生徒会長
今年の学園祭は、創立50周年記念パーティーも同時開催される。
学園祭は夕方までで、パーティーは夜。みんなとても楽しみにしていて、なにより女子の意気込みがものすごい。
なぜなら、学園祭のミスコンで優勝すると、パーティーでフレデリック様とダンスができるからだ。ミスコン出場者は、優勝するかわからなくてもドレスを新調しているという。
ミスコンのクラス代表を決める時間は、ものすごく殺伐とした雰囲気だった。そんな中でもやはり王子はマイペースを貫き、
「もちろん、マリーは立候補してくれるよね?」
と、にっこりと笑顔を向けてきた。
「あ、私はすでに衣裳係に決まっています」
危なかった!クレちゃんと一緒に衣裳係に立候補していたおかげで助かった!優勝できるなんて思っていないけれど、これ以上は目立ちたくない。
私たちのクラスの代表は、シーナになった。セシリア様がかなり買収していたようだけれど、得票数ギリギリでシーナが選ばれたのだった。
放課後になり、私は鼻歌交じりに裁縫道具をとりに移動していた。これからかわいいコサージュをつくるんだ!
楽しみだわ~と浮かれながら歩いていたら、曲がり角でおもいきり誰かにぶつかってしまう。
ーーカシャンッ
「あっ!ごめんなさい!!」
「……」
ぶつかった相手は2年生で、どこかで見たことがある男子だった。
ものすごい勢いで、彼はザザッと退がる。小さな声で「ひっ」って聞こえた。
え、私そんなに危険人物?ぶつかっただけなのに……?
「あ」
ぶつかったはずみで、床に彼のメガネが落下してしまったようだ。レンズにヒビが入ってしまっている!
私は慌ててメガネを拾い、謝罪をした。
「本当にごめんなさい!すみません!弁償します!」
「いや、こちらも悪かった」
目の前で困った顔をするその人は、やはりどこかで見た気がする。
薄い茶色の髪、凛々しい眉と目元、細身でスマートな美形……あぁ!生徒会長だ!
どうしよう、偉い人のメガネをダメにしてしまった。おそるおそる彼を見ると、苦笑いではあるが優しく微笑んでくれている。さっきとんでもなく逃げられたのが嘘みたいだ。
「そんなに気にしなくていいよ。テルフォード嬢」
「え?私のこと、ご存知なのですか?」
「ご存知もなにも、公爵家のパーティーでお父様にもご挨拶させてもらったんだけれどな」
あ、しまった。やらかしてしまったことに気づき、私はピシッと固まった。
それを見た生徒会長がくすくすと上品に笑った。
「いいよ、わかっているよ。パーティーで挨拶してもひとりひとり覚えていないよね。僕もそうだし、大丈夫だよ。あ、僕の名前はアルベルト・オーエンだよ。今後はよろしくね」
あわわわわ。メガネを壊したことに加え、覚えていませんでしたのダブル謝罪になってしまった。
あまりに申し訳なかったので、私は何とか誠心誠意の謝罪をと思い、生徒会長のお仕事を手伝うことになった。
「律儀な人だね。でも、まさかこんなに話しやすい子だとは思わなかったよ」
「あははは……パーティーではお嬢様らしくしてないといけないので」
私は生徒会室にお邪魔して、学園祭の許可申請書類の仕分けや設備などの納品書のまとめ作業を手伝った。
残念ながらコサージュづくりは明日だな、と早々に諦めている。
せっせと作業をしていると、生徒会の方々が続々とやってきて、私を見るとものすごく驚いた顔をしていた。
なんでも、アルベルト生徒会長が人気すぎて、手伝うといって押しかけた女子生徒でまじめに仕事をした者はこれまでいなかったらしい。
「私はメガネ分の罪滅ぼし労働ですから」
そういうと、みんな笑っていた。そして何人かはお菓子をくれたりお茶を淹れてくれたり、何だか歓迎されてしまった。短髪男子の副会長によると、いつも男だけでむさ苦しい環境だから女の子は大歓迎らしい。
「また来てね!明日もたくさん仕事があるから!」
帰りには自然に明日の約束をさせられてしまった。これは餌付けというか賄賂を受け取ってしまったんだろうか!?
仕方ないから次の日の放課後も顔を出した。私は生徒会長の隣に座らされ、本格的に労働をするハメになっている。
なんでこうなった!?あのメガネすごく高いものだったのかしら……?
マジメに仕事をしていると、生徒会の何人かがまたもや餌付けをしてきて、ニコニコ笑って「本当に助かるよ!」と褒められた。
異様なまでの歓迎ムードに違和感を覚えつつも、私はこの日の仕事をこなしていく。
ところが。もうそろそろ帰ろうかと思っていると、まさかの人物が現れた。
「マリー!会いたかった!俺に会いにきてくれたんだ!?」
なぜかアリソンが生徒会室に飛び込んできたのだ。
私の表情が曇ったのを察した生徒会長が、抱きつこうとするアリソンの前に身体を入れて止めてくれた。
なんて頼りになる人なの!
「私はちょっとお手伝いに来ただけなんです!すぐに帰ります!」
「ええっ!もう遅くなるよ?寮まで送るから!」
「先輩は仕事をしてくださいっ!昨日はサボってたんですよね?」
「昨日はミスコンの代表者の取りまとめだったんだよ?サボってないよ!」
話しながらもグイグイ距離を詰めようとする先輩。私は生徒会長を盾にして、絶対に触られないように防御した。
「アリソン、テルフォード嬢が困っている。少なくとも学園内でむやみに彼女に触れるのはだめだ」
いや、この世界のどこでもやめてよ。
「硬いなーアルベルトは。でもまさか君に抜けがけされるとは思わなかった」
「なにを……」
「俺はマリーを利用したりしないよ?ね、だから、ドレスのサイズ教えて?今度贈るから!」
うん、教えません!そんなこと遠慮してほしい。ドレスを贈られるとか、そんな「フレデリック様現象」はお断りだよ。
「僕は利用なんてしていない」
「じゃあなんでマリーはここにいるのかな」
ふたりは互いをじっと見て、まるで睨み合っているようにも見える。アリソンなんて一応笑っているのに目が笑っていないから余計に怖い。
え、なんで私という部外者の前でふたりは変な空気を醸し出しているの?
だいたい、クレちゃんとサレオスの授業がそろそろ終わるから私はそっちに合流するんだもん!
「あの!私はこれから友達と合流するので、送ってもらわなくても結構です!それでは!」
私はさっと身を屈め、先輩の横を通り過ぎた……のになんで後ろから捕獲されるかな!?
「ひぎゃぁぁぁ!やめて!離して!」
「えええー?久しぶりのマリーなのに、ちょっと堪能させてよ」
やめてー!後ろから抱きしめられて頭にすりすりされているっ!嫌すぎて鳥肌が立ってきた。
「ねぇ、マリー。恋人になってよ。何でもするよ?俺にどうしてほしい?」
今日も色気全開のアリソンは、甘えるように問いかける。
「帰ってほしい」
私の答えは一択だ。
「「……」」
しばしの沈黙の後、生徒会長がアリソンの腕を掴んだ。でもそのとき、扉の向こうで話し声が聞こえてくる。
ーーガチャ
突然開いた扉の前には、副会長とそして……サレオスがいた。
「テルフォード嬢なら中にいるよ~。ってアリソン?アルベルト?」
副会長が訝しげな顔でこちらを見る。
あぁ、このカオスな状況を見られてしまった。
私をしっかりと捕獲するアリソン、アリソンの腕を掴む生徒会長。そして鳥肌を立てている私……。
部屋の空気が一瞬でピリッとしたのがわかった。
私にはわかる、サレオスが今なんで怒っているのかが。「おまえ、合流するって言ってなかなか来ないと思ったら何遊んでんだよ!」ですね!?
私が遅いから迎えにきてくれたんだ。
ううっ!ごめんなさい!!私はすぐに向かおうとしたんだよ!?
私はアリソンに抱えられながらサレオスに手を伸ばした。
「た、助けて……!」
全力の救助要請が伝わったようで、サレオスは副会長を押しのけてこちらに近づくと、私の身体をアリソンからぐいっと引っ張って剥がしてくれた。
「触るな」
「あれ?君にそんなこと言われる筋合いはないけど。だいたいそれは友達として言ってるの?」
「アリソン、おまえが悪い」
そーだそーだ!生徒会長は話がわかるぞ!なんて常識人なんだっ!私の中で生徒会長の好感度が爆上がりだ。
郊外研修のときにも思ったけれど、アリソンとサレオスはものすごく仲が悪いな……。このふわっふわしたチャラさが合わないんだろうな。
「もー。わざわざこんなところまで迎えに来なくていいのに。なるべく油断して気ぃ抜いててくれないかなぁ?」
「……」
「マリーはまだ誰ものでもないよね?なら、俺にだってチャンスはあるでしょ」
「ありません」
「もー、マリーは冷たいなぁ」
アリソンの態度に、サレオスのオーラがブリザード化した。本格的に険悪な雰囲気が漂っている。
私はサレオスの背後に潜んでいるから前がまったく見えないけれど、これは早々に撤収した方がいいことだけはわかる!
「会長!私たちはこれでっ!失礼します!」
私は生徒会長に挨拶をして、サレオスを巻き込みながら扉の外に逃げた。
よかった、助けてもらえて。危うく全身に蕁麻疹が出るところだった……。制服の洗浄が必要だわ。
何となくかゆいような気がしてきて、私は無言で廊下を歩いた。サレオスの不機嫌は続いている。
あぁでもこういう冷たい顔も好き。私は彼の横顔を盗み見ながら、胸に手を当ててひとりで悶えた。
「なんであいつがいるんだ」
「生徒会だったらしいよ。今日会ってびっくりしたの」
興味がなさすぎて知らなかった、と私は自分の迂闊さを反省する。
「明日も行くのか?生徒会室」
隣を歩くサレオスが、呟くように声を発した。
「行かないよ。もうお仕事は終わったもの。先輩がいるなら、なおさら行きたくない……」
蕁麻疹が……と身震いする私を見て、サレオスは相変わらず不機嫌な顔をしている。
「あの生徒会長は?」
ん?生徒会長?そういえばメガネ分の働きはできたんだろうか。そのあたりは確認しなきゃだなぁ。
「生徒会長、いい人だったよ。めずらしく常識ある人だわ!」
「メガネ、なくても見えてるよな」
え?
私は昨日と今日の記憶を手繰る。
そういえばメガネがなくてもきちんと仕事はできていたような。すごくテキパキ書類の仕分けをしていたけれど、もしやメガネがあればもっとスピードが速かったってことかな!?
忙しいときに申し訳ない……。
「そっか、私がメガネを壊さなければ、もっとお仕事が捗ったのかも。悪いことしたわ」
私はまたもや反省した。やっぱりお父様に頼んで家から謝罪した方がよかったかも。
教室に入るとクレちゃんがあったかい珈琲を用意してくれていて、優しく迎えてくれた。
クレちゃんは自分が珈琲を買いに行っている間に、サレオスに私を迎えに行くよう頼んだらしい。
戻ってきたサレオスの顔を見てクレちゃんはびっくりしていた。
「どうしたのそんな殺人犯みたいな顔をされて……」
うん、クレちゃん、さすがにそれは言っちゃいけないよ?
でも私はとにかく癒されたくて、クレちゃんの体にダイブした。
はぁ……やっぱり女神は最高だわ!柔らかいクレちゃんの体に顔を埋めると、ものすごく癒される。
私はたっぷりと幸せを噛み締め、シーナが来るまでクレちゃんを堪能するのだった。




