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私たちの関係って?

サレオスの隣が私の定位置になって一か月ほど経ち、いつのまにやら一緒にいるのが当たり前になった。

昼休みや放課後も一緒に過ごすことが多く、彼が読書に勤しんでいるときも私は隣で本を読むふりをしてひたすらサレオスをのぞき見するのが日常になっている。

ふふっ……こっそり見るのが上達してきたのかしら!?

「いや、バレてるけど何も言わないだけだと思うわ」

クレちゃんは相変わらず私の恋を優しく見守ってくれている。

基本的に寡黙で無表情なサレオスだけれど、面倒見はいい方で、魔力量が少ない私とでも実習中にペアを組んでくれるくらい優しい。最初の頃はあまりに申し訳なくなり、他の人とやってはどうかと提案してみたんだけれど……。

「別にかまわない。ほら、すでに皆いつも同じ相手としているじゃないか」

優しい彼は私を見て苦笑した。確かに私がサレオスを独占しすぎて、彼は相変わらず友達らしい人はおらず、ぼっちのままだった。私はその状態に甘えて、日々の基礎レベルの魔法実習に付き合わせてしまっている。

「ありがとう。でもまた体調が悪くなったら言ってね? 絶対よ」

「……もう慣れた」

慣れた? きょとんとする私を見て、サレオスは困ったように眉を下げる。結局、この日も魔法実習の時間はずっと彼に相手をしてもらっていた。

が、その状況が一部の女子の反感を買ってしまったようで、授業の後に同じクラスの女子三人組に囲まれてしまう。

時刻はちょうどお昼休み、アイちゃんたちはカフェテラスの席を確保するために先に更衣室を出たのでここにはいない。

「マリー様、サレオス様に付きまとうなんてどういうおつもり?」

更衣室から出たところを囲まれた私は、扉を背にして三人に詰め寄られる。どういうおつもりか、と尋ねられでも「好きなので付きまとっています」なんて本音は言えないよね。

私が苦笑いでどうにかやり過ごせないかと思っていると、リーダー格のご令嬢が釣り目がちな目をさらに引き上げて苛立ちを露わにする。

この方はエルリア侯爵令嬢。お父様同士はけっこう親しくしていて、でも彼女のお父様は厳しい人で小さい頃から私たちはよく比較されてきた。エルリア様からは会うたびに嫌味を言われ、入学してから挨拶するだけの関係だったけれどまさかこんな風に絡まれるとは……。

「サレオス様は、みんなの王子様なんですのよ!」

エルリア様はビシッという効果音でも付きそうな感じで指をさし、私を睨みつけて宣言した。

うん、わかる。王子様みたいな凛々しさと知的な眼差しが最高よね。取り巻きの女子と一緒に私もうんうんと深く頷いてしまう。

「みっともなくサレオス様に擦り寄って、ご迷惑をおかけしないでください。下心が見え見えな振舞いですわよ!」

「えええ!」

確かにサレオスに対して、友達になりたい、恋人になりたい、結婚したいっていう強烈な下心があるけども。好きな人に話しかけて一緒にいるのがそんなにいけないこと?

顔を真っ赤にして怒っているエルリア様を前に、私はどう勘違いを解こうかと頭を悩ませる。

「あのサレオスと私は」

ただの友人です、そう言おうとして私は気づいてしまった。

……果たして私は友人なのかしら?

挨拶をする、いつも隣にいる、これは友人っぽいけれど、実のところ彼には勉強を教わったり魔力の循環で助けてもらったり、移動中に迷わないよう一緒に行ってもらったり。

私ったらお世話になってばっかり! この場合なんていうの? 舎弟!?

驚愕の事実に気づいてしまい、私は一気に顔面蒼白になる。なんなら小刻みに全身が震えだした。

やばい、友人認定されていないかもしれない!

「ちょっとマリー様? あなたどうなさったの」

動揺する私を見て、さっきまで詰め寄っていた三人が異変を感じ取っている。

「わ、私、あああどうしましょう! 大変なことに気づいてしまって……!」

思わずエルリア様の肩を両手でつかんで訴えかけた。

「私はこれからどうすればいいの!?」

「「「はぁ!?」」」

そもそも、サレオスに「私たちってお友達よね」という確認なんてしていないわ。友達から恋人、恋人から婚約者というレールを作り上げるには初手が大切なはずなのに……彼にとって私は何!?

私は一歩下がって、自分の髪を掻きむしる勢いでぎゅうっと引っ張って俯く。そして自分の浅はかさに悶えていると、取り巻きの少女がエルリア様にひそひそと耳打ちをした。

「エルリア様、こんなに怯えていますよ。ここはしっかり躾をしておけば、もう二度とサレオス様に近づかないのでは」

「あら、そうね……」

何か相談しているけれど、私としてはもうそれどころじゃない。今すぐサレオスの元に走り、私はお友達かどうかを確認したくてたまらない。

そう考え込んでいるうちに、エルリア様が平手打ちをしようと右手を振り上げたのがわかった。

けれど、あいにく弟と激しい喧嘩を繰り広げてきた私にとってそれを避けるのは容易い。彼女の手が振り下ろされる前に抑え、その隙に逃げる。完璧な計画だわ!

そう思って身構えた瞬間、高く上がった彼女の手が何者かに掴まれてピタリと動きを止めた。

「え……」

腕を掴まれ、何事かと後ろを睨みつけるエルリア様。しかしその瞳に映ったのは、いつの間にか立っていたサレオスだった。しかもかなりご立腹。

「これは一体どういうつもりだ」

背の高い彼は頭一個分以上抜け出ていて、三人に囲まれている私からも不機嫌そうな顔が見えた。

ご令嬢たちは振り返ると、揃って「ひっ!!」と悲鳴を上げる。

「あ……」

エルリア様はサレオスに腕を下げられ、反論する声も出せずにいる。

取り巻きのご令嬢もガクガクと震えていて、助け船は期待できそうにない状況だった。サレオスは私に向かって、ちらりと視線を向ける。

「マリー、怪我は?」

「ないです……」

サレオスが一歩足を出すと、エルリア様や取り巻き令嬢はさっと避けて頭を下げる。何だろう、この強烈な縦社会の縮図みたいな力関係は。サレオスと私の間に、一瞬で道ができた。

「あ、ありがとう」

お礼を言うと、サレオスは心配そうに眉根を寄せた。濃紺の瞳は相変わらず鋭い。

「なぜマリーに手出しを? 一方的なものに見えたが何か言い訳はできるのか」

あああ、声色がすでに尋問ですよ。いつもの優しいイケボがどこかに行ってしまった。

エルリア様は俯いたまま、ぐっと唇を噛み締める。

何も言わない彼女たちにしびれを切らしたサレオスは、小さなため息をついて私に視線を向けた。

「もう行こう」

私は小さく頷いた。そしてすぐにそばに寄ると、歩き出したサレオスの後ろをついていく。

ところが急に顔を上げたエルリア様が、悲痛な声で訴えかけてきた。

「サレオス様! マリー様とお付き合いされるのはよろしくないと思います!」

振り返ると、両の拳をぎゅっと強く握って半泣きでこちらを睨みつけていた。エルリア様はまるで失恋したかのように苦し気な面持ちで、私はどうしていいかわからなくなる。

しかもエルリア様、間違ってる。お付き合いしていない……って言わせないで!

廊下に沈黙が流れ、私はちらりとサレオスの顔を見上げた。隣に立つ彼は、何かを考えているようだった。しかし次の瞬間、私の頭にふわりと大きな手が添えられる。

「え……?」

何が起こったかわからず茫然としてしまう。サレオスは私の白金の髪をそっと撫でると、エルリア様に向かって冷たい声を投げかけた。

「おまえたちには関係ない」

歯を食いしばって瞳を閉じるエルリア様、それに構わず踵を返すサレオス。

これって、髪を撫でるくらいには親しい友達っていう解釈でいいのかしら!?

それから無言で歩き、カフェテラスの近くまで差し掛かるとサレオスはピタリと止まって振り返った。

「さっきのは俺絡みだったのか」

 そうです、とも言えずに少し首を傾げて苦笑する私。

「来てくれてありがとう。大丈夫よ」

ここは曖昧にしよう、そうしよう。答えになっていない言葉を返すと、彼は申し訳なさそうに苦笑した。

「俺と一緒にいるのは、マリーにとって良くないかもしれないな」

えええ、なんてこというの!? あなたの顔を見て声を聞いて、あわよくば何か使ったものが欲しいと思っている私にとっては、サレオスと一緒にいることは良いことだらけなのに! 毎日がファン感謝祭なのに!

 私は前のめりになって全力で否定した。

「そんなわけない! 一緒に居たいから一緒にいるのに、それが良くないなんて……! 確かにあなたはみんなの王子様なのかもしれないけれど、サレオスはサレオスなんだから」

「は?」

「あああ、でもサレオスがもう一緒に居たくないっていうならそのときは……ちょっと離れてそばに居る」

しまった、これでは完全なるストーカーだ。サレオスもびっくりしているわ。

くっ……かくなる上は打算的だけれど関係性を念押しするしかない。

「友達だから……ずっと一緒に居ます」

 あああ、ストーカーだと警戒されていないかしら。まっすぐ顔が見られなくて、視線を彷徨わせる私。でもすぐに彼がふっと笑う声がかすかに聞こえた。

「そうか。ずっと一緒に居るのか」

「……なんで笑ってるの?」

あれ、ストーカー宣言が意外にウケた。口元に拳を当てて、めったにない笑顔を見せているわ。本気にしていないのかしら、私がストーカー宣言しているのに。

「マリーは変わらないな」

「変わらないって?」

サレオスは穏やかな目で私を見下ろしている。

「もし何かあれば俺が守るから。マリーはじっとしていて」

「ひぐっ……!?」

 いやぁぁぁ! まさかの守ってくれる発言! 大丈夫です、あなたのためなら命を差し出す覚悟はあります! 盾にもでも生贄にでもなりますから!

そんな思いとは裏腹に、この日以降サレオス関連で私が苛められることはなかった。クレちゃんが網を張ってくれたため、私への嫌がらせは水面下で抑えられることとなる。女神クレアーナ様、最強だった。


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