1話 滅び
子供の頃にしていた妄想を元に、今の流行りというものを無視して書いているため転生や性転換や最強モノとは程遠い作品になると思います。
マルチポスト元のハーメルン様URLは概要欄にありますので、気になった方はそちらもよろしくお願いいたします。
絶望を具現化したかのような禍々しい空。
建物や植物、生物などの様々なものが焼ける嫌な臭い。
そしてどこからも聞こえなくなったみんなの声…あの日の光景は今でも脳裏に焼き付いている。
(何が起きた?サーヤは?王様は?みんなの無事を確認しないと…!)
突然の出来事だった。
暗黒がみるみる空を覆い尽くし、胸の奥底から湧き上がる恐怖に体が強張ったことを覚えている。
その日は遠征から戻ってきたばかりで、報告書をまとめた後に近隣のスラムを個人的に見回っているところだった。
不穏な空に嫌なものを感じたエイジャーが急いで王都に戻った直後、空から大量の何かが降ってくるのを見届けたところで気を失い…次に目を覚ました時には全身に無数の怪我を負い、体を動かす余裕もなく仰向けに倒れていた。
─生…残っ…のみで…様
─…さと…アタ…様?
─悪…エイ…わん…処…
(なんだ…こいつらは…?)
全身を強打したショックに霞む視界でなんとか捉えたのはエイジャーを見下ろす4つの影…その中には人間族ではない異形の者もいたように思える。
どこの誰かは分からないが1つだけ分かる事がある。こいつらが…こいつらがこの地獄を作り出したのだと。
「お前…っ!何…返…っ!」
エイジャーは犯人たちに対して必死に啖呵を切ろうとするが、呼吸器もやられているのか言葉が上手く出せない。それでも4つの影に訴えかける。「お前たちは何者だ、みんなを返せ」と…
酷く惨めな姿を見下ろし、自分を嘲笑する声が聞こえる…だがその中の1体が手を挙げて3体を黙らせると、エイジャーの顔を覗き込んできた。
聴覚も狂い音が不鮮明にも関わらず、その声だけははっきりと認識することができた。今思えばテレパシーによる意思疎通だったのかもしれない。
その声はどこか楽しげであると同時にそう─虫の首を捩じ切ってはしゃぐ子共のような、無邪気という残酷さをそのまま音にしたような薄気味悪さを纏った声で語りかけてきた。
「君の名前は?─ああ、今は口も利けないか…まあいいや、強くなってボクのところへおいでよ。それが今日生き残った意味だから、さ」
言いたいことを言えて満足したのか、声の主は強い衝撃を起こしてエイジャーの体を吹き飛ばした。すべてが破壊された王都を空中で目に焼き付けながら、地面に頭を叩き潰される寸前で気を失った。
報告:王都騎士団 エイジャー・グラム
何者かの強襲により王都アストラは壊滅。種族不明、4体。
エイジャー・グラムを除いた全員を死亡と推定する…
──────────────
「アニキ〜本当に王都まで行くのか?ありゃあどう見ても…」
「そう嘆くな弟よ、これも仕事だ…んん?」
覆いで隠したやけに大きな荷物を馬に引かせながら、2人の男は何度目かも分からないやり取りを繰り返していた。
2人の兄弟商人─ニルとヒルは王都へ向かう道の途中、目の前から誰かが歩いてくるのが見えた…服のあちこちが焼け、傷だらけだが間違いなく王都騎士団の人間だ。
面倒事への忌避感とわずかに残った良心がせめぎあい迷った末に、後者が勝った2人は歩く死体のような男に駆け寄る。
「アンタ大丈夫か!?王都の方から来たみたいだけど…ひどいケガだぞ!」
2人が声をかけた焦燥した男─エイジャー・グラムは覇気のない声で答え、そして問い返す。
「王都にはもう…入れない。引き返した方がいい…妙な荷台を引いているが、あなた方は商人か?」
酷い怪我と隈によっておどろおどろしい事になっているエイジャーから向けられたまさかの嫌疑に、2人の目は泳いでいた。
(こんな状態でも疑ってくるのかよ!?ど、どうするアニキ?)
(今回の積み荷は大人しい!幕さえ上げなければ大丈夫だ弟よ!それにこいつは死にかけ!いざとなったらどうとでも…!)
焦る理由は至極単純。2人はとある有力者の依頼を受け積み荷…お眼鏡にかないそうな者を捕まえ届ける依頼を受けて王都を目指していたからである。早い話が人攫いなのだ。
王都騎士団といえば武闘派で有名である。バレたら当然ただでは済まない…兄のニルはわざとらしい笑みを浮かべると、なんとかやり過ごそうと誤魔化しを図る。
「は、はい〜あたしらは売り込み中のしがない商人!でも王都は訳アリのようですね!騎士さんのお言葉に従い引き返します!それじゃあこれで─」
「ん…あれ?おじさんたちもう着いたの?」
「「いいぃぃぃぃぃ!?!?」」
突如荷台から聞こえた眠そうな少女の声に飛び上がるニルとヒル…その様子を見ていたエイジャーの視線はより冷たいものになっていた。
「あなた方…いやお前たちは何者だ?なぜ積み荷から女の子の声が?その驚きようも不自然…痛い目をみる前に何を積んでいるのか教えてくれないか」
「ややややばいよアニキ!どうする?どうするんだ?」
「目撃者はこいつだけなんだ!こんな死にかけなら俺たちでもやれるはず!黙らせるぞ!」
手を繋いで慌てるのもほどほどに、2人は馬に括り付けた鞄からナイフと弓矢を取り出す。
やはり無法者…エイジャーも剣を抜き戦いが始まろうとしたその時─大きな地響きとともに、巨大な何かが地中から飛び出した!
(グランドルワーム!?なぜこんなところに!)
エイジャーがグランドルワームと呼んだそれは体長10メートルほど、何層もの牙を持ち体を『めくる』ことで捕食と削岩・潜行に利用するミミズのような魔族である。
危険な魔物ではあるが本来ならば人里の周辺…ましてや王都の周辺に現れることはあり得ない。最悪の介入に絶望を感じていたエイジャーだったが、2人の商人はそれ以上のパニックに陥り騒ぎ立てていた。
「うわあああなんだこいつ!?ミミズ!?は、早く馬を出して逃げよう!」
「─っ!ダメだ!そいつは音で…!」
先に大声を出した2人のもとにグランドルワームが飛びかかると弟のヒルはそのまま地中に引きずり込まれ、兄のニルはしなる尻尾にはたかれて大きく吹き飛ばされた。
木に叩きつけられたニルは糸が切れた人形のようにだらりと倒れ込んでおり…ここからでは生きているかはわからなかった。
(…殺された)
(人が、目の前で、魔族に殺された…!)
エイジャーの心拍数はみるみる早くなり、全身からは汗がどっと噴き出していた。そして脳裏をよぎるのはあの日の嫌な記憶─
頭の中をトラウマが支配する前に、剣の柄で腿を強く叩きつけて強引に正気に戻す。今はうずくまっている場合ではない!
(まだ助けられる人がいる!)
「…荷台にいる君!音に反応する魔族が現れてとても危険だ!俺がいいと言うまで絶対に声を出すな!返事もしなくていい!」
1人を引きずり込んでもなお食い足りないそれは新たな獲物─荷台から遠ざかりつつ叫ぶ人間を認識し、執拗に追いかけ始めた。
エイジャーは地中からの一撃を回避して反撃の一閃を放ったものの、巨体はあっという間に地中へと消えてしまい空を斬るだけに終わった。
グランドルワームは巨体の割に動きが早く聴覚が優れている反面、音源が生物なのか現象なのかを判断できない。そのため本来は小さな爆薬を投げ注意を引き、その隙に攻撃する方法で討伐を行う。
だが今は爆薬など持っていない。そして手を貸してくれる仲間ももういない。圧倒的に不利な状況に置かれたエイジャーは静かに剣を構え、目を閉じた。
(空を駆け巡る雷の精霊よ…我の魔力を糧として 穿つ力を与えよ─雷付与!)
この世界における"魔法"は魔力によって誘引した精霊の力を借りて、意図的に自然現象を引き起こす技術を指す。
魔力によって呼び寄せられる精霊は人それぞれ…エイジャーの体には電気を司る精霊たちと相性がよい魔力が流れていた。
エイジャーの呼びかけと魔力に応えた精霊が集まり、剣に稲妻を纏わせていく。
剣を地面に向かって振ると纏っていた稲妻が地面を穿ち、爆ぜると同時に発生する音に釣られたグランドルワームが飛び出した!
標的の出現を視認したエイジャーは両手で剣を強く握り、踏み込みの姿勢を取る。
「刃式・隼突撃!」
隼突撃─それは最速の鳥とも言われているハヤブサの如き速さで相手に急接近し、すれ違いざまに勢いと腕力で切り払う直線的な型である。
強靭な脚力で地面を蹴り一気に加速、魔法によって纏わせた稲妻でグランドルワームに斬りかかった。だが…
何かを察したのか偶然か、あるいは速さが足りなかったか…ワームは体をくねらせて致命傷を避けたのである。渾身の斬撃はあっけなく、外側の極一部を裂くだけに終わった。
(浅いか…!)
王都壊滅から3日、誰も救えなかった罪の意識に苛まれ、無心で歩き続けたエイジャーの心身はすでに限界だった。
魔法を使えるのは多くてあと2回…それは陽動と攻撃分しか残っていないことを意味している。失敗は許されない。
(さっきは踏み込みが甘かった 無意識に怪我を庇ったせいだ)
(今できる確実に決めるための方法…足を壊す覚悟で突っ込む!)
エイジャーは再度稲妻を飛ばして爆音を鳴らす。限界を超えた力を出すため踏み込もうとしたその時、視界の外から現れた木の杭がグランドルワームの貫いた!
飛び出したところに突然現れた杭の追撃によって、曝け出された全身が固定される。ふと目をやると周囲の木が異常発達し、杭に変化したようだ。
(これだけの攻撃を誰が…?それよりも…今なら確実に当てられる!)
『刃式・隼突撃!!!!』
─ギイィィィィ!!!!!!
渾身の斬撃は急所を貫き、轟音とともに電撃が迸る。
ギィギィと歯ぎしりのような断末魔をあげながら、グランドルワームは活動を停止した…
────────
「ケガが無くて良かった…それによく声を我慢してくれたね、ありがとう。俺は王都騎士団のエイジャー・グラム。君の名前は?」
「ルル…たぶん?」
吹き飛ばされたニルの死を確認した後、エイジャーは荷台の錠を壊し声の主と対面していた。
そこにいたのは白銀の髪と長く尖った耳を持つ…美しいアルフ族の少女だった。
「たぶん…?故郷や家族のことは覚えてる?」
ルルと名乗る少女は首を横に振った。夕日が雪のように白い肌を赤く染め、宝石のような輝きを秘めた青い瞳に反射している。
それは暗闇の中で1人歩み続けてきたエイジャーの前に現れた光…極度の疲労もあるのだろう、浮き世離れした美しさを持つ彼女に思わず見惚れていると、ルルは悲しそうな表情でつぶやいた。
「…た」
「…ん?」
「おなか、すいた…」
なんとも気の抜ける言葉に、錆び付いたエイジャーの心と口角が少しだけゆるむ。そういえば俺もしばらく食べてないな…そんなことを思い出していると、2人の腹が控えめに鳴いた。
「…近くに村があるんだ、今夜はそこでお世話になろう。落ち着ける場所で手がかりを思い出していこう」
「おー!」
こうしてエイジャーとルル、失ったものを取り戻す2人の旅が始まるのだった。