復帰しました
お姫様は王子様と馬に乗って、楽しくお城に帰りました……というようなことは私の人生にありえない。
ええ、わかっていた。わかっていたわ!でも、ちょっとだけ夢見ちゃったの。
念願の二人乗りでテルフォード家を出発し、街を出るまではうきうき二人乗りだったわ。
最初は緊張で胸が苦しくて……だって、まるで後ろから抱きしめられているみたいなんだもの!
「今度来るときは、海を見に行きましょう!」
私ったら浮かれてこんなこと言っちゃったわ。
「来年の夏か?そうだな、それは楽しみだ」
きゃぁぁぁぁ!!!来年の予定まで決めちゃったわ!もうこれは、お嫁さんになったと言ってもいいはず。止めるエリーがいないから、私の思い込みが加速した。
でも。
そんな幸せは長くは続かなかった。
考えが甘かった。想像力が乏しかった。
「うぎゃぁぁぁぁ!」
「マリー、舌噛むぞ!腹に力入れて耐えろ!」
もっと早く気付くべきだった。ただでさえ馬は速いのに、風魔法で加速すればどうなるかってこと……。
多分、時速200キロくらいは出ていたと思う。前方からの風圧で目が開けられない、そして耳がちぎれそうなくらい痛い!帽子をかぶって髪で耳を抑えていないと、本当に耳がちぎれる!
途中からは呼吸がつらくなり、涙も止まらなかった……。煩悩に負けて、一緒に帰るって即答したのをちょっとだけ後悔した。
何度か休憩を挟み、馬に回復魔法をかけてまた出発する。
この人のお嫁さんになるって思っていたより大変なのね、と改めて覚悟した。
その後、エリーとうまく合流して、学園に着いたときにはもうヘロヘロだったわ。
「マリー様、大丈夫ですか……?」
「だ、大丈夫よ。多分」
「本当に……?」
結局、次の日は寮でおとなしく休んだ。全身が痛くて起き上がれなかったんだもの……。
そして。
私は約10日ぶりに登校した。前期の試験結果によって、クラスの3分の1くらいはメンバーが入れ替わっている。
ホームルームが行われる教室に入ると、みんなが私の姿を見て一瞬だけれど動きを止めた。
うわっ……!緊張する。こんなに見られたことなんてない。もっと早くに登校すればよかった、なんて後悔しても遅い。
私はへらっと愛想笑いを浮かべて、教室へと入って行った。
居心地の悪さを感じつつも、平静を装い一番後ろの席に座る。
「まぁ、テルフォード様、もうお加減はよろしいんですの?」
ぼっちな私に声をかけてくれたのは、セシリア様という侯爵令嬢だ。16才とは思えないケバ……いやいや、大人っぽさでおじさまたちに固定ファンを持っている。
指先を口元に添え、しなりを作って誰かしらにアピールするセシリア様。長い髪は明るいオレンジ色で、スタイル抜群なのだ。
「はい。セシリア様、おはようございます。もうすっかり体調は良くなりましたの」
これまでロクに話したこともないのに声をかけてくれた優しいセシリア様に、私は笑顔でお返事をした。
すると彼女も嬉しそうに笑い、大きめの声で話を続ける。
「それはよかったですわ!みんな心配しておりましたの。すぐに体調を崩すような方に、フレデリック様の婚約者が務まるのかしらと」
……なんですって!?
私は彼女の言葉を聞き逃さなかった。
もっと言って!私に婚約者は無理だってもっと言って!!
嬉しくなった私は、ついつい頬が緩む。まさかセシリア様が味方してくれると思わなかった!
「そうなんです!ええ!もう、私にはとても務まりませんわ。早くフレデリック様にステキな方が見つかることを願いますわ!心から!」
ふふふっ、狙い通りだわ。これでこのままフェードアウトすればいいのよ!休んだ甲斐があったわね。
もう笑いが抑えきれない。困った私は、口元を両手で覆ってなんとかごまかした。
しかしそんなとき、思わぬ敵が登場する。
「そ、そんな風にテルフォード様をいじめるのはやめろ!」
え。
なにこの邪魔者は。誰だっけ、このメガネくん。Bクラスから上がって来た人かな?
私はメガネくんをガン見して、危うく舌打ちしそうになった。
ちょっと!優しいセシリア様に何いちゃもんつけてくれてんのよ!?怒るわよ!
セシリア様も予想外だったらしく、眉を寄せて明らかに不快感を表した。
「まぁ、あなたもテルフォード様に騙されているわけね」
え!?セシリア様!?
「騙されてなんていないっ!テルフォード様はか弱く心優しいお方なんだ!僕にはわかる!」
おいこら、メガネ!あなた騙されてるわよ!セシリア様の言う通りじゃないの。勝手な妄想でありえないこと言わないで!!
私は怒りに震え、彼を睨みつけた。
でも彼はセシリア様と睨み合っていて、まったく私の殺気に気づいていない!
「マリー?何かあったのか」
私は好きな人の声にパッと振り向く。サレオスは、ひとり座る私をセシリア様とメガネくんが囲んでいると思ったのか、ブリザードなオーラを放っていた。
ちがうっ!ちがうの!セシリア様は悪くないの。悪いのはこのメガネなのサレオス!
私の心の叫びも終わらぬうちに、ふたりはさっと逃げ去ってしまった。
クラスの視線を集めまくり、私は気まずさに俯いてしまう。
「おはようマリー」
「おはよう。おとといは、ありがとう。連れて帰ってくれて」
「構わない。俺がそうしようと誘ったんだ。無理させて悪かった」
サレオスはいつもの優しい顔に戻って、私の隣に座った。あぁ、クラスの視線が彼の美しすぎる笑顔に集まっている気がする。
この顔が見たい、でもみんなに見せたくない。私は独占欲の塊かもしれない……!
「髪、少し短くしたのか?」
二つに結んである片方の束を、サレオスが自然に手に取った。
ひゃぁぁぁぁぁぁ!!!
エリーに揃えてもらっただけなのに、なんでわかるの!?腰まであった髪を数センチ切っただけなのに。
「なんでわかるの?ちょっと揃えたの」
がんばって平静を装うも、どうにも顔が熱い。これはヤバイ。自然に私の髪を手に取るなんて、また無自覚な攻めに翻弄されている!
私はノートをぎゅっと抱きしめた。もう、なにかに縋らずにはいられない。
左隣で、少しだけ笑う声がする。そのイケボは卑怯だわ!我慢できずにちらっと見れば、私の髪を指にくるくると巻きつけ、楽しげにしている。
なんなの!?朝から私をキュンと殺しする気ね?それとも#美人局__つつもたせ__#みたいな商売?もちろん買うわ。何の商品かは知らないけれど買うわ。
はぁっ……もうだめだ!これ以上見たら好きって言ってしまう。
お願い、クレちゃん、アイちゃん、シーナ。早く来て!
私はサレオスの方を見られないまま、その後もしばらく人形のように身を固まらせるのだった。




