父親の愛は不毛《マリーパパ視点》
私、アラン・テルフォードは今、ものすごい危機を迎えている。
外務担当室の机の上に、山のように積み上げられた書類。朝から真剣に取り掛かっているのに、未だに向こう側が見えないほど山は高い。
「お嬢様がいる間、仕事をセーブした結果ですよ。ちゃっちゃと片付けてください」
部下であるセーファスの視線が厳しい。声も厳しい。でも危機とはそんなものではない。
「あぁぁぁ!マリーが無事に戻ってくるか心配で仕事がはかどらん!」
もう今頃は、トゥランに到着しているだろう。まさかマリーがサレオス殿下を好きになるなんてまったく予想外だった……!
10年前会ったときの印象は「冷めたクソガキ」だったが、今はただの「娘を奪おうとする悪魔」だ。
どうしようもないクズならばこっそり亡き者にしてやるが、あいにくこちらを無下にすることもなく行動に隙はない。
それに。
もうだめだ、妻が完全にサレオス殿下を推している。「私は10年前から目をつけていたのよ!」と自慢げに言っていた。こら、殿下に対して目をつけていた発言はやめなさい。
あぁ、こんなに愛していても、いつかお嫁に行ってしまうのか。父親の愛は、なんて不毛なんだ……。
「いいじゃありませんか。トゥランとの貿易はもっと拡大したいと常々おっしゃっていましたし、お嬢様が第二王子に嫁げば色々とやりやすくなりますよ?」
違う!俺は誰であっても嫌なんだ。こいつは何もわかっちゃいない。
「それに、好いた方に嫁げるなんてなかなかないことですよ?うちも政略結婚ですし、まぁ幸せですけれど、互いに心を通わすことなく一生を終える夫婦も少なくないですからね?」
ぐぬぬぬぬ……こんなにも心に響かん正論はない。わかっている!すべてわかっているが嫌なものは嫌なんだ!
「ところでお嬢様は、トゥランでは国王や王太子夫妻にもお会いになるので?」
「いや、それは絶対にやめてくれと釘を刺しておいた。そんなことされては、もう逃げられんからな」
「あぁ、行き先はルレオードでしたね。なら安心だ」
「でなければ許可しなかった」
「でしょうね。マリー様もおかわいそうに」
「どこがだ。それに条件も出した。病弱設定は貫くこと、何かあっても指一本触れずに守ること、手は出さないこと、求婚しないこと、2秒以上見つめないこと、酒は飲ませないこと、ドレスを贈らないこと、それから」
「多っ!そんなに条件を出したんですか!?何やってるんですか隣国の王子様に対して……」
何もクソもあるか。こっちは娘を守りたくて必死なんだよ!
「それから、命を狙われている間は婚約も結婚も承諾しないと宣言した」
「ええ……王族にそれいっちゃいます?そしてサレオス様ってまだ命狙われてるんですか?」
「さぁな。でも夏にうちで捉えた刺客は、サレオス殿下を狙ったヤツらだった。もうどこぞに消し去ったが」
「あぁ、あの温室に埋めようとしたらマリー様に止められたっていう例の……」
「まったく、百歩譲って!歯を食いしばって、娘に会いに来るのは耐えたとしても、変なのまで連れて来るな!」
「自分だってよくお客さまの相手をしているくせに、あなたがそれを言いますか?」
「ふん。何とでもいえ」
「ぷっ……」
「何がおかしい」
「いえ、アラン様が突きつけた要望をどこまで守ってもらえるかなと。若いときって盛り上がっちゃうじゃないですか?」
「うぁぁぁぁ!!!やめろ!考えたくない!仕事しろ!」
それからマリーが帰ってくるまで、俺はロクに眠れなかった……。メアリーにものすごく叱られた。




