アイちゃんの悩み
午後になり、自習という名の自由行動タイムが予想外に訪れた。「ついていこうか?」という心配性なサレオスを置いて、私はシーナと一緒に寮のアイちゃんの部屋に向かった。
弱っているところに美形が現れたら、アイちゃんでなくても熱が上がると思う。熱を理由に抱きついてもいいなら……とかいう問題でもなさそうだし。
「でもサレオス様がいたら氷で熱を下げ放題よ?」
シーナは王子様を氷嚢製造機として使おうとしていたが、そんなことしたらアイちゃんが意識不明になり兼ねない。あの子は気弱なんだよ、シーナと違って……。
アイちゃんの部屋に着くと、メイドさんが「ちょうどお目覚めになったところです」とにっこり笑って迎えてくれた。
ベッドで上半身だけ起こして寛いでいるアイちゃんは、薄い茶色の髪を三つ編みにしていた。私たちを見るとベッドから出てこようとしたのでなんとか思いとどまるように説得した。
「お友達にお見舞いに来てもらえるなんて初めてですわ!」
アイちゃんは、興奮ぎみだった。これは熱が上がるんじゃないかと心配になる。
「もう熱はないの?顔色はいいみたいね。安心したわ!」
シーナが嬉しそうに笑った。おかげさまで、と返すアイちゃんも目を細めている。フリフリのパジャマドレスがかわいい。部屋の中を見ても、ピンク系で統一されていて女の子らしい雰囲気だった。
「ジュールにもお見舞いに来いって言おうかと思ったんだけれど、さすがに体調が悪いときは見られたくないかなって思ったのよ。連れてきた方がよかった?」
「いえいえいえ!ありがとうございます、こんな姿を見られたらショックで気絶しそうですわ!」
ぎょっと目を見開いたアイちゃんは全力で首を振った。その反応を見て、連れてこなくてよかったと心底思う。
「それに……きっと来てくださいませんわ。最近、どこかよそよそしい感じがしているんですの」
はぁ!?よそよそしいって!?あの恋愛テロ多発脳筋が!?私は耳を疑うも、アイちゃんはしょぼんとしていてどうやらかなり気にしているらしい。
「それは、例えばどんな風によそよそしいと感じるの?」
私はアイちゃんのベッドサイドで、思いきり上掛けを握りしめていた。前のめりすぎて私が寝そうな勢いだわ。
「郊外研修の後からでしょうか、ふたりで食事に行く回数も減りましたし、ふたりじゃなくて他の方も誘おうとしたり、何となく……距離を置こうとしているのではと感じるのです」
今にも泣き出しそうなアイちゃんは、両手で持って顔を覆ってしまった。まさかそんなことになっていたなんて……!あの脳筋め!筋肉つけるところ間違っているのよ!
私はジュールへの怒りで拳をぐっと握りしめる。
「うーん。あのジュールがねぇ。こりゃ聞いてみないとわかんないな~」
シーナが腕組みをしながら、何やら考えている。
「お客が来なくなるときって、単に仕事が忙しかったり色々理由はあるんだけれど、本気になりたくなくて足が遠のいていることもあるのよ~」
あ、いつのまにかキャバ嬢モードなんですね!
「本気ってことは?」
私は思わずその部分に食いついた。ジュールがアイちゃんを好きってこと!?やだ!見る目あるじゃないアホのくせに!
「まだわかんないけれど……色々悩んじゃうかもね」
シーナはなんかわかった感じでひとり頷いている。私とアイちゃんは訳がわからず、互いに目を見合わせた。
「このままでは、きっと学園祭で青いバラをもらえませんわ。それどころか他の女子生徒に渡すなんてことになったら……!ショックで倒れます」
欲しいよね~、好きな人からの青いバラ。ジュールが他の子にあげるとは思えないけれど……。私は悲しむアイちゃんの頭を撫でて、うんうんと頷いた。
「私の場合、マリー様のように好きな人からもらえるという保証はありませんから」
私はびっくりして目を見開いた。
ん???アイちゃん、なんで私はサレオスから青いバラをもらえると思っているの?え、まさか強奪すると思われている!?そんな泥棒みたいなことしないわ!多分。
「え?お約束されていないんですの?」
私の反応を見たアイちゃんが、不思議そうな顔でじっと見つめてきた。
約束!?なにそれ!?
シーナによれば、事前に青いバラをくださいと予約することができるらしい。
「え?でもそれって、あなたが好きですって告白しているようなもんじゃない!?さすがに言えないよ!」
「じゃあどうするの?」
「どうするって言われても……サレオスが他の子にあげるとも思わないし、まして強奪されるとも思わないし、とりあえずは私がもらえなくても他の子にあげなかったらそれでいいって思ってた」
だってやっぱり「ください」なんて言えない。ものすごく欲しいけれど。ハンパなく欲しいけれど。多少の寿命と引き換えにしてもいいくらいには欲しいけれど。
「意外と謙虚なのね」
「意外って」
シーナが私の顔を見て、心底意外そうな顔をした。彼女の中で私は一体どんな強欲な性格なんだろう……。一抹の不安がよぎる。
「私のことは置いておいて、とにかくジュールを捕まえなきゃ。ちらっと探ってみたいわ」
「……お願いできますか?」
アイちゃんが控えめに、泣きそうな顔でいう。そんな顔されたらもう今すぐ行ってくるよ!
「でも、でももし、私にとって傷つくような理由だったら、教えないでくれますか?きっと倒れますので」
シーナと私は、アイちゃんの手を握って何度も頷いた。不安だよね、知りたくないことが真実だったらって考えると心細いよね。
アイちゃん、ただあなたが傷つくようなことをジュールが言ったら、私は殴ると思います……。そのときはごめんなさい、とひとり心の中で謝った。
「では!いってまいります!」
私たちはアイちゃんにお土産のゼリーを渡し、ジュールたちEクラスがいるであろう中庭へと向かった。




