デート
サレオスが「行きたいところがある」というので、私たちは連れられて高級そうなお店にやってきた。
真っ白な建物は5階建てで、博物館や美術館に見えなくもない。何のお店だろう、と思っていると店の前に立っていたスタッフが扉を開けてくれた。さすが王子様、顔パスというか出迎えまでされている。
ずらりと並ぶ20名ほどのスタッフに笑顔で迎えられ、1階にある豪華な部屋に通された。
すぐに紅茶とお菓子が用意され、私とクレちゃんはその部屋で少しの間待つように言われる。
サレオスは支配人らしき人とどこかに行ってしまった。
ずっと歩きっぱなしだったので、本音を言えばブーツを脱ぎたいけれどさすがにそれはできない。私とクレちゃんは、隣同士でソファーに座り、お茶をいただいた。
目の前では、黒髪のナイスバディなお姉さんが次々とアクセサリーを並べては紹介してくれる。商売人魂がものすごい。私の髪色がめずらしいと、お姉さんは髪飾りをあれこれ着けては「お似合いですわ!」と褒めちぎってくれた。
真珠のような白くて艶やかな鉱石がルレオードの特産らしく、ものすごくオススメされたけれど、どうみても凄まじいお値段なことが伝わってくる。値札がないから確実にお高いだろう……にこやかに笑ってやりすごしたわ!
しばらくすると扉が開く音がして、隙間からサレオスの姿が見えた。
「マリー、ちょっと」
「なぁに?」
手招きされ、私は廊下に出る。
すると突然手を引かれ、「行こう」と言われてしまった。
「え?え?なに?どうしたの?」
早足で進むサレオスに連れられ、私はほぼ走っている状態だ。
「叔父上に頼まれてね」
あぁ、そういうことね。サレオスによれば、ここはもともと叔父様とクレちゃんが来る予定だった腕輪をつくるジュエリーショップらしい。
クレちゃんに逃げられた叔父様が、サレオスに頼んだのね。
「叔父様は?」
「もう来ている。今頃クレアーナに謝り倒しているんじゃないか」
私はクスクス笑いながら、クレちゃんと叔父様の二人の姿を想像した。もう今から尻に敷かれていますね、叔父様!
「叔父様がんばって!」
私は心からのエールを送った。
そこにヴィーくんがスッと現れたので、クレちゃんの護衛についてもらった。叔父様は女性関係をキレイさっぱり一掃したらしいけれど、逆恨みとかが心配だからね。
クレちゃんに見つからないうちにお店を出ると、私たちは大通りの方向に歩いていた。
「これからどこへ行くの?」
何気にずっと繋がれたままの手がドキドキする。迷子対策とはわかっていても、嬉しくてニヤニヤしてしまうわ。
こ、これはデートなのでは!?私はデートだと思い込みますがよろしいですか!?
私がそんなことを考えているとは知らず、いつもどおり冷静な王子様は私を連れてゆっくりと歩いている。
「そうだな、買い物の続きでもするか?」
「ふふふ、そうね。もうお腹いっぱいだわ」
「それはよかった」
サレオスは道行く人の視線を集めまくっていて、王子様だということはバレバレだった。でも当然だわ、かっこよさの度合いが違うもの!
私は帽子をクレちゃんのところに忘れてきてしまったので、白金の髪が露わになっている。低い位置でひとつにお団子にしてはいるけれど、やはりすれ違う人に注目されているのがわかった。
「サレオス様だわっ!なんて素敵なの!」
「誰?あの女、まさか婚約者候補!?」
あぁ、またもや何かしら言われているわ。もう諦めたけれど、耳に届く声は防げない。
「大丈夫か?マリー」
サレオスが立ち止まり、心配そうにこちらを見下ろす。私はにっこり笑って「大丈夫」と告げた。
「疲れたのか?そうなら抱えて」
「大丈夫です!元気!ものすごく元気だわっ!」
今だって手をつないで歩いているのでギリギリなのに、抱えられて街をうろつくなんて心臓が破裂するわ!
サレオスは少しだけ笑うと、またまっすぐ歩き始めた。
大通りは賑やかで、色とりどりの民族衣装を着た女の子がいっぱいいた。なんていうんだろうか、前世でいうドイツの民族衣装っぽい。チロルワンピースだったか。
胸の前を紐で編んで留めた、エプロンっぽいスカート付きのワンピース。白い長袖のブラウスにワンピースのセットで、みんなその上からポンチョみたいな防寒具を着ていた。あまりにかわいくて、ついチラチラと見てしまう。
「あれか?今は冬の祭りの時期だから、あぁいう服を着ている女性は多い」
「今だけなの?」
「あぁ。着てみるか?多分、今なら衣装店にたくさんある」
ええっあるんだ!?私は勢いよく頷いて、衣装店に連れて行ってもらった。ここでもたくさんのスタッフが出迎えてくれた。黒い服のマダムがデザイナー兼店長らしい。
私の姿を見ると、大袈裟に喜んで店の中に招いてくれた。
「まぁまぁ!お可愛らしい婚約者様ですこと!そうですか、そうですか、とうとう殿下に……!」
どうしよう、マダムの勘違いが止まらないわ。私はあやうく婚礼用のドレスをデザインされるところだったけれど、サレオスが土産を見に来ただけだと伝えて事なきを得た。
色とりどり、模様も豊富な民族衣装を見ながら、私はエレーナに似合うものを探す。エレーナは4つ下の12歳だけれど、すでに身長は私と同じくらい。お父様に似て大きくなるのかしら、と本人は心配している。
でも私からすれば、12歳で150センチなんて特に大きくもないなと思う。クレちゃんなんてもっと大きかった気がするわ。
「妹のサイズは?」
「うっ……!私と同じか、少し大きい」
この店ではピンクと水色の衣装を二着購入した。エレーナと、クレちゃんの妹のユリちゃんにお揃いであげるためだ。衣装を着たかわいいふたりを見てニヤニヤしようと思う。
「マリーは?」
私は迷ったけれど、一番定番っぽい紅い色を選んだ。裾にキラキラと飾りが付いていてかわいらしい。
試着すると、ぴったりのサイズがあったのですぐに決めた。
「どう?かわいいかしら?」
あざとくも自分から聞いてみる。
「そうだな、かわいらしい。12歳くらいに見えなくもない」
嘘!?コスプレでまさかの若づくりをしてしまった!鏡で見ると本当に幼く見えてしまい、なんだか切なくなった。
がんばれ私。叔父様よりも自分を応援しなきゃいけなかったわ。
しかもせっかくなので着て帰ることにしたんだけれど、コートを着ると全部隠れてしまったからあんまり意味がないかも。
街でのお買い物や観光はこれにて終了し、私はサレオスと二人でお邸に戻ることにした。ときおり、彼が背後を一瞥するのが気になったけれど「大丈夫だ」と言われてしまえばそれ以上は聞けない。
「街中で襲ってくるやつはいない。マリーは気にするな」
私の不安を宥めるように、繋いだ手がぎゅっと強く握られた。
うぐっ……私は今どちらかといえばあなたに襲撃されています。誰かに襲われる心配よりも、緊張による手汗の方が心配なの。あぁ、でもそんなこと悟られるわけにはいかないわ!乙女のイメージを死守しなくては。
「レヴィンにバズーカを借りてくればよかったわ」
借りたとしても、私の魔力じゃ多分一発しか撃てないけれど。サレオスは私の言葉を受けて冷静に返した。
「あれは街中で撃てないだろ」
うん、それはそうね。こっちが襲撃者になっちゃうわ。私たちは苦笑いで、馬車に向かって歩みを進める。サレオスは歩きながら、何やら思案していた。
「あれがアガルタについて行くのは困るな。俺がそばにいる間に処理しなくては……」
表情も思考も淡々としすぎている。あなた一体どんな日常を送ってきたの?尾行とか襲撃に慣れすぎじゃないかしら。
私は手を引かれるままに無言で歩いた。
馬車に乗り込んだ私は、サレオスの過保護によってなぜか強制的に仮眠をとらされてしまっていた。
「邸に着くまで一時間はかかる。少し眠った方がいい」
「あの……私、別にそこまで疲れてないんだけれど」
なんということでしょう。今、私は無自覚イケメン攻めの#匠__たくみ__#によって、膝枕をされて横になっています……!
出発してすぐに大きく揺れて、隣に座るサレオスにぶつかりそうになったのがいけなかった。
胸で受け止められるまでは良かったけれど、なぜかそのまま肩を抑えられてポテッと転がされてしまったわ。
急にどうしたのかしら……!心配性と過保護がエラーを起こしたのかしら!?
私が逃げようとすると、「シルヴィアたちと飲んだときも、こうやって眠ったのに今さらだな」って言われる始末で……!
エリーからあの夜のおおまかなことは聞いてきたけれど、まったく記憶にないわ!眠すぎてどうにかなっていたのね私ったら!
「あの、私、ほかに何かおかしなことをしたり言ったりしなかった?」
「さぁな、どうだろうか」
明らかに何か知っていて話してくれないサレオスに、私は動揺を隠せない。
どうしよう、眠れるものなら今すぐ眠りたい、というか気絶したいわ!ドキドキしすぎて心臓がもたないもの!
あああ、右肩に置かれた大きな手があったかくてますますドキドキする……!お願いだから仕留めにかかるのはやめてっ!昨日からキュンが渋滞を起こしていてもう限界よ、死んじゃうわ!!!
私はぎゅっと握りしめた右手を口元の前に置き、ただただ馬車が到着するのを待った。
あぁ、ヴィーくんをクレちゃんの護衛につけるんじゃなかった……!




