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恋と結婚

生徒会室を後にした私は、教室に戻る途中に通りかかった渡り廊下でジュールを発見した。


あ。そういえばアイちゃんを避けている疑惑がかかっているんだったこの人。外をぼんやりと眺めているジュールの背後に近づき、私は声をかけた。


「やほー」


「おぉ~テル嬢か。聞いたぞ、フレデリック様の花の件」


「ああ、それ?ジュールも抽選会に参加する?」


「するかよ」


「でしょうね」


「でも何人かは参加するって言ってたな、Eクラスの男ども」


「男子にも人気なんだフレデリック様」


「そうだな。テル嬢の票はまったく獲得できねぇのにな」


今もし、好感度が見えるメーターがあれば確実にゼロだ。どうやったらあの人を好きになれるのか教えて欲しい。



そんなたわいもない話をしながらも、私はアイちゃんのことをいつ切り出そうか悩んでいた。だって、どんな風に遠回しに聞けばいいのかわからない。いっそ、直球で聞くか!?いやいや、そんなことシーナじゃないとできない!


私たちの間にはムダな沈黙が流れていく。



「そういや、アイーダどうしてる?昨日は早退したって聞いたが」


なんと!タイムリーなことにそっちからアイちゃんの話を振ってくれるのね!?私はびっくりして、渡り廊下の柵をおもいきり握りしめた。


「うん、今日は大事を取って休んでいるけれど、顔色は良かったよ」


「そうか」


「うん」


あ、しまった。会話が終わった。どうしよう、まさかジュール相手に言葉を選んで会話する日が来るとは思わなかった。再びの沈黙に、私は気まずくて頭を抱える。



「……なぁ、テル嬢。もしも、サレオスがさ」


「なに?」


「もしもサレオスが身分差のある相手だったらどうする?テル嬢は侯爵令嬢で、例えばあっちは男爵とか平民だったら」


サレオスが平民?考えたこともなかったけれど……どうだろうか。私はちょっと真剣に考えてみた。そして。


「料理と掃除をがんばるわ!あと洗濯も」


うん、結局はここに行きつく。大丈夫よね、幸いにも前世では庶民だったし、やってやれないことはないと思う。



『マリー、ただいま』


『おかえりなさい。今日はシチューを作ったのよ』


『ありがとう。毎日マリーに会えるだけで幸せだよ』


うぐっ……!!!キュン死にする!!!新婚生活、最高ね!


妄想の世界に思いを馳せる。



「サレオスなら魔法いっぱい使えるから、水は出してくれるだろうし井戸から運ばなくていいものね。私だって回復魔法で稼げるかもしれないし。それに家が小さかったらいつでもそばに居られていいわ!」


「……そっちで来たか」


「え、そっちって、他にどっちがあるの?」


「いや、聞いた相手が悪かった」


なにそれ。こっちは新婚生活までかなり具体的に想像したのよ。ちょっと妄想の国に行きかけたじゃないの!引き返すの大変なんだからね。


そもそも私の場合は身分以前の問題だわ。いくら私がお嫁さんになりたいって言ったところで、サレオスがうんって言ってくれなきゃなれないんだから。


「……仕方ないじゃない」


「んん?」


「爵位より何よりも、私にとったらサレオスの気持ちの方がよほど手に入らないものなの。こればっかりはどうにもならないの」


「……そうか」


「そうよ!だからもしもサレオスの身分が低かったら、私が全力でその世界で生きるしかないわ!だって好きなんだもの」



なにこのジュールクイズ。地味に現実を突きつけられて複雑な気持ちになった。身分も環境も何もかもばっちりだって、手に入らないものはある……でもそれが自分の恋だとは思いたくない!


「はっ!?でもサレオスみたいな美男子が平民になったとして、社交界で彼の姿を見られないのは経済損失につながるんじゃ……。

イケメンがいないと奥様や令嬢たちの消費が鈍るわね。これは大きな問題だわ。でもこの損失を補うにはイケメン3人分くらいの欠員補助がいるわけで、なかなかハードルが高いわ。


しかも消費が鈍るという一次損失だけじゃなくて、機嫌が悪くなった婦女子との暮らしに密接に関わる男性陣のストレスが二次損失に繋がって」


「テル嬢、むずかしい。話がどっか飛んで行っている。簡単に言ってくれ」


「好き。お嫁さんになりたい。絶対離れたくない」


「欲望が直球だな!」


簡単に言えっていうからまとめたのに……。



ジュールは苦笑いのまま、私のことを放置して教室の方へ歩いて行ってしまった。


こらこら、質問をするだけしてそのまま放置って……。私の扱いが軽いわ!あ、しかも結局アイちゃんのこと、聞けなかった。


仕方がないので私もまっすぐ教室に戻ることに。


途中、教室の近くでいつぞやのメガネくんに「こんにちは」と挨拶をされたので、「ごきげんよう」と令嬢モードで返しておいた。そういえば名前を知らないままだわ。ま、いっか。


◆◆◆


「ジュールがねぇ……」


私の話を聞いたクレちゃんは、ソファーのひじ掛けに腕を置いて優雅に座っている。今は音楽の授業で、ただただ名曲を聞き流すという楽な授業なのだ。


「やっぱり、アイちゃんとの将来を考えているってことね!」


シーナがクレちゃんの隣で、突然のハイテンションで悶えていた。


「どういうこと?」


「ジュールの家は伯爵家だけれど、家と爵位はお兄様が継ぐでしょう?そうなると、ジュールは騎士団に入ったとしても、騎士爵を得られるまでは無爵位になるもの」


あぁ、そういうことか。伯爵令嬢のアイちゃんをお嫁さんにできるような身分じゃないってことか。え、じゃあジュールはアイちゃんと結婚を考えてはいるってこと!?



「昔はね、ジュールを私の婿養子にっていう話もあったのよ」


「「ええ!?」」


クレちゃんの突然のぶっこみに、私とシーナはつい大きめの声を上げてしまった。だめだめ、授業中だから!私とシーナは首をすくめ、互いに口を閉じる。


「こどもの頃の話よ。ただ、うちとしては領地経営ができる婿じゃないとっていうことでその話は自然に消えたの。ほら、ジュールは脳筋だから」


「そうなんだ……」


「アイちゃんの気持ちはどうなんだろうね?たとえ貴族じゃなくなってもいいって思っているのかしら?」


「さぁね……でもアイちゃんの気持ちよりも、やっぱり家の方針がものをいうわよ?結婚となると」


「そうだよね。テルフォード家でも、お父様が『できれば伯爵家以上に』っていうくらいだもの。お母様は『上位ランクの冒険者や武器商人でもオッケーよ!』って言ってたけれど……」


「マリーの家は何でもいいんじゃない?マリーが『どうしても好きなの!』ってごり押ししたら許してくれそうじゃない」



そんなものだろうか。自分でもそんな気がするけれど……。


「シーナの家は?」


「うち?うちは男爵家で、ぎりぎり貴族っていう感じだからな~。貧乏貴族よりはお金持ちの平民の家にしなさいって言われてきたわよ」


おお、なかなかリアルな教育方針だ。


確かアイちゃんの家は、お母様の実家は貿易商をやっていて貴族じゃなかったはず。それにアイちゃんは四女だし……。でも、娘を少しでも良い家柄にって思うのは当たり前だしなぁ。


「でも男の人は、奥さんに苦労させるの嫌がるものね~。奥さんがキャバ嬢で自分より稼ぎがあると、いつのまにか溝が深まっていくっていう夫婦もあったしな~。恋愛で盛り上がって結婚しても、生活やお金が絡んでくるとうまくいかないこともあるのよね~」


シーナが妙に納得している。うん、いったんこっちの世界に戻ってこようか。


「こればかりはアイちゃんに聞いてみないとね。まぁ、なんにせよ、ジュールがどうするのかに懸かっているような気もするわ」


クレちゃんの言葉に、私とシーナはうんうんと激しく同意した。


「あ、そういえば、学園祭で青いバラをどうするのか聞いていないわ。ジュールは誰にもあげないつもりかしら」


「そうかもしれないわね~。私たちとしては、アイちゃんにあげて欲しいけれど……」


「あれは単細胞のバカだから、頭を使っておかしな方向に行く前に気持ちだけで突き進むのがいいと思うけれど」


「クレちゃん、相変わらずジュールに厳しいね」


「ええ。別に昨日『おまえ、なんか横に広がってない?』とか言われたことに腹を立てているわけじゃないわ」


おい、お年頃の女子に何言ってんだ!サレオスの叔父様を見習え!息をするように甘い言葉を囁け。


私たちはジュールの批判もそこそこに、放課後はアイちゃんの部屋に向かうことにした。



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