだが、実際に見せられた記憶はもう少し先があった…それは骨のナイフで自分の喉を突き刺し、世界を呪いながら絶命するまでの数分である。


 もしあの記憶がクネペパのものだとしたら…彼は報われぬまま生涯を終えたことになる。狂った感性に不慣れな戦闘など、彼の本質が子供であることに合点がいく要素もきりがない。


(みんなは倒すしかなかったと言ってくれるけど…そんな簡単に割り切れるものじゃないんだよ)


 物心ついた頃にはすでに父親がおらず、母親と過ごした時間も十分とはいえない…それでも親の愛情というものは確かに感じていたし、その後に引き取ってくれた人々も癖はあれどいい人たちだった。

 スラムにいた頃は子どもたちを労働力として扱う家庭ばかりだったが、それでも家族と呼べる絆は存在していたように思える。


 決していい環境で育ったわけではないエイジャーだが、親子関係に対する倫理感はいたってまともである。ゆえに今回の記憶はショックが大きかった。


 自分は、悲劇に見舞われた子供の魂に手をかけたのだろうか。


 何度も浮かんでは消えていく問いかけをかき消すようにベッドへ飛び込み、窓から差し込む光をぼーっと見つめる。かざした手は夕日で赤く染まり、まるで記憶の中の…ここまで連想して答えをかき消した。


(傷付いてるのは俺だけじゃない。早く復帰しないといけないのに…)


 静寂が見えない腕となって心に落ちた影を掴み、闇に引きずり込まれそうになる。必死に抵抗している間に、エイジャーは疲れ果てて眠りに落ちてしまった…

 

────────────


「扉越しなら話せるし、商会との連絡もしてるってダグのおっさんが。ただし"あの感覚"が鮮明に残ってる間は無理に会わない方がいいってさ」


「いつまでもサボるなと蹴飛ばしてやりたいところだが、他人のトラウマ打ち込まれた上に殺したのがガキとなりゃあな…」


 2日後…アルジード、シエスタ、ルルの3人はニーナが治療を受けている病院に集まっていた。

 クネペパに損傷させられた骨が治るまで絶対安静ではあるものの経過は良好、暇を感じ始めていた彼女に顔を出すついでの報告会に来たというわけである。

 

「そうだ後輩さん、団長から伝言だぜ…俺のせいで負傷したのに顔も出せなくてすまないって。あとこれを」


「えっと…『骨折の再生は無理でもヒビには効力がある、1日でも早く動けるように』…人の心配してる場合ですか?もう…」


 アルジードが手渡したのは赤くて丸い玉…以前エイジャーがアルフ族の集落で貰った、人体の治癒力を高める丸薬だった。

 同封されていたメモを読んだニーナは呆れたように、しかし少しだけ口角を上げてため息をつく。メモに向けられた眼差しは優しく、失望して離れていった人間の仕草にはとても見えなかった。


 アルジードは踏み込んでいいか少し迷った後、エイジャーへの発破に使えるかもしれないと意を決して口を開く。


「なあ、あんたが団長の元部下なんだろ?あの人はあんたが失望したから突然出ていったと思ってるんだが…本当にそうなのか?」


「…わたしが先輩に失望?なんの話をしてるんですか?」


 怪訝な顔をしているニーナの反応は不都合な質問を突っぱねるというよりも、素っ頓狂な事を言われた不快感によるものといった雰囲気だった。


「理由を聞いた時に何も答えてくれなかった、だから口も利きたくないほど失望させてしまった…ってのが団長の推測だけど色々と食い違ってそうだな。まずは─」


─う゛う゛う゛ぅ゛ぅ゛…


 アルジードが真相究明に乗り出そうとしたその時、病室から獣のような唸り声が響き渡る。声の主はそう…隣でうずくまっているルルだった。


 ずっと傍で看病していた彼女はエイジャーが目を覚ました際、いつものように抱きついて喜びを表現しようとしたのだが…感情の整理ができていないタイミングで接触したために植え付けられたトラウマを爆発させ、反射的に拒絶されてしまったのだ。


 さらに飛び起きた勢いで頭を強く打った際にもう一度気を失い、本人はショックからその時の事を覚えていないというのだ。ただでさえ最悪の形で起きた2人のすれ違いには、決定的な溝が出来てしまったのである。


 それ以来ルルは自分から喋らないほどに落ち込んでしまい、アルジードが何を言っても感情のない返事が戻って来るのみだったのだが…


 会うことすらできない3日という時間は彼女にとってあまりにも長く、会うことがエイジャーを傷付けるという理解し難い現実は精神に凄まじい負荷をかけ続けていた。


 エイジャーを接触"恐怖症"とするならば、今のルルは接触"欠乏症"…というのが医者の見解だが、その症状は限界を迎えていた。


「行 っ て く る ! ! !」


「あー姫、気持ちは分かるぜ。でも団長は好きでみんなを拒絶してるわけじゃなくてさ…ここはオレたちも待つのが大人っつうか…はぁっ!?ちょっ待て…早ぇ!?」


 突然叫んだルルは椅子から立ち上がると、制止も無視して扉を叩き開け、基地を目指して病室を飛び出していってしまった!


「わたし達も追いましょうシエスタさん!丸薬を飲んだので多少無茶しても大丈夫なはずです!さあ!」


「さあ…ってオレにおぶれってのか!?…どうせ言っても聞かねえんだろ!ったくこっちに来てから余計な手間ばっかりだ!」

 

 病室を飛び出したルルはエイジャーのいる拠点を目指し、あちこち壊された街をひたすら走っていた。


 出会ってから常にエイジャーと行動をともにしていたルルは「ダメ」と言われることはあっても「イヤ」とは一度も言わなれなかった。拒絶されるのは、ましてやあんな顔をされたのは初めての事だった。


 彼女には記憶がない。培ってきたはずの倫理感や不文律もいくつか抜け落ちており、エイジャーと過ごした日々の中で得た知識や経験がルルという人格を形成している。

 そんなル彼女がエイジャーの背中を見て教わったのは"困っている人を放っておくな"ということである。


 悪者に怯える者がいれば前に立ってこれを打ち倒し。


 戸惑う者がいれば後ろから背中を押し。


 困難に立ち向かう者がいれば寄り添って、共に抗うのがイイコトだと学んできた。常に傍で眺めてきた。


 エイジャーに何が起きたかはよく分からないが、苦しんでいることは嫌でも伝わってくる…ならばやるべき事は1つしかない。

 

 ルルには培ってきたはずの倫理感や不文律がいくつか抜け落ちている。"放置するのが本人のため"などという矛盾を飲み込めるほど大人ではなかった。


「エイジャーーーーーーー!!!!」


「な、なんだ!?…うわっ!?」


 ルルは強引に扉を開け、困惑するエイジャーを勢いのままベッドに突き飛ばすと、逃げられないよう跨って上から押さえつけた!

 

 親を殺す感覚、己の首を突く感覚がフラッシュバックしたエイジャーの全身から脂汗が噴き出し、呼吸も荒くなる。当然だ、精神に大きな地雷を抱えている人間へ強引に迫るのは御法度なのだから…

 しかしそんな事は知らぬとばかりに両腕を掴んで上げさせ、無防備になった胴体に全力で抱きつく。


「!!!はあっ、ルル、離れろ…はあっ…っ!」


「イヤだ!つらい時はくっつけば安心するってエイジャーが教えたことだもん!」


「事情が違うんだよ!傷付ける前に早く離れ…っ」


 ルルは震え、暴れるエイジャーの両手の首を掴むと自分の頬に押し当てた。傷一つ存在しない白い肌は柔らかく、そして温かい…


「斧のおじさんが言ってたよ?私をここまで綺麗なまま連れて来るのはすごく大変なことだって。今だって傷付けないように力抜いてるじゃん」


 ルルの言う通りいくら弱りきってるとはいえ、戦闘訓練も積んでいない女性に力負けするほど落ちぶれてはいない。発端となった目覚めの時もその気になれば…いや、ならずとも突き飛ばして怪我をさせるところを押し退けるだけに留めている。


 反射的な拒絶で出るはずの力を、反射より前の無意識下で必死にセーブしていたのである。彼女を傷つけたくないというただ1つの想いによって…


「みんなが教えてくれないから何を見たか知らないけど、エイジャーがいつも守ってくれてることは変わらないよ…ほら。私の手、傷付いてないでしょ?」


 ルルは頬に押し当てていた手を取ると細い指を絡ませ、貝殻のような形で固く繋ぎ合わせて傷がないことを伝えてくる。しばらくそうしている内にエイジャーの体から汗は引き、震えも収まってきていた。


「ルルは強引だな…でもありがとう」


「エイジャーが考えすぎなんだよ。もう大丈夫そう?」


「うーんどうだろう…ん…!?」


 少しばかり平静を取り戻したエイジャーはルルが腰の上に跨り、指を絡ませている今の状況の危うさを認識してしまった。全身から引いていたはずの冷や汗が再び流れ落ち、顔は青く染まっていく。


「…ルル、そろそろ降りよう。この体位はものすごくまずいというか…」


「まずい?…また顔色が悪くなってきた!もしかして信じてないの?じゃあ─」



「先生の説教食らってたら遅れちまった!お前が連れてけなんて言うからだぞヒヨッ子!」


「またヒヨッ子って言いましたね!?それにもう少し優しく運んでください!」


「おいおいケンカしてる場合じゃねえぞ…ん?」


 突然飛び出したルルを追うアルジードとシエスタは病院で騒いだこと、絶対安静の患者を連れ出そうとした罪で大目玉を食らったおかげで大幅にロスし、ついに止めることが出来なかったのである。


 もうすぐエイジャーの部屋というところで争う声が聞こえてきた。3人は近づくほどに鮮明になっていくやり取りに耳をすませると…


─も、もう分かった大丈夫…!だから降りて…


─エイジャーの大丈夫は大丈夫じゃないでしょ!ほら、ちゃんと触って!


─待って、それ以上は本当にダメだ…!


「おい姫!無理やりはダメだって言っ…」


 大急ぎで駆け付けたアルジードはルルが腰の上に跨り、エイジャーも彼女の足を撫で回している(正確には手の主導権を奪われて"させられている")光景に言葉を失い、耳を真っ赤にして固まってしまった。


 2人がこちらに気付いたそのタイミングでシエスタたちも到着し…5人の間に流れる空気が凍りつく。


「お前らなぁ…人が本気で心配してるってのに…」


「誤解です!これはこの子なりに解決しようとした結果で…!」


「ふ…」


「フ ケ ン ゼ ン で す !!!!!」


 顔を真っ赤に染めたニーナの叫びが響き渡る。幸いほとんどの団員が出払っていたため大事にはならなかったが、怒った彼女の誤解を解くのにはしばらく時間がかかったという…


─────────────────


「あんな光景を見せてごめんニーナ、無理を押して来てくれたのに…何度謝っても足りないくらいだ」


「いえ、誤解したこちらも悪いですし…しばらく夢に出てきそうですけど」


 事案の目撃からしばらくして…エイジャーはなんとか3人の誤解を解いた後もなお、ひたすらニーナに謝り続けていた。


 彼女は昔から生真面目なところがあり、浮ついた話を聞くだけでも眉をひそめるくらいには男女のアレコレが苦手だった。未遂とはいえ、あんなものを目の当たりにした時のショックは計り知れない。


 部屋にはエイジャーと背中に張り付いたまま寝ているルル、ベッドに横たわらせたニーナの3人だけだった。シエスタは周辺の見回りに呼び出され、アルジードも外の空気を吸ってくると出ていき…理由は違えど2人とも、修羅場になることを予見して逃げ出したのである。


「あの…わたしが先輩に失望したとかってアルさんに言われました。あれはどういう意味ですか?」


 ニーナはもう何度聞いたか分からない謝罪を終わらせるために質問を投げかけた。エイジャーは頭を下げたまま、さらに暗い声色で懺悔するように言葉を発していく。


「部隊を離れると言ったあの日、理由を聞いても答えずに去ってしまっただろ?だから口も利きたくないほど失望させる何かがあったんじゃないかと…」


「わたしが先輩を無視?あっ…先輩。わたしの悪いクセ、まだ覚えてますか?」


 当然だ。部隊をまとめる者として、仲間たちの好き嫌いやクセはすべて覚えている。ニーナは非常に真面目だが頭のカタいところがあり、何より気まずくなると聞き取れないほどに声が小さく…


 小さく…なる。質問の意図を理解したエイジャーが顔を上げると、バツの悪そうな表情でこちらに視線を向けていた。


「なるほど…あの時本当はなんて言っていたんだ?」


「『ここにいるとあなたの優しさに甘えてしまうから、あなたを支えられるくらい強くなって戻ってきます。それがここに来た理由だから』…みたいな、感じだったと、思います…」


 改めて聞いた今でも声はみるみる小さくなり、口を開いて数秒で聞き取り困難になっていた。穏やかでない空気に緊張していた当時ならばなおさら聞き取れなかっただろう。


 エイジャーは脱力したようにため息をついた。それは呆れているわけでも、ましてや怒っているわけでもない…失望されていなかったことへの純粋な安堵である。


「すみません先輩、わたしのせいでずっと余計な負担を…」


「いや、いいんだ…聞き返さなかった俺にも非がある。でもどうして俺が理由で?騎士団に入る前の知り合いはほとんどいないけど…」


「え?先輩、自分が助けた人はみんな覚えてるって言いましたよね。まさか…忘れてしまったんですか」


 エイジャーが余計な事を言ったと気付いた時にはすでに遅し…丸く収まりそうだった雰囲気が一変、またもや部屋に不穏な空気が漂い始めた。

 

 彼女の言う通り自分が助けた人、間に合わなかった人の顔はすべて記憶している。はずなのだがその誰ともニーナが結びつかないのである。

 1人だけ名前を聞けなかった少女がいるものの、髪の色も雰囲気もまるで違う…しかし他に思い当たる人物もいないためその事を正直に話すと、ニーナは左手で目元を隠してみせた。


 その姿は過去にサザンの近くで魔族に追われていた少女に酷似している…髪の色こそ違うものの、顔の形や口元がそっくりだった。


「…あ!まさかあの時の!?あまりにも雰囲気が違うから気付かなかった…昔は黒髪を伸ばしてたのにどうしてその髪型に?」


「討伐隊は武闘派と聞いたので、見くびられないような髪型と色に変えたんです。本当に気付いてなかったんですね…」


 わたしの人生を変えておいて、というぼやきが胸に突き刺さる。

 雰囲気を変えた名も知らぬ相手を思い出せというのも酷な話ではあるのだが…自分を追って危険な世界に飛び込み、身代わりとなって全身の骨をやられたニーナが相手だと罪の意識はより重い。


「そこまでしてくれたニーナに気付かなかったなんて俺は隊長失格だ…今度こそ失望させちゃったかな」


 懺悔するエイジャーに向けられたニーナの視線は怒りでも呆れでもない、懐かしさと愛おしさが入り混じったような温かいものだった。


 ニーナは幼少期から人と関わるのが苦手で、いつしか前髪で壁を作り目元を隠すようになった。

 そんな自分を心配してくれる両親に何かできないか…1人で買い物ができなかった彼女は高級食材はないかと森へ入り、魔族と遭遇してしまったというわけである。


 慣れない全力疾走で足はボロボロ、誰にも届かない小さな声で助けを呼びながらいつまでも変わろうとせず、隅っこで人に怯えていた自分を呪った。ここで死ぬのも自業自得なのだと。


 しかし届かないはずの声に駆け付け、すぐ後ろまで迫っていた魔族を倒した騎士によって命を救われた。一閃で斬り伏せるその姿は流れ星のように美しく見えたことを今でもはっきり覚えている。


 自分を助けてくれた騎士に名乗れぬまま別れたニーナは後日 町の憲兵に詰め寄ると、彼の名前や初めての正式な遠征任務の帰りであったこと、スラムで保護された孤児であることまで聞き出した。


 エイジャー・グラム…自分より遥かに過酷な人生を歩みながらも決して甘えず、誰かのために戦える強い人。

 もし違う自分になれるのなら。あの人の傍にいられるくらい強くなりたい…こうして自分を守る壁を切り落とし、人見知りを克服しながら体を鍛え、心配する両親を押し切って王都への馬車に乗り込んだのである。


(今だってちゃんと伝えられないわたしが悪いのに…本当に甘い人ですね。…そうだ)

 

「…じゃあお詫びに病院まで運んでください。そろそろ戻らないと怒られてしまうので」


「分かった。車椅子を借りてくるからそこで…」


 ニーナは骨が軋む痛みもお構いなしに部屋を出ようとするエイジャーの袖を引っ張り食い止めると、イタズラな表情で"アレ"を要求した。



───────────


「ニーナ、本当にこれでいいのか?重症だしやっぱり車椅子の方が…」


「いいんです。先輩がくれた薬で多少の痛みは我慢できますから。それに…」


(こんな時しかできない役得です。ふふっ)


 夕方…エイジャーは今日までニーナに気付けなかった罪滅ぼしとして、要求通りお姫様抱っこで病院への道を進んでいた。


 成長して筋肉もついた彼女の体は最初に出会った時よりも幾分か重い。しかしあの時の少女がニーナだったと判明した今、数年の時を超えて感じられる重さがどこか嬉しくもある。


 まだ人に触れることには抵抗があるが…皆が大変な思いをしている中、いつまでも部屋に籠もってる訳にはいかなかった。たとえそれが背負わされた他人の過去であっても。


(それにこれ以上いじけているとルルが何をするか分からないしな…良くないスキンシップについてもちゃんと教えておこう)


「…わたしがここにいたのは死者を操る少女の噂を聞いたからなんです。新手の魔族が先輩に近付いてると思ったら心配で…命令無視してしまいました」


 死者を操る少女…そんな噂は聞いたことがないしクネペパとも一致しない。人のような姿をして集団に紛れ込める魔族がいるならば確かに脅威である。


 ただし目撃情報が転々としている上に、襲われたという類のものはないという。見間違いとして納得していたものを照合していった結果、そのような存在が浮き彫りになったとのことだった。


「魔族かは分からないけど貴重な情報だ、副団長には伝えておくよ。それと命令違反についても…俺から功績を伝えれば厳罰は免除してくれるはず」


「やっぱり先輩は優しいですね…でも庇わないでください。いつまでも甘えてはいられないので」


「ニーナに助けられたのは事実だよ。それに…俺は甘えてくれた方が嬉しいな。たった1人の大事な部下、いや…後輩だから」


 ニーナはその言葉にはっと目を見開いた後、口角をゆるめながら体を預けてきた。夕日に照らされた頰は赤く染まり、少しばかり照れているようにも見える。


 いつもどこか張り詰めた表情をしている彼女が見せる年頃の少女の顔に微笑ましさを感じていると、穏やかではない空気が背中に突き刺さる。


「エイジャ〜?さっきからイチャイチャしすぎじゃない?また抱っこできるようにしたの私なんだよ?」


「うわ、先輩の顔が青くなって…!?」


 さすがに見過ごせない雰囲気を感じ取ったのか、ちゃっかりおんぶしてもらっていたルルが自分もいることをアピールする。体を密着させるつもりで起こした行動はエイジャーの首を締め上げて…みるみる悪くなっていく血色にニーナも焦り始めた。


「それに戦いで頑張った分もまだ褒めてもらってないよ?私もお姫様抱っこしてほしいな~」


「分かったからルル、ちょ、腕を…緩めて…!落ち…る…」


「ど、どうしよう…誰か来てください!先輩が死にそうです!」


 ニーナによる咄嗟の大声は外でサボっていたアルジードに届いたようで、3人に気付くとすぐに追いついた。

 後ろから追いかけてきた彼は2人の女子を抱いているエイジャーをからかおうと正面に回り、それどころではない顔色に慌てふためく。


「おーおー両手に華かよ団長…シャレにならない色してる!姫、一旦離れようぜ。なっ?」


「イヤだ!」


「…!…っっ!」


 重症のニーナを落とすわけにはいかない…その一点のみで遠退く意識を必死に手繰り寄せながら、人とのふれあいも考えものだと痛感するエイジャーであった…



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