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2話 前を向く者

前回までのあらすじ


壊滅した王都で1人生き残ったエイジャーは人攫いに捕まっていた少女ルルと出会う。王都の周辺にいるはずもない魔族 グランドルワームを討伐し最寄りの村へ向かっていた。

(道中、ルルと話していて分かったことがある。この子は恐らく記憶喪失…人や物、それを繋ぐ記憶の一部が欠損する症状であること。そのせいで情緒はやや幼いが、歳は10代中盤あたりだろうか)


(記憶喪失は心や体に強いショックを受けて起きると聞いたことがあるけど大きな怪我や乱暴された形跡はない。この子を売る予定だったなら、あの2人が価値を下げるような真似はしないだろう)


(出自や故郷の手がかりになりそうな品は所持しておらず、滅多に人里に姿を現さないアルフ族に聞き込みをするのは現実的ではないだろう。きっかけを与えて何か思い出してもらうしかない)


(この子が落ち着ける環境が必要だ。まずは村に…)


(村に…)


(村の…みんなに…)


「…ャー?エイジャー?おーい?顔が真っ白だよ?歩くの疲れちゃった?」


 隣から聞こえる声と振動で我に帰る。夕日が沈みつつあることから、ずいぶん長い間無意識でいたらしい。


「…少しボーっとしてたみたい。ルルは平気?」


 平気!ルルは両腕にぐっと力を入れ答えてみせた。

歩いた距離を考えれば大人でも音を上げる頃だが、彼女に疲れは見えない。華奢な見た目に反してなかなかタフなようだった。


 ふと見渡せば目の前に村と、こちらに向かってくる人影が見える…それはエイジャーもよく知る人物、村長のヨシおばさんだった。

 訝しむように目を細めてこちらを視認すると、今度は信じられないものを見たかのようにクワッと目を見開いていた。


「…エイジャーちゃん?本当にエイジャーちゃんかい!?」


 村長は服が破れ、全身に出血の跡があるエイジャーを見て絶句し、持っていた布で汚れを落としてやる。


 大変だったね、どこか痛むかい…自分に差し向けられる言葉はどれも慈愛に満ちたものであるが、優しい言葉が必ずしも人を救うとは限らない。無力感から俯いているエイジャーは必死に言葉を絞り出そうとする。


「…はい。あの…おばさん俺…」


「みんな大変だよ!エイジャーちゃんだ!こんなにボロボロになって…何やってんだい男ども!2人を医者のところへおぶってやんな!」


「へい!」


「えっ…いやちょっと待─」


「その間に風呂を沸かすんだよ!服も直さないといけないね!ああ今夜はどこに泊めようか…宿舎は使ってるから…そうだ!夕飯!2人分残ってる家はあるかい!」


「あ、あの俺─」


「おおエイジャー!うちの鍋でよければ温めておくぞ。好き嫌いは無かったよな?」


「何でも食べられます。それで─」


「あ!お兄ちゃんだ!遊ぼー!」


─────────


 村長の見事な手腕はエイジャーに喋る隙も与えぬまま傷を手当し、体の汚れを落とし、鍋をご馳走し、明日の朝1番に遊ぶ約束を取り付け、寝間着に着替えさせると有無を言わさず2階のベッドに投げ込んだ。嵐のようだった。


「朝になったら起こしに来るから、それまで出てきちゃダメだからね!」


 村長が乱暴に扉を閉じ階段を降りると、勢いに呆気にとられているルルがその様子を眺めていた。


「…おばさんはエイジャーと知り合いなの?」


「小さい時から知ってる。放っておけないもう一人の息子みたいなもんさ…酷い怪我だしあんなことがあったんだ、まずは休ませないと」


 もう一人?ルルが首を傾げると、村長は窓を開けある場所を指差す。

 それは禍々しい障壁がどこまでも続く光景─王都アストラがあるはずの場所だった。


「…あそこにはたくさんの人が暮らしてたんだ。あの子の家族や友達もね。それが一晩でああなっちまった」


「…」


 余計な事を聞いてしまった─そんな表情を浮かべるルルにたいしてさらに続けるべきか迷っているような、幾分かの間を置いて話を続ける。


「王都にはね…息子が働きに行ってたんだ。バカなりに頑張って、新しい家を建ててやるーなんて調子に乗ってさ…」


「みんなの家族だって何人もあそこにいたんだ。そんな中で生き残ったあの子は、みんな死にましたって、どんな顔してあたしらに言えばいいんだよ…!」


 様々なものが欠けてしまった今のルルには、今の状況と説明のすべてを理解できない。

 だが先ほどまで元気だった人の様子がおかしいことは分かる。元気になってほしいとも。どうすべきなのかは…分からないが。

 無力感から俯いてしまったルルに気付いた村長はそっと頭を撫でると、優しい声で続けた。


「あたしも、村のみんなも誰かを責める気はないよ。でもあの子が負い目を感じないかは別…きっとどう接しても苦しんで傷つくはずさ。だからルルちゃんにはあの子の…支えになってあげてほしいんだよ」


「…?どうすればいいの?」


「ただそばにいるだけさ。あの子は今、とても繊細になってる…見知った仲であればあるほど後ろめたさを感じるはずさ。だから出会ったばかりで、まっさらなルルちゃんにしかできない事だよ」


「それでエイジャーも…おばさんも元気になる?」

 

「もちろんだよ!…でもルルちゃんも疲れたろうから今日はもう寝ようか。あたしと同じベッドでいいかい?」


 できることを理解したのか、表情がぱあっと明るくなり元気よく答える。青い瞳が月夜を照らしてキラキラと輝いていた。

ルルと村長は寝室へ向かっていった。一連のやり取りを見届けると、少し開いていた2階の扉が静かに閉じる…


─────────


「いくぞー!じんしき!えっと、ぺれ…ぐら?」


「遅い!ペレグリンアサルトだぞ!おりゃー!」


 翌朝。外から聞こえてくるはしゃぎ声に目を覚ました村長が外に出ると、エイジャーが子供たちと遊んでいた。まだまだ疲れは残っているようだが、表情は昨日よりも少しばかり前向きさが戻っている。


「起こしちゃいましたか?すみません…朝1番に遊ぶって約束でしたから。それに体が鈍っちゃいそうで」


─あ!エイジャー!俺とも遊んでよ!


─1日で治る怪我じゃない、まだ安静にしていなさい!…薬を持ってきたから飲むこと、それと包帯も替えねばならんぞ


─病み上がりでごめんねエイジャーくん。ご飯作ろうとしたら魔道具の調子が悪くて…あとでで良いから見てほしいな


 慕ってくれる者、心配してくれる者、頼ってくれる者…その誰もがよく知った顔で、変わらない光景。


 いつの間にか集まってきていた村の人々に囲まれながら、エイジャーは"誰も責める気はないんだよ"という昨晩の村長の言葉を思い出す。


 甘えてもいいのだろうか。何もできなかった自分が。


 許しを求めてもいいのだろうか。傷ついた人々に。


(辛いのは俺だけじゃない、向き合わないと…!)


「…あの!聞いてください!俺は…俺はあの日、何もできませんでした」


 エイジャーは集まっていた人々に向き合うとあたりがしん、と静まり返り、さっきまではしゃいでいた子供までもが真剣な眼差しでこちらを見つめている。


 緊張から出る嫌な汗が肌を伝い、手が小刻みに震えている…エイジャーは深呼吸をして少しだけ震えが収まった隙を見て懺悔を続けた。


「魔族の攻撃で気を失って…目が覚めた時にはもう、誰の声も聞こえなくなっていました。みんなを守るのが騎士団の役目なのに…みんなの家族も、友人も、誰も救えずに俺だけが惨めに生き残ってしまったんです。だから…っ」


 その先が出てこない。


 おそらく村長の言う通り失態を責めて、詰ってやろうという人はいないのだろう。そういう人たちというのもよく知っている。


 それでも人々の視線が恐い。次の言葉が出てこない。胸の鼓動がみるみる早くなっていったその時─何かが右腕を締め付けているのに気付いた。いつの間にか隣に来ていたルルががっしりと抱きついているのだ。


「!?今は大事な話をしているから離れ…」


「エイジャーはひとりじゃない!私が支えてあげるって約束した!おばさんもエイジャーも、泣いてるところは見たくないもん…」


 泣くな、と必死に訴えかけるルルの目には涙が浮かんでいる。


 エイジャーは昨晩の2人の会話を思い出していた。はっきりとは見えなかったが大事な人を失い葛藤する村長を前に、彼女が黙ってしまったのを覚えている。


 記憶がないながらも苦しんでいる人を見るのは辛いという優しさは残っており、だからこそ救い方が分からないもどかしさが苦しいのだろう。


 家族を失った人々に気を使わせ、記憶を失った少女を泣かせてしまった…罪悪感から俯き、立ち止まっていたせいで守るべき人たちに負担をかけてしまっている。


 残された人間がやるべきことはいくつかあるが、エイジャーは失った人の死と向き合うことが最も重要だと考えている。それはこれまでにも数多の別れを繰り返してきた末に辿り着いた1つの答え。


 唯一生き残った自分には、これまでにみんなが与えてくれた技術や想いが巡り続けている。

 彼らには会うことはもうできないが…その原因が誰かの悪意によるものならば、次の悲劇を防がねばならない。それが戦う力を持つ者の使命であり、償いでもあるのだから…


「優しい子だね、ありがとう…俺たちのために泣いてくれて。でももう大丈夫。だから隣で聞いていてほしい」


 エイジャーはルルを落ち着かせると涙を拭ってやり、目線を合わせ真っ直ぐに見つめると、本当に?と問う彼女に本当だ、と穏やかに笑ってみせた。


「…俺は誰も助けられずここに立っています。努めを果たせなかったこと、本当に申し訳ありませんでした」


「…どれだけ皆さんに謝っても皆さんの大事な人が戻ってこないことは分かっています。だからせめて…俺がやるべきことをします」


「王都を襲撃し、すべてを奪った魔族…奴らを討伐し、これ以上悲しむ人を増やさせない。それが生き残った俺の…王都騎士団 エイジャー・グラムとしての使命だと皆さんに思い出させてもらいました」


「あの日奪われた命も、残された人たちの思いも。みんな抱えていきます。絶対に使命を果たして戻ってきます。だから…俺の…勝手を許してください。お願いします」


 エイジャーは心のままに言葉を紡ぐと頭を下げ、隣のルルも真似をして頭を下げた。あたりはしん、と静まり返り、長い静寂が訪れる。


─帰ってきたらまた遊んでくれる?


 静寂を破ったのは、さっきまで遊んでいた子供だった。声に導かれて頭を上げるとそこにはいつもと変わらない、村の人々の温かい目線が向けられていた。


「もちろん、約束するよ」


─いつでも診てやるから、怪我をしたら戻ってきなさい


「いつも心配させてすみません、先生」


─その子のこともあるんでしょ?頑張ってね


「はい…ありがとうございます」


 それは任務から戻ってきた自分を迎える時のような見慣れていて、しかしとても安心するいつもの光景…

 約束、心配、激励…様々な言葉が向けられ返していくうちに胸につかえていた言葉や感情が溢れ出て、重くのしかかっていたものが涙とともに流れ落ちていくようだった。


 村長は人々が一通り激励を飛ばし終わった後に目の前へやってくると、ニヤリと笑みを浮かべながらエイジャーの胸に拳を押し付けた。


「…魔族の親玉に会ったらバカ息子の分まで引っ叩いてやんな!託したよ!エイジャーちゃん!」


「任せて!」


 元気になったルルが返事を横取りする。その様子を笑う人々を見て、押しのけられたエイジャーも恥ずかしそうに微笑んだ。


「せっかく集まったんだ、朝ご飯はみんなで食べようか!さあ動いた動いた!」


「そうだ魔法炉!えーっとこれは…魔力が枯渇してますね。補充すれば使えるはず…」


─エイジャー!怪我してる時は肉を食え肉!この前狩った丸イノシシの燻製を持ってこよう


「いいんですか?ありがとうございます!」

 

 昇ってきた太陽が影を照らし、温かな風を運んでくる。新しい朝が始まろうとしていた。


──────


────


───



「あれが噂に聞くエイジャー・グラムさん…いいですねぇ…」



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