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もっとがんばればいいのに

翌日、いよいよヴァンとエリーの結婚式がやってきた。午前中からエリーはすっかり磨き上げられ、美しいドレスを着て化粧もしている。私の念入りな回復魔法により、お肌はつるつる! 達成感がすごい。

女子三人は薄紫色のシフォンワンピースを着て、髪の毛には同じ紫色の宝石のついた髪飾りをつけている。クレちゃんの栗色の髪によく映えていて、私はまたもやカメラがないことを悔しく思った。

サレオスは黒い衣装を着て、胸ポケットに紫色の花を挿している。私の妄想では白のタキシードが似合っていたけれど、やはり現実の彼を見るといかに自分の想像力が貧困であるかを思い知らされた。どうしよう、ぎゅってしたい……!

現在エリーの控室で、なぜかエリーが私の髪の毛をいじっていて、サレオスがそれを鏡越しに見ているという謎の状況で私は悶えていた。

(なんで? ねぇ、なんで鏡越しでそんなにかっこいいの?)

セットされていく自分ではなく、ずっとサレオスを見ていたからか、スッと視線を下げられた。どうやらまたもや私は見すぎたらしい。途端に気まずくなって、私も視線を下におろす。

エリーは「あらあらあら」といって、嬉しそうだ。

時間がやってきたので、私たちはエリーを置いて控室を離れる。ここにヴァンが迎えに来て、一緒に教会の扉をくぐるから、参列者は先に教会の中に入っておかなくてはいけない。

「じゃ、エリー、またあとでね」

そう言った私に、エリーはにっこりと笑ってくれた。これまで普通にしゃべっていたのに、急に私は思わず泣いてしまいそうになる。気持ちはお母さんなのよ!

控室の扉を閉め、はぁっと息を吐いた私は両手で顔を覆った。どうにかして幸せになってもらいたい。どうしようもなく、胸が詰まった。

「ほら、泣くと目が腫れる」

サレオスが私の両手をとり、我慢しろと無茶なことを言ってきた。無理だよ、お母さんだもん私。

どうにかして唇を噛み締め、ふぐっと気合いを入れて目を見開いた。息を止めて、なんとか涙がこぼれるのを堪えた。やばい、一回でもまばたきをしたら水漏れを起こすわ……。

目を見開きすぎて、顔が変になっていることに私は気づいていなかった。

「ぶっ……」

サレオスが顔を反らして噴き出すのを見て、自分のやばさに気づく。侯爵令嬢として、みっともない姿を見せてしまっている。しかもその瞬間に、まばたきをして見事に防波堤が決壊した。

終わった。不細工な顔を見られた上で、意味がなかったという悲しすぎる現象が起きた。

「うう~……!」

結局また私は両手で顔を覆って、今度は遠慮なく泣き出す。もうどうせだめだ、一度泣いてしまえ。どうせ式が始まったらわんわん泣くのよ。諦めよう。

「ああ……マリー、ごめん。あんまりかわいくて笑っただけだよ」

「嘘つき」

あ、しまった。つい本音が漏れた。でも絶対に嘘だ。この期に及んで、サレオスの嘘が下手すぎてさらに泣けるわっ!

私はとにかくこすらないように、それだけを気を付けて涙をぬぐおうとする。すると私の目元に白いハンカチが当てられ、そっと優しく涙が拭き取られていった。

「あれ? まだここにいたのか。早く教会に入らないと、俺らが追い抜きますよ」

エリーを迎えに来たヴァンが笑いながら歩いてくる。その笑顔を見ると、さらにボロボロ泣けてきた。

「ちょっと待って、ヴァン。もう無理、わたし、無理ですよ……。エリーと二人、しばしお待ちくださいよ?」

あはは、と笑ったヴァンは、そのまますぐに控室に入っていった。私はサレオスに涙を拭かれながら、その後ろ姿をじっと見ていた。あぁ、もう鼻までスンスン言ってるし、これは止まらないパターンだ。

「行くぞ。さすがにもう時間切れだ」

サレオスはそういうと背筋を伸ばし、私を見下ろした。私の手に白いハンカチを握らせて、くるっと背中を向け歩き出す。私はほぼ号泣に近い状態で、滲む視界で歩きだした。なんてこと、視力五・〇でも泣いてしまえばたいして見えない……。

「マリーは子供みたいだな」

違います、お母さんです。と心の中でつぶやいたそのとき。指先にあったかい感触が……。

まさかの、手つなぎ!

ん? 引っ張られているだけ? 私の手を軽く握り、ズンズンひっぱって歩くサレオス。白いハンカチを左手に持ち、右手は彼の手にひかれている。嬉しさと衝撃のあまり、私はつないだ手をガン見してしまう……!

(ひええええええ! 過保護ですか!? どうなんですか!?)

手の甲は骨ばっていて、男性らしく血管が少し浮いて見えている。魔法が全属性使えるから、剣はやらないのかな……。指が柔らかくてきれい。でも手がすごく大きい。子供みたいって言われるのに納得だわ。こんなに体格が違うのね。

じっくりとサレオスの手を堪能していたら、無意識でぎゅっと強く握ってしまった。

どうしよう、離せない。お嫁さんにしてほしい。

またも私の願望が湧き出てきちゃったけれど、ここで一生分の運を使ってしまったかもしれない! 私は茫然と、手を引かれたままフラフラとサレオスの後に続いた。

教会に入るとすでにみんな揃っていて、入るときに手がパッと離されてしまったがさすがにみんなの前では恥ずかしすぎる。私がサレオスに逃げられないように掴んでいると思われてもマズイ。

一応侯爵令嬢だし、世間体がある。手をつないだことが既成事実になって結婚できるなら、恥など捨てて手を握りにいくのだがさすがにそれはない。

ハンカチを手にスンスン泣いている私を見たクレちゃんは、ここでもすべてを察して「うんうん」と頷いている。アイちゃんは私にもらい泣きして、ダーッと泣き始めた。いい子なんだよね、この二人……。私は二人と友達になれてよかった、そう思ってさらに泣いた。もう訳がわからない。とにかく涙が止まらない。

そうこうしているうちに音楽が鳴り始め、ヴァンとエリーが入場してきた。オルガンの音がとてもきれいで、みんなに祝福された二人はすごく幸せそうだった。

遠目から見ると、エリーは女性に見えなくもない。わりと華奢だし(めっちゃ力強いけど、すごい戦える従者だけど)、顔も中性的だから化粧映えしている。クレちゃんが編んでくれたレースのヴェールがとても似合っていた。

つつがなく式は行われ、お祝いムードで幕を閉じようとしていたけれど、最後のブーケトスで問題が発生する。

「マリー様! ちゃんと取ってくださいね!」

あ、もう名指しだね。うん、この雰囲気で他の人取れないよね。完全に出来レースだった。それなのに……エリーが投げたブーケが柔らかい弧を、描かなかった。剛速球のように紫の塊が飛んできて、あまりの勢いにみんなが「えっ」と声を漏らしてそれの行方を目で追う。

――バコンッ!!

「きゃあああああ! アイちゃん! しっかりして!」

「アイーダ嬢!」

顔面でブーケを受け止めたアイちゃんは、その場にへたり込んだ。顔が赤くなっている。

「エリィィィ!? コースが鋭すぎでしょぉ!」

私はキレながらアイちゃんを抱き締めるように支えた。痛がってはいるものの、アイちゃんはブーケをゲットして嬉しそうだった。

こうして私の涙も完全にひっこみ、結婚式は無事に終わりを迎えた。


「どうして連絡をくれなかったのかな? 自分の従者の結婚式に欠席してしまうところだったよ」

美しい笑顔で優雅に足を組みながら、そう皮肉を言っているのはフレデリック様だ。私は今、なぜか馬車の中でお叱りを受けている。ヴァンとエリーもいるので、二人きりではないのが救いだ。

サレオスやアイちゃん、クレちゃんは、別の馬車に乗ってうちへ向かっている。

結婚式終了後、私も彼らと一緒の馬車に乗り込もうとしたところをヴァンに捕獲された。忘れてたけれど、彼は悪魔の手先だった。でも命令されちゃあ仕方がないよね。

「すみません。内輪で行うつもりだったので、まさかご公務満載なフレデリック様がわざわざここまで押しかけて、いえ、来てくださるとは思いませんでした。すみませんでした。もう二度としません」

「……結婚式は二度しないよ、普通ね」

ヴァンとエリーは苦笑いを浮かべている。例えばの話なのにイライラしているなぁフレデリック様。そんなにヴァンのことが好きだったんなら、確かに申し訳なかったなとちょっとだけ反省した。

私は泣いて腫れた目を、冷水にひたしたタオルでエリーに冷やされている。

しばらく馬車の中に沈黙が流れた後、窓の外を眺めていたフレデリック様がふいに口を開いた。

「……ままならないものだね。君はこんなに近くにいるのに、手が届かないように思うよ」

そして私の手をそっと握り、その青い瞳でじぃっと見つめてきた。

(手、届いてますよ。王子)

私は愛想笑いを浮かべたまま、無言で手を引き抜こうとがんばっていた。

「手、届いてますよって思っていますね。マリー様、物理的なことじゃないんで、そこは理解してあげてください」

ヴァンが容赦なく突っ込む。

「マリーは、王太子妃候補だって知ってるよね? 私と一緒に首席入学で、あれ以来、君のことを私の婚約者にって周囲からよく言われるんだよ」

「……それはまた突拍子もない話で」

「そうかな?」

フレデリック様は目を細めた。どこまでもかっこいい王子様は、きれいすぎてなんだか不気味だわ。王太子妃ともなれば、この横に並ぶことになる。苦行としか言えない。

「私はね、それでもいいと思っているんだよ? 君なら家柄も容姿も、性格も問題ない。これまで社交の場に出てこなかったのはこれから何とでもなるからね。体も元気そうだし」

ぐっ……! やはり病弱がただの設定だったことがバレている。私は責められているような気分になって、せわしなく視線を彷徨わせた。視力悪いんです設定に引き続く、精神不安定なんです設定も追加しようかと真剣に考えている。

それにしても、フレデリック様は好きな人とかいないのだろうか? 前世の妹がプレイしていた通りなら、ヒロインと出会ってなんやかんやで結ばれるはず。私と婚約してしまっては邪魔になるのでは、と頭に次々と疑問が浮かんだ。

フレデリック様は私の両手を包み込むように握り、甘えるような目で言葉を続ける。

あいにく私は馬車の進行方向とは逆向きに座っているので、少し気持ちが悪くなりつつあってそれどころではない。

「私が君でいいと思っていることも含めて、マリーの返事を聞かせてくれないか?」

あぁ……だんだん吐き気がしてきて正面を見ることができなくなってきた。

今、私の視線はフレデリック様に握られている手元にある。今すぐこれを振り払って口元を押さえたい。でもなけなしの理性がそれを許さなかった。

「私のことは、どう思っているのかな」

馬車酔いで頭が朦朧として、王子が何を言っているのか脳に届かない。どうしよう、私が王子をどう思っているのかって話? 妹の推しキャラで王子で、王子だ。

それ以上でも以下でもない。う~ん……王太子妃……婚約者……。う~ん。

私はしばらく悩んだ後、げんなりした顔で言った。

「なんか、もっとがんばればいいのにって思います」

「「「え?」」」

三人の声が馬車のガタゴトいう車輪の音に負けない大きさで響いた。私は額に汗をにじませながら、こみ上げる胃液に耐えながら言葉を絞り出す。

「だって、せっかく身分に関わらずお妃様を選べるっていう自由な国なのに、私でいいと思ってるって……だめですよ、諦めたら。次期国王というお立場ならのちのち好きな人ができたときに側妃にすることもできますが、やっぱり一生のことですからちゃんと好きな人を妃に…うっぷ」

しゃべっていると限界がきて、私はフレデリック様の手を振り払い、隣に座るエリーにしがみついた。

「エリー、私もうだめ。水、水ちょうだい!」

「マリー様! あわわわ、馬車酔いですね!? ちょっとヴァンそこ変わって!」

ぐったりとした私は、エリーに抱えられてフレデリック様の隣に座らされる。今さら進行方向に向かって座りなおしたところで、気休めにしかならない。呼吸が荒くなり、青い顔をしている私をフレデリック様は唖然として見つめていた。馬車酔いした令嬢なんて見たことないだろうな。

(病弱だから馬車酔いするって勘違いしてくれたらいいのに……)

水をもらって何とか意識を飛ばした私は、邸につくとそのままエリーに抱き上げられて自分の部屋に運ばれた。

いやぁ、ほんとに、王子様に向かって吐かなくて助かった……!

いくら不可抗力とはいえ、王子様に吐くとか何罪なのかもわかんないわよ。

そのあと、フレデリック様がどうなったかは知らない。そういえば何の話をしてたっけ?

ベッドサイドで心配そうに世話を焼いてくれるクレちゃんの手を繋いで、私は夕食までのんびり眠った。フレデリック様はその間に帰ったらしい。見送りできなくてゴメンナサイね。

学園が始まったら、お菓子を持って詫びに行こうと決めた。


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