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慣れないことはやめておくべき

シーナと2人で寮から学園の中庭へと向かっていると、正面玄関の前に不穏な空気を醸し出している2年のお姉様が3人いた。


私はあまりにじっと見つめられたので「ごきげんよう」と挨拶をしてみると、その視線はさらに鋭くなった。


え、なんだろう。私、なにかやっちゃったのかな……。


「あなたがマリーウェルザ・テルフォードさん、よね?」


「はい、そうです……」


今にもシーナが文句を言いそうだったので、とりあえず私は一歩前に出て彼女を隠す。152cmが165cmのモデル体型を隠せるはずもないが、気分的には隠しているつもりだった。


「ちょっと一緒に来てくださらない?大切なお話があるの」


うわ~、これはお呼び出しというものですね!初めてです!何されるんだろう、罵倒されるだけなら耐えればいいけれど、ビンタとか葉巻の火を押し付けられたらイヤだな……。あ、令嬢が葉巻はさすがにないか。


私は仕方なくついていくことにする。


「マリー、行かなくていいよ」


シーナはそういってお姉様たちを睨んでいたけれど、行かなきゃどうにもならなさそう。放課後にまた来られて、サレオスに「こいつめっちゃ喧嘩してんな」とか思われたくない。私の中の見栄っ張りさんが発動していた。


「大丈夫。すぐに戻るから……中庭でジュールを捕まえていて?」


シーナは頷きこそしなかったけれど、そのままその場を離れてくれた。私はお姉様たちと一緒に、いじめの定番スポットである体育館裏へと誘導されていく。


途中、見たことある令嬢や見たことない令嬢たちがわらわらと出てきて、総勢20名ほどが私たちの後ろをついてくる大所帯になっていた。


ちょっと!これ何の行列!?ただの集団移動じゃないの!なんでこんなことになったの?目立つよ!いいの!?


私は無言で、お姉様たちに連れられて(というか私が先頭のうちの一角なのも謎)体育館裏へとやってきた。




「え!?」



到着した私が見たものは、生徒がまばらにいる意外な光景だった。しかし私よりもびっくりしたのは、体育館裏にいた先客だろう……。


イチャイチャしていたカップル、こっそりエロ本を読んでいた男子生徒のグループ、こっそり密会していた男子カップルなどなど、等間隔で互いをいないものとしていたところにまさかの女子集団が乱入したのだ。これはマズイ。秩序が乱れてしまった!



お姉様たちもちょっと予想外だったのか、目が泳いでいる。



あぁ……さてはお姉様たち、いじめとか慣れていないのね!?そうなのね!?


呼び出そうと思ったものの、「どこにする?」「体育館裏でいいんじゃない?」みたいな感じで下調べもせずに決めたわね!ダメよ!ちゃんと見つからないように計画しなきゃ……。慣れないことはするもんじゃないっていうけれど、本当だわ。


「もうここでいいかしら」


リーダーらしきお姉様が、開き直って立ち位置を決めた。


が、私はまたしても気づいてしまった。


なぜ私が壁側じゃないの!?


こういうのって、私を壁際に追い詰めて逃げられないようにするのがセオリーでしょうよ!なんでお姉様たちが壁際で、私が逃げ放題の林側になってるのよ!ほんっとうに慣れないことしているのね!?


私だっていじめに詳しいわけじゃないけれど、これはさすがにダメだわ。計画性がまったくなくて、プランがずるずるだわ……。


ゲームのヒロイン相手なら、ちゃんといじめのプロフェッショナルな悪役令嬢が試行錯誤で技を繰り出してくれるはず。私に対する扱いの雑さを、世界観規模で感じるわ。



あまりのツッコミどころの多さについつい苦い顔になってしまうけれど、どうやらお姉様たちはそれを「この子、怯えているわ」と解釈したらしい。勝ち誇ったように「うふふ」と笑っている。


どうしようもないな。プロ呼んでこいプロを!悪役令嬢はどこでサボっているのまったく!


「ええっと、なんのご用でしょうか?」


もう用件を聞いてしまえと私は切り込んだ。するとリーダーのお姉様がいやみったらしい笑みを浮かべて、ゆっくりと話し始める。


「わかっているでしょう?」


「いえ、まったくわからないから聞いています」


「まぁ、頭の悪い子ね」


「これでも成績は一番なんですが……」


「うふふ、こんな子ならわざわざ呼び出さなくても、フレデリック様がすぐに愛想をつかすんじゃなくて?」


おおっ……フレデリック様がらみか。やっぱりというか、そうだよね。それしかないよね。


「先に言っておきますが、私はフレデリック様の婚約者候補でも何でもありませんよ?」


「あらやだ、そんな嘘が通じると思っているの?」


リーダーのお姉様は赤みがかった綺麗なストレートロングの髪を、バサッとかき上げて見せた。何で今ここでそのアクションをしたんだろう……。


誰向けのアピール?展開的に必要だったかしら、と私は疑問に思った。


「学園祭の青いバラ……ご存知よね?」


「はい」


「あなたからフレデリック様に、青いバラはいらないと言いなさい」


「フレデリック様に?」


んん?なんで私がそんなことを言わないといけないんだろう。くれると言われていないものを辞退するって、ものすごく自意識過剰じゃないかしら?



フレデリック様だって、自分が青いバラを誰かに渡すってことがどれくらい影響力があるかわかっているはず。だからてっきり、誰にも渡さないものだと思っていたのけれど……みんな私がもらうと勘違いしているのかしら?


「ええっと、フレデリック様は誰にもあげないと思いますよ?もちろん私にも」


だって、いらないし。これ一番大事な部分よ?


これ以上、何を

どう言えっていうのかしら……。正解がわからない。


「白々しい!」


「そうよ!」


「聞いたんだから!」


令嬢たちが口々に反論する。え、待って、ひとりずつ言って!ざっくり数えても20人いるんだから聞き取れないよ!


「フレデリック様にさっき聞いたのよ!青いバラは誰かにあげるのかって。そしたら……」


「そしたら?」


「青いバラをもらう権利はたったひとりにあるって!」


うおぉい!


なんて抽象的な言い方をしたんだフレデリック様よ……。そんなこと言ったら憶測が憶測を呼ぶに決まってるじゃないの。


そりゃバラは1個なんだから、もらう権利があるのは1人でしょうね……。何を考えてそんなこと言ったの!?もういっそ、ヴァンにでもあげちゃえばいいのに!喜ばれないでしょうけれどね!?



「それが私なわけないじゃないですか!」


私は寝耳に水すぎる『フレデリック様の花はマリーのもの疑惑』を全力で否定する。しかし令嬢たちは誰ひとりとして信じてくれない。


そもそも私が何を言おうと聞く気がないのだから仕方ないんだけれど……。


「嘘おっしゃい!」


「嘘じゃありません!私は何も知りません!」


「婚約者候補だからって、青いバラをもらうなんて図々しい!」


「もらいません!そもそも婚約者候補じゃないんです!」


「まぁぁぁぁ!なんて反抗的なの!?その姿をフレデリック様に見てもらえばいいのよ!」


令嬢たちはヒステリーに声を上げる。この姿を見られたくらいでフレデリック様とお友達関係が解消されるなら、ぜひお城でこのいじめもどきをやってもらいたいものだわ。ウキウキでお呼び出しに応じるわよ!



もう勝手に走って帰ろうかな、そう思い始めた私だった。



ところが、そんな私の目の前に、まさかのまさかで頭上から何か大きなものがドサッと降ってきたのだ。




「こんなところでマリーに何をしているのかな?」


え。


ええ。


えええ!?


なんで上から降ってきたの!?フレデリック様ぁぁぁ!

私はびっくりしてフレデリック様の背中をガン見した。令嬢たちもびっくりしすぎて、目も口もとにかく全開になっている。


そりゃ驚くよ!どういうことかまったくわからないけれど、とにかく王子様が颯爽と上から降ってきたんだもの。


まさか校舎の窓から飛び降りた!?王子なのに!?


唖然とする私たちに構わず、フレデリック様は悠然と立っている。


「マリー、もう安心だよ。私のためにがんばってくれてありがとう」


私の方を振り返り、爽やかに微笑む完全無敵のフレデリック様が怖い。私のためにって……いやいやいや、違うでしょ。そこはありがとうじゃなくて「ごめんなさい」でしょう!?言葉の選び方が間違っていますよ!


美しい笑みを浮かべる王子様に対し、私はしらけ切った半眼で無の境地だ。


これだけ巻き込んでおいて、微塵も責任を感じていない笑顔に引く。なんなの、この人。本当に怖い。



「フレデリック様!私たちは……その」


「こんなにたくさんでマリーを取り囲んでおいて言い訳でもするつもり?クラリッサ嬢」


あ、フレデリック様はリーダー格のお姉様と知り合いだったんだ。クラリッサ様とやらも婚約者候補なのかしら?口元に手を当てて、ガクガクと震えている。さっきまでの偉そうな態度とは180度違うなと感心してしまう。



「違うのですっ!私たちはただ、マリー様とお話がしたくて!」


「へぇ……どんな?」


「その、フレデリック様が青いバラをお渡しになるのはマリー様かと……それが知りたくて」


そこも正直に言っちゃうんだ!?言い訳すら考えていなかったのね!やっぱりいじめ初心者だったのねクラリッサ様!



「マリー、何か脅されたりひどいことされたりしていないかい?」


フレデリック様がクラリッサ様たちを無視するように、私の肩に手を置いた。なんだかぞわっとしたのでその手をそっと払い、私は一歩下がる。


うん、ひどいことをされていますよ?あなた様に。まぁ、そんなこと言えないけれど!



「大丈夫です。何もされていません。みなさんとお話をしていただけですよ!」


「まさかそんな。いいんだよ。かばわなくて……」


「本当ですよ?だって……こんなに人目があるところで、何かあるわけないじゃありませんか!」



「「「「「あ……」」」」」



私はつい、言ってはいけないことを口走ってしまった。お姉様たちが恥ずかしそうに俯いてしまう。うわっ……デリカシーがなかったかも私。フレデリック様の空気読めないのが感染しちゃったじゃない!



フレデリック様は私の言葉を信じたのか信じていないのかはわからないけれど、にっこり笑ってまた一歩こちらに近づいてくる。


やだ、近づかないで。パーソナルスペースという概念を持ってフレデリック様!親しくない人にそんなに近づいちゃダメ!


「マリー。すでに王太子妃のように矢面に立ってくれているなんて……」


はぁ!?何言ってんのこの人。令嬢に囲まれて嫌味を言われるのが王太子妃の務めなわけないでしょう!?


「私がこれまではっきりとしたことを言わずに、マリーをそばに置いてきたからいけないんだ」


ん?うん、それは合ってる。ちゃんとただの友達だって言ってくれないから、こんな事態になっているものね。


私は期待のまなざしでフレデリック様を見上げた。今がチャンスですよ!




「私は今、はっきりと宣言しよう!」


「はい!お願いします!」


フレデリック様はとても美しい笑みを浮かべていた。


「学園祭の青いバラ……私のものはマリーのものだ!」


ちがーーーーーーーう!!!


「「「いやぁぁぁぁぁ!!!」」」


令嬢たちの悲鳴がこだまし、私の耳と脳に突き刺さった。ショックで倒れそうな私に、非難の視線が容赦なく寄せられる。


彼女たちの大騒ぎに、関係のない人たちもびっくりして瞠目していた。それなのに、怒りでわなわなと震える私を前にして、フレデリック様は満面の笑みで私の右手をとった。


「マリー。私の曖昧な態度が、君につらい思いをさせてしまった。だからもう、みんなに言わせてもらうよ?君には私のバラをもらう権利がある」


「……」


「君は私の唯一無二の存在だからね。もう我慢しなくていいんだ、これからは私がマリーを守るよ。王子としてじゃなく、ひとりの男として君を守りたいんだ」


「……」


甘い声でそんな戯言を囁かれても、もはや恐怖でしかない。まったく守る気ないじゃないの。何なの?バカなの?ポンコツなの!?


どこまで私を保険として盾にするつもり?「私たちは友達だよね」がこんなに信用ならないなんて知らなかったわ!


唯一無二のお友達だったら、もう少し私の事情も汲んでほしいわ!一方的に都合のいい友達にされた私は今にも泣きそうだ。


そっと握られた手が堪らなく腹立たしい……。このポンコツめぇぇぇ!



「マリー?どうしたの」



フレデリック様の声に、私は意を決して顔を上げた。絶対に復讐してやる……!闇落ちって、きっとこういうときにするんだろう。私の決意は固かった。


「あぁマリー、泣くほど喜んでくれるのかい?」


涙目で震える私を見て、どうして喜んでいると思えるの!?フレデリック様!!


私は彼の蒼い瞳を見つめ、低い声で問いかけた。


「……フレデリック様。私にはバラをもらう権利があるのですね?」


「あぁ、そうだよ。私のものはマリーのものだ」


私はフレデリック様の美しい顔を見つめ、きゅっと握られていた手をおもいきり振り払った。それも、ブンッと音がするほどに。



「マリー!?」


「その権利、いただきます!そして譲渡します!」


「ええ!?」



私は息を思いきり吸い込み、20人いる令嬢のみなさんにはっきりと聞こえる声で宣言した。


「みなさん!ご安心ください!フレデリック様の青いバラは、大抽選会で当選者を決定させていただきます!」


やけっぱちな私は、喉がちぎれるほどの大声で叫ぶ。


「フレデリック様のお友達(……)である私が!責任をもって公平・平等に抽選をさせていただきます!もちろん私は参加しません!」


目の前には唖然とするフレデリック様、そして「きゃあ!」と歓喜に湧く令嬢たちがそれぞれの反応を見せていた。


「私にもチャンスがあるってこと!?」


「うそっ!マリー様、やっぱりお友達だったの!?」


口々に話し始めた令嬢たちに向かって、私はさらに大声で叫んだ。


「明日!参加方法などを発表します!ですから皆さん、安心してくださいませ!」


言うだけ言うと、私はその場をダッシュで逃げ出した。囲まれるフレデリック様なんて放置である。令嬢にもみくちゃにされて、ポンコツ具合が少しでも治ればいいのよ!


少し走った先に、シーナがいた。お腹を抱えて笑っている。そして……その隣にはサレオスがいた。


「マリー」


やばい。一番見られたくない人に見られてしまった。あんなに大声で、やけっぱちに叫んでいるところを見られてしまった。ショックすぎて吐きそう。


私はふたりの横を走って通り過ぎようとする……が、あっさりとサレオスに腕を取られて捕まってしまった。


うん、身体能力が違いすぎるわ。私にこの人は撒けない。


『マリー、大丈夫だ。嫌いになんてならないよ。』


『あぁっ!サレオス、好き!』


彼は逃げようとした私を後ろから抱きしめて優しく囁いてくれる……なんてことはやっぱり起きなかった。


うん、わかってる。また煩悩が飛び出しただけなの。


え!?何この捕まり方!?後ろから鎖骨あたりに腕がまわされて、ぐぐっと抑え込まれている!


ある意味では後ろからのハグだけれど、キュンがゼロだわ!?コレ絶対ダメなやつよ!!!


首っ!首が締まる!サレオス、これ犯人にやるやつだから!女子にやるやつじゃないから!


彼の腕をバンバン叩き、助けを乞う私。まさか好きな人に締め技をかけられると思わなかった……。


「あ、すまない。逃げそうだったから思わず……」


思わず締めるって何!?酸欠で脱力した私は、サレオスに腕を取られて支えられている。もうこうなったら、ドサクサに紛れて抱きついてやる!



「あはははは!マリー、手伝うわよ!準備がいるでしょう?」


シーナは涙を流して喜んでいる。サレオスにしがみついたままの私は、素直に「お願いします」とふたりに向かって協力を要請した。


「さ!今からすぐに抽選会の準備をするわよ!」


元気だなシーナ。私はもう倒れそうよ。


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