文化の違い
私は生徒会長を引き連れ、お父様とサレオスを探してダンスホールにやってきた。
キョロキョロしていると、ホールのど真ん中でレヴィンとシーナが仲睦まじく踊っているのを見つけてしまう。
おおお……いつのまにか、レヴィンの身長が170センチくらいに育っている!?私は愕然とした。
なんで同じ遺伝子のはずなのに、あの子はあんなにスクスク育っていくの?イケメン補正!?私は昨日の測定でやっと154センチになったのに!
「お父上は……どちらだろうか?」
はっ!そうよ、お父様とサレオスだわ!生徒会長の声で、私は我に返った。
再びキョロキョロとまわりを見渡すと、女の子に囲まれているフレデリック様と目が合ってしまった。
ひえええええ!にっこり笑っているけれど、目が怖いぃぃぃ!私はすぐに目を逸らし、オロオロしてしまった。
「大丈夫?フレデリック様と何かあったのか?僕にできることがあればいいんだけれど……」
生徒会長が私の一連の動作を見て、心配そうに一歩近づいてきた。
「なんっていい人なの……!?さすが生徒会長だわ!」
あぁ、この人やっぱりいい人だわ。私は感動でぷるぷるしてしまう。これは絶対に治してもらわなきゃ!
「こんなにいい人な生徒会長のために!絶対にお父様に紹介状を書いてもらいます!」
「うん、いい人を連呼されると少し複雑だよ……?」
華やかな会場で、あたりをキョロキョロ見回す私。もっと身長があれば、と思ったときにその声は聞こえた。
「マリー!」
少し離れたところから、聞き慣れたイケボで名前を呼ばれる。嬉しすぎてパッと顔を上げて声のする方を見ると、そこには大好きな人がいた。
サレオスが見つかってにっこり微笑む私だけれど、彼は私の後ろにいた生徒会長に視線を向けている。そういえばあまり面識はないのよね、このふたり。
あ、お父様も一緒ね。よかった。でもなんだろう、険しい顔をしているわ。
「なんで娘の位置が正確にわかるんだ……!」
え?お父様、それは天才だからですよ?探知機能が標準搭載なんですよ!オーバーテクノロジーよりもオーバーしているのです、色々と。
私はふたりに駆け寄ると、すぐに生徒会長の件をお父様に伝えた。お父様は最初はとても驚いていたけれど、二つ返事で先生の紹介を了承してくれた。
「それは……君自身のためもあるが、仕事が始まるまでに治してもらいたいものだな」
「お仕事?」
「あぁ、彼は卒業したら私の部下になることが決まっている」
「そうなの!?」
あらあら、外交のお仕事をするならなおさら女性恐怖症を克服しなければいけないわね。
お父様は生徒会長と詳しい話がしたいということで、今度はふたりで来賓室へと向かっていってしまった。去り際に、「サレオス殿下と一緒に帰るならレヴィンもね!」と釘を刺していった。
レヴィンがサレオスに失礼なことを言ったらどうするの……。あの子、そういうところあるわよ?
「ダンスが終わるまでどこかで休もうか」
ちらちらと振り返りながら歩いていくお父様に手を振っていると、サレオスが優しく声をかけてくれた。私が少し首を傾けると、彼は私の足元に視線を落として笑った。
「足は痛まないのか?」
うっ……前回の12センチヒールのことを覚えているのね!?
「大丈夫なの、今日は無理せずに7センチなの……」
「そうだな、今日は小さい」
なんですって!?まだ小さいの私?これでもけっこうな身長になったと思ったのに!生徒会長といい、私はちゃんと年頃の女子として見られているのかしら!?急激に不安になってきたわ。
まさか……まさかいつのまにか妹のようだとか思われていたり……これも小説でよくある展開だわ!手を繋いだりハグしたりしていても、告白した途端に「そんなつもりじゃなかった」って言うのよ男の人って!
「マリー?どうした?」
はうっ……のぞきこまないで、心臓に悪いわ!好きすぎて、もうどうしようもない。落ち着け私!静まれ動悸!
「やっぱり足が痛いんだろう?ほら、もうしばらくがんばれ」
そういうと、彼はスッと私の手を引いて控え室の方へ歩き出した。
いやぁぁぁ!死ぬ!キュン死にする!私が手を繋ごうとしたときはさらっと躱したくせに……。神様は下心がある子には厳しいのね。
「ひ、人がいるわ。こんなところ見られたら……!」
サレオスの名誉に関わる、そう言おうとすると途中で私の言葉は遮られた。
「別に構わない」
「かっ!?」
私は左手で口元を押さえ、せめて誰かわからないようにしながら歩く。
「これ以上おかしなのを増やされたら面倒だ」
いや、さすがにこの会場で誘拐してくる人はいないと思うんだけど……?
サレオスに連れられて歩いていると、通りすぎる女子たちがこっちを見て、ヒソヒソと扇子越しに話しているのが聴こえてしまった。
「ほら……やっぱり」
やっぱり何!?最後まで教えて!あぁ、彼の名誉が……!
控え室に着くまでかなりの人数に見られてしまったけれど、サレオスはいつも通りだった。もしかしてこれが、文化の違いというものなの……?わからない。わからなさすぎる。
でも私は結局、足が痛いことにしてそのまま手を引いてもらってしまった。隠しきれない下心がすごい。神様ごめんなさい!
控え室に入ると、さっきとは違ってたくさんの人が集まっていた。私たちがソファーに座ると、給仕の人がドリンクを持ってきてくれる。渡されたピンクのドリンクは、サクランボやマンゴーといったフルーツ入りのカクテルだった。
この国では16歳からお酒が飲めるけれど、私はお父様に止められている。男の人がいるところでは、絶対にお酒を飲んではいけないらしい。本当に心配性なんだから。
今、手に持っているこれはジュースだから大丈夫なんだけれど、サレオスまでがジュースかどうか念入りに確認していた。私、酒乱の疑いをかけられているのかしら……?
そうこうしているうちに、レヴィンとシーナがやってきた。とても幸せそうなレヴィンは、ここ数年で一番と言えるくらい機嫌が良さそうだ。生意気小僧が立派に恋をしている。姉上の心は複雑よ。
四人で馬車に向かって歩いて行くと、レヴィンがとんでもないことをシーナにねだった。元はと言えば、シーナがドレスのお礼をと言い出したんだけれど、あろうことか頬にキスして欲しいと図々しいおねだりを持ちかけたのだ。
シーナはふふふと笑いながら、何のためらいもなくすぐに頬にキスをした。軽い、それは軽いキスだったけれど私は衝撃で倒れそうになってしまったわ!ここはどこの異世界なの!?
同じ国で育ったはずなのに文化が違いすぎるわ!!!
よろけた私をサレオスがそっと支えてくれた。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃないわ……!」
どうしてあんなにサラッとできるの!?ふらつく私の頭上から、さらに衝撃的な言葉が降ってきた。
「頬にキスくらいで大げさだなマリーは」
え!?
えええ!?
サレオスは誰かにされたことあるの!?
「……」
私がじっと見つめていると、サレオスが失言に気づいたのか視線を逸らす。
「いや、あの程度のことは気にする必要がないと言いたかっただけで」
「あの程度!?サレオスにとってはあの程度のことなの!?」
「マリー、そういうことじゃない」
「うわぁ~、サレオスは遊び人だったのね……!」
「!?ちょっと待てマリー、なぜこれで遊び人よばわりされるんだ!?」
なんてことなの!?私のサレオスはほっぺにチュー経験がおありですのね!?私は両手で顔を覆って俯いた。
そんな私に、レヴィンから冷たいお知らせが届く。
「姉上はサレオス殿下に送ってもらってくださいね!俺はシーナさんを送り届けてきますから!」
えええ!?この空気で一緒に帰れと!?鬼だわこの子。
私はレヴィンを呆然と見つめていたが、にっこり笑った弟はシーナを連れて馬車に乗り込んでいった。シーナは別れ際に、「サレオス様は遊び人じゃないわよ?キャバクラとか通わないタイプよ?」と言ってくれたけれど……。
「マリー、帰ろう」
サレオスは小さく息をついた。あぁ、私は恋人でもないのにめんどくさいことを言ってしまったような……。「ごめんなさい」と呟くと、彼は苦笑いで答えてくれた。




