旅行へ出発!
クレちゃんのお家までは、王都から馬車で4泊5日。#テルフォード領__うち__#よりもさらに遠い。
クレちゃんのお家からトゥランに入るまでは3日で、さらにそこからサレオスの領地・ルレオードまでは1日かかる。
でも、この道のりが着実にサレオスのもとに近づいていると思うと嬉しかった。
今、馬車にはクレちゃんと私、エリーとヴィーくんが乗っている。リサはクレちゃん家の使用人と一緒だ。
「主様。サレオス様は、魔王の器と呼ばれるトゥランの第二王子様ですよね?そんな方とお友達で大丈夫なのですか?」
え?何その物騒なあだ名。初めて聞いたわ。
「ヴィーくん、ちょっとその魔王の器とかいう謎の名前について詳しく」
「ご存知ないのですか!?膨大な魔力を持ち、その残虐性で見るものを氷づけにすると言われておりますが……?」
知らないのかと目を瞠り、驚いた顔をしたヴィーくんだったけれど、今のところサレオスの残虐性なんてキュン殺し犯としての無自覚イケメン攻め以外には感じたことはない。
「誰がそんなこと言い出したのよ。サレオスは優しい人よ?少なくとも、入学してからは誰も氷づけになんてしていないわ」
「あぁ、ご気分を害されましたか?私が言っているのはただの噂です。トゥラン王家には代々、魔王の器と呼ばれるほど魔力の多い王子が生まれるのです」
「代々?」
私の質問にヴィーくんが頷く。
「本当に魔王なわけではありません。揶揄されるだけですね。確かサレオス様は、同じくそう呼ばれていたお#祖父__じい__#様似だとか」
あれ?お兄様に似てるって言っていたけれど、お祖父様にも似ているのね?私はふむふむと頷きながら、ヴィーくんの話に聞き入っていた。
「だからこそ、サレオス様を排除しようとする者と逆に王位に就かせようとする者がいるのです。ですから……俺は主様がサレオス様のいざこざに巻き込まれないか心配で」
確かにそれは心配だわ。私じゃなくてサレオスの寿命がね。私は隣に座るクレちゃんの顔を見上げてみた。
「それは、もう随分マシになったとテーザ様が言っていたわ。継承権を放棄することを発表したから、大きな混乱や目立った動きはないと」
あら、それはよかったわ!サレオスが寿命まで長生きしてくれることが一番だもの!
私は嬉しくて、ついクレちゃんのふわふわボディに抱きついた。でも……。
「ただ……ね。そうなると今度は、娘をサレオス様の婚約者にしようとする貴族が増えたらしいの」
「は、はい!?」
「トゥランの法律だと第二王子のままならお兄様の子供が5歳になるまで結婚できないんだけれど、臣に降りるとそんなの関係なくなるわ。だから、娘を押し付けて王家と縁戚になりたいって貴族が、これから争奪戦を始めるんじゃないかって……」
ひぎゃぁぁぁ!やっぱりサレオスは女の子に囲まれてるのね!?私のことなんて忘れて、婚約者っぽいキレイな娘さんとイチャイチャしているのね!?
『……そういうことだから、キスしたことは忘れてくれないか。』
あああああ!!!見える、見えるわ……黒髪の美女の肩を抱きながら、私に死刑宣告をするサレオスがっ!
「マリー様しっかり!」
「ク、クレちゃぁぁぁん!!!」
自分の作り上げた妄想に苦しめられる私を、クレちゃんがぎゅっと手を握って現実に引き戻してくれた。
「いい?ルレオードでは油断しちゃだめよ!?サレオス様はマリー様のものなの!どんな女が寄ってきても、涼しい顔で親密そうなところを見せつけるのよ!?」
……見せつけろと言われても、私は拉致したいと思ってもらえるほど好かれていないのは明白で。
もうすでに20日はサレオスに会っていないわ。あの資料を見てしまったことで、いかに自分がまだまだ努力しないといけないかを痛感させられた。
一体あとどれくらい好きになってもらえば、お嫁さんにしてもらえるの?
「くっ……!サレオスにどうしたら好きになってもらえるかわからない!」
私はクレちゃんの腰にしがみつきながら、弱音を吐いた。この魔性のマシュマロボディは人をダメにするわ……!
「うふふふふ……大丈夫なのマリー様!私とテーザ様がしっかり策を練りましたからね?準備もバッチリよ!楽しみにしていて!」
うわぁ、クレちゃんの瞳がきらりと光った!かなりのやる気と自信だわ!
しかしここで、正面に座っていたヴィーくんが、クレちゃんに疑問を呈す。
「あの、クレアーナ様」
「はい、なんですかヴィーくん」
「主様とサレオス様は恋人同士なのではないのですか?」
あぁ、今ここでそれ聞く?地雷だってわかんないのかしら。
「俺が思うに、サレオス様は」
「はいはいはいはい!!!ヴィーくんってモテませんね!?モテないでしょう!?いいのは見た目だけなのかしら?脳みそはどこに忘れてきたのかしら?」
「えっ!?」
「その先を言ったらクビですよ」
おおお、クレちゃんが早くもヴィーくんを手懐けているわ!しゅんってなった!!!
「さ、気を取り直してマリー様!」
「は、はい?」
「テーザ様とサレオス様は、ルレオードの少し西までお迎えに来てくださるわ。マリー様、わかっているの?キスして以来の再会よ!」
きゃぁぁぁぁ!露骨に言葉にされるとまたキュンが押し寄せるから!!!あわわわわ……顔が熱いわ!
私は両手を頬に当てた。思い出すだけで一瞬で集まってしまう熱に戸惑ってしまう。
「うっ……!私はまともに目を合わせられるかしら?」
窓の外を見ると、赤やオレンジのレンガできれいに舗装された道がとても美しくかわいらしい。すでにルレオードが近いことがわかる。
あぁ……もうすぐ会えるわ。例え離れられないほど愛されていなくても、私は会いたくて死にそうだもの。早くサレオスに会いたい。
「主様、迎えの兵たちが見えますよ。15~6人でしょうか。少ないですね?」
うん、それはサレオスが最強だから。こんな真昼間に、正面から襲う人なんて多分いないわ。
私は彼が手のひらから出していた、バチバチと音の鳴る紫の光を思い出した。うん、あんなのぶつけられたら終わりよ。
「あぁ!やっと会えるわ!」
期待に胸を躍らせらながら、私は今か今かと到着のときを待った。




