街へ行こう!
滞在3日目。遅い朝食を摂った後、私は厚手のコートを着て、クレちゃんとサレオスとヴィーくんの四人で馬車に揺られていた。
出発して以来、私はずっとクレちゃんの愚痴に付き合っている。クレちゃんと叔父様はまた喧嘩したらしい。それで私とサレオスの街観光に急遽合流することになったのだ。
よかった、クレちゃんが居てくれて。昨日のことを思い出したらまた意識が飛びそうだから、一緒にいてくれると心強い。
今朝も一階のロビーでサレオスに会ったとき、緊張からくる動悸と赤面を察知され、彼にはすでに笑われた。誰のせいだと思っているの……!
しかも兵や文官たちがいる手前、昨日の今日でよそよそしく振る舞うことはできない。
朝からおはようという挨拶とともに頬にキスをされ、卒倒しかけたところを支えられて抱き合っている風を装われた。どうやら「延長戦」があるらしい。
今さら気づいたんだけれど、私はとんでもないことに巻き込まれたのかもしれない。
だから叔父様には悪いけど、クレちゃんという存在がなければ本当に困る……!
クレちゃんと叔父様の喧嘩の原因はというと、昨夜、パーティーを早々に切り上げた私が部屋でのんびりお茶をしていた頃に起こった。
叔父様は、クレちゃんを部屋に連れ込み損ねて女神の逆鱗に触れたらしい。好きなのはわかるけれど、無茶しちゃダメよ叔父様ったら。
『愛しているんだ、クレアーナ』
『その言葉ですべて丸め込めると思ったら大間違いですわ!』
そんなやりとりがあったらしい。まだ婚約も結婚もしていないってこと忘れてますね叔父様は。
それを聞いたサレオスはどこか遠いところを眺めていた。身内のこんなことは聞きたくなかったのだろうと思う。
怒り心頭のクレちゃんを宥めているうちに、馬車は街の中心部へと到着した。ここからは徒歩で色々と見てまわる予定だ。
「あの、クレちゃん本当にいいの?」
今日、本当ならクレちゃんは叔父様と結婚のときに用意する腕輪を見に行くはずだった。でも喧嘩しちゃって、「おひとりでどうぞ!」と言い放って出てきたそうな。
「いいの!もう結婚しないもの」
ふふふと笑うクレちゃんの笑顔が怖い。何となくサレオスの方を見上げると、その無表情が「俺にはどうすることもできない」と言っている。ヴィーくんにいたっては地蔵みたいに無になっている。話を聞くだけで悶えるレベルのお砂糖を浴びたくないみたい。恋バナは苦手なのねこの人。
「さ!マリー様、行きましょう!」
クレちゃんは私の手を握ると、ラブラブ恋人つなぎで歩き出した。何だか女子のおでかけって感じだわ!
でもいいのかな……。クレちゃんがテーザ様に求婚されてから、地道にダイエットをして、トゥランのことを勉強してきたのを私は知っている。
私はクレちゃんに半ば引きずられるようにして、賑やかな街を歩いていった。
ルレオードの街には、この日沢山の人がいてとても賑やかだった。吐く息が白くなるほど寒いけれど、屋台や露店に様々な食べ物や商品が並び、一般の人や商人などが入り乱れていた。
「ねぇ、このスタイルじゃないとダメなの?」
私はクレちゃんに手を引かれ、肩にはサレオスの手が置かれている。人がたくさんいるけれど、さすがにこの年で迷子になることはないと思うよ?
「ヴィーくんが付いてきている気配もあるし、ここまでガードされなくても」
それでも二人は絶対に首を縦に振らない。これじゃあ捕縛された罪人っぽいわ。
「マリー様、その容姿は目立ちすぎるわ。変な人に拐われたら嫌でしょう?」
クレちゃんが真剣な目で忠告する。髪はもふもふの帽子の中に全部入れているから、そこまで目立たないと思うんだけれど。
「ルレオードの治安は良い方だが、さすがに何もないとは言えない」
サレオスまで心配性が発動している……。
「この状態か、抱えられるかどっちにするんだ」
ものすごい二択で迫ってきた。私は諦めて、ふたりに従った。でもまったく気が休まらない!
「じゃあまずは、温かいスープをいただきましょう!」
クレちゃんが事前に調べていたという、トウモロコシとかぼちゃっぽい野菜のヘルシーなスープのお店に向かう。味はかぼちゃに似ているそうだが、ウリの仲間でほとんどカロリーがないんだとか。
なにその魔法のダイエットスープ。買って帰りたいわ!
私とクレちゃんはウキウキ浮かれながら、お店を目指した。
私たちの食べ歩きは1時間ほど続いた。
たまにおかしな店主から手を握られかけるも、サレオスの殺気で何事もなく観光は進んでいる。
「サレオス様、もうちょっと殺気を抑えませんか?両隣の店の人に迷惑です」
クレちゃんが冷静に注意していた。そしてヴィーくんが飛ばした投げナイフをさりげなく回収する。かなり混雑しているのに、私にはかすりもせずにセクハラ店主の指先だけをかすめるのはさすがの技術だった。ただ、街の皆さんへの申し訳なさは募る。
私は今、クレちゃんの腕に自分の腕を絡ませながら、よくわからない味の団子を食べている。
ルレオードは寒いせいか、基本的に食べ物の味が濃い。それなのにこの団子はほとんど味がなく、別のスイーツについていた黒蜜みたいなソースをつけてどうにか食べきった。
私が選ぶものは、何だかハズレが多いような気がする。クレちゃんが選ぶものは間違いなくおいしいのに!
「マリー様、このパイもおいしいわ」
「んんっ!本当ね!」
クレちゃんの手からそのまま一口パイをもらう。ほんのりレモンの香りがするクリームが入っていてとても甘かった。
クレちゃんがサレオスをチラ見して、勝ち誇ったような顔をしている……!おいしいものを見つける戦いでもしているのかしら?さっきサレオスが買ってくれたココアもおいしかったよ?
でもそろそろお腹いっぱいになってきたわ。量はそんなに食べていないと思うけれど、あれこれちょっとずつ摘んでいたら満腹になるよね。
はぁ、幸せ。
私が満足してにやにやしていると、クレちゃんが露店に並ぶアクセサリーの店の前で足を止めた。
「マリー様!お揃いで何か買わない?アイちゃんやシーナさんにお土産も買いたいわ」
「そうしましょう!」
 
私たちは仲良く並んで、アクセサリーをチェックした。
「どれにする?キレイな石がついているわ」
「好きな石を組み合わせられるのね~」
私とクレちゃんがいろんな石を手にとって眺めていると、サレオスが説明してくれた。
「これはこのあたりで採れる鉱石のカケラだな。夏にたくさん採掘して、その残りがこうやって今頃出回るんだ」
「そうなのね~。とってもキレイだわ」
私たちが興味津々で見ていると、お店のお姉さんがにっこり笑って色んな石を出してくれた。露店なのにいっぱい種類があって意外だわ。
結局、クレちゃんが淡いグリーンの石を、私は赤に近いオレンジの石をブレスレットにしてもらった。アイちゃんにはピンク、シーナには黒を選んだ。
「うふふ、ありがとう!良縁に恵まれますように」
お店のお姉さんは、最後にそう言った。あれ、これはもしやうちの領でも売っている『恋が叶う石』みたいなものなの?まぁ、あれは完全に商売気を出しすぎたまがいものだけれど……。
私が手首につけたブレスレットを眺めていると、お姉さんから説明が入った。
「あら、知らなかった?お嬢さんの選んだその色は……悪魔#祓__ばら__#いよ」
恋まったく関係なかった!本気の厄祓い系だった!!!
「#悪魔__フレデリック様__#……祓えるかしら」
思わず私は呟いた。
「マリー様、使い魔程度ならともかく、魔神クラスはさすがに厳しいかと」
ちなみにクレちゃんのは友情を深める色だそうな。変なのじゃなくてよかった。




