かくかくしかじかで
翌日のお昼休み、私は生徒会室にいた。目の前には生徒会長と副会長がいる。
「かくかくしかじかで、何とかお手伝いしていただけませんか?」
「いや、マリー嬢。まったくわからないんだけれど」
チッ……やはり『かくかくじかじか』では一切伝わらなかったようだ。私は諦めて、昨日発案した『王子様の青いバラは誰のもの?大抽選会!』のことをざっくりと説明した。
説明の途中から、ふたりの顔が「何この子、かわいそう」という目をしていた。口は半開きだ。だめだよ、生徒会長イケメンがそんな顔しちゃ!
「そういうわけで、生徒会のメンバーの方にこちらの『応募用紙』を配ってもらいたいのです」
私は昨日、シーナやクレちゃんと寮の部屋で作り上げた応募用紙をバサッと束で机に置いた。これにはクラスと名前を書くようになっている。
この紙を受け取った令嬢たちは、必要事項を記入して、女子寮や正面玄関に設置してある箱に投函するだけ。学園祭当日、私はみんなの前でこの箱から1枚の紙を取り出せばいい。
私が応募用紙の束を生徒会長に手渡すと、少しだけ手が触れた。
「っ!?」
「あ、すみません」
あれ、生徒会長の顔が真っ赤だ。目が泳いでいる。……なんだろう、私何かの病原菌でも持っているのかしら!?
「ええっと、ルールはわかったけれど……テルちゃんは参加しなくていいの?」
いつの間にか私のことをテルちゃんと呼ぶ副会長が、おそるおそる尋ねてきた。いいもなにも、私にフレデリック様の青いバラを欲しがる理由はない。
「はい。私は参加しません」
会長と副会長が、顔を見合わせた。そんなに不思議かな?フレデリック様の青いバラを欲しくないって人もいると思うんだけれど。
「それはその、自分は婚約者だからわざわざもらう必要がないっていうことではないよね?単純にいらないっていう解釈で合ってる?」
「そうです。そもそも大前提でみんな勘違いしているんですが、私はフレデリック様と結婚したいなんて微塵も思っていません。さっさと運命の人を見つけて、その人と結婚してほしいと心の底から願っています!」
きっぱり言い切った私に、ふたりはちょっと引いている。
「はっきり言うんだな……」
でもこれくらいはっきり言わないと、また勝手に憶測が飛んで面倒ごとになりかねないと私は思うんだれど。
「うう~ん……、そうか。生徒会は全面的に協力するよ。なんなら当日、抽選する際に応募用紙を選ぶ役も引き受けよう。その方がテルちゃんに変な疑惑がかからなくていいだろうし」
「本当ですか!?」
私には副会長が神様に見えた。そうなの、私もちょっとそれを心配していたの!誰の応募用紙が選ばれようと、外れた人の怒りの矛先は私に向くんじゃないかって。
サレオスなんて「もういっそ人数分の花を作って、フレデリックが全員に手渡しで配ったらどうか」とまで言っていたもの。
「何ていうか、君には悪いことをしたと思っている。だから全面的に協力させてほしい」
今まで黙っていた生徒会長が、突然謎の謝罪を口にした。
「悪いことって?何もされていませんが?」
「実は……」
「いや、俺が謝るよ」
生徒会長が言葉に詰まると、副会長が割って入った。
「こいつ、女子全般がダメなんだ。話はまだできるが、指一本触れられない。この顔……わかるだろ?」
副会長が隣を指差して苦笑いする。たしかに生徒会長の顔は真っ赤だけれど……
「赤面症ですか?」
「少し違うかな。どうにも女子に触れられるとこうなるんだ。他は異常ない」
「俺たちの間では女性恐怖症だって言われてる」
ううーん。これは大変だな。今後結婚とかできるんだろうか?
え、でもなんでそれが私への謝罪につながるの?
「こいつがテルちゃんを連れてきて、俺たちは本当に驚いたんだ。この子ならもしかして、アルの症状を治せるんじゃないかって思ってそれで……利用しようとした。アリソンはそれで文句言ってたんだよ」
「あのとき廊下でぶつかったのは本当に偶然なんだ。でも、まさかこいつらが僕のために君を……。すまなかった」
「え?でも実際にメガネを割ったのは私なんですよ?その分働いただけで、何かされたなんて思ってません」
私が首を傾げていると、副会長が苦笑いで間に割って入った。
「こいつ、目ぇいいんだよ。別にメガネなんてあってもなくてもどっちでも関係ない。ただ仕事を手伝ってくれるっていうんでその話に乗ったんだ。俺はテルちゃんにここにいて欲しくてそれを黙ってた」
本当にすまない、と副会長にまで謝られてしまった。どうしよう、私としては実害ゼロなんですが……
え、どうして謝って欲しいフレデリック様からの謝罪はなしで、気まずくなりたくない生徒会の人からは謝罪をもらうんだろう。なんだか納得できないわ。
「えええっと、とりあえずわかりました。気にしないでください」
ふたりはようやく頭を上げてくれて、少し笑ってくれた。
「私としてはこの抽選会に協力していただけるなら全然何も気にしません!よろしくお願いしますね!」
これ以上この話を続けても気まずいと思った私は、急激に話をまとめに入った。そもそもフレデリック様が諸悪の根源なんだから。本当にどうしてくれようあのポンコツめ……
「あぁ。ところでこないだここに迎えに来ていた彼は、サレオス殿下だよね?」
生徒会長が突然サレオスの話を振ってきた。
なんだろう、彼のかっこいいところなら5時間は語れるけれど……
「はい。そうです」
「サレオス殿下とは、そういう仲なの?恋人同士というか」
ぐはっ……!まさかその角度から来るとは思わなかった……。妄想ではすでお嫁さんだけれど、現状はお友達としか言いようがない。
私は心の底から残念な気持ちを堪えつつ、「お友達です」とだけ答えた。いつか絶対、恋人ですって言いたいわ!
「あははは……そうか。そうなんだ。うん、がんばってね。陰ながら応援するよ」
副会長は腕組みしながら、うんうんと頷いている。がんばってねってまさかこの数秒で私の恋心がバレたの……!?なんで?
ぎくっとした私は目をぱちくりさせていたが、ふたりはただただ苦笑いを浮かべるだけだった。




