お父様は心配性
サレオスと念願のダンスを踊った後、フレデリック様に見つかりたくない一心で学生の控室へと向かった。クレちゃんは叔父様とダンスを踊っていて、この後はふたりで星を見に行くらしい。本当に丸一日デートするんだわ、あのふたり……。
私とアイちゃんは今後の展開を勝手に想像して、ミニコントまでやってしまった。サレオスに一部始終見られていたけれど、これはもう女子の生態の一部として見逃してほしい。私たちは、人の恋バナと妄想を糧に生きているの!
控室へと向かう途中、お父様に遭遇した。レヴィンから誘拐されかかった話を聞き、心配して様子を見に来てくれたらしい。
「マリィィィィ!!!何もされていないかい?大丈夫なのか!?」
出会い頭に抱きつかれ、「ぐえっ!」っと令嬢らしからぬ声が出てしまった。
「もう学校なんて辞めて、今すぐ領地へ帰ろう!大丈夫だ!おまえひとりくらい一生養っていける蓄えはあるから!」
「お、お父様落ち着いて……!」
「大丈夫だ!マリーは嫁になんて行かなくていい!領地でのんびり暮らすのはいいぞ!?」
「お父様ほとんど領地にいませんよね!?」
私はその後なんとかお父様を宥め、自主退学は免れることができた。心配かけてごめんなさい……。
「お、お父様、それで私、自衛できるように鍛えたいんです」
私のお願いに、お父様はくわっと目を見開いた。
「マリーがそんなことして怪我でもしたらどうする!絶対にお父様は許しませんよ!」
「えええ……」
「だいたいおまえはメアリーの母上に似てそそっかしいんだ。絶対に怪我をする!」
ひどい言われようだわ。
お祖母様ってあれだわ、お祖父様のことが好きすぎて押しかけるように妻になったけれど、あんまり構ってもらえなくて寂しくて結局出て行っちゃったっていう……。会ったことがない人に似ていると言われてもイメージが湧かないわ。
「とにかく、警護をもっと強化するから……頼むから何もしないでくれ」
「はい……」
落ち着いたお父様から「あ、あの変態はきちんと処理しておくからね」と言われたけれど、目が怖くてそのあとは聞けなかった……。あれ、落ち着いてないかも?
そういえばお父様は、私がサレオスと一緒にいるのを見てものすごく悲しそうな顔をしていたわ。
「とても残念ですが仲良くしてもらっているようで……!痛恨の極みですがいつもありがとうございます!」
おおいっ!なんて失礼な挨拶をしているのお父様!?ものすごく低姿勢で、ものすごく失礼なことを言っているわ!
でもサレオスは、いかにうちのお父様が子離れできていないか知っているからスルーだった。挨拶しながら半泣きのお父様を見て、頬がヒクッと引き攣っていたわ。ちょっと引いているのね……。
とても冬休みのことを言えそうな雰囲気じゃないなと思っていたら、サレオスがおもいきりトゥラン行きの話をしてしまった。びっくりしたわ!
話を切り出されたお父様は顔面蒼白で、カッと目を見開いていて怖かった。
「トゥランに連れていく!?マ、マリーを嫁にくれということなのか……?そうなんだな!?」
「いえ、違います。話を聞いてください」
このやりとりが3回行われて、ようやくお父様はただの旅行だと認識してくれた。「違います」と3回も否定された私のメンタルはやや削れている。そこはもう「お嫁さんにください」でよかったのに!……お父様のせいで傷ついたわ。
叔父様からお手紙を、と言われたときは「そんな大げさな」と思ったけれど、お父様のあの様子を見ていると大げさでも何でもなく必要だろうなと思った。
クレちゃんも一緒だということ、そのままお嫁に行かず必ず帰ってくることを念押しされたけれど、とりあえずは許可をもらえたので良しとしよう!
そこからなぜかサレオスはお父様に連れ去られ、私はひとりで控室に放置された。
「サレオス殿下に大事な、大事ぃぃぃなお話があります!マリーはここで待っていなさい!いいね?」
「……はい」
一体なにを言うつもりなのかしら……!?すぐに戻ってくるって言っていたけれど、アイちゃんもシーナもクレちゃんもいないのでこの隙にお手洗いに行くことにした。
会場の外にあるお手洗いに向かっていると、着飾った学生や来賓の貴族たちにたくさんすれ違った。
何人かはお父様の部下で、ものすごく監視されている感じがしたけれどあえて何も言わなかった。
目が合うと申し訳なさそうに会釈された。でも、私の方が申し訳なくて土下座寸前だわ。お父様に私を見張っていろと言われたのね……。お仕事増やしてごめんなさい!
お手洗いの帰りには、講堂の前を通って会場へと戻った。途中、女子たちに囲まれて追い詰められているアルベルト生徒会長を発見する。
紺色の衣装を着て、髪をオールバックにしているため、いつもよりさらに凛々しい姿になっていた。だめだよ、女の子に囲まれたくないのにそんなにカッコよく仕上げちゃ……。
私は挨拶だけでもしようか迷っているうちに、彼と目が合ってしまった。
「「あ」」
苦笑いで通り過ぎようとするも、生徒会長は壁伝いにススっと逃走していかにも私に用事があるように声をかけてきた。
いや、そんなことされると私に女子の恨みが……!視線が痛すぎて、私は彼女たちの方を見られなかった!
「なんでこっちに来るんですか!?」
「ごめん!ダンスを踊ってくれと頼まれて……!」
「それはまた……」
「今だけ!今だけ一緒にいてくれないか!」
ヒソヒソとやりとりをしていると、どうやら彼女たちは私に向かってこられるほど身分が高いわけではないようで、静かに散っていった。私は半眼で生徒会長を見つめるも、満面の笑みで「ありがとう」と言われるとどうしようもない。面倒なことにならないことを願う!
「あれ、ひとり?サレオス殿下は?」
「それが……」
私はお父様にサレオスを取られてしまったことを伝えた。
「それはかわいそうだね」
「でしょ?」
「お父上が、だよ?」
なんでそうなるの?私は理解できずに首を傾げる。生徒会長は苦笑いで「娘はかわいいもんだよ」と言っていた。生徒会長のところも年の離れた妹がいて、父親は過剰に心配しているらしい。
「控室まで送るよ」
「そんなこと言って、私がダンスを踊ってほしいとねだったらどうするんですか?」
「ははっ……それは諦めて踊ろうかな」
できもしないことを言う生徒会長に、私はますます同情した。
「君のことは信用しているよ」
「……さようですか」
私たちはふたりで控室まで戻っていった。また女子に捕まってはならないと、生徒会長はなんていうか必死だな。
お誘いを無碍にもできず、かといって踊ることもできず、とても不憫な人だわ……。アリソンほどはダメだけれど、もうちょっとフラフラ適当に生きればいいのに、とちょっとだけ思った。
「あの」
「なんだい?」
「そもそも何で女の子に触れなくなっちゃったんですか?」
切り込んでいいかどうか迷ったが、気になったので聞いてみた。すると少し遠い目をした生徒会長は、前を向いたまま話し出した。
「昔ね、よく女の子みたいにかわいいねって言われていたんだ。それで知り合いのお姉さん方やうちの茶会に来た令嬢たちに囲まれていてね……」
今でこそ凛々しい系の顔だけれど、言われてみれば子供の頃はさぞ可愛かったんだろうなと思う。目がクリクリしていて、女の子っぽかったんだろうな。
「でもあるとき気づいてしまったんだよ……みんなの目が獲物を狙うような鋭さを宿しているって……。気づいたらもう、そこからは嫌悪感と恐怖が湧いてきてしまってね」
うわぁ……かわいそう。
「自意識過剰だと思うだろう?でももう、触れるとダメなんだ。肌が赤くなってすぐに離れたくなる」
「……大変ですね」
私が同情すると、生徒会長はふっと笑った。
「そのうち治るんじゃないかって思っていたけれど、知っての通りだよ」
笑い事なのかしら……?治らないなら、うちのお母様に女よけの護符でも作ってもらおうかしら、と思ったけれどやめておこう。




