口止め料を要求してみる
入学式からしばらくして、私には新しいお友達ができた。アイーダちゃん(通称アイちゃん)というカリコリっとしたやせ型の伯爵令嬢だ。
薄茶色の髪はゆるやかなウェーブで、新緑色のきれいな瞳が真ん丸でかわいらしい。
クレちゃんと相反する水属性持ちの令嬢で、そばかすを気にしていつも俯きがちだが、話してみればお年頃の女の子らしい本が大好きな文学少女だ。クレちゃんのほんわか雰囲気につられて近づいてきたところを、潜んでいた私に刈り取られるといったパターンでお友達になった。なぜか私は人があまり寄ってきてくれないのよね。
侯爵令嬢っていう身分の高さもあるけれど、見た目に冷たそうっていうイメージがあるみたい。これは自分から積極的に話しかけて、お友達を増やさなければ。
「マリー様には、深窓の令嬢であってほしいのです!」
アイちゃんが拳を握りしめて訴えてきたその希望は、到底かなえられそうにない。すでに私はサレオスくんから目が離せずに、ちょっとでも目が合うと挙動不審になってしまう。
朝、挨拶するだけでそのかっこよさに悶えている。深窓の令嬢なんてほど遠い現状だわ。
特に魔法の授業では彼がかっこよすぎて見惚れてしまう。やる気なさそうにしているところがまたいい。見ているだけで幸せだわ!
お友達もできて順調に思われる学園生活。でも実は、前世の記憶を持っているからこその不満もある。この世界には娯楽が少ないのだ。
まして私たちは貴族の娘という自由に出歩けない立場で、趣味は刺繍か読書に限られる。ゲームもスマホもなくて、学校が終わると時間を持て余してしまう。おかげで成績優秀よ。
クレちゃんは刺繍が上手で、授業後は寮の部屋にこもって作品づくりをしている。
アイちゃんは恋愛小説が好きで、そういう趣味のお友達とよく集まっているらしい。私は彼女たちのことをサークルと呼んでいる。クレちゃんとアイちゃんたちがいないとなると、もう学園内を徘徊するか、カフェテラスでお茶を飲むか、図書室に行くかの三択しか残されていないのだ。
はぁ……ほんとスマホ欲しい。
この日、私は放課後になると図書室に向かった。
カフェテラスにいたらケーキが食べたくなってしまうのよね。在学中に太ってしまっては良縁が遠ざかるかもしれないので、体重管理は気をつけたい。
図書室にやってくると、私の好きな歴史書のあるコーナーに近い図書室の奥の方から、男女の荒い息づかいが聴こえてきた。おお、これはヤバイ。おそらく二ブロック先くらいで、そういう催しが行われている。
前世の記憶持ちからすると、やっぱりリア充な人はこういうことを隠れてやってるのねってくらいにしか思わないけれど、あまりここに長いするのは良くないだろう。
私は好きな本をゲットしてすぐに退散しようとした。だが、お目当ての本はぎゅうぎゅうに詰められていてなかなか取れない! しかも身長が足りず無理したせいか、一冊もぎとったら両サイドの本がバサバサと落ちてきた。
あーあ。私は足もとに散らばった本を見て顔を歪める。これ拾って本棚に戻さなきゃ。気づけば、喘ぎ声らしいものもすっかり止んで静まり返っている。こりゃ私がいるのバレたな。
とりあえず落とした本を拾おうとしゃがみこむ。
あ、落とした本もわりと面白そう、そう思いついついそのままペラペラと本をめくる。
しばらくそのまま読みふけっていた私の背後を、パタパタと女の子が通り過ぎていった。奥でいろいろやっていた女子だろう、せめて制服の乱れを直してから出て行こうね!
まぁそんなことはさておき、五冊までしか借りられないのに私が落とした本は七冊。どれを借りるか吟味しなくては。
真剣に悩んでいたら、背後にスッと生暖かいものがのしかかってきた。
「へぇ……君、いいにおいがするね」
後ろからのしかかっているのは、知らない男子。奥でいちゃついていた人? ってゆーか重い。
腕を振りほどいてその男子の顔を見てみると、なんとまぁ整った顔!
髪の毛がきれいな水色だ。目元の小さなほくろが色っぽいな。
ただしなぜか私の髪の毛を右手ですくいあげ、そのにおいを嗅いでいるのは受け入れられない。
(変態か! においフェチ? イケメンに限るってやつね!?)
私はすぐにその男子から離れて髪の毛を奪い返す。黒いタイということは二年生だ。
「さっきの見られちゃった? 他の人には言わないでね」
口元に指を立てて、し~のポーズをしている。
リアルにコレする人っているんだ、いい年して……と唖然とする私。
「かわいい君には、口止め料を払わないとね」
先輩はそういうと、なぜか私の顎に指をかけた。じっと見つめてくる青い瞳が怪しげで、どこか嬉しそう揺れている。
(顔、触られるとおしろいが指につくよね)
知らない人に顎を触られたことにちょっとイラっとした私は、しかし先輩の言った「口止め料」というのに意識を持っていかれた。
「先輩! 口止め料いただきます!」
私は自分の顎にかけられた先輩の指をパッとつかみ、そのままその手に落ちていた本を握らせる。
「お金は間に合っています! だから本を借りてください!」
「は?」
「貸し出しは一人五冊までなんですよね。だから困っていたんです、先輩はこっちでお願いします」
私は本を拾い上げ、先輩に二冊渡した。そしてそのまま先輩を連れ、司書さんのいるカウンターへと向かった。
そしてその途中、次に借りたい本をチェックしながらズンズンと歩く。
「君は本が好きなの?」
「ええ、そうですね」
「本もいいけど、俺と仲良くするのも楽しいよ?」
「あ、はい。仲良くしてください。私の分の本を借りていただきます。それが口止め料です」
「俺が本気だせば本二冊程度じゃないんだけどな」
そう言って恥ずかしげもなくウインクしてくる先輩。
やばい。十六歳やそこらでこのチャラさ、将来が心配だわ。
「あ、でもそうですよね! 本気出せば五冊借りられますもんね」
私はすぐ近くにあった恋愛小説コーナーに走り、アイちゃんがおもしろいと言っていた本をさらに三冊追加した。これで後日、私も彼女たちの仲間に入れるはず!
「先輩、これもよろしくお願いいたします」
司書さんに本を全部渡し、私は先輩の分も含めてまんまと十冊の本をゲットすることに成功した。ほくほく顔で先輩に別れを告げて、図書室を後にする。
本を抱えて廊下を歩いていると、ピンクブロンドの髪に銀色の瞳の美少女とすれ違った。
彼女は確か同じクラスのシーナ・マレット男爵令嬢。自己紹介でのぶりっ子っぽい話し方に引いてしまったけれど、近くで見るとやっぱり美少女だわ。か弱い感じが庇護欲をそそる。
ところが彼女は私と目が合うと、一瞬だけ目を見開き警戒心をむき出しにした。
え、私って怖がられているの!? 地味にへこむ。とりあえず会釈だけして通り過ぎるものの、なぜ話したこともないのに怖がられているのか疑問は募る。
そのまま歩いていると、しばらくして図書室の中から彼女の叫び声が聞こえてきた。
「なんで何も起こらないの!? イベントは!?」
何かしら、イベントって……あぁ! きっと通常よりも多く本を借りられる夏の図書フェアのことね。彼女はきっと勘違いしているんだわ。でもわかる、わかるよその気持ち!
だいたいイベント時だけじゃなく、通常から十冊借りられるようにしてよって話よね。「今度、ご意見箱に投書しておこう」そんなことを思いながら、私は寮へと戻っていった。