乙女のピンチ
新刊を無事に保管した後、私たちはジュールのクラスの催しに行くことにした。
何でも、脳筋集団らしく武術大会をやっているらしい。
サレオスは出ないと言っているが、このあと見に来るであろうアイちゃんとも合流し、ジュールの雄姿は見ておかないといけない。1階まで降りて、訓練場のある西棟の方へ向かった。
途中、私はサレオスに先に行ってもらい、お手洗いへと向かう。あまりに多発するキュンによって手が汗ばんでいるの……。
ほんっと、壺とかあったら叫びたい気分だわ。胸に詰まったキュンを発散しないとどうにかなってしまいそう。
よく世間の恋する乙女たちは、叫ばずにいられるわね!尊敬するわ!
お手洗いの丸鏡に映る私の髪には、青いバラがついている。だめだ、ニヤける!
ーーカチャッ
ひとり幸せ気分に浸っていると、お手洗いに5人の女子がやってきた。でも彼女たちはまっすぐに私の方に向かってくる。
振り返ると、ばっちり目が合ってしまった。
「あなた何様のつもり?フレデリック様だけでなくサレオス様にまで馴れ馴れしく……!」
茶色の髪に、少しつり上がった細い目。高い位置でひとつに髪をまとめたこの子は、どこかで見たことはあるけれどうちのクラスの子じゃない。
「サレオス様は、あなたみたいな尻軽女が近寄っていい方じゃないのよ!フレデリック様がだめだからってサレオス様に言い寄るなんて……!」
うわぁ、フレデリック様の婚約者候補じゃなくなった説が流れるとこういうパターンになるのね!?
「そういうわけでは……」
私は最初からサレオス一択よ!あぁ、でもこの子たちまったく聞く気がないみたい。
「家の力を使ったの?それとも色仕掛けで迫ったの?」
うん、自分で言うのもなんだけれど、できるとしたら家の力かなぁ……。そこそこ胸はある方だけれど、ローザ先生みたいにボタン全開とかできないし、シーナみたいに言葉のかけひきテクニックがあるわけでもなし。
「サレオス様の隣にいるのは、もっと清廉なお方でなければいけないのよ!」
なんかフレデリック様のせいで、私はイケメンなら誰でもいい男好きみたいに思われているのかな。
わかるよ?サレオスかっこいいもんね!ファンの気持ちは誰よりもわかるけれど……。
「サレオス様のお優しいところにつけこんで、いつもつきまとって!迷惑しているってなぜ気づかないの?もう近づかないって約束しなさいよ!」
つり目の女の子がさらに目をつり上げ、私に対して怒り狂っている。でもそんなこと言われても、私はサレオスのそばにいたいもん!
ん……?そうよ!サレオス!サレオスだわ!
私は今、とてもマズイことに気がついた。ここに来るとき、彼にはちょっと手を洗いに行くわって言ったのに。
だめ!!こんなところで彼女たちに時間を取られていたら……お腹が痛くなってトイレにこもってると思われるじゃない!
あわわわわ……、お願いだから今だけは絡まないで!!!乙女のイメージが死ぬ!お腹下しているイメージだけは嫌!
「あの、私、急いでいるんです!通してください!乙女のピンチなの!」
「あなた自分のこと乙女っていう!?」
ちがうっ!そういう意味じゃない!
「リリア様!きっとサレオス様に私たちのことを告げ口する気ですよ!」
こら取り巻き!リーダーの名前を言っちゃダメでしょ!?私と同じく、まわりの女子もぎょっと目を瞠った。
トイレに沈黙が流れる。
ちょっと!またノープランの人たちなの!?小説みたいにいじめのプロフェッショナルはいないの!?
ここからどうしようか迷っていると、彼女たちの後ろの扉がガチャっと開く音がした。
みんなが一斉に扉の方に注目すると、そこにはアリアナ様の取り巻きだったサラさんがいた。
あわわわ、巻き込まれる前に逃げてサラさん!
ところがサラさんは、一瞬だけ驚いて目を見開いたもののすぐに冷静な声で話しかけてきた。
「先生が来ますよ?」
「え……」
私がびっくりして固まっていると、リリアさんたちはサラさんを突き飛ばすようにしてトイレから出ていった。
「……ええっと、サラさん。ありがとう」
私はほっとしてお礼を言った。するとサラさんは、薄紫色の長い髪を揺らしながら、首を大きく左右に振った。
「こんなことで私の罪が消えるわけではないです」
「それでも、ありがとう。私、本当に急いでるからもう行くけど、サラさんはサラさんであのことは忘れて暮らしてね?」
私はあはははと笑いながらサラさんに手を振った。
でもサラさんは俯くだけで、やっぱり頷いてはくれなかった。
あれ以来、サラさんには会っていなかったからびっくりしたけれど、反省してくれているようでちょっと安心した。
もうアリアナ様に巻き込まれずに、普通の令嬢としてちゃんと生きていってほしい。
はっ!!!
早くサレオスのところに行かなくちゃ!乙女のピンチは継続中だった!
私は慌ててトイレを出て走り出す。
ところがまたもや現れた敵によって、とんでもない妨害を受けるのだった……。




