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悪役令嬢はシナリオを知らない(旧題:恋に生きる転生令嬢)※再掲載です  作者: 柊 一葉
未書籍化部分

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お礼の定番とは

12月のおわり。どうにかこうにかで試験を乗り切った私は解放感で……机の上にへばりついていた。令嬢らしからぬ態度だが、今は特権階級の生徒だけが使える特別室を貸し切っているし、シーナとサレオスしかいないから許される状況だ。


「やっと終わったぁー!!!」


私の歓喜に、ふたりはふっと笑い声を漏らす。いつものように、私はサレオスの隣に座り、正面にシーナが掛けていた。シーナとサレオスは午後も試験があるから、私のように気の抜けた態度ではいられない。


「いいな~私はまだ実技が4つも残っているのよ。サレオス様は?」


「俺はあと2つで終わりだ」


シーナは魔法の実技を複数とっているので、あと2日間は試験が残っている。それが終われば冬休みだから、実質私と彼女が合うのは今日で年内最後になる。


「理論系は苦手なの!だからなるべく実技を選択したら……試験が多かったわ」


理論系は授業を受けるだけで、試験がない教科もある。でも実技は必ず試験があるので、シーナは試験の日数がやたらと長いという事態になってしまっていた。



「でも終わったら休みよ!冬休みは仕事をしまくるわ!騎士団で使用人のお仕事をするのよ、すっごくお給料がいいの!」


自称・貧乏貴族のシーナは、お休み期間は色々なアルバイト先を掛け持ちするらしい。ジニー先生のいる研究室の掃除のアルバイトもやるんだと意気込んでいた。


そして、私のお母様がやっている商会で受付もするらしい。「シーナちゃんはかわいいから時給を最大まで上げるわ!」とお母様が言っていた。


でも……いいな騎士団。筋肉が見放題じゃないの。団長クラスのイケおじがいるエリアで働きたいわ。私は心の中に湧き上がる羨ましさに悶えた。


「マリーも結局、王城で行儀見習いでしょ?」


「そうなの」


学園祭が終わってすぐ、フレデリック様からお父様にお手紙というか命令書のようなものが来たらしい。


この国では、結婚前の令嬢が王城で行儀見習いという名の侍女をするのは珍しくないんだけれど、私のように学園に通っている娘は例外で。自分で申請しない限り、城に上がることはないわ。


それなのにフレデリック様が「冬休みは城にマリーを寄越すように」って言ってきたらしいの。


ハンパないパワハラだわ。暴君すぎて震える私は、国外逃亡まで検討した。でも私を抱きしめたお父様は、「大丈夫だよマリー!お父様が先手を打ってあるから!」と自信満々に言ってくれた。


そして。城は城でも、王族の侍女ではなくお父様がいる外務担当室に出仕することが決まった。「王城にってお話だったんで」としれっと言い放ったお父様、さすがだわ!!!確かに外務担当室も城の中にあるものね!


コネや賄賂をふんだんに使ったんだろうけれど、フレデリック様に会わずに済むかと思うとほっとひと安心。でもその後「マリーが来るならかわいい侍女服を新調せねば!」と、お父様の部下たちのお仕事が増えていたのは完全に余計だった……。


それにおととい、喜びオーラ満開のセシリア様に手を強く握られてお礼を言われてしまった。どうやらお父様が、本当はセシリア様が外務担当室に出仕する予定だったのを、私がねじ込まれそうになっていた王子付きに入れ替えたらしい。


これまで色々とごめんなさいね、と謝られたけれど、何かされたような記憶もないので曖昧に笑っておいた。


まぁこれで冬休み最初の10日間の心配事がなくなったのは嬉しいわね。


「よかったな、お父上のところで」


サレオスは、フレデリック様のところで働きたくないとダダをこねる私をそばで散々見てきたから、お父様の計らいを聞いて一緒に喜んでくれた。


「また病弱設定を持ち出したらどうか?」とも言われたけれど、そうなるとトゥラン行きがなくなっちゃうからダメなのよ。本当にあのポンコツ王子のせいで……髪が抜けそうだわ。


「今年、一年というか半年くらいだけれど楽しかったわ~」


シーナが入学してからを振り返って、何やらにやにやしている。ものすごくかわいいのに、どこか腹黒い感じがまた味だわ。


あぁ、でもそういわれると、私はみんなにお世話になりっぱなしだったわ。


「本当に……みんなにはお世話になりました」


「マリー、どこかに旅立つみたいな顔しないでよ!」


思い出せば出すほどに申し訳なさがこみ上げる私は、あやうく天に召されそうな雰囲気だったらしい。


「だって……!私はみんなに助けてもらってばかりで。菓子折りではもうお礼を表現しきれないわ」


夏ごろから、なぜか家紋入りの正式な謝罪菓子セットが作られてしまった。事あるごとに、エリーがそれをもってみんなの家に行っていたのを知っている。本当にごめんなさい、トラブル体質で!


「ふふふ……じゃあ一番お世話になったサレオス様にはちゃんとお礼をしないとね!」


シーナが何か企んでいる。ヒロインがそんな悪い顔をしちゃいけません……ってかわいいな相変わらず!!!キラキラ光る銀色の瞳、ピンク色の頬……大丈夫かそんなにかわいくて!


私は思わずシーナの顔をじっと見つめてしまう。私が男ならもう絶対にプロポーズしているわ。取り巻きになっていること間違いなしだわ。


「お礼って言っても、もう菓子折りは山ほど……。お礼としてあげられるものなんて、お母様が作った呪詛札しか」


「それは遠慮する」


サレオスがめずらしく早口でお断りを入れてきた。笑ってはいるけれど、本気のお断りを感じるわ!そんなにダメかしら、役に立つのに。


私は先日、お母様からもらった怪しげな木の箱を思い出していた。「お友達やサレオス君に配ってもいいのよ?」そういって微笑んでいたお母様は、目がきらりと光っていたわ。相変わらず美人だけれど、やることなすこと全部が危険……。レヴィンは間違いなくお母様似だわ。


お礼としてあげられるものがないわ、と思って悩んでいる私に向かって、シーナは立ち上がりながらにっこり笑ってとんでもない提案をしてきた。


「ふふふ。お礼と言えば頬にキスでしょう!」


は?


私はシーナを見て絶句する。そんな異世界文化は私にないわよ!


サレオスはふっと笑って、「それはそうだな」とシーナの冗談に軽く付き合うようだ。きっとシーナがレヴィンにキスしたときのことを覚えているんだろう。私があのときふらつくほど動揺したというのに……!ネタにして遊ぶ気ね!?



「じゃ!私はこれで」


「これで!?これでってもう行くの!?」


「だって次の実技試験は着替えなきゃ。いったん寮に戻るからもうぎりぎりなのよ」


とんでもない提案をするだけして去っていくなんて……小悪魔だわ!


「大丈夫よ~!キスなんて目閉じてちゅってすればいいだけなんだから」


笑いながら手を振るシーナに、私は絶句する。


「じゃ、サレオス様。あとはご自由に」


ちょっとぉぉぉ!ご自由にって何!?私の動揺を見て見ぬふりをしたシーナは、笑顔で手を振ってさっさと部屋から出て行ってしまった。


「だいたい私のキスなんてお礼にならないじゃない……!何言ってるのシーナは」


私は両手で顔を覆い、机の上に突っ伏してしまう。サレオスが笑いをかみ殺しているのが堪えられないっ!何なの、遊び人なのふたりとも!?自分だけ乗り遅れていることが切ないわ……。


「マリーは……してくれないのか?」


ひぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!何でそんなことが笑いながら言えるの!?これだから無自覚イケメン攻めができる人はイヤなの!あなたにとっては「あの程度のこと」でも、私にとっては重要なのよぉぉぉぉぉぉ!


ちらりと彼を見上げると、意地悪い顔で笑っている!からかわれている!


私は恨みがましい目で見つめてしまう。


「すまない、できないことはわかっている。からかって悪かった」


いいんですか!?本当にしても!?お礼になりませんけれど!?むしろ私がありがとうになりますけれど!?


ううっ……!やるのか?やるのか私!?


私はお腹の奥の方から声を絞り出した。


「……できる、わ。それくらい!」


隣に座る彼の方を向き、両の手をおもいきり握りしめた。ぐぬぬぬぬ……!襲ってもいいんですね!?あぁ、握りしめた拳に爪が食い込んでいるわ。地味に痛い。


「じゃあ、いつでもどうぞ?」


サレオスは目を閉じて、じっとしている。なにその顔かわいい!横顔がきれいすぎる……!余裕の顔してぇぇぇ!人の気も知らないでぇぇぇ!


あぁ、だめだわ。この見つめ放題の状況は心臓に悪い。破裂したらどうしてくれるの!?好きすぎて死ぬってあるかもしれないわ!これはアイちゃんに報告しないといけない事案ね!


いやいやいや、今はそれどころじゃない。どうしてくれよう、この黒髪の王子様は。


私は彼の肩に手を添え、少しずつ顔を近づけていく。でも途中で気づいてしまった。


こ、これはなかなかハードルが高い!!!シーナはどうしてあんなに簡単にキスできたの?はっ、別にレヴィンのこと好きじゃないからか!


オロオロする私を置いて、時間だけが経過する。


「マリー?」


「ちょっと待って!できるから!」


うぁぁぁぁぁ!!!無理!私はいったん距離を置き、ぎゅっと瞳を閉じて悶え苦しんだ。

あぁでも人生でこんなチャンスもう来ないわ!がんばれ私!


「……」


「……」


10分は経過しただろうか……。サレオスはすでに本を読み始めている。私がこんなに焦っているのに、微塵も動揺していないことが悲しいわ!



「うっ……いきます!」


「どうぞ?」


もう笑ってるじゃないの!できないってバレてる!


「あの……」


「ん?」


「また今度でもいいですか?」


「ぷっ……」


笑われた!めずらしくサレオスが噴いた!肩が揺れてるわ!


え、やっぱり今がんばった方がいいかしら!?


「じゃあいきます!」


もうこれは勢いでいくしかないっ!!!


えいっ!


私は意を決して、サレオスの頬を狙ってまっすぐに突撃した。


「あ、言い忘れてたんだが」


「!?」


でもその瞬間。失敗したことはすぐにわかった……。早くから目を瞑りすぎた。なんとなくこのあたり、で突撃してしまったのがいけなかったわ……!


「「!?」」


私がキスしたのは、頬というか唇の端だった。


「ひゃっ……!?」


うわぁぁぁぁぁ!!!唇にちょっと当たった!!!完全に失敗した!


私は、自分史上最速の動きで後ろに飛び退いた。バランスを崩し、ソファーの背もたれで後頭部を打ち付けるほどに……。


サレオスびっくりしてる!フリーズしている!!!


どうしよう!偶然とはいえ襲っちゃったわ!!!


私は、机の上に置いてあった本で顔を隠した。本のタイトルが……「年上の男を襲っても前科二犯までセーフ」ってなんじゃこりゃ!シーナね!?なんて本を置いていってくれたの!?


慌てて本を放り投げた私は、ソファーの上に突っ伏してしまった。


あわわわわ……国際紛争の危機再び!?


隣国の王子様を襲う令嬢って一体どこにいるのよ!?ここにいるわね!私だわ!しかもこんな密室で……確信犯だと思われて投獄されるかもしれない!


いやいやいや、それ以前にサレオスに嫌われてしまうかも!?もう素直に謝るしかないわ!


「ご、ごめんなさい!」


「……」


返事がない!怒ってる?怒ってるの!?でもサレオスも悪いんだから!からかったんだから半分は責任あるからね!?しかもちょっと動いたでしょう!?


うわぁぁぁぁぁ!今すぐここから逃げたいわ!



はっ!?待って!


これはファーストキスにカウントされるの!?


なんだか目が熱い……。じわりと涙が滲むのがわかった。パニックになった私は、頭を抱えてひたすら身を縮こませる。



「マリー」


あ、サレオスが復旧した。こっちにゆっくり近づいてくるのがわかる。でも私はまったくもって顔を上げられない。

両手で顔を覆って、ソファーの上に半分倒れている。

ただただ、俯いてオロオロするばかりで、消えてしまいたいくらい居たたまれない。


「……怒ってる?」


「なぜだ?」


しんと静まり返った部屋。私の心臓の音だけが響いているんじゃないかと思うくらい、大きな音が耳に響く。


「わざとじゃないのよ……。まさか失敗するなんて思わなくて……!」


「あぁ」


何の防具もない私は、最弱にもほどがある。ソファーに座っていなければ、きっと羞恥に悶えてごろんごろんしてる!


どうしよう、顔が見られない。顔を隠して俯いていると、サレオスに両肩を捕まれて身体を起こされた。顔を覆っていた両手は、そっと下に降ろされてしまう。


そしてーー彼の唇が私の左頬にちゅっと軽い音を立てて触れた。

きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!


まさかのほっぺにチューですか!?え、なに、見本?とんでもないご褒美がっ!!!


驚いた私はすぐに彼の顔を見る。


「あっ……」


ものすごく至近距離にある顔に、驚きすぎて息を飲んだ。


でもその濃紺の瞳を見つめた瞬間、細く長い指が顎にかけられ、柔らかい唇が重なった。


「んっ!?」


しんと静まり返った部屋。


唇に柔らかい感触がある……。


え?


今、私……キスされてる?


なんで!?どうして!?どういうことなの!?


触れ合っている唇が少し冷たい。あまりの衝撃に、息を飲んだまま呼吸が止まってしまった。


いつのまにか、彼の大きな手が頬から耳元にかけて添えられていて、しっかり捕まえられてしまっている。


「うっ……!?」


少し離れたと思うとまた軽く合わさり、下唇を食むように重ね合わされる。何度か繰り返される間、私はずっと放心状態だった。


め、目がまわりそう……!


時間にしたら一瞬なんだろうけれど、私にとっては長い時間に思えた。身体に力が入らなくて、指一本だって動かせない。


いよいよ酸欠で倒れるかもしれない、と思ったとき、ようやくサレオスが離れていった。


でも彼は私から唇を離すと、そのまま右手で私の前髪を上げ、額にも口づけを落とした。


嘘ぉぉぉ!!!

なにこれ、今いったい何の時間!?サレオスどうしたの!?こんなっ……こんな恋人同士みたいなこと!


恥ずかしいやらキュン死に寸前やらで目を開けていられず、胸の前で両手を握りしめる私。手が痛い……夢じゃない!


キスした!どうしよう!!!心の中で絶叫し、舞い上がっている私だけれど、身体は相変わらず硬直している。


顔が熱いわ。目も痛い……!パチパチとひたすら瞬きを繰り返しはじめた私は、今度はされるがままに頭を撫でられている。


どうしよう。ぼぉっとしてしまって視界が定まらない。


手の重みが頭から離れ、サレオスがスッと立ち上がったことで私の意識はようやく浮上した。


「もう行くから」


低い声が脳内に直撃する。


えええ!?


行くって……!?はっ!実技試験か!!!


え?えええ?

ちょっと待って、今なんか普通になかったことにした!?

その場から動けない私は、サレオスの背中を呆然と眺めているだけだった。

パタンっと閉まった扉の音を最後に、またこの部屋は静寂に沈む。


わ、私、まさかの置き去り……!?

ひとり残された私は、何が何だかわからずにそのままソファーに倒れこんだ。


うええええ……。なんで?なんでキスしたの?


私はゆうに1時間はひとりで寝転がりながら悶えていた。


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