青いバラ
「えええ!?生徒会長ってアルベルト様に会ったの!?」
生徒会室での話を聞いたシーナが目を丸くして驚いていた。
シーナも生徒会長ファンらしい。どうやら学園内のイケメン情報はすべて頭に入っているらしく、事細かな情報がどんどん出てきた。
アルベルト生徒会長は、7公爵家のひとつでかなりお金持ちのオーエン公爵家の次男。1年生のときに首席入学したエリートで、お兄様は魔導師団第一部隊の精鋭らしい。
文官に内定しているそうで、卒業後はお城勤めになるんだそうな。婚約者はおらず、今のところ一人娘たちの間では最有力のお婿さん候補らしい!
「でも分家を立てるっていう噂もあるから、嫁ぎたい女子もたくさんいるわよ!」
「まぁあれほど優秀な方だったら、婿に出すのはもったいない気もするわね」
クレちゃんまでが分析に入っている。とにかく有望株らしく、二年生の間では生徒会長を婿にもらうか、アリソンの嫁になるかで人気を二分しているそうな。
2年生は公爵2家の子息に、1年生は王子様が2人……!?今年はまさか、近年稀に見る結婚相手争奪戦の年だったの?
それはそれは、女子が必死になるわけだわ。私たちは3人ともうんうん頷きたおした。
「あれ、でも彼はかなり接触して好感度を高めないと……さすがにないか。ということはサポートキャラ?いまは一体、誰ルートなのかしら」
シーナは何やら考え事をしている。ひとり言がすごい。
ここで本来ならお決まりの「え?なんて言ったの?」という耳遠い設定が入ってくるのがヒロイン流だが、あいにく私は推定モブなのでばっちり聞こえている。
生徒会長もゲームのキャラなんだぁ。ゲームって美形しかでてこないんだね。でも、あえて何も突っ込まないわ。あまり私には関係ないだろうし。
それに私は今、サレオスの隣でコサージュを作っている。
彼は、教室の長い椅子に寝転んでお昼寝中。さすがに裁縫は興味がないらしい。「王子様ってお昼寝するんだ……」と思いながら、そのレアな姿を私は密かにガン見しているんだもの。この貴重なシーンを目に焼き付けるのに必死になっていた。
「マリー様ったら密かに、じゃないわ」
クレちゃんが笑っている。
だって寝ているときならどれだけ見てもいいでしょう!?
はぅ……。横向き寝スタイルがなんかかわいい。仰向けで死んだように寝られても怖いけれどね?
いつでも私の膝を貸しますよ!と思っているのに、やはりそんなチャンスは来なかった。
私のすぐ横にサレオスの頭があるのに。お嫁さんにならないと膝枕として使ってもらえないみたい。
はぁ……寝顔もかっこいい。好き。お嫁さんにしてほしい。
サレオスの前から机を奪ってしまったから、彼が寝返りでも打って床に落ちないかと心配していたけれど、まったく動かない。
私が身を呈してクッションになる必要はなさそうだわ。残念。
それにしてコサージュづくりが進まない。これはもう持ち帰りね。
そんな私を見かねて、クレちゃんが「マリー様は髪留め用のクリップやUピンをつけるのに専念しましょうか」と提案してくれた。
私の作る花びらが不揃いで歪だからではないと思いたい。
ちなみにこのコサージュは、学園祭で女の子たちが髪につける飾り。青いバラは「すでに婚約者や好きな人がいます」を表していて、白いスズランは「素敵な人を探しています」という意味なのだ。
もちろん、どちらもつけないという選択肢もあるにはあるが、話を聞いたときは「なんて露骨なアピールなんだ!」と思った。
ええ、思ったわ。でもこれ、学園祭という名の集団お見合いでは習慣なんだって。
男子は青いバラを胸につけて、それを婚約者や好きな人に渡すの。学園祭の日に告白して、付き合い出すカップルがたくさんいるらしいわ!
「これって先生からもらえるの?」
シーナが素朴な疑問をポロっとこぼす。
「え、先生の分の花はないんじゃないかな。残念だけれど」
明らかにショックそうな顔をしたシーナに、クレちゃんが慰めの言葉をかけた。
「シーナさんが作った花をあげたら?先生に女の子から花をあげたらダメっていうルールはないわけだし」
おおお!大胆な作戦ねっ!でもそれって、好きですって言っているようなもんじゃないのかな?いいの?
「きゃっ、やだも~!好きってバレる!……渡すわ」
「渡すんだ!?」
私はびっくりしてクリップを落とした。
「だって!気持ちを知ってもらえなきゃ何も始まらないじゃない。他の子が花をあげちゃう可能性だってあるもの!私が好きなんだから、他にも先生のこと好きな子がいないとは限らないわ」
そういうものだろうか。
「店でもたまにあったのよ。そんなに人気がないような「え、この娘に行く?」みたいなタイプの子が意外に固定信者を持っているっていう」
「その、マニアがいるってこと?」
「そうそう!」
シーナ、自分のことマニアって認めちゃうんだ。まぁ確かにジニー先生は、みんなが好きになるようなイケメンじゃないけれど……。
「マリーも!のんびりしていたら取られちゃうわよ!」
うわぁ。シーナがビシッと指を立てて、私に忠告してきた。やめてよ!そんなフラグっぽいことするの!
私はビクッと全身を震わせて、寝ているサレオスの顔を見た。
……かっこいい。キレイ。好き。添い寝したい。
「それに、変なのがわんさか寄ってきたらめんどうよ?マリーのまわりが青い花畑になっても知らないから」
「えええ、さすがにそれはないんじゃないかなぁ。私、誰からも告白されたことないし」
うん、モブだしな。シーナこそミスコンに出るんだから、青い花畑を覚悟しないといけないんじゃないかしら?
「……そりゃあ、いつも隣に狼を連れていたらね。怖くて接触できないわよ、空気の読めない王子様以外は」
ん?なんか王子って聞こえたな。スルーだけれど。シーナのぼやきにクレちゃんがサレオスをちらりと見て、苦笑いしている。
シーナは完成した花をひとつずつケースに入れてラッピングしている。これまで黙々と花を作っていたクレちゃんは、最後のスズランを完成させて満足げに微笑んだ。
「はい!できました~!」
「「おお~!」」
本当に器用だわクレちゃん!私はすぐにクリップをつけて、シーナにラッピングしてもらった。
「はい、マリー様。では私たちはこれを保管場所に片付けてくるから、あとはサレオス様を起こして寮に帰ってね?」
「え!?一緒に行くよ!」
立ち上がろうとした私に向かって、ふたりはニヤニヤして手を振った。なんだろう、この連携。ここまでセッティングされたら、それこそサレオスに私の気持ちがバレるのでは……!?
『マリー、おまえ俺のことが好きなのか。』
あぁ、低音ボイスで核心を突かれたら、一体なんて答えればいいの?
あわあわしているうちに、ふたりは教室を出て行ってしまった。
え。サレオスを、起こすの?私が!?そんな新婚さんごっこみたいなことしてもいいんですか!?
ちらりと隣を見れば、まだ彼は眠っている。私の太もものすぐ近くに頭があるのに、なんで膝枕じゃないんだろう。こんなにウェルカムなのに。神様は恋愛ハードモードがお好きなのね?そうなのね?
それにしても、起こすっていってもどうすればいいんだろう。正しい起こし方なんて習っていないわ!!!
『あなた、朝ですよ。』
とか言ってもいいのかしら。それとも、おはようってほっぺにキスしてもいいのかしら……ってないないない!できないわよ!
自分の妄想に身悶えした私は、手のひらをパタパタと上下させ机に叩きつける。
うう~!目の前に無防備なサレオスがいるから、妄想が止まらない~!そして起こし方がわからない~!
困った私は、右手で彼のこめかみあたりの髪をほんの少しだけスルッと梳いてみる……。さらりとなめらかな黒髪が気持ちいい。
あぁ、だめだわ。気持ちよすぎてずっと撫でてしまいそう。なんでこんなに柔らかでキューティクルがつるつるなのかしら。
私の指は前髪から後頭部に移り、この柔らかな感触を勝手に楽しんでいた。そしてついには立ち上がり、椅子の正面にまわりこむ。
床に膝をつき、真正面からサレオスの寝顔と髪を堪能した。
はぁ……なんてキレイな黒髪。おもいきり顔をうずめたい。
きっと今、私の顔は緩みきっているだろう。でも無理、幸せすぎて表情筋はとろけてしまった。
サレオスは、青いバラをどうするんだろう?誰にもあげなさそう……。
「青いバラ、欲しいなー」
何となくおねだりしてみる。でも無理だろう。だって彼はモブじゃない。「え?聞こえなかった」ができる世界の人のはずだ。
今私にできるのは、この幸せを満喫すること。花なんてなくても、黒髪に触り放題なんだから十分嬉しい。
そんな煩悩のままに行動していると、突然伸びてきた腕に肩を掴まれてしまう。
一瞬のうちにぐぃっと引き寄せられ、私は彼の首元に顔面ダイブしてしまった。
「うぐっ!」
しまった、触りすぎた!?サレオス起きてた!
あわわわわわ……!
私は彼の首筋に覆いかぶさるように倒れ込み、これではサレオスを襲っているように見える。
いつから起きてたの!?
私は慌てて離れようとするも、肩と首のあたりを押さえ込まれている。力の差がありすぎてビクともしない。
「ご、ごめんなさい!すみません!」
やばい!首筋あったかい!匂いがダイレクトにするっ!!!気絶しそう!!!
「まさか寝込みを襲われるとは思わなかった」
ひぃぃぃぃ!そんなつもりはっ!少しありましたが……決して下心はないと言い切れないのが悲しいわ!
やばい……心臓が壊れる!ぎゅっと瞼を強く閉じすぎて、なんか目が痛くなってきた。このままではマズイ。本当に襲ってしまう!
ちょっと待って、この状態大丈夫なの!?今気づいたけれど、サレオスの顔も私の首筋にあるんじゃ……!
「マリーの匂いがする」
ひぇぇぇぇ!そこは気づいても言わないのが大人の対応じゃないの!?臭くない!?どうなの!?いやぁぁぁ!何も聞きたくない!
少しだけ離れてそっと目を開けると、そこには不敵な笑みを浮かべるサレオスがいた。
も、もしやこれは……!
「おまえ勝てると思って襲撃したのか?俺は全属性魔法使えっぞ」的なメッセージですか!?
うわぁぁぁぁ!戦闘モードですか!?
一気に血の気が引くのを感じた私は、とにかく逃れようとジタバタしてみた。
しかし彼はスルッと耳元に顔を寄せてきて、「ムダ」と囁くように通告する。
そして耳たぶに何か柔らかいものが触れて、チュッと高い音まで聞こえてきた。
えええ!
今の何!?
まさか……そんなことがあるわけない!私の妄想が都合よく現実を捻じ曲げて、おそらく舌打ちしたのをキスされたと変換したに違いないわ!
やばい。これはものすごくやばい。#追い人__ストーカー__#の末期症状なのかも!?全身をビクッと跳ねさせた私は、きっとひどい顔をしていると思う。
身体を離されれば、床にぺたんと座り込んでしまった。
唖然とする私を、彼は椅子に寝そべったまま上半身を少しだけ起こしてこちらをじっと見ている。
え。何なの?寝釈迦像みたいな格好なのに、男前がするとものすごくかっこいいポーズに見えてきたわ!今すぐ私も添い寝したいっ!
はっ!こういう下心と煩悩だらけなところがいけないのよ!舌打ちの可能性が8割なんだから、これ以上の煩悩を見せると恋が終わるわよ!?
理性を!理性を身につけなさい私!
私は右手で耳を押さえながら、しばらく放心状態だった。サレオスは起き上がって頭を掻いているのに、そんな怠惰な姿までかっこいい。
どうしてくれよう、この黒髪の王子様はっ!
彼は悶える私をそのままに、のんびりと衣服を整えだした。
そしてじっとこちらを見つめると、「帰るか」と一言だけ発する。
え?なんなの?一体なんだったの?切り替え上手すぎてついていけないわ。何が起こっているのかわからない私は、彼に立ち上がらせてもらう。
「床に座ると身体が冷える」
ちょっとぉぉぉ!誰のせいだと思っているの!?偶然とはいえ唇が耳に触れたでしょう!?なんでそんなに普通なの!
サレオスのあまりの言い草に、私は瞳を閉じて頭を抱えた。頭痛がし始めた気がする……。
背後から、笑いを堪えきれていない低い声が聞こえている。
わからない……叱られて舌打ちされる理由は思い浮かぶけれど、弄ばれる理由は思い浮かばないわ。
やっぱり舌打ちだわ。神様はそんなに優しくないもの。
『現実なんて無理ゲーよ、お姉ちゃん』
記憶のはるか底の方から、前世の妹の声がした。
とにかく帰ったらエリーに頭痛の薬をもらおうと思い、私はおとなしく寮に帰っていった。




