お怒りです
私は三人娘からトゥラン男性への不満を散々聞いた後、ロッセラさんの長い髪を使って遊び出してしまった。
プラチナブロンドの髪が珍しいといわれ、三人にじっくり観察されていたんだけれど、ロッセラさんがいかに自分の髪が硬いかを語りだしたのよね。それでおかしな髪型になっても、その状態で固定されるって話になって。
リータさんが器用で、ロッセラさんの髪を編んであまりに芸術的な髪型をつくるものだから、つい時間を忘れて笑いに笑ったわ。
「ルレオードの塔ならこんな感じかしら。あ、でももっと高さが欲しいわね。サイドはこうしてねじり上げれば……」
「ちょっとリータさん、人の髪の毛でどこまで遊ぶおつもり?戻らなくなったらさすがに困りますわ」
ロッセラさんは髪をいじられることに慣れているようで、リータさんに文句を言いつつも動かずじっとしていた。アリーチェさんも涙ながらに笑っている。
「まぁ、無様な姿ですこと!これじゃあとても良縁には恵まれませんわね!!!」
「も、もうやめて!これ以上は、やめっ……」
私は笑いすぎてお腹が痛くて、涙が滲んでいた。これ以上見せられるとせっかく直してもらったメイクがまた落ちるかと心配するほどに。
だからものすごく驚いたの、いきなり扉が破壊されてサレオスが飛び込んでくるなんて……!バコォォンっていったの、バコォォンって!誰かに襲撃されたかと思ってびっくりしたわ!
「サ、サレオス。と、イリスさん?」
しばらくの沈黙の後、私は何とか声を出せたけれど三人娘は完全に硬直して絶句していた。それもそうだわ、ロッセラさんなんて真上に塔のようにねじり上げられた変な頭を見られてしまったんだもの。これは恥ずかしすぎる!
向こうは向こうで唖然としていて何も言ってくれないし、この沈黙は一体何なのかしら……?鍵はかけていたけれど、なんで破壊したの?
私は勇気を振り絞って、サレオスの前に歩いていった。
「あの、どうかしたの?」
あら、放心している顔もキレイだわ。ってそんなこと考えている場合じゃないわね。
「こ」
「こ?」
「これはどういう状況だ……!」
あぁ、状況説明ね?伝言を聞いて迎えに来てくれたのよね。
私はお友達ができたことを嬉々として報告した。ひとりでいたら侯爵と呼ばれた方に無理やり踊らされそうになったこと、そしてアリーチェ様たちに助けてもらったこと、それから……は、ただ楽しくおしゃべりして遊んでいたとごまかした。
サレオスはじっと聞いていたけれど、途中から私の肩に両手を置き、とても疲れたように頭を垂れた。
「どうしたの?何がどうなって扉を破壊したの?普通にノックしてくれたらすぐに開けたのに」
あ、うん。ロッセラさんの髪があるから、すぐに開けたかどうかはわからないけれどね?
「何も……何もないか、ケガは」
あああ、何だかよくわからないけれど頬や髪をペタペタ触られている!何!?急な接触は心臓に悪いわ……!私はどうにかその手をつかもうとするけれど、するっとすり抜けた大きな手は生存確認らしきことをやめてくれない。
「え、ええ、もちろん。ただおしゃべりしていただけだから。ほら、元気でしょう?」
お邸の中でケガなんてするわけないのに、一体どうしたの!?どう見てもサレオスは混乱している。様子がおかしい。公爵様に呼ばれて行ったときも思ったけれど、今日はやたら過保護だわ。
もしかして、私は多大な心配をかけたのではないかしら!?どうして!?ヴィーくんだっているんだし、学園祭のときみたいに誰かに攫われるなんてことは起こらない。それにちゃんと、アリーチェさんたちと一緒にいると伝言をしてもらったはず。なのになんで?
「サレオス様、落ち着いてください。マリー様は本当にご無事です。むしろ楽しかったみたいです」
見かねたイリスさんが、飛ばされた扉を床から起こしつつサレオスに声をかけてくれた。その言葉でようやく手を止めた彼は、私の両肩に手を置き、大きなため息をついた。
「あの、本当にどうしたの?」
ドキドキしながら尋ねるも、私の問いに返答はない。しばらく無言が続いた後、私から手を離したサレオスはとてつもないお怒りオーラを放っていた。周囲の気温が下がったように感じるのは多分気のせいじゃない。
「……ヴィンセント!」
突然サレオスが宙に向かって叫ぶと、ヴィーくんが音もなくサッと降りて来た。
「はっ」
「おまえがそばに居ながらなぜマリーを移動させた!」
「申し訳ございません。主様に無体をしたエルヴァス侯爵を吊るし上げた後、俺が戻ったときには主様はこの部屋に入られた後でした。特に問題が起きそうなことはありませんでしたのでずっと上におりましたが……サレオス様はなぜ扉を蹴破られたので?」
え?ちょっと待って、ヴィーくん今、何したって?吊るし上げたって言った?
ってゆーかサレオス、扉を蹴破ったの?何してんの王子様なのに。
「エルヴァスなど後でいくらでも消せる。護るからには一秒たりともマリーのそばを離れるな!いいな!」
「はい!」
ちょっと!「いつでも消せる」発言はおかしいわ!
あれ?ヴィーくんって私の護衛よね?うちの人間よね?なんでサレオスの部下みたいになってるの???
もうどこから突っ込んでいいかわからない。マリーは混乱していますよ!
はっ!?しかもサレオスが扉を蹴破ったって……脚は大丈夫なのかしら!?
私は膝をついて、どっちかわからないけれどサレオスの脚がどうにかなっていないかじっと観察した。
「なんだ」
「え?蹴破ったっていうから脚は大丈夫かと」
「大丈夫に決まっている」
私は立ち上がって、サレオスの瞳を見つめた。
「王子様が扉を蹴破るなんてとんでもないわ。ケガでもしたらどうするの」
「ケガなどしない」
「私だってサレオスを心配するのよ?無茶なことするから……」
「それをおまえが言うのか!?」
あぁ、何だかサレオスが怒っているわ。呆れているようにも思えるし、めずらしく私のこと「おまえ」って言った。
なんか怖い。どうしよう。勝手に移動したから怒っているんだわ。身分のことがあるからお断りはできなかったんだけど、きっとサレオスはそれでも断れと言っていたのよね。今さらながら自分の迂闊さを呪う……!
「ご、ごめんなさい。皆さんとても優しくて、ついはしゃいでしまったの。これからはもう誰に誘われてもついていかないって約束するわ」
あぁ、私の全力謝罪もまったく響いていないみたい。顔が怖すぎる、めちゃくちゃ怒っている!!!
イリスさんはヴィーくんと淡々と扉の片づけをしているし、三人娘はいまだ固まっているし、この空間に私を助けてくれる人はいない。
私は視線をそらして、サレオスから少し離れようとする……けれど二歩下がったらあっけなく捕まった。
「ひゃあっ!」
片腕で私を抱えたサレオスは、イリスさんに「上へ行く」とだけ言い放ってすぐに部屋を出て行った。こ、これは逃げないように捕獲されている……!
いつぞやのように俵みたいに肩に担がれ、私は有無を言わさず連れ去られた。
上、上ってどこ!?あ、ヴィーくんは……ってイリスさんにがっしり腕を捕まえられているわ!本格的に誰も助けてくれない感じね!?
あぁもう最低、なんでこんなことに。会いたくて会いたくて仕方なかったのに、二人きりになれるときにはサレオスがものすごく怒っているなんて悲惨すぎる。エリーぃ!リサーぁ!ごめんなさい!
私は無の境地に達し、ただサレオスに担がれるままに揺られていた……。




