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お勤めです1

ふかふかのベッドの上。柔らかくて気持ちいい枕。うつ伏せになり、すっかり寝入っていた私に向けて、リサの優しい声がする。


「マリー様、マリー様……もうさすがに起きないと」


はっ!今日からお城に出仕するんだった。私は勢いよく上掛けを飛ばし、慌ててベッドから降りた。


急いで支度をして、何とか馬車に乗り込む。あまりの時間のなさに、エリーが馬車の揺れと格闘しながら私の髪を結い上げるハメになっていて、本当に申し訳ない。


「マリー様。試験が終わってから眠るのが遅くなっていませんか?」


「……」


「ダメですよ、まだアイーダ様の新刊を読みきっていないからって夜更かしされては」


エリーは私の寝不足の理由を、夜中まで本を読んでいるせいだと思っている。でも違うの。


違うの!サレオスのせいなのよ!あの人がキスなんてするから……!眠ろうとして目を閉じるとダメなの。あのとき間近で見た、綺麗な濃紺の目が頭に浮かぶの!


深夜まで、寝ようとしてキュン死にしそうになっての繰り返しなのよ!


うっ……うわぁぁぁぁぁ!!!思い出したら恥ずかしくて死にそうだわ!最初は私の妄想スキルが極限まで上がって、キスしたという幻を見たんじゃないかとも思ったの。


でも、何度思い出してもあれは妄想なんかじゃない。


軽くキスするっていうレベルじゃなく……あんなっ!あんな何回もキスしておいてあっさり行っちゃうってどういうこと!?


あの後、私は試験が終わって冬休みに突入した。そしてサレオスはその翌日に試験を終え、そのままトゥランに出発してしまったのよ……!


人をいよいよキュン死にの危機に陥れておきながら、さっさと国外逃亡したの!前科何犯だと思っているの!?


キスする前に「言い忘れてた」とか何だか言ってたのって、もしかしてこれ!?すぐにトゥランに出発するってことを、言い忘れてたってことだったの!?


私がクレちゃんと一緒にあっちに行くまで、あと15日以上あるわ……。もはや3日で淋しくて泣きそうよ。


ても会えないことは淋しいけれど、会ってどんな顔すればいいかわからない……。



あの後パニック状態のまま、寮に走ってクレちゃんの部屋に突撃したわ。私の慌てた姿を見た女神は「どうしたの?そんなに慌てて……キスでもされたの?」と平然と当てたわ。なんで?


そしてその2日後、サレオスが国外逃亡したことを泣きついたら、叔父様が一緒に帰ろうって言い出したからこんなに早く出発したのよと言われてしまった。「ごめんなさいね」と謝るクレちゃんは、もう雰囲気が妻だった。私の女神が遠いところに行ってしまったみたいで、ちょっぴり切ない。


「……サレオス様と何かあったのですか?」


「ひうっ……!?」


私の髪を手早く編み込むエリーが、おそるおそる質問を口にした。私たちの間には、ガタゴトという車輪の音が響いている。


サレオスの名前に反応して、私は顔も耳も手も真っ赤になってしまう。どうしよう、これは本格的にまずい。


そんな私を見たエリーが、ブラシを床にゴトッと落とした。


「ま、マリー様!いけませんよ、婚前交渉は!!!」


ちょっと待てぇぇぇ!なんで急にそんなことになるの!?


「ちっ!違う!そんなことしていません!」


あからさまにほっとするエリーに、私は勢いよく振り返って怒った。


「急にそんなっ……あるわけないでしょう!?まだお嫁さんになってないのに!」


「ですよねぇ。そんなことになったら、寝不足程度じゃすまないですよね。マリー様ならきっとそのまま数日は倒れますよね」


「そ、それはわからないけれど……とにかく!私たちは健全な……?」


はて。交際していなくてもキスをするものだろうか。これは健全なのかしら?


前世の日本ならまぁなくもないけれど、ってゆーか全然ありなんだろうけれど、アガルタではみんなどんなお付き合いを……?フレデリック様やアリソンは軽くキスしようとしてきたけれど、あれはおそらく標準ではないはず。


あれ?しかもサレオスはトゥランの人だし……え。私たちの関係は一体何なのかしら?


むむむっと考え込む私を見て、エリーが心配そうな顔をしている。


「あの……何があったかお聞きしても?」


くっ……!私の口からは言えない!エリーには「クレちゃんに聞いて」と言っておいた。


「何かは、あったんですね」


そうね。なかったことにされそうだけれど、私の中では……とてつもないことがあったわ。


「ねぇ、エリー。世の中の人は、お付き合いとか婚約とかしていなくてもキスをするものなの?」


私が質問を言い終わる前に、エリーがブラシを床にゴトッと落とした。


「マ、マリー様……それは絶対に侯爵様に言ってはいけない事案ですよ?いいですね?」


「わかったわ」


「リサには私から話しますから、もうこの件は誰にも言わないでくださいね!?」


さっきの質問が、なぜ私のことだってわかったのかしら。でもバレてるなら、もういいわ。


「ねぇ、エリー」


「なんでしょう?」


「男の人が、キスをしてそのままどこかに逃げちゃうその心は?」


ーードカッ!


エリーがメイクボックスごと、馬車の床に落としてしまった。慌てて拾い集めているけれど、ボックスの鍵は壊れてしまったみたいだわ。


「マ、マリー様……」


「なぁに?」


「す、すみません、何があったかよくわからないのですが、まさか……まさかキスされてそのまま何も言われずにサヨナラしたとかじゃ……」


「……」


「そこは否定してくださいよ!えええ!?そんっ……そんなことあっていいんですか!?」


「知らないわよ!あっていいかなんて!あったんだから仕方ないでしょう!?だからこうしてエリーに聞いてるのに!」


エリーは両手で顔を覆って嘆き悲しんでいるみたい。いや、嘆きたいのはこっちよ。


「な、何かなかったんですか?好きだとか妃になってほしいとか……」


「そんなこと言われたら、もうその日のうちにお父様とお母様に報告しているわ」


「あはははは……ですよねぇ」


「もうっ!どうしたらいいの!?サレオスのことで頭がいっぱいなの!」


「あ、マリー様、それは普段通りです」


エリーがものすごく小さな声で言った。だから私はヒロインじゃないから、小声を拾ってしまうんだってば!高性能なのよ!耳が!


「はぁ……」


ため息をつくと幸せが逃げるなんて言うけれど、私の幸せを具現化したサレオスはもうとっくに逃げてしまった。


え、逃げたの?ただ帰ったの?何なの?


わからない。わからなさすぎる。こんなに好きなのに、キスしてもらえて嬉しいのに、もやもやするのはなぜかしら。



どうにも落ち着かないまま、私の出仕生活1日目は始まった。


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