助けられました
レヴィンがいなくなった部屋。残された私たちは、しばらく破壊された入り口を見つめていた。
私はそろっとサレオスの腕から手を離していく。
「ご、ごめんなさい。迷惑かけて……ふぁっ……くしゅん!」
妄想とかして、本当にごめんなさい。心からの謝罪が口から漏れている。くしゃみも止まらないわ。どこまでも緊張感のない自分に呆れてしまう……。
「迷惑だなんて思っていない」
本当にそうだろうか。妄想するわ脅迫するわ、しかもこんな面倒なことを引き起こす女のそばにいるのはイヤだと思っていないかな……。
あぁ、せめてひ弱そうなメガネくんくらい1人で倒せるようにならなくては……。私は冬休みに修業しようと密かに決意した。
「怖かっただろう?すぐに助けてやれなくてすまない」
サレオスがもう一度、私をぎゅっと抱きしめてくれた。
あわわわわ……!どうしよう、怖いと思う前に助けられましたって言えない!ジュールみたいな屈強な男子だったら怖かったかもしれないけれど、あわよくば勝てるかもって思っちゃったの!
「これからは誰よりも一番に助けに来られるようにする」
うぐっ……!!!嬉しいけれど……嬉しいけれど、できればもう助けられるような目に遭いたくない。
頭に添えられた大きな手が、優しく撫でてくれた。
「今日、レヴィンに遅れをとった俺が言うのもなんだが……」
「遅れをって……ふふっあれはただのオーバーテクノロジー」
あぁ、なんだろう。怖くはなかったけれど、安心したら涙が出てきた。よく考えたら、あのままメガネくんに監禁されてもう会えなくなってたかもしれないんだわ。
「よかった、またサレオスに会えて」
あぁ、あぶなかった。サレオスが寿命まで生きられるように見届けるのが、今の私の目標なのに。彼のそばにいられなくなるほどの不幸はないわ。
大至急、身を守れるように鍛えなきゃ!お祖父様に教わりに行くか、お母様のやっている警備会社の訓練に参加するか、家族会議が必要ね。
「泣いている場合じゃないわ……!何か対策をとらなきゃ。とにかく鍛えないと!」
「マリーがそんなことしなくていい」
彼は細いきれいな指で、私のまつ毛についた涙の雫を払ってくれる。やっぱりサレオスの一挙一動がキュンだわ。大きな手が私の頬に添えられていて、何だか恥ずかしい。
ふと気づくと、いつになっても見慣れない整った顔が近くにあった。濃紺の瞳がキレイだわ……とついつい眺めてしまう。
じっと見つめられれば、急激に顔に熱が集まるのがわかった。だめだ、近すぎる。これは破壊力がありすぎて、とても直視できない……!
俯いて悶えていた私が顔を上げると、さっきよりもさらに近くなっている気がした。
あれ……?何だかだんだん……近い……。
いけない!
「ふわっ……くしょん!!!」
私は両手で口元を押さえ、顔を下に向けて盛大なくしゃみを繰り出した。
風邪の残りと、レヴィンが扉を破壊したことで埃が舞ってるんだ……!私はハンカチを取り出して、くしゃみをぶちまけた手のひらをすぐにぬぐった。
あやうくサレオスの顔に向かってくしゃみをするところだった!なんてこと!
私はどうにか危機を回避できた感動でほっとする。まだ鼻がズビッと鳴りそうだったけれど、そこは耐えるのが令嬢ってものでしょう!?気合いで何とかごまかした。
「……そろそろ行こうか」
右手で口元を押さえているサレオスは、視線がどこか定まらないようだ。まさか私の風邪が移った!?私はオロオロして彼の顔をのぞきこむが、「大丈夫だ」とそっけなく言われてしまう。
それでも私の肘を支え、床から立たせてくれる無自覚すぎる紳士モードが怖い。もうサレオスなしでは、まともに立ち上がれないかもしれないわ。
前を歩くサレオスの背中を見つめていたら、私はさらに欲が出てきてしまった。
手をつなぎたい。
私は後ろからそっと近づき、サレオスの左手に狙いを定める。学園祭だからっていうノリで許してくれないかしら?ドキドキしながら、おもいきって突撃した!
――スッ……
私がその手を取ろうとした瞬間、サレオスはまるで見切っていたかのように、鮮やかにその左手を自分の首の後ろに置いた。
え、バレた?どうなの!?
タイミングってむずかしい。むずかしすぎる。一体、世間の人たちはどうやって手をつないでいるんだろう……?
手つなぎ作戦に失敗した私は、サレオスの後ろを真っ赤になって小走りでついて行った。




