パーティーのはじまり
夜になり、ドレスアップした私とシーナは、学園の北側にあるパーティー会場へとやって来ていた。
シーナのドレスはオレンジ色で、レースがふんだんに重ねられ、宝石が至るところにキラキラと輝いている豪華なものだ。
胸元から首にかけて蝶や花の繊細な刺繍が施されており、正直言って「これよく間に合ったな」と思うほど手のかかるデザインに仕上がっている。
「もらえるものは何でも大歓迎って思ってたけれど……これはさすがに申し訳ないわ!」
ドレスを着たシーナは愕然としていた。想像をはるかに超える代物だったらしい。
「こんな素材見たことない……!手触りがなめらかすぎる……!凄まじいお値段なことがひしひしと感じられるわ!」
ちょっと引いているシーナに対し、私は「レヴィンのワガママだから気にしないで」と言っておいた。実際にそうだしね。
「マリーは長袖なのね?めずらしいけれど可愛いわね!」
シーナが私のピンクのドレスを見て、にっこり笑っている。パーティーでは基本的に半袖か袖なしが多く、年配者か子供くらいしか長袖を着ている者はいないから、めずらしいと思ったんだろう。
私が着ているドレスは袖の部分がやや透けている薄い素材のものなので、若者向けではあるけれどシーナが不思議がるもの当然だった。これはあまり腕を出すことをよしとしないお父様が勝手に仕立てたもので、これまで着たことなかったの。まさかこれが役に立つ日が来ようとは!
「あははは……実は午前中にちょっと色々あって」
私はメガネくんに拐われたことを端的に説明し、赤くなっている手首を見せた。
これを見たとき、エリーとリサは絶叫した。慌てて例のどす黒い薬を塗り込んだものの、時間が経ちすぎていて完全には赤みが引かなかったのだ。それで急遽、この長袖のドレスを着ることに……。
でもこれなら袖のところにリボンがあるので、おもいきり腕を上げなければ手首が見えることはないわ。ちょっと変わっているけれど、デザインは可愛らしいもの。
「ケガらしいケガがなくてよかったわ。学園祭も満喫できたし、パーティーにも出られるし……」
「レヴィン、やるわね。サレオス様より早く助けに来るなんて!」
私は「そうね」と頷き、シーナと一緒にゆっくりと歩く。
探知機つけられているのはびっくりしたけれどね……。
今はパーティー用のネックレスをつけているから、あの探知機付きネックレスは寮の部屋にある。だいたい魔力の乱れって何?
サレオスに聞いても、「乱れは乱れだ」と不思議そうな顔で返された。これだから天才は困る。
よくよく考えてみれば、サレオスじゃなく弟に助けられたところがどうも腑に落ちない。アイちゃんオススメの小説なら、間違いなくヒロインは王子様に助けられるのに……。
無傷で助かっただけ運が良かったなとは思うけれどね?やっぱり私はヒロインにはなれないみたいだわ。
シーナは今から、ミスコン優勝特典を消化しなくてはいけない。そう、フレデリック様とのダンスだ。
「観賞用だからあんまり近づきたくはないけれど、イケメンとダンスなんておいしいわ」
シーナはどこまでもシーナだった。
そういえば、フレデリック様とは夕方の青いバラ抽選会のときに会ったきり。例の青いバラは、生徒会長による公正な抽選の結果、騎士科の1年男子に当たってしまったのだ。
男子の雄叫び、女子たちの落胆そして安堵が入り混じったあの異様な空気はもう一生体感できないだろう……。女子的には、だれか一人に当たるよりもマシといった感情もあったと思う。でもみんなの顔は複雑そうだった。
フレデリック様はさすがの貫禄で、男泣きする男子に笑顔で青いバラを手渡していたけれど……私と目が合うと急にさみしそうな顔をした。子犬のような感じになっていたから、ちょっとだけ罪悪感が生まれてしまい、私はすぐにその場から逃げた。
今日はもう見つからないように、ひっそりと帰りたいと思う!私は深呼吸して、会場に入っていった。
「マリー……」
私の姿を見たサレオスは、言葉を詰まらせていた。長袖を着ていることで、手首のことに気づいたらしい。
あぁっ!しゅんとしないで!サレオスのせいじゃないんだから!
彼の視線が、私の右手首から離れない。手首の赤みを放置したのは失敗だったわ、すぐに薬を塗ればよかった。
「なんでこれには気づくのに、マリーの気持ちには気づかないのかしら……」
シーナがヒソヒソと耳打ちしてくる。うん、今そのツッコミはやめようか。そしてそれに関してはまた今後相談したいわ!
私はシーナの耳打ちに顔を痙攣らせたものの、すぐにサレオスに笑顔を向けた。
「そんな顔しないで、明日には治るわ」
でも彼は眉根を寄せて、一段と低い声で呟く。
「やはりあの場で消せば良かった」
うわぁぁぁ!だめ!消すのはだめよ!さすがにそれはだめ!
「ふふふ、やだサレオスったらそんな冗談……」
何とか笑顔を作るが、目が怖すぎる。濃紺の瞳が漆黒に見えるわ。本当に消せるだけの力があるから怖いのよ。それにパーティーなんだから、まずはブリザードすぎるオーラを隠しましょう!
「あ!マリー!サレオス様!ダンスでも踊ってきたらどうかしら?前は踊れなかったんでしょう?」
シーナが無理やり話題を変え、ホールの中心を指差した。このままじゃ凍死する、という心の声付きで
はっ!!!
まさかの!念願のダンス!?私はすっかり忘れていたけれど、あんなにサレオスとダンスを踊りたくて練習したんだった。
今日のサレオスは、光沢のある白いシャツに紺色のベスト、シルバーの上下という王子様らしい上品なスタイルで……かっこよすぎて目が眩む!これ、いつもイリス様が選んでいるのかしら?あぁ、サレオスに似合う衣装の話で盛り上がりたいわ!
私の手首のことなんかより、あなたのイケメンっぷりを記憶に焼き付ける方が大事だわ!さらにダンスですって!?私の心臓、保つかしら!?あ。踊るのいやだって言われないかな……。突然に不安がよぎる。
サレオスの方をちらっと見ると、彼は手袋を嵌めた手をスッと差し出してくれた。
「俺はあまり得意ではないが……踊るか?」
うぐっ……!も、萌え死ぬ。キュン死にするっ!!!
小刻みに震えながら、私はそっと手を重ねた。




