パーティーのはじまり
本日の主役であるクレちゃんと叔父様が入場すると、会場では大きな歓声が上がった。長年遊び歩いていた王弟・テーザ様がようやく結婚するということで、社交界はその話で持ち切りなんだとか。
後から入場する私たちは、扉の前でシルヴィアに会った。
「マリーかわいいぃぃぃぃ!」
そう言ってぎゅっと抱きしめてくれたけれど、サレオスは冷静に彼女を引き剥がして私を自分の背後に隠す。ふいに握られた手がキュンだわ!
シルヴィアは、フリルがたくさんついた真紅のドレスを着ていてお姫様みたいだった。スレンダー美女の可憐さに心を奪われてしまって、ついついじっくり眺めてしまったわ。
でもサレオスがシルヴィアにさっさと行けって冷たい態度を取るから、捨て台詞を吐いて行っちゃった。
「サレオスなんてハゲろ!フラれろ!私みたいに失恋すればいいのよ!」
あぁ、シルヴィア。あなた、王妹の母を持つ生粋の公爵令嬢なのになぜそんなに口が悪いの?妖精みたいな容姿とのギャップがすごい。
「マリー?そろそろ行くぞ」
「……はい」
あぁ、ドキドキして苦しいし、隣を見れば世界一かっこいい王子様がいるし(※私調べ)それでも国と家のことがあるから背中を丸めて歩くわけにはいかない。アイちゃんが読んでいた本にも「不器量女は笑え」って書いてあったもの!私は必死で笑顔をつくった。
明るい音楽が鳴り響き、盛大なパーティーが始まる。私はサレオスにエスコートされてゆっくりと入場した。
「見て、サレオス様よ!エスコートなさっているのはどなたかしら?珍しい髪ね」
「あぁ、やっぱりサレオス様は素敵だわ。どなたと婚約なさるのかしら」
会場にいる令嬢たちがみんなサレオスを見て目を輝かせている。私は嫉妬と好奇の視線を浴び、居心地が悪いけれど何とか笑顔を取り繕った。それにしてももう少し身長があれば……!彼の長い脚に適正な歩幅で歩いてあげられないことが申し訳ないわ!
「マリー、ゆっくりでいい。無理するな」
はうっ……こういう優しいところが好きなの!サレオスは今日もやっぱりキュンを量産するつもりね!?
「ふふっ大丈夫よ、転んだりしないわ」
私は余裕があるフリをして、彼ににっこり微笑んだ。二人とも社交用の顔を貼り付け、とはいえサレオスはやっぱりほぼ無表情なんだけれど、どうにかして体裁を保っているように思う。
クレちゃんと叔父様のもとに到着すると、叔父様はシルバーと黒で全体をシックにまとめた衣装で、20代とは思えないダンディさを醸し出していた。クレちゃんは栗色の髪をハーフアップにして、薄紫色のボリュームの少ないドレスを着ている。
「クレちゃん……きれい!」
私は思わず見とれてしまう。
「やっぱり結婚する幸せオーラがあると違うのかしら?大人っぽくてきれいだわクレちゃん」
「ありがとう。マリー様とてもきれいよ」
「ふふふ。ありがとうこんなに素敵なドレスを贈ってくれて。叔父様もありがとうございます、ってあれ?」
クレちゃんの隣にいたはずの叔父様がいない。
「え!?サレオス?」
いつの間にかサレオスが叔父様を拉致していて、何やら向こうでお怒りオーラを放っていた。私のドレスのことだろうか。
「ねぇ、サレオス様、何か言ってた?マリー様のあまりのかわいさに、こう、ぎゅってしてくれたりは?」
クレちゃんが期待に満ちた目で私を見ている。どうしよう。失敗しましたって報告しなきゃいけないわ。
「それが『意味がわかってるのか』って聞かれただけで、特に何も」
「何も!?キレイだとかかわいいとか、感想は?」
「ない」
「ない!?」
「ないわ。なにも」
クレちゃんの顔色が一気に変わった。あれ?ちょっと怒っている?
「ちょっと行ってくるわ!」
「え!?」
そういうと、クレちゃんは早足でサレオスのところに突撃した。ドレスの裾を少し持ち上げて、けっこうな本気走りだわ……!いいの!?クレちゃん今日は主役よ!?
私はひとり残され、ぽかんと三人の様子を見ていた。
「お嬢さん、おひとりですか?」
男の人の声がして振り返ると、20代と思わしき男性がグラスを手に笑顔で立っていた。短い黒髪に、凛々しい系の顔立ちで身なりもいい。明らかに身分の高い人だった。
「めずらしい髪色ですね。とても、美しい」
「へっ?あ、ありがとうございます」
そうだった、トゥランに金髪はあまりいないんだった。この男性も黒髪で、ちょっとかっこいいけれどサレオスにはほど遠い感じだわ。ってゆーか、近い。パーソナルスペースを守って!私は一歩下がって視線を彷徨わせた。
「あぁ、どうか逃げないで。私はただ、あなたと踊りたいだけなんです」
「ええっと、その、私は」
最初の一曲目はサレオスと踊るけれど、二曲目以降は病弱設定で逃走するようにとお父様から言われている。つまり私は、この人というか誰とも踊れないのだ。
「もちろん、サレオス殿下と踊った後でかまいません。一夜の夢をどうか」
ゾワッとした!夢は寝てから見るのでけっこうです!私が身を竦ませていても、どうにも断らせないぞ的な強気なオーラを感じる。はっきり言って苦手なタイプだわ!
どう逃げようか考えあぐねていると、背後からものすごく冷たい声が投げかけられた。
「何をしている」
いつの間にか真後ろにいたサレオスが、私の隣に並ぶと、肩を抱きながら「この娘は誰とも踊らない」と断りを入れてくれた。
うぐっ……!またもや無自覚イケメン攻めが!急なスキンシップに悶えた私は、心の奥からおかしな声が出そうになる。相手を牽制するためとはいえ、いきなり肩を抱かれたらもうお嫁さんになりたい願望が漏れ出してしまうわ!
「これはこれはサレオス殿下。あははは、あの、その、失礼いたします」
あっという間に人ごみに消えていった男性の背を茫然と見ていると、サレオスが耳元で囁くように伝えてきた。
「あの男は誰にでも声をかける。あぁいうのは相手にしなくていい、うちのお嬢様は病弱だからな」
ひぃぃぃぃ!音楽が鳴っているからうるさいのはわかるけど!でも耳元はやめてぇぇぇ!一瞬で真っ赤になった私は、サレオスへの耐性のなさに絶望する。「うちのお嬢様」ですって!?それは何回か脳内変換して、「俺の妻」って解釈するわよ!?私ほどの妄想スキルになれば、それくらいするんですけど!?
「あ、ありがとう助けてくれて」
「これくらい何でもない」
あぁ、ダメだわ。どれだけ一緒にいたところで、この王子様に慣れることなんてできないのよ……!まだ肩にまわされたままの手がとてつもない緊張感を生み出している。それでも、私は気持ちを何とか奮い立たせサレオスを見上げた。
「病弱設定、押し通すのね」
「それが侯爵との約束だからな」
意地悪く笑うサレオスに、私は苦笑いするしかない。お父様、いつそんな約束したの。
「それはそうと、随分と手をかけた髪だな」
サレオスが突然に、私の髪をじっくり見だした。顔のサイドに流れる少しの束を指にかけ、するんと絡ませながら下ろす。
「エリー渾身の大人っぽく見えるヘアスタイルよ。どうかしら?」
「すごいな」
あ、うん、違う。すごいのはすごいけれど、私が聞きたいのは……って図々しかった!?
人々がダンスホールに集まり始め、クレちゃんも叔父様と一緒に幸せそうに中央へと歩いて行くのが見える。
「さぁ、俺たちも踊ろう」
「はい」
ああ、まだ始まったばかりなのに胸が苦しい。
「今日は、ちゃんと踊ります。がんばるわ」
「それは楽しみだ」
そうだわ、前回のリベンジをしなきゃいけないのよ今日は!サレオスは私の手を取り、いつも通りの余裕たっぷりな顔で優雅にステップに入る。こんなに密着しているのに、この人にとっては何でもないことなんだろうな。
涼しい顔をしてキスする以前と何ら変わらない態度に言葉で、照れも気まずさもないの?もしかしてあれは、「ついうっかり」みたいな感じだったのかしら。
優雅な音楽に自然と身体は動いてくれるけれど、心の中は疑心暗鬼でおかしくなりそうだわ。
「マリー、どうした?いつもみたいに笑ってくれないのか」
どうしたもこうしたもあるかぁー!なんて叫べないし言えない。それに私はサレオスの一言で、自分の表情が強張っていることに気づいた。
「あ、ごめんなさい緊張してるみたい。ふふっ、ダンス楽しまなきゃね」
「楽しむ、か。そういえば前に話した、俺にダンスを教えた伯爵夫妻がさっきからこちらを見ている。笑ってないと説教されそうだ」
なんですって!?ダンスの先生がいらっしゃるの?私は視線だけでそれらしき人を探そうとすれけれど、見つかりそうもない。
「だからすまないが笑ってくれ。この国の女の説教は長いんだ」
口元だけの笑みを浮かべ、何かを思い出したように眉根を寄せるサレオスに私はつい笑ってしまう。
「サレオスでも苦手な人がいるのね」
「トゥランの女は気が強いからな。言いたいことは遠慮なく言い、怒りも喜びも感情をとにかく相手に伝えようとする」
確かにシルヴィアを見ていたら、それはものすごく納得できる。サレオスに向かってハゲろって言えないわよ普通、と思い出すとつい吹き出してしまった。
「どうした?」
「ちょっとシルヴィアを思い出して。昨日の夜はお酒を……」
言いかけて気づいた。私が寒いと言ってサレオスに抱きついていたってエリー言ってなかった!?サレオスはどの程度、記憶にあるの!?
「ね、ねぇ、昨日のことはどれくらい覚えているの?私あんまり覚えてないんだけど」
引き攣った笑顔で問いかける私を見て、目の前の人はまるで獲物を発見したかのように意地悪く笑った。
「そうだな。眠くなったマリーに甘え癖があるのは意外だった」
「ひっ……!?」
いやぁぁぁ!恥死レベルの失態を覚えられているー!!!
思わずステップを間違えて前に倒れかかった私を、サレオスがうまく体重を預かって支えてくれた。そして「冗談だ」と言ってニヤリと笑った。
「知らなかった。私は酒乱だったのね……!」
「いや、マリーは呑んでない。一滴たりともな」
その後は恥ずかしさで顔を赤くしたまま、それでも何とか踊りきって事なきを得た。サレオスは上出来だと言ってくれたけれど、私としてはもう何を言われても動揺しないように鋼のメンタルを身に付けようと心に決めた。




