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侵入者

テルフォード領で療養という名のサボりをはじめて5日目になった。


最初の2日間は、シーナと一緒に街を観光して楽しく過ごした。レヴィンがおとなしく買い物に付き合ってくれたのは何年ぶりだろう。


レヴィンは飛び級試験に受かったらデートしてくれとシーナに懇願していた。自分の弟を褒めるのも何だけれど、バズーカ作れる賢さがあるんだからそんな賭けは出来レースに等しいわ……。


シーナはにっこり笑って、否定も肯定もしなかった。レヴィン、惚れた方の負けよ。



そんなこんなで賑やかに始まったサボり生活だけれど、シーナはすでにここにはいない。レヴィンと仲良くなって満足そうに学園に帰っていった。エリーが送って行ったけれど、もう寮に着いた頃かな。


シーナの滞在中、私が発作のように「サレオスに会いたい……!」と繰り返して半泣きになっていたら、「手紙でも書けば?」と優しく言われた。


そして私が悩みに悩んで書いた手紙を、学園で渡すと言って持って帰ってくれたのだった。


恋しさのあまり手紙を書いてしまったけれど、よくよく考えてみればまだ1週間も経っていない。


……絶対に早まった。


シーナと恋バナで盛り上がりすぎて、判断を間違えたような気がする!



もう後悔してどうにもならない、と切り替えた私は、自宅の温室で妹のエレーナとクレちゃんの妹と3人でお茶会を開いていた。


目の前にいるクレちゃんの妹は、ユリアーナという名前でミルワード伯爵家の三女ちゃんだ。


エレーナと同じ12歳で、姉妹揃ってとても仲良くしてもらっている。


クレちゃん家は、クレアーナ、フィアーナ、ユリアーナというしっかり者の三姉妹で構成されており、みんな栗色の髪に茶色の瞳とどこから見ても姉妹っぽい。


エレーナと私も似ているので、エレーナとユリちゃんが並んでいると、まるで何年か前の私とクレちゃんみたいだとエリーが笑った。



今日ユリちゃんがここに来たのは、エレーナに会うためというのもあるが実は私が会いたいと言って手紙を出していたから。


「マリー姉様のためなら飛んできますわ!」


そう言って可憐に笑うユリちゃんは、領内でかなり人気があるアイドル令嬢。


あぁ、もう、ユリちゃん可愛いすぎ!


ぎゅうっと抱きしめると、ユリちゃんのポニーテールがくるりんと揺れた。


「フィー姉様も誘ったんですけれど、ヴェルディン公爵家から大きな鹿が5頭も届いて……。それを乗りこなすんだって、しばらくは領から出ないと思います」


「ああ、変異種のレインディアって動物ね。大きいトナカイだったかしら?」


「ええ。テーザ・ヴェルディン様が自らうちに運んで来られて……未知の生物のようで衝撃でしたわ」


サレオスの叔父様、もうクレちゃんの家に行ったんだ。仕事が早いな!しかも部下に任せず、自分で行ったんだ。


「ユリちゃんは公爵様にお会いしたの?」


「ええ。ステキな方でしたわ!フィー姉様なんて『この人を逃したら、こんな美形と結婚できるチャンスは二度とない』ってクレ姉様の結婚にノリノリで」


ユリちゃんは嬉しそうに、ふふふっと笑っている。


「それにクレ姉様が嫁げば、自分が婿をとって領に残れるってはしゃいでおります」


あぁー、フィーちゃんは自分のうちが大好きだもんね。お嫁に出たくない派だったか。


まぁクレちゃん自身も、かなり条件のいい縁談だって言ってたしなぁ。あとは叔父様がしっかりばっちり女性関係を清算してくれれば……。


「家族はみんな賛成なの?」


「ええ!あんなステキな人をお兄様と呼べるなんて……夢のようです」


うわぁ、わざわざ自分の足でクレちゃんの領地に行ったのは、完全に外堀埋めるためかぁ。


本気だ……本気でクレちゃんを妻にしようとしている!


これはいよいよ、クレちゃんがサレオスのお義母様になるって可能性が高くなってきたね!


うわー……。展開の早さにマリーはついていけませんっ!



「ところでお姉様はどうなんですの?学園でステキな方に出会われたとお母様がはしゃいでいたわ!」


妹のエレーナが瞳をきらきらさせて、私の方を見つめてきた。恋に恋するお年頃の12歳。まだまだ夢と希望でいっぱいだ。


「やだ、そんな本当のことっ!サレオスは確かにステキだけれど、まだお付き合いもしていないし……お嫁さんになりたいとは思っているけど!」


うわ、なんか妹にこんなこと言うの照れるっ!私は恥ずかしくなって、両手で顔を覆った。


つい前のめりで頭をぶんぶん振ってしまう。


あぁ……領に来て5日、学園を出て約7日。サレオスに会いたい禁断症状が出始めている。


『マリー、会えなくて淋しいよ。』


私の中のサレオスが、現実では絶対聞けないセリフを口にする。別れ際に見た、あの濃紺の瞳が記憶に蘇った。


つい、最後に触れた指をじっと見つめてしまう。



本来であれば今頃、いつも通り隣に座って講義を受けているはず。私がいない間に、いろんな女の子に声をかけられてたらどうしよう。


サレオスファンが群がっているかも!?


あぁ、私が一番好きなのに。私が戻ったら、背が高くて美人でスタイル抜群のどこぞの令嬢がサレオスのそばにいたらどうしよう!!!



「お、お姉様?顔色がよくないですよ?どうなさったの?」



はっ!エレーナとユリちゃんが心配してくれている。しまった、自分の妄想でショックを受けてどうする。


「あぁ、大丈夫!ごめん」


私はにっこり笑って、エレーナの髪を撫でた。


◆◆◆


夜、相変わらずレヴィンは部屋にこもっていて、夕食のときも私たちの前に姿を見せなかった。


ただし、今こもっているのは飛び級の特別入学試験のためだ。よほど受かりたいらしく、私の部屋から教科書を借りていったというより強奪していった。


「たまには協力しろ!」


相変わらず尊大な態度……。シーナが帰ってしまえば、素直な弟はどこかへ消えてしまった。


彼は今、自分の部屋ではなく、敷地内にある時計塔にこもっている。


なぜか我が家には巨大な時計塔があり、そこには邸の防衛システムおよび武具一式が完備してある。


屋上には大砲までセットされていて、半径1キロメートルなら照準を合わせられるという危険な塔なのだ。


見た目が金色なのも怪しすぎる。お父様が設計し、お母様が手を加えたらしいのだが……。



私はというと、その塔が見える自分の部屋でひっそりと窓の外を眺めている。


「はぁ……サレオスに会いたい」


会いたすぎて、もう気が狂いそうだわ。もうすぐ学園祭があって、創立50周年記念のパーティーもある。


テルフォード領なんかで毎日ぼんやりしている場合じゃない。


早くフレデリック様が私の本気をわかってくれればいいんだけれど……。

あ、なんか腹立ってきた。



机の引き出しには、先日お母様がそっと袖に忍ばせてきた呪詛札がある。お小遣いをこっそり渡すみたいな仕草で、まさかこんな恐ろしいものをもらうとは思わなかったわ。


あ、うん。まだ使いません。まだ……。


ところが。

一旦、気持ちを落ち付けようと深呼吸したとき、邸の中に警報が鳴り響いた。


--ジリリリリリリリリ!


「え?なに!?」


これは寮でも一度鳴らした警報だ!え?なに!?なんなの!


どうしよう、エリーはシーナを送っていってまだ戻っていない。


私は部屋を飛び出して、1階まで階段を駆け下りた。


「総員戦闘準備!今すぐ配置につけっ!」


「レヴィン!?一体なにがあったの!?」


私は弟を見つけ、一目散に走りよった。レヴィンは完全武装で、肩には例のバズーカを担いでいる……。


使用人たちも各々の武器や防具を持ち、レヴィンの指示ですぐに散っていった。


「侵入者だ!巨大な魔力を持った侵入者がこっちに向かってる!」


はぁ?やっぱりうちって誰かに狙われてたの!?


「侵入って領内に!?」


「違う!邸の敷地内だ!とにかく姉上は部屋に戻って!エレーナはユリのとこに泊まりに行ったから心配ない」


「わ、わかった……」


戦闘員じゃない私は足手まといになる。ここは素直に従って、また階段を必死で駆け上った。


「チッ……あいつか?2年前に消しそびれた。それとも先月のヤツか?」


あぁ、弟のつぶやきが恐ろしい。聞きたくない、聞きたくない……


どんだけ恨みかってんのよ!



ーーガチャッ!


部屋に戻るとすぐに鍵をかけた。


「マリー様、命に替えてもお守りします!」


「やめて!命に替えないで!寿命まで生き延びて、いいわね?」


私の部屋で待っていた執事見習いくんの意気込みが怖い。お願いだから私のためにケガとかしないで!?


少し音が変わった警報が鳴り続けている邸の中は、かつてなくピリピリとした空気が漂っていた。


私はなにか見えないかと思い、そっと窓に近づいてみる。


この部屋のベランダはお茶ができるような広さではなく、窓からでも邸の庭が見渡せるようになっていた。



「一体、何なの……?」


カーテンを掴む指に力が入る。だが、薄暗い外に目を凝らしたそのとき、ベランダの桟に白い手がかかるのが見えた。



「ひっ……!」


きゃぁぁぁ!でたっ!

侵入者は幽霊だった!やばい、やばすぎる。これはバズーカでもどうしようもない!

しかし私の動揺をよそに、幽霊だと思ったそれは一瞬で桟を軽々と乗り越え、ベランダにスッと降り立った。


「あ、マリー。よかった、無事だったか」


え。

ええ!?

幻覚かしら。


「何かあったのか?邸が武装した兵であふれているからこっそり入ってきたんだが……」


あっけなく邸に侵入し、窓越しに話しかけてくるのは真っ黒いローブを羽織った黒髪の王子様だった。



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