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悪役令嬢はシナリオを知らない(旧題:恋に生きる転生令嬢)※再掲載です  作者: 柊 一葉
未書籍化部分

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一緒に帰ろう

サレオスは優雅な所作で紅茶を飲みながら、ここまでの道のりについて簡単に説明してくれた。


今日は午前中で講義が終了し、ジュールやクレちゃんと一緒に食事をしていたんだとか。


そのときにジュールが「テル嬢にパン持って行ってくれねーか?」と言ったらしい。


なんでそんなことを言い出したのか、と私は眉間にシワがめちゃめちゃ寄ったが、「まぁいろいろあって」と省略されてしまった。


おもいきり視線を逸らしていたから、何か言いにくい事情でもあったんだと思う。


しつこく聞いて嫌われたくないので、「そうなの」と当たり障りのない答えをしておいた。


それにしても、いくら単騎で駆けたからといって到着が早すぎない?

私がエリーとそれぞれ馬に乗ってフルスピードで走ったとしても丸1日はかかる。


「風魔法で加速させて走れば、7時間で着ける」

「なっ、7時間!?」


サレオスは平然と言ってのけたが、おそらくそれは普通の人には無理だ。7時間も魔法を使い続けるなんてありえない……。


今頃、疲労困憊で倒れていてもおかしくないはずなのに、サレオスは「このレモンとベリーのクッキーうまいな」と言って嘘みたいに元気だ。


ねぇ、7時間もかけてパンを届けるって考えが常人じゃないんだけれど……?


『マリーに会いたかったから、フルスピードで駆けて来たよ』


『あぁっ……!サレオス、好き!』


こんな妄想でしか私の心は癒されない。私、パンに負けたの?マリーに会いたいっていう動機はなかったの?パンを届けなきゃっていう使命に負けたの?ねぇ?誰か教えて。


「その、事情はわかったんだけれど、パンのために7時間もかけてっていうのはさすがにびっくりだわ」


「……」


「もちろん、もちろん来てくれて嬉しいけれど!さすがにパンはまた今度でも良かったと思うのよ」


「……」


え、なんだろうこの沈黙。私はルーナに「何か間違ったこと言った?」と視線で尋ねるが、彼女も小首を傾げてピンと来ないようだった。


「実はマリーに伝えなきゃいけないことがある」


「へっ?」


サレオスは急に真剣な表情で、まっすぐに私を見つめてきた。


いいこと?悪いこと?突然の通告に胸がドキドキし始める。


『会えなくてさみしかったんだ。俺はずっとマリーのことが……!』


あ、うん。自分で妄想しておいて何だけれど、さすがにこれはないわ。ただひとつ確かなのは、妄想の中なのに息が止まりそうなほど嬉しい。


はっ!?現実に戻るんだマリー!


「アリアナたちの処分が再び下された」


あっ……。そうだった。私それで領に戻っているんだった。色々ありすぎて記憶の片隅にすっかり片付けられていたことに気づく。


「ど、どうなったの?」


「アリアナはマリーの嘆願のおかげで、牢や修道院行きはなくなった」


「そうなの!?」


「ああ。表向きは、こないだの試験が悪かったということでCクラスに降格。これは命令された者も全員だ。アリアナに至っては今後成績に関わらず、マリーと同じクラスになることはない。そしてすでに決まっていたように王太子妃候補からも外れた。罰としてはありえない軽さだな」


うわぁ。私からすれば十分だよ。


クラスが変わることは成績が落ちればあり得ることだけれど、あのプライドの高いアリアナ様がCクラスだなんて……。


しかも、私がAクラスでいる限り、彼女はどんなにがんばってもCクラス止まりだ。Bクラスだと同じ講義になるかもしれないから、多分そのあたりも考えられてCクラスなんだろうな……。


「これが落とし所ってことなんだよね?」


「実はまだあるんだが……」


なんだろう。サレオスがものすごく言いにくそうにしている。


「テルフォード侯爵が……アリアナの父に何か交渉していたらしいんだ」


「お父様が!?」


「イリスが『マリー様にはお伝えしない方がよろしいかと』と言っていたし、俺もそう思う」


……何を要求したの!?お父様。


私は目元がひくひくと痙攣するのを感じた。絶対にヤバイことだ。頭を抱えずにはいられない、が聞くのが怖い。怖すぎる。


「それはその、私が今さら何を言っても覆らないのよね?」


「そうだな……。マリーは厳罰を望まないだろうが、娘を失うところだった父親の気持ちを汲んでくれと言われた」


「会ったの!?お父様に?」


「あぁ、イリスがな。王城に忍び込んだ帰りに待ち伏せされていたらしい」


イリス様……そしてお父様、何を突っ込んだらいいのかわからないわ。


でももう、いいわ。私にここから何かを変える力もなければ勇気もない。


ええい、どうにかなるわ!きっと!


「私、学園に戻らないとね。もうここで療養する必要はなくなったわ」

「病弱設定はおしまいか?」


うわ、設定って言っちゃったよ。自分じゃない人から聞くのはけっこう違和感がある……。


私は苦笑いで頷いた。


「あまり長く休んで成績が下がっても困るわ。またサレオスに教えてもらわなきゃいけなくなっちゃう」

「それくらい気にしなくていい」

「ふふふ」


だめよ。サレオスと勉強するとまったく集中できないから。ノートより教科書よりサレオスが見たいんだもの。


それからしばらくの間、私の部屋でたわいもない話をして、サレオスは客間へと案内されることになった。


すぐに帰るつもりだったらしいが、さすがに夜にひとりで帰らせることはできない。私が強めに押したら納得してくれたみたい。よかった!


私の部屋を出るときに、ふとサレオスが立ち止まりじっと瞳を合わせてきたから恥ずかしくて下を向いてしまった。


「……なに?」


「いや、こうして見るとまったく病弱に見えないなと思って」


うわ。改めてそう言われると気まずい。ってゆーかなんでそんなに笑ってるの?口元を手で抑えてまで……、そんなに笑うのめずらしいじゃない。


私は両手で顔を覆って悶えた。もうこの人の笑顔は狂気だわ。


「そもそもなんで病弱設定を始めたんだ?」


はて?そういえばなんでだろう。


私は右手を頬に当て、首を傾げてみた。思い出そうにもまったく思い出せない。7歳までは普通にパーティやお茶会に出ていたと思うんだけれど……。


「お嬢様。もう就寝のお時間ですよ」


いつのまにか、執事のディックがそばに控えていた。普段は優しいおじいちゃん執事なんだけれど、生活態度やマナーにはものすごく厳しい。


「お客様は私がご案内いたします」


「あ……サレオス、じゃあまた明日ね」


「おやすみマリー」


「おやすみなさい」


サレオスはディックと一緒に2階へと降りていってしまった。


私と分かれた後、ディックが必死に「うちのお嬢様は病弱なのです」とサレオスに語っていた。なんであんなに病弱設定を浸透させようとしてるんだろう……。


◆◆◆


次の日の朝、私はサレオスと一緒に学園に戻ることになった。


だって、好きな人から「一緒に帰る?」と言われてしまったら「帰ります!」と言うしかないじゃない!

帰るってどこに?私たちの新居に!?ですよね?きゃぁぁぁ!

けんかして実家に戻った妻を迎えに来てくれた夫のセリフみたい!


ついにっ!ついにお嫁さんになれました!妄想で私がひとり悶えていると、レヴィンに「きもっ」と呟かれた。


恋する乙女はみんなキモイのよ。ほおっておいて。


エリーはいつも通り、西側の道からこちらに向かってきていると思われるので、こっちから学園に向かって馬を走らせれば会える可能性はほぼ100%だ。


荷物は最小限で、さっそく出発することにした。


そして嬉しいことに、私は念願の二人乗りを実現している。


風魔法で走らせるので、2頭に分かれることができないという不可抗力バンザイ!


手を引かれて馬に引っ張り上げられると、想像以上にサレオスに包み込まれているような形になる。


ううっ……一緒に帰るって言ってよかった。


馬上でグッと胸を押さえ、萌えすぎて乱れた呼吸を整えるのに必死だ。


「マリー?どうした?」


はぁ……頭の真上からかっこよすぎる低音ボイスが……!好き。幸せすぎる。


見送ってくれた邸のみんなは、なぜか涙ぐんで手を振っていた。


ディックなんて完全に泣いている。


「お、お嬢様……ご立派になられて!」


年をとると涙脆くなるらしいけれど、これは異常じゃないだろうか?また冬には戻ってくるんだけれど……。


これ、冬に戻りますって言いにくい雰囲気だな。


私はとりあえず笑顔で手を振り、邸を離れた。


◆◆◆


「はぁ~!ようやくいなくなってくれたよ姉上!ほんっと嬉しいなぁ!」


レヴィンはご機嫌でディックに話す。


「私は寂しいですよ。お嬢様がお嫁に行かれた気分になりました……!あのような素晴らしい方に嫁がれるなんて、もう私に思い残すことはありません。いつでも死ねます」


「ディックのそれもう聞き飽きたよ。毎年言ってるけど毎年生きてるじゃん」


「またそんなことをおっしゃって。あぁ、そういえばよかったんですか?」


「なにが?」


「早朝に先ぶれが来ていたでしょう?」


「誰の?」


「誰のって、王家の紋章入りでマリー様に会いに来られるといえばあの方でしょう」


「……忘れてた。姉上にも伝えていない」


「どうなさるのですか?」


「どうしようか」


「レヴィン様。バズーカを見つめないでください。絶対だめですよ?」


「……」



正午すぎ、テルフォード家にやってきた豪華な馬車は、主を下ろすことなくまたすぐに戻っていったという……。


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