筋肉は趣味なので別腹です
週末、私はクレちゃんと一緒に街へ遊びに出かけた。クレちゃん発案の『筋肉見学ツアー』の記念すべき初日よ!
好きなのはサレオスだけど、筋肉は趣味なので完全に別腹。貴婦人がオペラや芝居を観にいくようなものと思って許してほしい。
実は、生徒だけで街へ遊びに行くのは校則で禁止されている。
学園に近い商業施設には行ってもいいんだけれど、酒場などがあるいわゆる「繁華街」は禁止エリアなのだ。でも私たちはそこへ行くつもりだった。だってお目当ての店がそこにあるんだもの!
クレちゃんと私は、街のお嬢さん風のワンピースを着ておでかけした。
街に出た私たちは、まず騎士団の詰所をさりげなく通り過ぎよりよい見学スポットを下見する。
「なんでここはコスプレイヤーばかりなの……?」
赤に青、黄色に緑、色とりどりの髪の毛をした騎士たちが乱戦の訓練なのか、入り乱れて戦っていた。
こんなにカラーバリエーション豊かだったら、隠密作戦とか絶対無理じゃない? 気配とか消しても髪色が反射してすぐバレるわ。
ここでは、騎士団長の息子というジュールの姿を発見した。気づかれたので、とりあえず会釈しておいた。クレちゃんによると、彼は自主的に騎士団の訓練に参加して日々腕を磨いているらしい。真面目な男の子だという。
うん、髪の毛がピンクだね。真面目な人が絶対にやりそうにない髪色だな。これで真面目っていわれても、どうみても筋肉質なバンドマンにしか見えない。そういえば彼はアイちゃんの推しなんだそうな。
騎士団の後は、話題の舞台を観劇に行った。演題は騎士を扱ったものなので、肉体派俳優が勢ぞろいしていると話題なのだ!
しかしそこで、同じクラスのアリアナ・クレメンス公爵令嬢と偶然にも遭遇してしまった。
彼女は学年ではフレデリック様の次に身分が高く、婚約者候補筆頭なんだとお母様から聞いている。話したことはないけれど、長いアッシュグリーンの髪が美しく気位の高そうなクール系美女だ。
「まぁ、こんなところで会うなんて偶然ですわね」
扇子で口元を隠しながら、品定めするような視線を送ってくる。……怖い。
「そのように庶民を装うなんて、婚約者候補の風上にも置けない方ですのね」
え? 婚約者候補って誰のこと? 私は思わずクレちゃんを見つめるけれど、「違う、私じゃない」と手を振られてしまった。
何か勘違いしているのかなアリアナ様ったら。
「そのうちわかるでしょう、フレデリック様にふさわしいのが誰なのか」
「あ、はい。楽しみですね~」
私は一応、王子様のゴシップに興味があるように会話を合わせておいた。差しさわりのない会話をしたつもりが、なぜかものすごく睨まれてしまう。アリアナ様は機嫌が悪かったのかしら?
それからすぐに舞台は始まり、私たちは一等席で「やっぱり上腕二頭筋最高! くぼみがいい!」と大興奮だった。
私は感動で涙をにじませ、物語そっちのけで筋肉を凝視。支配人に「そんなに感動してもらえて嬉しいです」とお礼を言われたけれど、まさか本当のことは言えない……。
観劇後は、こちらも予約数か月待ちのピザ専門店へ。もちろん、私たちの目的はピザをまわす屈強な料理人の筋肉だ。料理人を見るついでにピザを食べた。
お店を出て次なる目的地へと向かっていると、水色の髪をした派手なイケメンが赤い髪の女性と一緒に歩いていた。確かあれは図書室で出会った先輩だ。
目が合うと、先輩は女性の腕を振りほどいてこっちに来ようとしたから、私はクレちゃんの腕をつかんで必死で逃げた。きっと怒っている。
先輩の名前で借りた本を一冊だけ、返却期限を一日遅延してしまったもの。さっき目が合ったとき、明らかに「見つけたっ!」って顔をしていた。
先輩のところに司書さんから連絡がいったのかも……。ごめん、先輩。もう返したから許してね!
ところがクレちゃんと路地裏に逃げたときに、さらなる試練に襲われる。なんと、お忍びルックのフレデリック様と出くわしたのだ!
ちなみに彼のそばに控えている従者と私は親しい。なぜなら、私の従者と王子の従者は恋仲だから。どちらも男性で禁断の恋というものなのですよ!
私とも気が合い、カムフラージュ役でよくピクニックに行ったもの。私のワガママに付き合うっていう建前で、実は私があの二人のデートに付き合っているのだ。
「こんなところでマリーに会えるなんて……運命かもしれないね」
フレデリック様が怪しげな笑顔で言った。
運命もなにもけっこう生徒の姿見たけど。
だってこのあたりしか遊ぶところないからね? 学園の敷地内みたいなもんだからね?
「うふふふ。私以外にもたくさん生徒の姿を見ましてよ? フレデリック様」
クレちゃんの腕をがっちりつかみながら社交辞令の笑みを返すと、王子様の背後でやはり従者は笑いをかみ殺していた。
背の低い私に向かって、王子様はにっこりと微笑んだ後その美しい顔を近づけてくる。そしてわざわざ耳元で、恐ろしい脅迫をした。
「ここは学園生の立ち入り禁止区域だよ? バレたら困るよね」
私はバッと王子の方を見て、すぐそばにあるきれいな瞳を凝視する。
「今日会ったことは黙っているから、僕のお願いを聞いてくれないかな……今度二人きりで秘密の場所にいこう」
びっくりして、思いきり息を吸い込んだ。これはヤバイ気がする。秘密の場所?
非公式な賭博場とか、まさかヤクが飛び交うパーティー的なとこか!?
ぐぬぬぬぬ……! そんなことになったらサレオスのお嫁さんになれないじゃない!
私は逆側にパッと顔を向け、クレちゃんの手を強く握りしめて叫んだ。
「クレちゃん! ごめんなさい! 私、諦めて自首するわ!」
「「「え?」」」
私以外の全員の声がハモる。
「私わかってるの! ひとつ弱みを握られたら、芋づる式にどんどん追い込まれるってこと!こういう悪魔の誘いに乗ったが最後、一生脅され続けるのよ! 骨の髄までしゃぶられるって知ってるの! だから自首するなら早い方がいいわ!」
王子様が唖然としてる。クレちゃんも茫然として、令嬢らしくなく口も目も思いきり開いている。従者は爆笑していた。でも私は悪魔の誘いに乗らないからね!
妹の推しだろうが、ここは私の現実なのよ! 瞳に涙を浮かべた私は、さらにぎゅっとクレちゃんの手を握る。
「あぁ、でも大丈夫! クレちゃんもいたことは言わないから! 私が一人で街に出たことにするから!」
そして。クレちゃんは結局、私と一緒に先生に自首してくれた。
翌日、職員室で先生に謝罪すると、侯爵令嬢に頭を下げられた先生が逆に涙目になっていた。
「すみませんでしたぁっ!!」
悪魔の誘いを断るために、とにかく罰を受けなくてはと必死だった。
「あ、はい。では、来週の夏休み入ってすぐに、二日間補講を受けてください……」
「わかりました! ありがとうございます!!」
すがすがしい気分で職員室を出た私。でもそこにはなんとサレオスが立っていて、私を待っていた。廊下の壁にもたれ、腕組みをして長い足を投げ出すようにしている。
あまりのかっこよさに私は呼吸困難になりそうで、クレちゃんに背中をそっとさすられた。
「街に遊びに行くなんてみんなやってる。なんでわざわざ自分で言うんだ」
あれ、サレオスが不機嫌そうにしている。自首を怒っているようだ。朝一からこんなところで待っていてくれるなんて……やはり学校はさぼらないらしい。
自首の話をどこで聞きつけたんだろう。
でも「悪魔の誘いに乗るよりはいいでしょう?」と事情を手短に説明すると、口元を引き攣らせていた。イケメンも動揺するほど、危ない橋を渡ろうとしていたんだろうか。やはり断って正解だ。
「断って偉かったでしょう?」
私はサレオスを見上げて、自慢げに言ってみた。クレちゃんはすぐ横で「結果的にはそうね」と微笑んでくれている。私たちは顔を見合わせて、ふふふと笑い合った。
「まぁ、そうだな。偉かった」
クレちゃんと笑い合っている私の頭が、わしわしと捕まれる。びっくりしてサレオスを見ると、なんと私の頭を大きな手がなでなでしているではないか! やばい、嬉しい!
「ひうっ……!!」
私はまたしても息を吸いすぎて、目を見開いたままその場に崩れ落ちた。何とかして、クレちゃんのふわふわボディにしがみつく。
「マリー様!? 大丈夫?」
クレちゃんが驚きながらも支えてくれるが、もうしばらくは立ち上がれそうにない。
私、今なら成仏できるかも。萌えすぎて、クレちゃんのお腹に顔面を擦り付けて悶える。
「大丈夫か?」
「ああ~、はいはい。サレオス様、大丈夫ですよ。いつものことですので……はいマリー様、行きますよ~」
クレちゃんはそういうと、腰に私がぶらさがったままズンズンと歩いて行った。やや足が痛いが、人は幸せなら引きずられる痛みにも耐えられるのだ。
「はぁ……人を好きになるってこんなに幸せなことなのね。クレちゃん。私、もう成仏できそう」
「それは困りますよ。夏休みに一緒に補講に出ないといけませんし、何よりマリー様のおうちにお泊りに行くんですから」
はっ! そうだった。毎年クレちゃんは、うちの領地で果物三昧のバカンスを楽しんでいて、今年はアイちゃんも一緒なのだ!
あ、でも王子の従者がうちの従者に会いに来るから、万が一にもフレデリック様がついて来たりしないかなぁ……。
なんだか妙に遭遇するから困る。フレデリック様が来たら猫かぶらないといけないから嫌だわ。
あ、王子のことを思い出したら、幸せ気分が一気に冷めてきた。私はクレちゃんの腰から自立し、その場にスッと立って表情を曇らせる。
「ふふふ、わかりますよ。領地で遊べることを思って喜んだけれど、万が一フレデリック様が来たらと思って気分が沈んだんですね!」
「え、すごい! すごいクレちゃん、以心伝心ね!」
私は両手をパチパチ叩いて、クレちゃんに拍手を送る。
前を歩いていたサレオスが、何事かと振り向いた。彼と目が合った私は、イチかバチかで夏休みの予定を尋ねてみる。
「ねぇ、サレオス。夏休みはどうするの?」
「領地に戻るつもりだが……どうかしたのか?」
「えっと、クレちゃんとアイちゃんがうちの領地に遊びに来るんだけど……もしよかったら一緒にどうかしら?」
私は遠慮がちに、断られる覚悟を持って上目遣いに頼んでみる。やっぱり「行かない」って言われたら怖いけれど、ダメ元で砕けようじゃないの!
「行ってもいいのか?」
うええええ! 意外にも声が前向き! どうしよう、期待しちゃう!
「もちろんですよ~。あ、王子様が来るかもってマリー様は怯えているんです」
「フレデリックが?」
クレちゃんの説明に、サレオスが反応を示した。しかもまさかの王子様を呼び捨てで。
サレオスはこちらをじっと見て考えている。少し間はあったが、「行く」と短く返事をくれた。
「よかったですね、マリー様」
私はクレちゃんに抱きついて、サレオスのメンバー入りを喜んだ。ふわふわボディをぎゅうっと抱きしめると「苦しいっ!」と叱られてしまう。
「ありがとうサレオス! 詳しいことはアイちゃんも一緒に、学校が終わったら話しましょう!」
「あぁ」
私の喜びようが異様だったのか、サレオスが苦笑いしていたけれどそこは気にしない。
意気揚々と教室に戻った私は、もはや定位置となった一番後ろの席で、この日もしっかりとサレオスの隣に陣取ったのだった。