王子vs王子
アイちゃんのいる教室に到着すると、ものすごい人だかりができていた。
サレオスは頭1つ分以上抜け出ているからいいけれど、私は平均よりも小さいから完全に埋もれてしまう……。
入り口ですでに戦意喪失している私を見て、サレオスはかわいそうな子を見る目を向けてきた。「本当にここに突入する気か?」と目だけで確認される。
しかしこの人だかりを突っ切って進まねば、アイちゃんのもとにはたどり着けない。どうしたものかと考えながら立ち尽くしていると、両肩にふと手が置かれ、身体を少し左側にずらされた。
入り口にいた私は、通行の邪魔になってしまっていたらしい。サレオスが自分のもとに私を引き寄せ、人とぶつからないようにしてくれた。
「あ、ありがとう」
「あまり離れるとはぐれるぞ」
はうっ……!事実のお知らせだけなのに、「俺から離れるな」と私の脳内で都合よく変換できてしまうところが堪らなくキュンだわ。
「くっ……!」
胸を押さえて悶える私は、思わず好きといいそうになる。
しかし私が教室の中央に視線をやると、そこには金色の髪をサラサラとなびかせた王子様がいた。
「フレデリック様……!?なぜここに?」
うっかり声を上げてしまったがために、やはり頭1つ分以上出ている王子様に見つかってしまった。
満面の笑みで女子を掻き分けてやってくるフレデリック様は、今日も完璧王子の麗しさだ。本当にムダに顔だけきれいだな、と半眼で見つめつつも仕方なく挨拶をした。
「マリー、やっと会えたね!」
「やっと、なんて大げさだわフレデリック様。まだ学園祭が始まって15分です」
 
「絶対ここに来るって思ったんだよ」
くすっと笑ったフレデリック様は、私の目の前まで来て小首を傾げた。
「マリーが休んでいたから長い間会えなかっただろう?」
「あ、お見舞いのスイーツありがとうございました。みんなでおいしくいただきました」
「本当は会いに行きたかったんだけれど、ヴァンにダメだって言われちゃってね。女の子は体調が悪いときに人に会いたくないものだって」
おおお、フレデリック様に会いたくなるときなんてないけれど、ヴァンの言っていることは間違ってはいない。止めてくれてありがとう!私は心の中で感謝した。
「あれ?マリー……その青いバラ、一体どうしたの?」
「え?」
フレデリック様が私の左耳の上にある青いバラを見つけ、一瞬で眉間にシワを寄せた。
うわぁ!王子様なんだからそんな顔しちゃダメだよ!
はっ!?……まさかバレた!?私がサレオスから脅し取ったって気づいて、国際紛争のきっかけになるのを心配している!?
「まさかサレオス?」
やばい!フレデリック様がサレオスを睨んでいる!!!
違うの!私が脅し取ったわけじゃ……ってそれはそうなんだけれど、これは同意のもといただいたものですよ!大丈夫です、国際紛争にはなりません!
チビ属性の私の前で、ふたりの巨塔が互いをじっと睨んでいる。あ、サレオスはいつも通りか。睨んでいなくても睨んでいるように見える……。
「あの!フレデリック様!これは同意のもといただいたもので、奪ったり襲ったり脅したりしていません!安心してくださいませ!」
私は一生懸命、事情を説明する。が、まったく不穏な空気はなくならない。
「マリーは何の話をしているの?」
「え、ですから国際紛争の」
「……なぜ私の花は抽選で、サレオスの花はマリーの髪にあるのかな?」
え。
なにこの感じ。もしかして私に自白しろって迫っている?
自分から謝罪したらまだ許してあげますよってこと?
王子流の尋問テクニックなのかしら。私はやましいことがありすぎて、口元に手を当ててプルプルしてしまう。どうしよう、お父様。私、王子様に叱られています!
「サレオスは一体どういうつもりなんだい?これは私への宣戦布告と受け取っていいのか?」
いいわけあるかぁ!青いバラきっかけで国際紛争を起こさないでフレデリック様!どうしてもダメっていうなら返すから!!!
「そんな!私が頼んだんです、サレオスに……」
ううっ、さすがに#強請__ゆす__#ったとは言えなかった。
「サレオスは私のお願いを聞いてくれただけで……!」
「マリーが……サレオスに?どうして……」
あぁ、フレデリック様の顔色が冴えないわ。自国民がやらかしたことを察したのね!
どうしてと問われても、「好きだからねだりました」とは本人を前に言えないわ。
私がオロオロしていると、サレオスがまさかの一言を発した。
「マリー、アイーダ嬢の小説を買わなくていいのか?」
「「え?」」
この空気で今それ言う?叱られている私に対して、そんな斬新な提案しちゃう?
おっけー、乗るわ!私はサレオスの言葉に乗っかることにした。
「タイヘン!イソイデ イカナクチャダワ~」
おもいっきり棒読みになった。
フレデリック様が目を細めて、渋い顔をしている!どうかこのまま流されて!国際紛争は本当に大丈夫だから!!!
「おほほほほ!フレデリック様、それでは!夕方の抽選会でまたお会いいたしましょう!」
私はサレオスの腕をつかんで、すぐに教室の奥へと向かった。
あまりの女子たちの多さに、前世で妹に付き添って行ったコミケを思い出す。
みんな汗ばんでいて、咽るほど空気が濃い……。アイちゃんのサークルどれだけ人気なの!?
「アイちゃん!あわわわわ……」
あ、これ無理だわ!私みたいなチビには無理だわ!アイちゃんの姿すら見えない!声だけかけて、小説は後で売ってもらおうと心に決めていたけれど、それすらできないかもしれない。ぐぬぬぬぬ……。
「マリー、アイーダ嬢のところに行けばいいのか?一番奥にいるからこっちだ」
「わっ!」
サレオスは私の手をつかんでぐいぐいと人ごみに入っていく。やばい!今ついて行かなきゃ圧死するけれど、不意打ちの手つなぎもキュン死にする!どっちにしろ生存確率はほぼゼロだわ。
やっとのことで着いたとき、人ごみに埋もれたせいなのかキュン死に寸前のせいなのか、私は顔が熱すぎてもうヘロヘロだった……。そんな私を見たアイちゃんことアイーダ先生は、にっこり笑って布の手提げ袋に入った新刊を渡してくれた。
「マリー様!マリー様の分の新刊は取ってありますのよ!こちらをどうぞ!」
「あ、ありがとう……!」
そのずしっと重い袋を持ち、唖然とした。これ10冊はあるよね!?ロッカーに預けに行かなきゃ。私はアイちゃんにお礼をいうと、すぐにバイバイした。人気作家は忙しいのだ!
出口はここから近い。私は両手で新刊の袋を抱き締め、サレオスと一緒にそっちに向かおうとした……んだけれどまたもや無自覚イケメン攻めに遭う。
歩き始めた瞬間、私の腕から新刊の袋をひょいっと奪ったサレオスはまた手をつないでスタスタと歩いて行く。
「うぐっ……!」
もう好きすぎて吐きそうだわ。
私はそろそろ自分のキュンの限界を感じ、廊下に出て早々に新刊の袋を返してもらった。
「持てるのか?」と聞かれたときにはその優しさにまたもや悶えるハメになったんだけれど、残念ながら私はそこらの令嬢よりは強い。
小説のヒロインのようにか弱くなれないの……。こんなの片手でひょい、なの。
残念すぎるスペックを嘆きつつも、私はロッカーへと向かった。




