命は大切に
控室に戻ると、まだサレオスはお父様に拉致されたままのようだった。私は暇を持て余し、控室からガラス扉ですぐに出られる中庭へと移動する。
生徒会長も一緒にいるから、学園祭みたいに女子に詰め寄られることはなさそうだ。サレオスを待っている間、私たちは流行りの推理小説の話で盛り上がった。
アイちゃんは恋愛小説しか読まないけれど、私は最近、ミステリーの世界にハマっている。生徒会長も同じ作者のファンのようで、今度昔の作品を貸してくれると言ってくれた。
「2作品目のラストが特に印象的だった。まさか父親が犯人だとは意外だったよ!」
「そう!そうなんですよ!私はてっきり親友の騎士が犯人だとばかり思って……!」
「僕もそうだよ!あんなに偶然殺人現場に居合わせるほど運のない人間がいるとは思わないからね」
「だいたい思わせぶりなセリフが多すぎませんか!?」
「あははは……『いずれわかる』だろ?」
「も~!!いずれじゃなくて今一言いえばそれで済んだのにって何度思ったか!」
私たちの白熱したトークはしばらく続いた。生徒会長は意外におもしろい人で、変わった角度から推理を披露してくれたり、まだ完結していない作品について予想を教えてくれたりした。
「なぜヒロインはすぐに拐われるんだ?危険だとわかっているなら、出歩いたり犯人の後をつけたりしたらダメだろう?」
「そこは主人公が助けに来てくれる名場面のためですよ!ってこんなこと言わせないで!」
「いや、まず引越しが先だな」
「ダメですよ。誘拐されなくなっちゃう」
「あのヒロインはダメだ。うっかりが多すぎる。主人公が築いてきた推理を、一撃で破壊してピンチに陥れる才能があるぞ」
「そこがいいんじゃないんですか!手のかかる子ほどかわいいっていいますよ!?いい感じに庇護欲をそそるといいますか」
途中、ちょっと白熱しすぎて意見が合わず、討論のようになってしまったがそれも仕方がない。だってあの作品は本当に名作なんだもの!
「君はめずらしいね、女子は恋愛小説しか読まないと思っていたよ」
「どんな偏見ですか?私もクレちゃんも推理小説を読みますよ?あ、うちの妹も」
「へぇ、そうなんだ」
あまりに盛り上がりすぎたため、ちょっと疲れてきた。少しの沈黙の後、ふと視線を感じて隣を見ると、生徒会長がにっこり笑ってこちらを見ているのに気づく。
「どうしました?」
「いや……こんなに楽しく話ができるなんて思わなかったよ。そう思ったら不思議でね」
あら、楽しんでもらえたならよかったわ。私はついへらっと締まりのない顔で笑ってしまう。
「君となら、僕の体質も治るかもってちょっとだけ思ったんだよ」
体質?あぁ、触れると赤面するっていう……。薬とか飲んでいないのかしら、と思ったけれどさすがにそこまでは聞けない。
「手を……貸してもらっても?」
「手?」
私は自分の手のひらを上に向け、じっと見てみる。
「生命線は長いですが……気功とか出せるような技は持っていませんよ?」
「いや、そういう意味じゃないよ」
「あ、回復魔法ですか?ちょっと治せそうにないですね……」
生徒会長は一歩こちらに近づき、私の右手にそっと自分の手を重ねようとして、やめる。
「君なら触れても……大丈夫かもしれないと思ったんだけれど」
……え。それは私のこと男だとみなしているの!?
これは怒ってもいい事案だろうか、と何とも言えない感情が沸き起こる。
はっ!?これ知っているわ!!アイちゃんおすすめの恋愛小説にあったわこのケース!
好きな人と同じ趣味を持って、必死で話題についていけるようにがんばるんだけれど、気が合いすぎて「男友達にしか思えない」って言われちゃうやつよ!
よかった!私、生徒会長のこと好きじゃなくて!!!サレオスに男だと思われたりしたら泣き崩れるわ!
それにしても失礼な……。
「私、一応女子なんですけれど」
生徒会長は一瞬びっくりして、その後ふっと笑った。
「知っているよ。君はかわいい女の子だ」
あ。気を遣われてかわいいって言われた。なんだろう、すっごく優しい顔でそんなこと言われているけれど、男子扱いされていることに気づいているから胡散臭いわ。
かわいいって言ってもらっても、ただ複雑な気分になるだけよ。お世辞が裏目に出ているパターンだわ生徒会長!
「もし、君さえよければ……協力してくれないか?」
「協力?」
「少し、触れてもいいかな?」
……え。それはショック療法というやつですか?あれ?でも私のこと男子と思ってるんじゃないの?
私はびっくりして目を見開いた。
大きな手が私の頭に近づき、サイドに下りている髪を一束だけ掬い上げる。彼が私の髪に指で触れる様子を見ながら「あれ?髪は平気なんだ?」と思っていたけれど、内心とてもびびっていた。
どうしよう、あんまりじっくり見られると枝毛とか見つかるかもしれない。
私が戸惑っているうちに、髪がはらりと落とされ元の位置に戻った。
そして、そのままおそるおそるという感じで、ゆっくり近づいてくる生徒会長の手が見える。
「マリーウェルザ嬢、僕はどうやら君のことが……」
彼の右手が、私の右手に触れようとしているのがわかった。
えええ……。
だめ!
絶対だめ!私は女子なんです!
ーーバシンッ!!!
私はおもいきり生徒会長の手を跳ね除けた。
「早まらないで!自分を大事にしてください!」
「え?」
「だめ!死んじゃう!お医者様を紹介します!」
「は?」
「だって!もしショックで発作や動悸が起こったらどうするんです!?」
「え、いやそこまでは……?」
「心臓発作とか起こっちゃったらどうしますか!?寿命まで生きられないじゃないですか!」
「え、寿命!?」
「私は回復魔法が使えますが、そういうのは処置できません!素人がおもいつくようなやり方で、どうにかなっちゃったら困りますよ!?民間療法のぶっつけ本番は危険です!」
「え!?あ、はい……」
「私、知り合いのお医者さんに診療内心専門の先生がいるんです!従者のエリーが昔からお世話になっていたんですが、エリーは『自分は特別おかしいんだって思っていたけれど、先生に相談してよかった』って言ってました!」
「従者?エリーさん?」
「はい!きっと先生は、生徒会長のような症状の人も診てきたはずです!だから、素人判断じゃなくて、ちゃんと治せるお医者さんに相談しましょう!ね?命は大切に!」
「あ……はい」
はっ!!!お父様を捕まえなくては!お父様に今すぐ紹介状を書いてもらえば、早めに予約が取れるはずだわ!
私は先輩の袖をひっぱって、「今すぐお父様のところに行きましょう!」と意気揚々と控室を出て行ったのだった。




