揉め事は続くよどこまでも?
学校に戻ってきて二週間が経った。
私たちのグループは相変わらず仲良くしているが、どうやら私は一部の女子からいじめられているっぽい。
まず、廊下を歩いていると陰口らしき声が聞こえてくすくす笑われる。
でも、だいたいアイちゃんがわざとらしく大声で話しかけてくるので、はっきりと聞こえないから何を言われているのかは不明……。
「マァリィー様ぁぁぁ!次はりょおりせんてぇぇいの時間ですわよぉぉぉ!!!」
アイちゃん、無理しないで……。このままじゃあなたの世間体に傷がつくわ!陰口なんかよりそっちの方が問題だと思う。
そして中庭にいるときは、上から水が降ってきてびしょ濡れになる……寸前でサレオスが魔法で助けてくれたので無事だった。
虹ができてキレイだったわ~。
しかも助けてもらったとき、頭を抑えられるような感じで抱き込まれちゃった。これはもう、抱きしめられたと脳内で変換するしかないわ。
その翌日には思いっきり水を浴びちゃったけれど、クレちゃんが魔法で乾かしてくれたからこれもセーフ。
制服のワンピースが透けて恥ずかしい思いをする、ということもなかった。寒がりだから、しっかりインナーを着込んでいるもんね!
そのまた翌日には、カフェテラスで私の隣にいたフレデリック様に冷水のグラスが飛んできた。
え、これは私狙いだったのかしら!?
王子は自分で魔法を使って乾かしたくせに、「少し寒いな。ぬくもりが欲しいよ」と言って私で暖をとろうとしてきたので、カフェテラスにある貸出用のブランケットをかぶせておいた。
私、寒がりなのに。私で暖をとろうとするなんて嫌がらせが過ぎるわフレデリック様。
そして、被害は寮でも起こっていた。
明らかに突き飛ばされて階段落ちを披露しそうになったけれど、設備点検に来ていたイケおじ用務員さんに偶然キャッチしてもらって助かった。
「大丈夫ですか?お嬢様」
ちょっと顔に傷がある強面なのに、あんなにイイ笑顔するとか反則すぎっ!ステキな思い出になった。
「ねぇねぇアイちゃん!次の小説は、45歳のイケおじが勇者としてお姫様を救う物語にしない?」
……ものすごく渋い顔をされた。これはボツだな、うん。
また、誰かが私の部屋に無断で侵入しようとした形跡があったけれど、お母様が仕込んだ呪詛札によって今頃犯人は全身かゆみに襲われていると思う。
なんかごめんなさい。ほんとすみません。
なぜ私がいじめられるのだろう、と疑問に思ってクレちゃんに聞いてみると、どうやら病弱設定が裏目に出ているみたい。
マリーは気が弱くて体も弱い、というイメージが広がってしまっているらしく、「この子を精神的に追い込んで婚約者候補から引きずり下ろそう」と画策する女子が出てきたのだ。
なんというか、叩きやすいところから叩くという貴族らしい発想だなと思った。
フレデリック様は最近さらにご公務が忙しいらしく、ほとんど学園で見かけない。
早く運命の令嬢を見つけて、私を負のループから解放してほしい。
私には友達や大好きなサレオスがいるから、いじめられたところで実はあまり気にしていなかったのだけれど、ひとつだけ許せないことがあった。
それは、私とセシリア様の友情フラグが折られてしまったことよ!
そのきっかけになったのが、3日前の朝のことだった。私が登校すると黒板に大きな文字が書かれていたの。
『マリーウェルザ・テルフォードは×××××』
みんなその文字を見てびっくりしたり、恥ずかしそうに俯いていたり、くすくす笑っていたり。
私を見つけたシーナが慌てて駆け寄ってきた。
「マリー、大丈夫?こんな嘘、気にすることないわ!」
「う、うん……。あのねシーナ、わた」
「やだぁマリーウェルザ様ったら。普段から節操なく、男性たちに色目を使っているからこんなひどいことを書かれるんですわ」
「うふふふふ。かわいらしい顔をして、本当のことかも知れませんわよ?」
「まぁ、エルザさんたら。テルフォード様のお顔が真っ青よ。きっとこの言葉通りなんですよ」
女子の一部がくすくす笑っている中、ほかの男子たちは口々にかわいそうだとかひどいとか言って庇ってくれた。
クレちゃんとサレオスは、私の隣でこちらをうかがっている。サレオスが黒板に向かって手を翳そうとしたので、何となくやばい気がして私は腕にしがみついてそれを止めた。
え、もしかして破壊するつもり!?オーラがブリザードすぎるっ!
……でも、どうしよう。
まさか黒板にデカデカと悪口を書かれるなんて。
あぁ、でも一番困っているのは……
これ、どういう意味なの!?ってことよ!!!
こんな言葉知らない!なにこれ、何のこと!?
自分で言うのも何だけれど、私はお嬢様なのよ!育ちが良すぎて、下品な言葉や暴力的な言葉のリストが少ないの!
え、セシリア様は同じ侯爵令嬢だけれど、これわかるの?
ずるくない?
みんなめっちゃ楽しそうなんですけど!エルザさんなんてめっちゃニヤけてるよ!
ちんぷんかんぷんとはこのことで、私は黒板の文字をじっと見つめて考えてみた。
あぁ、わからない。
育ちの良さが足をひっぱっているわ。イケおじ名鑑ばかりじゃなくて、もっといかがわしい本も勉強すればよかった?
でも今さら悔やんでも仕方ない。
私は意を決して、「わかっていそうな人に聞こう!」と拳を握りしめた。
「あの、セシリア様。これってどういう意味なんでしょう?悪口だろうってことはわかるんですが、これまでに聞いたことがない言葉なので、意味を教えてくれませんか?」
「はぁ!?」
「エルザさん!私、コレまだ習っていないんです!これを機に覚えるから教えて!」
「な、な、なっ……!?」
私は必死に訴えかけた。自分だけ知らないのは悲しい。でもセシリア様もエルザさんも、後ろに下がるばっかりで一言も発してくれない。
あれ?何だろう、空気がおかしいな。何人かが笑いを堪えきれずに「ぷっ」と噴き出している……。
こいつこんなことも知らないのって思われてる……!?
でも窓際にいる女の子は、実は私もわかりませんって顔をしている!ほら、私だけじゃないじゃないの!
セシリア様たちの顔はものすごく険しい。そして青褪めている。
だって知らないものは知らないのよ!
クレちゃんは隣で震えているし。女神が震えるほどひどい言葉なの!?
私はオロオロしてクレちゃんの肩に手を添えた。
しばらく沈黙が続いたとき、ちょうど登校してきたフレデリック様が黒板を見て笑いながら言った。
こら、さりげなく私の背後に立つのやめて!
「セシリア嬢たちは意味がよくわかっているようだね?最近の淑女教育では、なかなか広い範囲を勉強するのだと気づかされたよ」
え?淑女教育で習うの?私、習ってないんだけれど。お母様のミスかなぁ。
「ふ、フレデリック様!今日はご公務のはずじゃ……!」
エルザさんが呆然としている。え、フレデリック様の予定って公開されているの?知らなかった。
まぁ、私が王子の予定を調べることなんてないけれど!
あ、でもフレデリック様もこの言葉を知っているってことよね?教えてくれるかしら?
私がフレデリック様に尋ねようとすると、サレオスにぐっと肩を抑えられてしまう。
「マリー、知らなくていい」
んんん?サレオスまでが笑いを堪えている!?やだ、すごく貴重だわ!私の目はサレオスの顔に釘付けになった。
「それにほら……こうすればすぐに消える」
そういうと、黒板にドバッと水がかかり、風が舞ってすぐに乾かされ、文字が消えた。サレオスが魔法で片付けたらしい。
近くにいたエルザさんに地味に滴が飛び散っているが、サレオスは乾かしてあげる気はないみたい。
……結局、どんな意味だったんだろう。
私が残念そうな顔をしていたんだろう、サレオスが仕方ないなという風に笑った。
はう……!かっこいい……!
あなたが知らなくていいというのなら、もう忘れましょう!マリーは都合のいい女になってみせるわ!
私はへらっと笑うと、サレオスやクレちゃんたちと一緒に席に着いた。
一時は騒然としていたクラスメイトたちも、私たちが座ったのを見届けるとすぐに解散して席に着いた。
それ以来、セシリア様が私を避けるようになってしまった。
おのれ、犯人め!私はお友達候補をひとり失ってしまったのだった。




