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思い出そう

サレオスに片腕で抱えられ、本館の屋上にある庭に連れてこられた。途中、降ろしてほしいと何度も頼んだけれどすべて却下されて今に至る。


さすがに俵状態から縦抱きに変わってはいるけど、気まずくて震えるレベルだわ。


「ご、ごめんなさい」


「……」


「ねぇ、私が軽率だったわ。本当にごめんなさい」


「……もういい」


これは本格的に怒ってるわね。もういいって言われたけれど、絶対に許してくれていないわ。これ、菓子折りで何とかなるレベルじゃない。

あぁ、なんでこんなことになったんだろう、どこで間違えたのかしら?二人とも無言のまま、しばらく時間だけが過ぎていった。


それでも歩いている間にお怒りは少し収まったようで、無言の圧はほとんどなくなっている。控室から裏口を通って階段でのぼってきたので、私が強制連行されていることは誰にも気づかれていない。


ここは魔法で空調管理されているらしく、星は見えるけれどそれほど寒くはなかった。

色とりどりの花や草木が美しく、塀の外にはぼんやりとあたたかな光があふれる街並みが見える。風が緩やかに吹いていて、とても7階建の屋上には思えない。


空に透明の膜でもあるのかしら。ときおりキラリと光の筋が走るのが見えた。

私はサレオスに抱えられているからこその視界で、ついつい夜景を眺めてしまう。


「マリー」


はっ!サレオスの顔を見ると、私が景色を楽しんでいるのがバレているのか、少しだけ笑ったように見えた。もちろん、見えただけ。安定の無表情でその真偽はわからないわ。


景色に見惚れてしまった私がいうのもアレだけれど、さすがにもうこの体勢は困る。キュン死にする前に降りたい。


「あの……?」


すでに目的地には到着しているはずなのに、いつまでも降ろしてくれないことに戸惑っていると、サレオスがようやく口を開いた。


「二人で話すのは久しぶりだな」


低い声が胸に直撃する。改まってそれを言われると途端に心臓の音がうるさく音を立て始めた。


「そうね、ずっと誰かと一緒だったから……ってあの、降ろしてくれない?」


私の言葉が聞こえているはずなのに、夜景を眺めたままで降ろしてくれる気配はない。


「休みはどうだった」


え、休み?何この脈略のない質問。さっきの行動を怒られると思っていたのに、休みの話?


「どうって、お城勤めをしていたわよ?お父様のまわりの片付けや資料の整理とか、あまり大したことはさせてもらえなかったけど。お父様が心配性だから、ずっと外務担当室の中だけで仕事をしていたの」


目の前にいる人の考えていることがわからない……なぜ降ろしてくれないのかもわからない。どうしよう、私ちゃんと会話できているのかしら。不安が募る。でもサレオスはすっかり平常モードで、当たり前のように会話を続ける。


「そうか、マリーの父上らしいな。安全のためにはその方がいいだろうが……ところでヴィンセントのことはそばに置いて本当に良いのか?」


「え?良いも何もお母様が雇い主だし、バズーカ撃っちゃったし……。本人が私を妄信してるから、目が醒めるまで護衛としてがんばってもらうしかないと思うの」


私にとってヴィーくんの雇用は、証拠隠滅の一環でもあるんだよね。さすがに王太子に向けてバズーカ撃っちゃいけないもん。あの一件を思い出して遠い目になる私だったけれど、サレオスの次の一言で心臓が大きく鳴った。


「ヴィンセントを拾う前、フレデリックに何をされたんだ」


「え」


「レヴィンがあれを撃つということは、そういうことだろう?何があった」


あ、そこを深掘りしますか?サレオス、そこはスルーして欲しかったわ!お邸にくるときの説明では、そのあたりをわざとやんわり濁したのに……。


私はつい黙り込んでしまう。まさかフレデリック様に、手を握られて指先にキスされたなんて言えない。


「お、降ろして」


「質問に答えていない」


「答えなきゃ降ろしてくれないの?重いでしょ私!」


「そんなことよりも、何をされたか吐け」


「吐け!?言葉を選んでサレオス!怖いよ!」


だいたい、私にとってはフレデリック様にされたことの方がよっぽど「そんなこと」だわ!でも降ろしてくれないのは困る……。うぬぬぬぬ。


私は視線をそらしながら、あのときの状況をおそるおそる話した。お散歩に付き合わされて、恋バナをして、なぜかフレデリック様が……って細かくは言わないけれど!


「手を握られて、レヴィンは私が襲われてるって勘違いしてバズーカを撃ったのよ」


「勘違い?」


「そう、勘違い」


で、あってほしい。あんな黒歴史は記憶から消し去りたいわ!あぁ、思い出しただけでぞわっとする。


「あ、フレデリック様に恋の相談を受けたわ。想い人には他に好きな人がいるみたいで、どうすれば振り向かせられるのかって」


「それは誰のことだ」


「知らない。さすがに名前までは聞かなかったわ」


「ちがう、そっちじゃない」


「そっち?そっちってどっち?とにかく、詳しいことは聞いていないの。どうすればいいかって相談されたから、告白してだめなら諦めるか、気が済むまで好きでいるしかないんじゃないかって無難なことを答えたわ。あの……話したからもう降ろして?」


私の懇願に、ようやくサレオスは腕を緩めて降ろしてくれた。でも、何があったかちゃんと話したのに眉間にシワが寄っていて不機嫌になっている。何となく空気が重くて、胸に何かがつっかえているような感覚になった。


この空気を変えたかった私は、嫌な思い出を振り払うように明るく振舞う。


「でも他にも楽しいことはあったのよ!侍女長さんとか外務担当室の使用人と仲良くなったり、それにお友達も……」


言いかけて気づいた。そのお友達に私はハメられかけたんだったぁぁぁ!

ってゆーかお友達じゃなかったぁぁぁ!!!


楽しい思い出がいっきにガラガラと音を立てて崩れていくのを感じた。


「楽しそうな反応じゃないな」


サレオスはふっと柔らかく笑いかけてくれた。もう怒っていないみたいでほっと安心する。


「……つつがなく、過ごしたんだな。会えなかった間も」


え、サレオスったら私の話、聞いてた?つつがなくないわよ、波乱だらけだったわよ。軽く殺されかけたんだけど。あれをつつがないと表現する、サレオスの日常はどうなっているの。


「つつがなくはないけれど……何とかやっていたわ。ヴィーくんが助けてくれたし、でもー」


でも冬休みに入ってから、あなたに会えなくて毎日毎日さみしかったんだけれど。


学園では毎日会っていたし、見上げれば左側にサレオスがいるのが当たり前になっていたし、何より私にあんなことして国外逃亡したのは誰よ。


はっ!?私って本当にこの人のことしか頭にないなのね。自分でもつい笑ってしまうくらいサレオス中心のアタマになっちゃってる。


「ずっと会いたかった……」


あれ?これは会話になっているの?今私おかしなことをぽろっと漏らしたんじゃないかしら。


サレオスが私を見てきょとんとしている。やだ、その顔かわいい!休憩室に飛び込んできたときの悪魔みたいなオーラが嘘みたいだわ。



あ!でも会いたかったなんて言って、重い女だと思われたくない!恋人づらしてると思われる!やばいわ、これは失言だわ。


「待って!やっぱり今のはナシで」


だめだ!恥ずか死ねる!顔が一瞬で真っ赤になるのが自分でもわかった。煩悩を抑えきれないバカな女だわこれじゃ!


ルレオードに来てから必死で隠してきた本心が、ちょっとした隙に漏れ出てしまった。これじゃストーカーもいいところだわ。言わなくていいことを言って、「こいつどれだけ俺のこと好きなんだよ」って引かれるかも!


「違うの!アガルタで楽しい思い出もあったはずだからちょっと待ってて!」


私は慌てて後ろを向き、一生懸命記憶を漁った。


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