キュン死にフラグ
サレオスから青いバラをもらった私は、歓喜に踊り狂っていた……もちろん心の中で。
ただ、心と身体はつながっているようで、やや足が浮いているとエリーに指摘されたのは許してほしい。
学園祭前日、体調が良くなったのでようやく登校できた私は、すぐにみんなにこの喜びを報告した。
クレちゃん、シーナ、アイちゃんは三人ともものすごく喜んでくれた。
アイちゃんは物々交換、私はおねだりというか半ば強奪というスマートなもらい方とは程遠いものの、とにかく好きな人の青いバラをゲットできたことが嬉しかった。
「なんでくれたかなんて、もらう側が好きなように思い込めばいいという気がしてきたわ」
「そうですわ!」
「マリー様、アイちゃん。それはもう#追い人__ストーカー__#の理論ですよ?」
クレちゃんは冷静だった。
シーナは奮起して、ミスコン終わりでジニー先生に青いバラを逆にプレゼントするらしい。がんばれシーナ!
クレちゃんはというと、サレオスの叔父上ことテーザ様がやってくるので、どことなくご機嫌だった。やっぱり美形が訪ねてきてくれるのは嬉しいらしい。これは結婚も近いかもしれない……!
この日、私は2時間だけ授業を受けておとなしく寮に戻った。
寮に帰る途中、いつぞやのメガネくんに突然話しかけられ、とりあえず令嬢モードで愛想よくしたつもりだったがすぐに逃げられた。
「サレオス殿下とは親しいのですか?」
って聞かれたから、仲良くさせてもらっていますと答えたんだけれど……。
にっこり笑ったのが胡散臭かったのかしら。
メガネくんは顔が赤かったし、目が潤んでいた。きっと風邪なんだわ。明日が学園祭だというのに風邪を引くなんて、彼も私と同じくモブ界で生き残れるかの瀬戸際なんだなって思った。
密かな仲間意識が芽生えてきたわ。
◆◆◆
いよいよ学園祭当日!私は朝からエリーによって髪をくるくるに巻かれ、右サイドから左にかけて細い編み込みを作ってもらい、その端に青いバラをつけてもらった。
あまり凝った髪型にされては乱れた時に自分で戻せない、とエリーに主張すると「一体だれと何をするおつもりですか!?」と言われた。
フレデリック様の青いバラ抽選会で、万が一たくさんの令嬢たちからクレームが殺到した場合、走って逃げなくてはいけない。そうなると髪は乱れるだろうし、サレオスにもらった花を落としたらショックすぎる、ということを説明したらエリーはほっとしていた。
一体、なんだと思ったの?私が誰かと乱闘でもすると思ったのかしら……?それに何でほっとしたの?私が令嬢たちに追いかけられるかもしれないのに。
私は万全の仕上がりで、迎えにきてくれたクレちゃんと一緒に嬉々として寮を出た。
今日はサレオスに会えると思うと、自然に顔がニヤけてくる。夜、屋根にいたときもかっこよかったけれど、やっぱり全然足りない。5時間は一緒にいたいわ。
「テーザ様とサレオス様は、開門前から貴賓室におられるんですって。ご挨拶に向かいましょう」
おお!さすがクレちゃん!
すでに予定を把握済みなのね!
「昨日、テーザ様からお手紙が来たの。お手紙を持ったご本人がやって来たんだけれどね……」
「え!?」
なんで手紙書いたのに本人が持ってくるの?これがモテ男のテクニックなの?それともクレちゃんに会いたすぎて我慢できなかったの?
よくわからないけれど、やるわね叔父様!
私はニヤニヤしてクレちゃんの顔を見上げてしまう。
「……マリー様、お顔が緩んでいるわ」
あぁ、クレちゃんかわいい。ちょっと照れてる。どうしよう、私の女神が叔父様に取られてしまうわ。ふふふ……。
私はそのままニヤニヤしながら、学園にある貴賓室に向かった。
貴賓室に到着すると、そこにはお久しぶりの叔父様が相変わらずの麗しさでニコニコ笑って迎えてくれた。
私は平静を装って優雅に挨拶をしてみたけれど、心の中は嵐だった。
うわぁぁぁぁぁ!!!やばい!叔父様とサレオスがいるこの部屋やばい!光り輝きすぎていて息ができないわっ!
くっ……なんて美しい親戚なの!?顔面偏差値が狂ってる!本当にどうかしてるわ王族の遺伝子って。
サレオスをちらっと見ると、私の視線に気づいて微笑み返してくれた。その破壊力に「うっ!」と声が出そうになるが、お腹に力をいれて何とか堪えた。……一体いつになったら慣れるんだろう。
「あぁ、クレアーナ。今日もかわいらしいね。私の愛しいお姫様」
おふっ……叔父様、甘すぎます。イケメンが砂糖を撒き散らすなんて!
クレちゃんは「ふふふふ、お上手ですね」と余裕を見せているけれど、やや声が上ずっている。うちの女神がめずらしく動揺しているわ!
二人の様子が微笑ましくて、私はついクスッと笑ってしまう。
「叔父様は本当にクレちゃんがお好きなんですね~」
「おや?私たちが計算尽くの政略結婚をするとでも?こんなに愛らしいクレアーナが相手では、計算なんてしようがないな」
おふっ……叔父様が甘々の瞳でクレちゃんの髪を指で#掬__すく__#う。クレちゃんが何とも言えない表情をしているのが気になるけれど、仲良きことは素晴らしいわ。
「確かに最初は、クレアーナの知性や賢明なところに惹かれたんだが……理性で己を縛っているところがいじらしくてね。もう私なしでは生きていけないくらい、甘やかしてしまいたくなるんだよ」
「まぁぁぁ!わかっていらっしゃるわ叔父様!」
「あの、もうそのあたりでテーザ様。マリー様もなぜ乗っかっているの・・?」
なぜってクレちゃん依存症でさらに信者だからよ?
うふふふ、と笑いながらサレオスを見ると、ありえないくらい苦い表情をしていてびっくりした。
「ついに叔父上まで……!」
サレオスが口の中で感情をかみ殺すように呟く。どうしたんだろう、そんなに叔父様がイチャイチャしているところを見たくないものだろうか?
あまりに苦悶の表情を浮かべているのが心配で、じっと見つめてしまう。
「さぁ、サレオス。マリーちゃんとふたりで出かけておいで。私はクレアーナとの時間を楽しませてもらうよ」
うん、これは直訳すると「早くどっかいけ」ですね!わかりましたっ!
サレオスは叔父様に対して白けきった視線を向けたが、小さく息を吐き出すとすぐに立ち上がった。
そして私のそばに寄ると、さりげなく背中に手を添えて「行こうか」と言ってくれた。
またもや無自覚イケメン攻めに襲われた私は、あやうく「どこへでも、一生ついていきます」と答えかけた。
……私、今日耐えられるかしら?
信頼と実績のマリーちゃん、最大のピンチかもしれないわ。
私たちは貴賓室を出て、いったん教室に向かうことにした。
アイちゃんがいわゆるサークル活動というもので小説を販売しているのだ。そこで私は、アイーダ先生の新作を購入しようと思っている。
「よかった!学園祭に来られて!」
サレオスと居られることが嬉しくて、私はいつも以上にへらへらしながら歩く。でもそんな私に、サレオスは「そんなにアイーダ嬢の新作が欲しかったのか」と笑った。
ほんとこの人、何にもわかってない。クレちゃんに私の気持ちは丸わかりだと言われたときにはゾッとしたけれど、本人がまったく気づいてないんだから問題なかった。
でもあまりに気づかれないのも切ないような……。
いやいやいや、でも万が一気づかれて、ものすごく申し訳なさそうな顔で謝られたらどうするの!?
『俺はそんなつもりじゃ……ごめん、マリー。』
いやぁぁぁぁ!妄想で心が裂けるっ!だめ!このままでいましょう!気づかれたくなんてない!
自分の妄想に痛めつけられていた私を、サレオスは柔らかな表情で見下ろす。
「ソレ、髪につけるんだな」
私の髪に添えられた青いバラに指で触れ、不思議そうな顔をした。
え、何だと思っていたの?
もしかして何も知らないの……?
まさか、私が部屋に置く飾りを欲しがっていたとでも思ったの?
私は驚いて目を見開いた。ここまで何も知らないというか興味がないとは思わなかったわ……。いや、知らないからこそ気軽に青いバラをくれたのかしら!?
欲しかったものはもらえたわけだけれど、すごく複雑な気持ちだわ……。でもサレオスは相変わらずの無自覚イケメン攻めを繰り出してくる。
「よく似合ってる」
ひゃぁぁぁぁぁぁ!!やめてっ!嬉しいけれどキュン死にするー!
胸の前で右手を握りしめ、悶え苦しむ私の気持ちなどサレオスは知らない。ちょん、と指で花に触れてはいつになく柔らかい表情をしていた。
「ひぅっ!?」
今!なんで今、ついでみたいに頬を指で撫でたの!?どうなっているのトゥランの王族は!血筋なの?無自覚イケメン攻めは血筋なの!?
はうっ……!!!
顔が熱い。何とか熱を取ろうと、手の甲を顔にあてて少しでもひんやりさせようとしたがまったく無意味だった。どうしよう。私は今日、本格的に悶え死ぬかもしれない。
「……ほら見て、やっぱりそうよ」
廊下を歩いていると、すれ違う生徒の視線がちらちらと私に向けられているのがわかる。そして女子たちがこそこそと何やら言っている。
私は平静を装いつつも、実はものすごくびびっていた。やっぱりそうよって聞こえた。やっぱり何!?「やっぱりあいつサレオス様を脅したな」ってこと!?バレてるの?バレてるのかしら!?
くっ……!でも「違います」とも言えない。だって本当のことだもの!
隣で笑うサレオスに悶え、ちらちらと寄せられる非難の視線にびびり、私はとっても忙しい。学園祭ってこんなにメンタルをやられるイベントだったかしら?これはアイちゃんに相談しなくては……。
アイちゃんのサークルがある教室まで、私の挙動不審は続いた。




