ルレオードでの再会
「ようこそ遠いトゥランまで!あぁ、クレアーナ、君に逢える日をどれほど待ちわびたか……愛しているよ!」
出迎えてくれたテーザ様は、今日も安定のお砂糖放出系イケメンだった。クレちゃんを見つめる瞳の甘さがハンパない。馬車から降りたクレちゃんの手をすぐに優しく握り、そっと口づけをするほどに……。
私はドキドキしながら馬車を降り、ヴィーくんを連れてテーザ様の前に立った。
(いた!)
馬を降り、城門の前に颯爽と立つサレオスはどこからどう見ても王子様だった。今日は騎士の隊服のような黒の上下に身を包んでいる。私の視力5.0をフルに活用して見つめる。
か、かっこよすぎる……!直視できない!いや、見るけどね!?
目の前でイチャつく(テーザ様のみだけれど)カップル越しに、まだそこそこ距離のあるサレオスに悶えた。
あぁ、騎士に何やら話しかけられているわ。私も早くそばに行きたい。見つめているとなんだかうるっときたわ。もう何年も会っていなかったような気がする……!
涙目になる私を見て、ヴィーくんがおもむろに話しかけてきた。
「主様?大丈夫ですか?瞬きをされた方がよろしいのでは」
違うわよ!瞬きしないから目が痛くて潤んでるんじゃないわよ!
「瞬きしてるわよ!……多分。ただ久し振りに会えたら嬉しくて嬉しくて、感極まっただけ!」
口元を押さえてプルプルしている私を見て、ヴィーくんは心底理解できないというような表情をしている。
え、たった20日程度で?という彼の心の声が聞こえるわ。それでも何とか私の役に立とうとするヴィーくんから、まさかの提案がなされた。
「あの、サレオス様のところに行きたいのであれば、抱えて飛びますが?」
え、何それ、抱えて飛ぶって何!?そんなことしなくていいわよ!
「そんな礼儀知らずなことできないわよ。まずはテーザ様のこのイチャイチャが終わるまで待たないと……!」
くぅぅぅ!!!お願い、私の禁断症状が出る前に早くしてっ!笑顔を取り繕いながらも、テーザ様にひたすら視線を送ってみた。
5分以上はイチャついていたと思う。やっとクレちゃんを解放したテーザ様に挨拶をして、私たちはゆっくりとサレオスのところに歩いて行った。
あぁ、どんどん近づいてくるわ……って私が近づいているから当たり前なんだけれどね!?
あまり見すぎるのも淑女としてダメかしら?でもどうしても、彼から目が離せない。だってずっと会いたかったんだもの。あぁ、もう泣きそうだわ。やっと目の前にサレオスがいる。
私はドキドキしながら彼の目の前に立った。
何て言えばいいの?あんなことしておいて、国外逃亡してしまったサレオスに何て言えば……!
会えた喜びに不安が少し入り混じり、私は必死で笑顔を取り繕った。
「マリー……。久しぶりだな」
普通!!!
とてつもなく普通だわ。まっすぐ私を見つめる瞳がイチミリも動揺していない!みんなの前だからって、あまりに普通すぎるわ!!!
あ、うん。何を期待していたわけじゃないの……。
ただ、目の前で叔父様があまりにイチャイチャするものだから、再会のハグくらいしてくれるかなって……。本当に、本当にちょびっとだけ妄想したの。ごめんなさい、欲が過ぎたわ。
私は残念な気持ちをひた隠して、サレオスに向かってにっこりと微笑んだ。
まさか兵たちの前で「死ぬほど会いたかったです」なんて言えるはずもなく……。
「お久しぶりです。サレオス殿下。此の度はお招きいただき」
私が全力で外向きの挨拶を述べていると、サレオスが軽く噴き出した。
「そういうのは、いい。この者たちは叔父上の私兵だから大丈夫だ」
え、いいの?でもさすがに挨拶をすっ飛ばすわけには……。
戸惑う私はちらりとクレちゃんを見るが、叔父様にしっかり肩を抱かれていて何とも気まずそうな表情を浮かべている。
あぁ、女神が余裕をなくして私のことにかまってくれないわ。叔父様おそるべし!
私は社交辞令は中止して、いつも通り振舞うことにした。
「ええっと、お久しぶりです……。会えて嬉しいわ」
はい、ものすごく、とてつもなく嬉しいです。あまりに普通の態度でびっくりしていますが、少しほっとしましたよ。
本音がダダ漏れないよう、最善の注意を払って笑顔を向ける。あぁ……好き。今すぐ飛びつきたいけれどそんなことできない!
再会したことに私がこんなに感動しているのに、サレオスはほんの少しだけ微笑むと、すぐに低い声で出発を告げた。
「では邸に向かおうか」
「え?」
後ろの兵もびっくりしてる。隊長クラスのスキンヘッドの厳つい人が、サレオスの背中をガン見しているもの。「え?もう行くの?」って顔に書いてあるわ。
私だって思ったわよ「うっそ!短っ!」って!叔父様なんて5分以上イチャついていて、今だってクレちゃんに触れて離さないのに……私との挨拶は30秒!?
こ、これが愛情の差なのね!?再会してすぐにおそろしい現実を思い知らされたわ。
あれ?
そもそも本当に、私たちはキスしたのかしら……?ここまで平然とされると、根本が揺らいじゃう。まさか私の妄想が創り出した幻想だったのかしら。
サレオスの顔をじっと凝視するけれど、特に動揺した素ぶりは見られない。
おかしい。
自分の記憶が当てにならない。急に不安になってきた。
あぁ、何だかショックで#眩暈__めまい__#がしてきたわ。頭痛もしてきた気がする。私は額を抑え、俯いてしまった。
「ん?」
「なんだ」
落とした視線の先には、サレオスのキレイな手がある。うん、いつも通りあるんだけれど……人差し指の側面が真っ赤で少し血も出ていた。
「これ!?どうしたの!」
私はすぐにサレオスの右手首をつかみ、詰め寄るように問いかけた。
「あぁ、なんだろうか。手綱で引っ掛けたのかもな」
ひっ……!こ、国宝級のキレイな手がっ!!!
私はすぐに回復魔法をかけ、指の傷を治した。
「手綱で切れるって、鋼鉄の手綱でも使っているの?」
「……」
「気をつけてよね、ばい菌が入って指が腐って死んじゃったらどうするの!?」
「いや、さすがにその前には気づく」
軽い傷だったから、私のスキル不足な回復魔法でもすぐに治すことができた。ちょっと会わない間にこんなケガするなんて、サレオスは困った人だわ。
「……行くぞ」
「あ、はい」
クレちゃんによるとここからはあと30分くらいらしいけれど、せっかく会えたのに私は馬車だからまたサレオスと離れ離れになっちゃうわ。
仕方ないこととはいえ、私は少ししゅんとしてしまう。
「主様?馬に乗りたいのですか?馬車はもう疲れましたか」
後ろからこっそりとヴィーくんが話しかけてきた。いや、またちょっと解釈が違うから。私が残念なのは馬じゃないから!まぁ、疲れたのは間違いないけれど。
「いいえ。そういうわけじゃないわ。行きましょう」
苦笑いで返すと、ヴィーくんは小首を傾げている。その姿が犬のようで、私はくすっと笑ってしまった。
「マリー。ソレは?」
サレオスの低い声に振り返ると、ヴィーくんに向けて鋭い視線が向けられていた。どう見てもビジュアル系バンドマンみたいな暗殺者に対して、サレオスが警戒しているようだわ。
あ、連れて行くとは伝えていたけれど初対面よね。私は「大丈夫ですよ、敵じゃないですよ」という意味を込めてにっこり笑ってヴィーくんを紹介した。
「このあいだから護衛についてくれている、ヴィンセントよ。#殺__や__#ればできる子ってことでお母様が雇ったの」
ヴィーくんも片膝をついて、敵意がないことを示した。見る人が見ればこの人の闇稼業な部分は伝わるらしく、きっとサレオスもヴィーくんのやばい雰囲気を感じ取ったんだと思う。きちんと紹介しなくては、と私は思った。
「ヴィーくんは裏稼業の人だけれど、今は……ちょっと色々と誤解と勘違いがあって私のことを盲信しているから大丈夫よ。敵に回ることはないわ」
「色々とは?」
えええ、ここでそれを説明すると長くなるわ!どこから話せばいいの?レヴィンがバズーカを撃ったことは話してもいいのかしら?
「どこで会った?なぜ雇った?安全だと思う根拠はなんだ」
おふっ……!サレオスの危機管理能力が高いっ!これまでに命を狙われすぎて、暗殺者に対する警戒心がハンパない。
ううーん。でも今すぐ簡潔に話せることじゃないのよね。ルレオードのお邸に到着してからゆっくり話そうかしら。
「色々、は色々だから……お邸に到着してからのお話でいいかしら?」
あぁ、濃紺の瞳が漆黒に見えるわ。威圧感がものすごくて、ヴィーくんがちょっと警戒しちゃってるじゃないの!
「行きながら聞く」
「え?」
そういうとサレオスはすぐに騎乗し、私は意味がわからず目をパチパチ瞬かせた。
脚長いな!って見とれていると、ふわりと身体が浮き上がる。
「え?うわっ!」
何が起こったかわからないうちに、私は馬上にすとんっと降ろされた。
「え?え?ちょっ……!?」
視線を下げれば、自分が履いている緋色のスカートとブーツの先が見える。き、今日私はごくごく普通のお洋服なんですが!?
「わ、私!今日は馬に乗れるような格好じゃ」
「乗れている。問題ない」
グレーの毛並みが美しいこの馬は、うちの馬よりはるかに大きいから安定はしそうだけれど、大きい分目線が高くて横座りするのはさすがに怖い!
それに……!ち、近いわ!顔のすぐ横にサレオスの胸がある!うわぁぁぁぁどうしよう!再会していきなりこの距離は、嬉しいけれどすっごく困る!!!
あぁ、でもエリーがにこやかに手を振っているわ。
「叔父上、先に行きます。ダン、イリス、ついて来い」
「「はい」」
サレオスは叔父様とスキンヘッドの人に声をかけると、有無を言わさず出発してしまった。
え!?いいの!?王子様がこんなに少人数でウロウロしていいの!?何かあっても私はサレオスを護れないわよ!?
「きゃっ……!」
急に走り出した衝撃で、私はサレオスの身体にぶつかるようにしがみついてしまう。
あわわわわ……!ヴィーくんが唖然としていたわ。大丈夫よ、サレオスは優しい人だから!
隣からスキンヘッドのダンさんの申し訳なさそうな視線を感じるけれど、とても笑顔で応える余裕がない。
上半身は密着しているし、脚はぴったりと当たっているし、とにかく近すぎる!
なんなの!?嬉しいけれど訳がわからないわ!ドキドキしすぎて心臓が壊れるっ!
私はぎゅうっと目を閉じて、押し寄せるキュンと戦っていた。




