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トゥランの男って

休憩室もダンスが踊れそうなほど広く、ソファーやテーブルなどがあり、食事ができるスペースになっている。


アリーチェ様は縦ロールを揺らしながら、「どうぞ」と私を部屋の中に案内してくれた。私は誘導されるがままに、ソファー席に座った。

正面にはアリーチェ様、そしてその両サイドに、リータ様とロッセラ様が座っている。


でも……三人をじっくり見ていると、こんなにキレイな人たちがサレオスの周りにはたくさんいるのねって思い知らされてしまった。自信がなくなってきてしまうわ。私の絡まりやすい細い金髪と違って、なめらかで艶のある濃い色の髪がとても羨ましく思える。


はっ!私ったらじろじろと見てしまうなんて失礼だったわ!ドキドキして視線を逸らした私に、アリーチェ様が急に厳しい声を上げた。


「あなた、サレオス様とはどんな関係なの?まさか恋人じゃないでしょうね?」


あれ、怒ってる?とにかく質問に答えないといけないわね。ううっ……違いますっていうのがつらいわ。


「あ、はい。違います。恋人ではなく、友人です」


悔しさでお腹がよじれそうだわ!私は俯きがちに答えた。


「本当に?そのドレス、随分と私たち婚約者候補を挑発しているように思えるけれど」


「え?婚約者候補なんですか!?」


「知らなかったの!?私とシルヴィア様、それにさっきのデブ、じゃなかったイレーアは婚約者候補の筆頭よ!だいたいあなた、知らなかったなら何でついてきたのよ!?」


何でって、サレオスのかっこいいところを語り合えると思って……。そんなこと言える雰囲気でもないことに気づくが、もう遅い。


「あの、ドレスが挑発って?」


「は?あなた知らずに着ているの?そのドレスを?」


はい、与えられたものなので知りません。え、サレオスもひとめ見て驚いていたけれど、このドレス何なの?どこがダメなの?


「アリーチェ様、アガルタの方だからご存知ないのでは?」


リータ様がひそひそと何かを伝えている。アリーチェ様が困ったような顔をして、再び私に向き直った。


「そのドレスはね、サレオス様の瞳の濃紺でしょ?しかも蝶の刺繍が入っているわよね」


「ええ、テーザ様が用意してくださって。その、これが何か?」


「なんていうことなの!テーザ様公認の仲なのね!?」


「え?」


「トゥランでは蝶の刺繍を入れると『私はこの人のモノです』っていう意味なのよ!エスコートしてくれた方、つまりあなたはサレオス様の恋人ですってみんなにアピールしたってことよ!」


え。えええ。

えええええええええええええ!!!

叔父様!クレちゃん!なんてことをしてくれたのー!!!だからサレオスはあんな顔していたのね?


私はびっくりしすぎて声が出ない。天井裏にいるであろうヴィーくんがちょっとだけ動いた雰囲気がした。ヴィーくんも動揺しているのね!わかるわよその気持ち!


「そ、それってマズイじゃないですか!」


「あなたがそれを言うの?!」


「だって、だって!」


「そうよね、あなたはテーザ様が無理やり押し込んだ婚約者候補よ!ちょっとかわいいからって、サレオス様にエスコートされたからって、めったに笑わないサレオス様があなたにだけ笑いかけるからって……とにかく調子に乗らないでよね!」


「「そうよ!そうよ!」」


あわわわわ、婚約者候補の皆さんが怒るのも理解できるわ。どうしよう。


私がオロオロしていると、扇子をぽきっと折ってしまいそうなほど握りしめたアリーチェ様が、テーブルに拳を叩きつけて叫んだ。


「あなたなんて……あなたなんてこれっぽっちも愛されていないんだからね!サレオス様があなたに構ってるのはほんの戯れよ!思い上がらないでちょうだい!」

あ。ああ。

あああ!!!


人が一番気にしていることを言ったぁ!そんなの言われなくても私が一番わかっているわよ!サレオスの「好き」は私の「好き」と基準が違うってことくらいもう知っているのよ!


私はじわりと涙がにじみ、情けないことに口はへの字だ。膝の上で手を握りしめ、必死で涙をこらえるもぽろぽろと大粒の雫がこぼれ落ちた。


「そうなんです~!!!」


「「「はぁ?」」」


「うぐっ……私はこれっぽっちも愛されていないんです~!」


突然の号泣に三人娘が引いている。逆にオロオロしだしたアリーチェ様が、扇子を放り投げて私の隣に座った。扇子の持ち手が花瓶に当たり、カンッと高い音を鳴らす。


「どうしたのよ!?何があったの!?」


「だって……!ひどいんですよ、思わせぶりなことして何も言わずに国外逃亡して!冬休みに入って20日も経つのに手紙のひとつもなければ、ここにきて再会しても『会いたかった』も『会えて嬉しい』の一言もなく……!ただ『久しぶりだな』で片付けられました!」


「あら……」


「お見合いのことも聞かれたくないみたいで、きっとイリスさんが教えてくれなかったら黙ってたんです」


「まぁ……」


「今日のエスコートだって、かっ、かわいいとかキレイとかの一言もなく、ため息をつかれました」


「……」


「好きなのは私だけなんですー!うわあああああああん!!!」


そこからは私の愚痴が止まらなかった。泣き続ける私の背中を、アリーチェ様が優しくさすってくれる。


「こんなに好きなのに、しょせん私は都合のいい女に過ぎないんです~!私ばっかり好きで、振り回されて、もうやってられません!」


そしてリータ様とロッセラ様が、うんうんと頷きながら同情してくれた。私はついつい関係のないフレデリック様の話までして、途中でアリーチェ様が怒りだしてしまったくらいだ。


「なんなのその王太子!?あなた可哀想な子ね……!」


アリーチェ様は、拳を握りしめて怒っている。さらに私に同情したロッセラ様は、諭すように助言をくれた。


「サレオス様って基本的にドライな方だから、よく知らないけど。ほとんど知らないけど。でもまだ愛されていないって決めつけるのは早いんじゃない?」


「ぐすっ」


「ほら元気出しなさいよ!そんなことでどうするの!?好きなんでしょう!?」


興奮したアリーチェ様は、私の手をぎゅっと握って励ましてくれた。そこにリータ様が「はっ!」と何かに気づき、おそるおそる右手を上にあげた。


「あ、あの、アリーチェ様!」


「何かしらリータさん」


「あの、こんなに愛らしいマリー様にご興味がないとなるともしやサレオス様って……」


「続けて?」


「ブス専なんじゃありません?」


「「まぁぁぁぁ!!!」」


あれ?なんかおかしな方向に話が言ってるなぁ。私は涙腺が壊れてしまったのか、もう悲しくないのにハンカチがどんどん濡れていく。


「なんてこと!それならまだ理解できるわ!」


アリーチェ様が、右手で口元を覆って狼狽えている。


「そうですわ、だってほら。先日のお見合いだって誰にも一言も話しかけなかったじゃないですか!」


リータ様の話に、私はイリスさんから聞いたとおりだなと心の中で呟いた。


「サレオス、何も話さなかったんですね。どんなご令嬢が来ても?」


「ええ、そうよ。さすがにあれはびっくりしたわ。私なんて途中から天井の模様を数えてしまったもの。200を超えた時点で心底帰りたくなったわ」


アリーチェ様は遠い目をしていた。そして軽くため息をついた後、三人娘は揃ってしばらく沈黙を続ける。「そんなに気まずい空間だったの?」と思ったけれど、聞けるはずもない。私は相変わらずすんすん鼻を鳴らして泣いていた。


「あぁ~もう。ほら、これで顔拭いて。化粧が落ちてるじゃないの。いいかげん泣き止みなさい、化粧直してあげるから!」


見かねたロッセラ様は私の涙を拭き、化粧直しまでしてくれた。あれ?最初、なんの話してたんだっけ?もう忘れちゃったけれど、とにかく三人の優しさに胸があったかくなった。


「あなたかわいいんだから、胸もあるし襲っちゃえば?」


アリーチェ様が真顔でそんな無責任な提案をする。


「そんなことできませんっ!」


もちろん私は全力で否定した。襲い方なんて誰からも習っていないもの。


「失敗しても母国に逃げればいいじゃないの」


しかしアリーチェ様は簡単に言ってのける。


「逃げるって……逃げ帰ったところでまた新学期になればほぼ毎日会いますし気まずいですよ」


「それはそうよね~。毎日会うってなるとやっぱり無茶な攻めはできないわよね」


みんな頷いて、なぜか一緒に今後の対策を考えてくれている。なんていい人たちなの!?


「でもね~私たちだって大変なのよ?家族からのプレッシャーがねぇ、リータさん」


「そうですね。サレオス様の婚約者候補っていうのも、親の期待から逃げられないからがんばっているところがあります」


「え!?そうなんですか?」


私はびっくりしてリータ様に向かって前のめりになった。


「はっきり言って、トゥランの男の人って地味なんですよねぇ。控えめで口数が少ないっていうか。サレオス様ほどの美形は別格だけれど」


リータ様の意見に、他の二人はうんうんといって賛同している。続いてロッセラ様が頬に手を添え、困ったように笑って言った。


「それに私たちの世代って女子の方が多いんですよね。だから結婚相手を探すのが大変なんです。少しでも良いお相手をっていうのはわかるんですが、さすがにあの美形の隣に立つのは拷問ですわ」


ロッセラ様の意見に、私もすごく納得してしまう。サレオスの隣にいると、シルヴィアみたいな美女じゃないとかすむわよね!わかるわその気持ち!


「ところであなた、アガルタの王太子妃候補っていう噂は本当なの?」


「噂っていうか、デマなんですけれどね」


「じゃあ、妃教育はされていないの?」


「はい、もちろん」


「えええ~!なんなの、噂を聞いたときはどんな強欲な女が来るのかと思っていたのよ、自国の王太子とサレオス様を天秤にかけるなんてって!そうよね、あなたみたいな子がモンスターだらけの社交界で王太子妃なんてできないわよね~。向いていないわ」


「そう言ってくださると気が休まります!」


アリーチェ様の言葉にほっとする。あぁ、ここにも理解者が!私は今、感動しています!!!


「最初は、性格の悪い女だったら髪の毛くらいは切ってやろうかと思っていたのよね~」


え?何か今すごく恐ろしいこと言われた!?


「大丈夫よ!マリーにそんなことしないわよ!」


あぁ、よかった。助かったみたいだわ!


「あ~あ、もうサレオス様のことは諦めてアガルタにでも留学しようかしら?万が一にもブス専ならイレーアが断然有利よ。負けるわ」


「あらアリーチェ様ったらそんな正直な。私もお父様に留学したいって頼んでみよう。ねぇ、リータさん」


「そうしましょう!マリーにはサレオス様と幸せになってほしいもの」



それから私は三人娘と意気投合し、トゥラン男性のダメなところ、物足りないところを延々と聞かされた。どこの国も女性の方が強いみたいだわ……。




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